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Stories of fate


ラートリ~夜の女神~

ラートリ (取り引き) 10

「瑠璃ちゃん?」

 はっと我に返ると、もう夕闇が辺りを包み、部屋の中は薄暗くなっていた。
 部屋に戻った疾風は、明かりを付け、ベッドの隅にうずくまったまま眠ってしまっている彼女を見つけ、そして、テーブルに並べた食事にまったく手をつけてない様子を見て苦笑する。

「どうして食べなかったのさ?」

 瑠璃は、固まっていた手足をようやくほどき、差し出された彼の手にふらふらとすがりついた。

「ずっとそうやってたの? 一日?」

 瑠璃の身体はまだ震えが残っていた。彼女にとって、たった一人、この世の中でたった一人、ほんの少しでも心を許せるのが疾風だったのだろう。悪夢に怯え続けていた瑠璃は、やっと息のつける場所に顔をうずめ、全身で呼吸をした。

「俺も、結局食事を取る暇なかったから…、あっため直してくるから、一緒に食べようか」

 髪を撫でると、瑠璃は、小さく首を振って、ぎゅうっと彼の腕にすがりつく。

「お腹空かない?」

 瑠璃は首を振り続ける。

「…俺は空いたんだけどな」

 疾風が言いながらそっと瑠璃の髪に口付けると、彼女ははっとして顔を上げ、顔を赤らめた。

「ご…ごめんなさい。どうぞ…召し上がってください」
「一緒に食べようか」

 疾風は笑った。
 得体の知れない、素性のよく分からない男に縋るしかない瑠璃の追いつめられた状況。本来なら、何不自由ない生活を保障されていた良家の令嬢が、受け継ぐべきものを奪われ、正当な地位を奪われ、娼婦のような生活を強いられている。それを思うと、疾風はほんの少し同情に似た切ない気持ちが湧きあがる。

 彼は、知っていた。
 いや、瑠璃の名前を聞いて、疑いが確信に変わったのだ。

 神宮寺遙(はるか)、つまり瑠璃の父は、疾風と古い知り合いであり、良い顧客、取引相手、そして友人でもあった。彼は生前、自らの跡継ぎのことを彼に話したことがあった。一人娘、瑠璃のことを。

 そして、疾風は彼から聞いていたのだ。いや、彼は「知っていた」のだ。怪しくも美しい、そして気まぐれで傲慢な宝石(いし)を統べる女神のことを。そして、女神に従属する一族、彼らの‘血’の秘密を。

 神宮寺家の宝石(いし)、どこに出しても最高級品として高値のつく原石は、ラートリ~夜の女神~に寄って授けられるものであり、人が勝手に採掘すべきものではないという伝説。女神の声を聞き、採掘の指示が出来るのは神宮寺家に生まれた直系の子孫だけなのだということ。

 その声を無視して採掘すれば、女神の怒りに触れ、その地から生きて戻ることはない。

 つまり、採掘現場で必ずといって良いほど事故が起こり、採掘に関わった人はことごとく亡くなっているのだ。それほど、厳しい現場、険しい山なのだ。

 それなのに、当主の指示で採掘された宝石(いし)は定期的に市場に出回る。
 そこに神の意思を感じないはずはなかった。

 いや、疾風にとっては、そこに‘神’がいようがいまいが、神宮寺家の宝石(いし)が手に入れば良いだけのこと。取り引きが正当に行われれば良いだけのこと。

 そして、年が違っても良い友人であった遙との交友。
 大切なのはそれだけだった。

 その後、思いも寄らないことが起こる。
 遙の突然の事故事故死。採掘の休止。

 そして、遙の死後、途絶えていた神宮寺家からの突然の取り引き依頼。それは、屋敷からの専用メールで来た依頼だったが、疾風にとっての取引相手は‘遙’なのであって、神宮寺ではない。そして、次に受け継ぐべき者は決まっていた。

 しかも、目を疑った。それは非合法の‘人身売買’の持ちかけだった。確かに疾風は裏の非合法な取り引きも請け負う仲介人で、彼の収入のほとんどはそちらからのものだ。しかし、人を扱う取り引きだけは彼は手を出さなかった。即刻断ろうとして、提示された写真に、彼は愕然となる。

 遙の面影が色濃い少女。これが、遙の言っていた一人娘だとすぐに分かった。



 
 そして、偶然の運命の出会い。

 雪原で行き倒れている少女を拾い、息を吹き返したその子を見て、疾風は写真の少女に似ていると、遙に似ていると思った。

 まさか、この子が? と。

 何故? …いや、想像は出来た。逃げてきたのだ、この子は。疾風に取り引きを断られた神宮寺家では、きっと別の方法でこの子を葬り去ろうとしたに違いないと。

 奇しくも遙に託された友人の愛娘。
 神宮寺家の直系の子孫、神宮寺家の女神ラートリに愛されるただ一人の人間。

 本来在るべき場所へ戻してやりたいと思うのと同時に、疾風はこの少女を手に入れたいと思った。すべての守りを失った丸裸同然の女神の申し子。いや、ただ、女の子として、この子が欲しいと思ったのだ。

 幾度も襲う葛藤の中、ぎりぎりのラインで疾風は瑠璃の面倒をみて、父親がそうしたかったように、彼女の命を守っている。

 女神との約束のその日まで。

「う~ん…俺の理性もいつまで持つのかな」

 一生懸命ふうふう言いながら食事をしている少女を目の前に見つめながら、疾風は独り言のように呟く。一日何も食べていなかったため、食べ始めてようやく空腹に気付いた瑠璃には、その呟きは聞こえていなかった。
 


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


謎がいっぱいだぁ!

宝石、夜の女神・・・・うーん謎だらけ。
疾風は瑠璃の素性を知っているし、友人の愛娘なので元の生活にもどしてやりたいと思っている。これは彼女にとってはラッキーでしたね。
だけど・・・。
それ早く言ってあげないと、かわいそうですよ>w<
娼婦のような生活を嫌って逃げて死のうとしてる娘を勝手に生き返らせて、しかもまた同じような状況かと思っているなら、もう死にたくてしょうがないんじゃないかな? 少なくとも私なら、隙あらば死ぬか逃げ出す。
そして根性があれば復讐する!
#2041[2012/04/21 08:56]  あび  URL 

Re: 謎がいっぱいだぁ!

あびさん、

う…
実は、あまり‘謎’は氷解しないかも(・・;
っていうか、そんな深いモノはないっす、この世界。
まぁ、簡単に言ってしまえば、「描き切れてない」の一言でしょう(-"-

> 娼婦のような生活を嫌って逃げて死のうとしてる娘を勝手に生き返らせて、しかもまた同じような状況かと思っているなら、もう死にたくてしょうがないんじゃないかな? 少なくとも私なら、隙あらば死ぬか逃げ出す。
> そして根性があれば復讐する!

↑↑↑ちょっと笑いました。勝手に生き返らせて、ってとこに。
確かにそうっすよね。
ヒトはどういうとき、「死にたい」って思うだろう、とかって、ちょっと考えました。
一番は絶望したときだろうか。でも、そういう明確なモノがなくても、ヒトは‘死’へ向かうことがある。‘死’は恐怖であると同時に、甘美なモノなのかも知れない。

‘復讐’かぁ。
あれですかね、攻撃は最大の防御なり、ってやつ。
瑠璃ちゃんは、戦うことをまったく考えなかったんだな、そういえば。
そうか! 彼女自身、どこかで「分かっていた」或いは「感じていた」のかも知れん。
と、今突如として思いました!!
#2043[2012/04/22 06:34]  fate  URL 














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