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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ) 8

 お腹が満たされ、私はまた歩き出す。

 背後と言わず、なんだか周囲からちくちくした視線を感じるような気がずっとしてはいたが、これだけ人間がいれば、田舎者丸出しの私は珍しくって、誰かは見てるんでしょう、と思って気にしないようにしていた。

 しかし、それは段々突き刺すようなものに変わっていき、さすがに私はなんだかイヤな感じがしてくる。
 本能的…というのか。

 比較的静かな公園の中の木立の並ぶ方へ向かっていた私は、踵を返し、賑やかに子ども達の声の聞こえる噴水の方へと戻りだした。今、人目のない場所へ向かうのは得策ではない。

 しかし、その瞬間、周囲から不穏な空気をまとった男の姿がばらばらっと現れた。
 な…っ、何?
 私は一瞬で駆け出した。そして、助けを呼ぼうとした瞬間、頭に衝撃を受け、膝が崩れた。

「…りゅ…」

 浮かんだのは、劉瀞の顔だった。しかし、彼の名を叫んで助けを求める前に私の意識は途切れ、視界は真っ暗闇に覆われていた。



 気がつくとそこは見知らぬ場所。ほぼ全身をぐるぐるロープで縛られ、埃っぽい床に転がされていた。薄明るい畳敷きの狭い部屋の片隅。そこはどうも人が住んでいるような部屋ではなかった。天井にはくもの巣が張り、畳の目にはゴミが詰まっている。そして、家具と呼べるものがほとんどなかった。身体を起こそうと少しでも動いたら埃が舞い上がり、咳き込みそうだった。

 人の気配は感じられない。少なくとも、この部屋には誰もいないらしい。

 ゆっくりと視線だけを動かして明るい方を見ると木枠の窓が見える。光の色から見て、夕方だろうか。頭を動かすと衝撃を受けた後頭部に鈍い痛みが走る。一体あれからどのくらいの時間が経過し、ここはどこなのだろうか?

 どうしよう? 今、何時くらいなんだろうか? 夕方までにホテルの部屋に戻るように、との指示だったのに、これじゃ、戻れやしない。絶対、劉瀞に怒られる…。いや、それよりも、ここからどうやって逃げ出したら良いのだろう?

 何かロープを切るものはないかと辺りを見回す。誰もいないし、監視カメラのようなものもない。私は必死に身体をよじって身体を起こし、壁にもたれかかるようにして部屋の様子を確認した。

 部屋の四隅には埃がたまっているだけで、刃物の代わりになりそうなものはない。窓も、起き上がった私の頭くらいの高さにしかないから、ガラスを割ることも出来やしない。私を縛ったと思われるロープの残りが、扉の脇に無造作に捨てられているだけで、他には何にも、ない。

 扉をじっと見つめる。土塗りの壁に木製の扉がはめ込まれている。かなり古い造りで取っ手はさびついているし、扉の上下の隙間からは隙間風が入り込んでいる。

 当然、鍵はかかっているのだろう。

 それでも、もしかしてちょっと体当たりでもすれば壊れるのではないだろうか? 今まで放って置かれたということは、近くには誰もいないのかも知れない。ただ、扉を壊そうとすれば、音が周り中に響くだろうから、時間との勝負だ。

 私は、手も足も使えない状況で、なんとか身体を芋虫のように動かして扉の方へと進む。
 よくは分からないが、私などを捕まえても直接的に利益を得る人間などいない。目的は、私のいる組織。つまりは劉瀞だ。なんとかして自力でここを逃げ出さなければ、恐らく劉瀞が困ったことになるだろう。それだけはどうしても避けたかった。彼に迷惑を掛けたくない、というより、借りを作りたくなかった。

 特別そういう訓練を受けてきたわけではないが、あの組織では日常的な体育の授業のような感じで、縄抜けや非常時に備えた取り組みのようなことを遊び感覚で自然に学んでいた。それで、私も、なんとなく転がったり身体をひねったりして目的の場所へと移動する。

 しかし、ほぼ全身的にぐるぐる巻きにされている縄を抜けるのはかなり厳しかった。やはり、一箇所でも弛みが欲しい。しかも身体を動かす度に腕に食い込む縄が痛かった。

 歯で食いちぎろうか?
 そんなことを思った瞬間、不意に外で物音が響く。砂利の上を歩く人の足音だ。こちらへ近づいてくるようで私ははっとする。かなり重く歩幅の大きい音だ。男だろう。

 砂利を踏みしめる音は乾いたコンクリートの上をコツコツと歩く音に変わり、ややあってその足音は扉の前で止まり、がちゃりと鍵の開く音がした。

 身体に緊張が走る。
 きいきいと音がして扉が開いた。私は扉の脇で息を詰め、眠っている振りをした。

「ほう」

 聞いたことのないテノールの若い男の声がした。

「転がってここまで来たのか?」

 男が私の顔を覗き込む気配がした。そのとき、パタン、と扉の閉まる音がする。しかし、鍵を掛けた気配はなかった。男の手が私の顔に向かって伸びてきた。私はぱっと目を見開き、その手に噛み付こうとしたが、一瞬だけ男の方が早かった。伸ばした手を引っ込め、反対側の手で私の髪の毛を掴んで後ろに引っ張った。

「威勢が良いな、お嬢さん。さすが、劉瀞の女だ。」

 そう言って笑った男の顔に微かに見覚えがあるような気がした。短く刈り上げた髪。鋭い眼光。面長の眉の細い男だ。

 どこかで見た。どこだった?
 睨みつけたり反抗的な眼をしたりせず、私は小さく悲鳴をあげてみせる。
 男はクックッと喉を鳴らして笑う。

「そんな芝居をしてみせなくても良いよ、お嬢さん。か弱い女の振りなんて無駄だよ」

 私は、そんな言葉に動じない。ますます悲鳴をあげて泣き叫んでみる。

「いやああぁっ、助けてぇぇっ!」

 涙を零す私に、それでも男は私の髪を掴んだままただ薄く笑っていた。

「お前のご主人様はなかなか手強くてね。実際、あんたを少し痛い目に遭わせてみせないと交渉に応じる気はなさそうだ」

 やっぱり、と私は心の中だけで舌打ちをする。卑怯者! 正々堂々と戦えずに、相手の弱みに付け込むことしか考えない輩か。もちろん、劉瀞はこんなやつらの言いなりになどなったりしない!

 そんな心の内などおくびにも出さず、私は男の言葉なんて聞いていない、理解していない振りをして、助けて、と叫び続ける。

 男は、冷たい目で私を一瞥すると、掴んでいた髪を離し、立ち上がった。そして、一旦後ろを向いたかと思うと不意に身体を回転させて私の身体を思い切り蹴り上げた。

「きゃあああぁぁっ」

 かなり、痛かった。しかし、その一撃目は予想していた。ほんの僅かに身体をよじり、急所だけは避けた。しかし、そこまでだった。その後、執拗に私の身体に加えられる男の暴力から逃れる術はなく、芝居ではなく、本気で悲鳴をあげ続けるしかなかった。

 やがて、痛みで呼吸すらマトモに出来なくなった頃、男はナイフで私を縛っていた縄を切り、ロープを乱暴に外した。身体中に内出血の痣が出来ていて、柔らかい部分からは血が流れ出ていた。

 その私の映像でも劉瀞に送りつけるつもりなんだろう。
 そう考えた途端、思い出した。

 こいつの顔をどこで見たのかを。劉瀞の部屋で、彼が何かのリストを呼び出していたときにパソコン画面に映し出されたブラックリストのメンバーだ。

 何か…、そう、テロリストとのつながりが疑われていた集団の一員だった気がする。
 コカイン、覚醒剤の販売ルートの途上にも見え隠れし、人身売買のような闇ルートにも通じていた。
 劉瀞がもっとも嫌うタイプの犯罪者集団だ。

 不覚だった。こんなやつらに捕まるとは…。
 痛みで意識が朦朧とする。

「これで、やつが交渉の席に就かなかったら、今度はお前の手の一本でも切り落としてやるよ」

 男は私の胸座を掴んで笑い、叩きつけるように私の身体を離した。

 ようやく縄をほどかれて自由にはなったが、身体がもう動かなかった。意識はあったが、正直、気を失ってしまった方が楽だと思った。目を閉じたら、そのまま意識は暗転しそうだった。

 苦しくとも、しかし、私は隙をみてどうしても逃げ出さなければ、とただ強くそう思った。
 劉瀞に迷惑を掛けたくない。

 あいつは、施設の子が誰一人傷つくことを望まない。それが私でも、きっと何をおいても助けようとするに違いない。

 そんなことをさせてはいけない。
 半分、朦朧としたまま、不意に私は知った。

 あいつが、何を目的にあの施設を運営しているのかなんては本当のことは私は知らない。だけど、あいつがあの施設で、社会から見捨てられた子たちを救おうとしている限り、私はあいつの邪魔をしたくない。

 だって、少なくともあいつのお陰で弥生は、今、生きて、笑っている。
‘恋’だって、知ることが出来た。

 それだけであいつのしていることには価値がある。
 それを私のために途絶えさせてはいけない。

 決して! いけない。

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