生死の境をさまよった…、という程ではなかったが、私の状態はそこそこ重症だったらしい。臓器破裂とかではなかったが、外傷性ショックで一気に血圧が低下し、一時、身体中が酸素不足になったそうだ。
劉瀞の指示で、庄司と、他に数名がその場に乗り込み、閃光を放つカンシャク玉のようなもので目くらましをして、私を救い出してくれたらしい。不意をつかれて男たちは私を見失ったようだ。庄司は私を救出することだけが役目だったそうだが、他の数名には、その男たちを捕えるか、さもなくば殺すようにとの命令が下っていたそうだが、それはどちらも果たせなかったようだ。
そんなことは良い。逃げられたってなんだって、怪我人や死人が出ない方がずっと良い。
私は丸一日病院のベッドで眠り続け、病院での処置で命を救われた。
庄司はそのまま仕事に戻ったらしく、その後、目を覚ましたときには、そばには涙を浮かべた弥生の顔があった。もう夜だった、と思う。病院内はとても静かで暗かった。
「やよ…い?」
かすれた声で彼女の名を呼ぶと、弥生は何も言わずに頷いて、そして、泣き笑いの表情で涙をぽろぽろ零した。
「良かった…、良かった、美咲」
「…ごめんね」
弥生は首を振った。右手があったかい? と思ったら、弥生がずっと握っていてくれたようだった。左手には点滴の管がつながり、少し呼吸が苦しかった。
「劉瀞に聞いたの?」
「うん、夕方、私が仕事から戻ったらアパートの前にいたの。車の中で美咲が怪我をしたって聞かされて、出来れば美咲が目を覚ますまでそばにいてくれないか、って」
「…ありがとう」
弥生はハンカチで涙を拭いて笑った。
「総帥が、私もここに泊まれるようにベッドを一つ用意してくれたから、今日はずっといる。だから、安心して?」
「そんな、大丈夫だよ。帰って寝ないと疲れるよ」
私は苦しい息の下で、微笑んでみせようとした。弥生だって仕事で疲れているのに。
「大丈夫。私、明日の休み交換してもらったから」
弥生は目を細めてやっといつもの笑顔を作った。
しばらくすると、弥生は「あっ」と言ってふと思い出したように私の手をそっと離して、ついと立ち上がった。
「総帥から、これ、食べなさいって言われて渡されていたの。そのときは、とてもそんな物要らないって思ったのに、美咲が目覚めてほっとしたら、お腹空いちゃった。ここでご飯食べても良い?」
私は小さく頷いて、そして少し疲れて目を閉じ、弥生が何かの包みをごそごそ開けてそれを食べ始める気配を心地良く聞いた。
大好きな幼馴染の優しい空気に包まれて、私はふと思い出していた。
そう、あの閃光の前に考えていたことを。
このまま、死ぬかもしれない、と身体が感じたとき、私は息が出来ないくらいの強い感情が湧き起こる様子を、まるで他人事のように眺めていたのだ、呆然と。
それは、言葉にすれば‘愛しい’というものだった。
何に対して? 誰に対して?
きっとある特定の対象に対してではなかったのかも知れない。
だけど、あの場にいた男たちが、それまで私の知る誰にもあまりにも似ていなくて、あまりにもかけ離れていて、その新鮮な驚きが、強く強く既知の人物を思い出させた。
庄司と。
そう。劉瀞だった。
当たり前にそばにいて、その生き様を見てきた尊敬する人々。あの二人だけではない、あの施設関係者は誰でもがすごい人物だった。まとうオーラが清く輝いていた。そういう空気にしか触れていなかったのだ、私は。
‘美咲が変わらずにいてくれることは俺たち『外』の人間にとって救いであり、励みだよ。いつでも原点に還れる。大切なことを忘れずにいられる。’
そう言って笑った庄司の笑顔が、不意に劉瀞の顔に重なった。
そうだ、あのどこか切ないような愛しい笑顔。
劉瀞が、呼び出されて彼の部屋を訪れた私を最初に見つめる眼差しと同じだったのだ。
だから、懐かしい気がしたのだ。
劉瀞も、いつでも戦っているのだろう、ああいう種類の人間たちと。そして、あの施設に帰ったとき、子ども達の笑顔を見てほっとするのだろう。自分が何を守るために戦っているのかを、そうやって確かめるのだろう。
私は、本当に守られて生きてきたに過ぎなかったのだ。
劉瀞の指示で、庄司と、他に数名がその場に乗り込み、閃光を放つカンシャク玉のようなもので目くらましをして、私を救い出してくれたらしい。不意をつかれて男たちは私を見失ったようだ。庄司は私を救出することだけが役目だったそうだが、他の数名には、その男たちを捕えるか、さもなくば殺すようにとの命令が下っていたそうだが、それはどちらも果たせなかったようだ。
そんなことは良い。逃げられたってなんだって、怪我人や死人が出ない方がずっと良い。
私は丸一日病院のベッドで眠り続け、病院での処置で命を救われた。
庄司はそのまま仕事に戻ったらしく、その後、目を覚ましたときには、そばには涙を浮かべた弥生の顔があった。もう夜だった、と思う。病院内はとても静かで暗かった。
「やよ…い?」
かすれた声で彼女の名を呼ぶと、弥生は何も言わずに頷いて、そして、泣き笑いの表情で涙をぽろぽろ零した。
「良かった…、良かった、美咲」
「…ごめんね」
弥生は首を振った。右手があったかい? と思ったら、弥生がずっと握っていてくれたようだった。左手には点滴の管がつながり、少し呼吸が苦しかった。
「劉瀞に聞いたの?」
「うん、夕方、私が仕事から戻ったらアパートの前にいたの。車の中で美咲が怪我をしたって聞かされて、出来れば美咲が目を覚ますまでそばにいてくれないか、って」
「…ありがとう」
弥生はハンカチで涙を拭いて笑った。
「総帥が、私もここに泊まれるようにベッドを一つ用意してくれたから、今日はずっといる。だから、安心して?」
「そんな、大丈夫だよ。帰って寝ないと疲れるよ」
私は苦しい息の下で、微笑んでみせようとした。弥生だって仕事で疲れているのに。
「大丈夫。私、明日の休み交換してもらったから」
弥生は目を細めてやっといつもの笑顔を作った。
しばらくすると、弥生は「あっ」と言ってふと思い出したように私の手をそっと離して、ついと立ち上がった。
「総帥から、これ、食べなさいって言われて渡されていたの。そのときは、とてもそんな物要らないって思ったのに、美咲が目覚めてほっとしたら、お腹空いちゃった。ここでご飯食べても良い?」
私は小さく頷いて、そして少し疲れて目を閉じ、弥生が何かの包みをごそごそ開けてそれを食べ始める気配を心地良く聞いた。
大好きな幼馴染の優しい空気に包まれて、私はふと思い出していた。
そう、あの閃光の前に考えていたことを。
このまま、死ぬかもしれない、と身体が感じたとき、私は息が出来ないくらいの強い感情が湧き起こる様子を、まるで他人事のように眺めていたのだ、呆然と。
それは、言葉にすれば‘愛しい’というものだった。
何に対して? 誰に対して?
きっとある特定の対象に対してではなかったのかも知れない。
だけど、あの場にいた男たちが、それまで私の知る誰にもあまりにも似ていなくて、あまりにもかけ離れていて、その新鮮な驚きが、強く強く既知の人物を思い出させた。
庄司と。
そう。劉瀞だった。
当たり前にそばにいて、その生き様を見てきた尊敬する人々。あの二人だけではない、あの施設関係者は誰でもがすごい人物だった。まとうオーラが清く輝いていた。そういう空気にしか触れていなかったのだ、私は。
‘美咲が変わらずにいてくれることは俺たち『外』の人間にとって救いであり、励みだよ。いつでも原点に還れる。大切なことを忘れずにいられる。’
そう言って笑った庄司の笑顔が、不意に劉瀞の顔に重なった。
そうだ、あのどこか切ないような愛しい笑顔。
劉瀞が、呼び出されて彼の部屋を訪れた私を最初に見つめる眼差しと同じだったのだ。
だから、懐かしい気がしたのだ。
劉瀞も、いつでも戦っているのだろう、ああいう種類の人間たちと。そして、あの施設に帰ったとき、子ども達の笑顔を見てほっとするのだろう。自分が何を守るために戦っているのかを、そうやって確かめるのだろう。
私は、本当に守られて生きてきたに過ぎなかったのだ。
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