「庄司に会った?」
その夜、ベッドの中で今日のことを聞かれて、昼食を三人で食べた話しをした途端、やつはどこか機嫌が悪くなった。
「…はい。弥生が約束してたみたいで…」
私は何の気なしに淡々と話していた。久しぶりに会ったら、庄司がすごく大人っぽくなっていたというようなことを。
ちょっとしたホテルのレストランで食事を取ったあと、やつは運転手を帰して、その上の階に部屋を取ったようだ。
あの施設の無駄に広いやつの私室に比べれば、それほど豪華でもないシンプルな部屋だ。大きなベッドが壁際にあってその向かいにテーブルと椅子が数脚、それだけだ。
しかも、バスルームとトイレが一緒になっている。変なの。
「何の話しをしたんだ?」
「何…って、特には。施設の子たちのこととか、庄司の今の仕事の話とか」
ふん、とやつは鼻を鳴らす。
「お前に未練がありそうなことを言ってなかったか?」
「はあ?」
今日はイヤだと言い張った私を有無を言わさず強引に抱いたあと、更にまだ私の身体を撫でまわしながら、劉瀞は、今日は一日何をしていたんだ? と聞いたのだ。
今さらとは思いつつも、今日はイヤだと言ってみたのは、せっかく『外』に出た感覚をしっかりと味わっておきたかったのだ。まだ、弥生と過ごした時間の興奮の余韻が残っていたし、目まぐるしかった一日の光景をゆっくり反芻して楽しみたかったのだ。
こいつに抱かれたら、私はもう訳が分からなくなって、いつの間にか朝が来てしまうというパターンだ。
「庄司は、たった一人、俺に戦いを挑みに来た男だったよ」
「…はあ」
何のことか分からなくて、私はするりと下へおりようとする劉瀞の手を必死に制しながら相槌をうつ。
「お前が欲しい、ってね」
「はああ?」
つまり、…あれか。
庄司は、付き合いを禁じられていた私に対して劉瀞に宣戦布告をしたことがあったらしい。そんなこと、まったく知らなかった。それに、彼はそんな素振りを見せたことなど一度もなかったのだ。
私は、庄司の気持ちや当時の私のことなんかより、現在の、弥生の心を強く思った。
弥生の身持ちは、じゃあ、いったいどうなるんだろう? と。
「庄司は良い男になってたって?」
「…そ…そんなこと…言ってな…っ」
「確かに庄司は良い男だよ。人間としても、男としてもな。でも、美咲、お前は俺のものだ」
だから、そんなこと一言も言ってないでしょう! っていうか、庄司だって、何も言ってないってっ。
「あっ…」
「覚えておけ、美咲。お前の身体を好きにして良いのは俺だけだ。他の誰にも触れさせることは許さない」
低い、静かな声だったが、それは本気で言っていることだけは分かった。絶対的な命令をくだすときの底冷えのするしんと沈んだ声だった。
そんなすごまなくたって、別に私は庄司をどうこう思っているわけでも、特別な感情を抱いているわけでもない。
それは、劉瀞に対しても実は同じなのだが、それでも彼の指示で養われている私が、敢えて彼に逆らったりはしないってことは分かっている筈なのに…。
「…だ、だって…‘恋’のひとつもしてみろ、って…」
余計なことを言わなきゃ良いのに、なんだか、やつの物言いの理不尽さに、ちょっと私は抵抗してみる。
「ああ、そうだよ。それは構わない。お前も人並みに恋愛を楽しんでみるが良いよ。『外』で働いてみても良い。でも、それだけだ」
まるで謳うように、柔らかな狂気の光を宿した瞳で彼は冷然と私を見下ろす。
「お前が狂って良いのは俺の腕の中でだけだ」
だんだん、やつの言葉が意味を成さなくなっていく。頭は朦朧として、ただ身体の熱さだけを感じる。
こんな中途半端で弄ばないでよ、と私は結局、やつに哀願するしかない。
いつでもこいつのセックスは激しかったが、その夜は異常なほどだった。
そして、恐らく真夜中過ぎに、やつが幾分満足して身体を離した頃には、私の意識はとっくになかった。
翌朝、目を覚ますと、劉瀞の姿はなかった。
私はあまりの疲労に身体を起こすことも億劫で、しばらくぼんやりとベッドから見える窓のカーテンの色を見つめていた。
やがて、生理現象でどうしても身体を起こさなくてはいけなくなり、やっとの思いで、身体をベッドから引き剥がし、ジュータンの上に足を下ろした。
いつの間にか、私の身体には薄い寝巻きのようなものが着せられてあって、なんだか分からないがため息が漏れた。
「い…っ、いたた…」
聞こえる自分の声がどことなくハスキーで、声が枯れているのが分かる。確かにちょっと喉が痛い。
しかも、身体中があちこちきしんで悲鳴をあげているようだった。
よろよろとバスルームに辿り着き、扉を開けると眼前の鏡に、私は一瞬「…?」となった。
「怪我でも…した?」
寝巻きから見えている胸元に赤い色が見えた。なんだろう?と思って、少し衣服を下にずらして、私は呆れた。
「何、考えてんの?」
胸元だけではなかった。ほぼ全身至るところにキス・マークが刻まれていたのだ。後ろを向いて背中を鏡に写してみて、更に私は、はあ…とため息が出た。いつの間に…。
「自分の所有物だと思ってた女を、他にも欲しがる男がいるってことに混乱してんのかな?」
‘恋’のひとつもしてみたくはないか? と、やつは言った。だけど、私は、憧れはしたけど、実はあまりそういう激しいものも熱いものも持ってない気がする。特に、こうやって現実的にそういうことに絡んで無駄に理不尽な目に遭うと余計に。
劉瀞って見かけに寄らず、嫉妬深いんだろうか?
それとも、単なる所有欲? 支配欲?
用を足して、ベッドに戻ると、さっきは気付かなかったが、枕元に何か紙切れが置いてあった。
『連泊することにしたので、好きなだけ休んでから、下のレストランで食事を取って(部屋番号を告げれば良いです)出かけてください。夕方までにはこの部屋に戻ること。』
龍瀞の字を初めて見た。
けっこう綺麗で繊細な字を書くんだな、と私は思った。殴り書きではなく、どことなく品のある丁寧な流れで書かれてあった。
「でも、今日は弥生は仕事だし、私、一人で何しよう?」
呟いてはみたが、せっかくだから外へは出ることにした。
今度はシャワーを浴びるためにバスルームへ入り、私は出かける支度を始めた。
その夜、ベッドの中で今日のことを聞かれて、昼食を三人で食べた話しをした途端、やつはどこか機嫌が悪くなった。
「…はい。弥生が約束してたみたいで…」
私は何の気なしに淡々と話していた。久しぶりに会ったら、庄司がすごく大人っぽくなっていたというようなことを。
ちょっとしたホテルのレストランで食事を取ったあと、やつは運転手を帰して、その上の階に部屋を取ったようだ。
あの施設の無駄に広いやつの私室に比べれば、それほど豪華でもないシンプルな部屋だ。大きなベッドが壁際にあってその向かいにテーブルと椅子が数脚、それだけだ。
しかも、バスルームとトイレが一緒になっている。変なの。
「何の話しをしたんだ?」
「何…って、特には。施設の子たちのこととか、庄司の今の仕事の話とか」
ふん、とやつは鼻を鳴らす。
「お前に未練がありそうなことを言ってなかったか?」
「はあ?」
今日はイヤだと言い張った私を有無を言わさず強引に抱いたあと、更にまだ私の身体を撫でまわしながら、劉瀞は、今日は一日何をしていたんだ? と聞いたのだ。
今さらとは思いつつも、今日はイヤだと言ってみたのは、せっかく『外』に出た感覚をしっかりと味わっておきたかったのだ。まだ、弥生と過ごした時間の興奮の余韻が残っていたし、目まぐるしかった一日の光景をゆっくり反芻して楽しみたかったのだ。
こいつに抱かれたら、私はもう訳が分からなくなって、いつの間にか朝が来てしまうというパターンだ。
「庄司は、たった一人、俺に戦いを挑みに来た男だったよ」
「…はあ」
何のことか分からなくて、私はするりと下へおりようとする劉瀞の手を必死に制しながら相槌をうつ。
「お前が欲しい、ってね」
「はああ?」
つまり、…あれか。
庄司は、付き合いを禁じられていた私に対して劉瀞に宣戦布告をしたことがあったらしい。そんなこと、まったく知らなかった。それに、彼はそんな素振りを見せたことなど一度もなかったのだ。
私は、庄司の気持ちや当時の私のことなんかより、現在の、弥生の心を強く思った。
弥生の身持ちは、じゃあ、いったいどうなるんだろう? と。
「庄司は良い男になってたって?」
「…そ…そんなこと…言ってな…っ」
「確かに庄司は良い男だよ。人間としても、男としてもな。でも、美咲、お前は俺のものだ」
だから、そんなこと一言も言ってないでしょう! っていうか、庄司だって、何も言ってないってっ。
「あっ…」
「覚えておけ、美咲。お前の身体を好きにして良いのは俺だけだ。他の誰にも触れさせることは許さない」
低い、静かな声だったが、それは本気で言っていることだけは分かった。絶対的な命令をくだすときの底冷えのするしんと沈んだ声だった。
そんなすごまなくたって、別に私は庄司をどうこう思っているわけでも、特別な感情を抱いているわけでもない。
それは、劉瀞に対しても実は同じなのだが、それでも彼の指示で養われている私が、敢えて彼に逆らったりはしないってことは分かっている筈なのに…。
「…だ、だって…‘恋’のひとつもしてみろ、って…」
余計なことを言わなきゃ良いのに、なんだか、やつの物言いの理不尽さに、ちょっと私は抵抗してみる。
「ああ、そうだよ。それは構わない。お前も人並みに恋愛を楽しんでみるが良いよ。『外』で働いてみても良い。でも、それだけだ」
まるで謳うように、柔らかな狂気の光を宿した瞳で彼は冷然と私を見下ろす。
「お前が狂って良いのは俺の腕の中でだけだ」
だんだん、やつの言葉が意味を成さなくなっていく。頭は朦朧として、ただ身体の熱さだけを感じる。
こんな中途半端で弄ばないでよ、と私は結局、やつに哀願するしかない。
いつでもこいつのセックスは激しかったが、その夜は異常なほどだった。
そして、恐らく真夜中過ぎに、やつが幾分満足して身体を離した頃には、私の意識はとっくになかった。
翌朝、目を覚ますと、劉瀞の姿はなかった。
私はあまりの疲労に身体を起こすことも億劫で、しばらくぼんやりとベッドから見える窓のカーテンの色を見つめていた。
やがて、生理現象でどうしても身体を起こさなくてはいけなくなり、やっとの思いで、身体をベッドから引き剥がし、ジュータンの上に足を下ろした。
いつの間にか、私の身体には薄い寝巻きのようなものが着せられてあって、なんだか分からないがため息が漏れた。
「い…っ、いたた…」
聞こえる自分の声がどことなくハスキーで、声が枯れているのが分かる。確かにちょっと喉が痛い。
しかも、身体中があちこちきしんで悲鳴をあげているようだった。
よろよろとバスルームに辿り着き、扉を開けると眼前の鏡に、私は一瞬「…?」となった。
「怪我でも…した?」
寝巻きから見えている胸元に赤い色が見えた。なんだろう?と思って、少し衣服を下にずらして、私は呆れた。
「何、考えてんの?」
胸元だけではなかった。ほぼ全身至るところにキス・マークが刻まれていたのだ。後ろを向いて背中を鏡に写してみて、更に私は、はあ…とため息が出た。いつの間に…。
「自分の所有物だと思ってた女を、他にも欲しがる男がいるってことに混乱してんのかな?」
‘恋’のひとつもしてみたくはないか? と、やつは言った。だけど、私は、憧れはしたけど、実はあまりそういう激しいものも熱いものも持ってない気がする。特に、こうやって現実的にそういうことに絡んで無駄に理不尽な目に遭うと余計に。
劉瀞って見かけに寄らず、嫉妬深いんだろうか?
それとも、単なる所有欲? 支配欲?
用を足して、ベッドに戻ると、さっきは気付かなかったが、枕元に何か紙切れが置いてあった。
『連泊することにしたので、好きなだけ休んでから、下のレストランで食事を取って(部屋番号を告げれば良いです)出かけてください。夕方までにはこの部屋に戻ること。』
龍瀞の字を初めて見た。
けっこう綺麗で繊細な字を書くんだな、と私は思った。殴り書きではなく、どことなく品のある丁寧な流れで書かれてあった。
「でも、今日は弥生は仕事だし、私、一人で何しよう?」
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