その日、屋敷内には大勢の人々がごった返していた。期日の迫った支払いや予約していた宝石(いし)を取りにきた業者。その対応に追われていた屋敷の人間は、その喧騒の最中、二人がタクシーから降り立った姿に気がつく者はいなかった。
「…いったい、どうしたんでしょう?」
瑠璃は茫然と屋敷の様子を見つめる。
「遙さんが君を後継者として公表しておけば、こんなことにはならなかったんだろうけどね」
疾風は少し寂しそうに呟く。土足で踏み荒らされた玄関。綺麗に磨かれていた廊下。遙の書斎だった部屋も、今はどうなっているのだろうか。
「彼は、自分が不慮の事故で死ぬことになるとは思ってもいなかっただろうからね」
瑠璃は、疾風の意図することがよく分からずに、隣に立つ彼を見上げる。
「行こうか」
疾風は、瑠璃の手を引いて中へ足を踏み入れた。そして、客間で債権者や、宝石(いし)を待っている取引業者が居並ぶ中、その喧騒の背後から、不意に声を張り上げる。
「神宮寺の正当な継承者をお連れいたしましたよ」
瞬間、それまでの訳の分からない喧騒は一瞬にして止み、視線という視線が二人に注がれた。奥のソファに座って頭を抱えていた継母が、瑠璃の姿に気がついて顔色を変えたのが見える。
「おお、お嬢さん! 生きていらっしゃったのですか!」
父親と親交の深かった宝石商や採掘業者が彼女の姿に一斉にどよめいた。
「お嬢さん! なんとかしてください。もう、お嬢さんしか頼れる相手はおりません!」
瑠璃は、よく父を訪ねていた年老いた宝石商、間島の顔を覚えていた。そして、採掘の現場に遊びに行く度に彼女にわざわざ挨拶に訪れる現場監督の顔も。彼らがわれ先に瑠璃に近づき、そして、口々に助けを求めたのだ。
「…瑠璃ちゃん」
一瞬、圧倒されてひるんだ彼女の背後で、疾風がその背をとん、と押してくれる。
「あ、あの」
瑠璃が口を開くと、辺りはしーんとなって、彼女の言葉を待った。
「ご迷惑をお掛けいたしました。心よりお詫び申し上げます。…私は、戻ってきました。父の事業を引き継ぐために。…お世話になった皆様に報いるために」
微かに震えた声は、しかし凛とした響きを持っていた。考えていた訳ではなく、そうしようと思ってここにたった訳でもなく、それは彼女の口をついて出た言葉だった。
ああ、これは父が遺したかった言葉なのだ、とその場に立ち、瑠璃は理解した。
父が、娘に託したかった想い。
「採掘を…開始いたします。場所は…」
瑠璃はすうっと疾風を振り返って彼を見つめた。疾風は微かに笑って頷く。その途端、瑠璃の目には青い光が宿った。
「場所は…」
瑠璃は、山の正確な方位、緯度と経度を数値で告げた。
「…いったい、どうしたんでしょう?」
瑠璃は茫然と屋敷の様子を見つめる。
「遙さんが君を後継者として公表しておけば、こんなことにはならなかったんだろうけどね」
疾風は少し寂しそうに呟く。土足で踏み荒らされた玄関。綺麗に磨かれていた廊下。遙の書斎だった部屋も、今はどうなっているのだろうか。
「彼は、自分が不慮の事故で死ぬことになるとは思ってもいなかっただろうからね」
瑠璃は、疾風の意図することがよく分からずに、隣に立つ彼を見上げる。
「行こうか」
疾風は、瑠璃の手を引いて中へ足を踏み入れた。そして、客間で債権者や、宝石(いし)を待っている取引業者が居並ぶ中、その喧騒の背後から、不意に声を張り上げる。
「神宮寺の正当な継承者をお連れいたしましたよ」
瞬間、それまでの訳の分からない喧騒は一瞬にして止み、視線という視線が二人に注がれた。奥のソファに座って頭を抱えていた継母が、瑠璃の姿に気がついて顔色を変えたのが見える。
「おお、お嬢さん! 生きていらっしゃったのですか!」
父親と親交の深かった宝石商や採掘業者が彼女の姿に一斉にどよめいた。
「お嬢さん! なんとかしてください。もう、お嬢さんしか頼れる相手はおりません!」
瑠璃は、よく父を訪ねていた年老いた宝石商、間島の顔を覚えていた。そして、採掘の現場に遊びに行く度に彼女にわざわざ挨拶に訪れる現場監督の顔も。彼らがわれ先に瑠璃に近づき、そして、口々に助けを求めたのだ。
「…瑠璃ちゃん」
一瞬、圧倒されてひるんだ彼女の背後で、疾風がその背をとん、と押してくれる。
「あ、あの」
瑠璃が口を開くと、辺りはしーんとなって、彼女の言葉を待った。
「ご迷惑をお掛けいたしました。心よりお詫び申し上げます。…私は、戻ってきました。父の事業を引き継ぐために。…お世話になった皆様に報いるために」
微かに震えた声は、しかし凛とした響きを持っていた。考えていた訳ではなく、そうしようと思ってここにたった訳でもなく、それは彼女の口をついて出た言葉だった。
ああ、これは父が遺したかった言葉なのだ、とその場に立ち、瑠璃は理解した。
父が、娘に託したかった想い。
「採掘を…開始いたします。場所は…」
瑠璃はすうっと疾風を振り返って彼を見つめた。疾風は微かに笑って頷く。その途端、瑠璃の目には青い光が宿った。
「場所は…」
瑠璃は、山の正確な方位、緯度と経度を数値で告げた。
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