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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ) 4

 初めて、普通の社会を見た私は何もかもにいちいち興奮した。
 人間の多さ、いい加減さ、そして何か空気の密度が違っているような、空気の中に含まれる妙な微粒子、とでもいうのだろうか?そういうものの濃密さにくらりときた。

 風も光も色が違って見えたし、賑やかな通りの人込みや、色とりどりの店や人間のファッションや、音楽の多様さにびっくりした。画像で見るのと、実際に自分が肌で感じることのギャップがなんだか嬉しかった。本当に今ここにいるんだ、と私は何回も思った。何もかも珍しくて綺麗で、すべてが幸せそうに見えていた。

 弥生は、そんな私の様子を、ちょっと懐かしそうににこにこ見ている。
 私もそうだったよ、と言葉ではなくただ目でそう云っていた。
 店に入って、商品を選んでお金を払って手に入れる。

 その一連の動作が、私にはものすごい貴重な体験だった。どきどきして、かあっと頭に血がのぼったままで、何をやっているのか何を言っているのか、さっぱり分からずに終わっている。

 弥生が、何事もなくそれらをこなしている姿を惚れ惚れと眺めてしまった。

「あ、お昼に庄司と約束してるんだけど、一緒で良い?」

 そろそろ11時をまわるころ、弥生は時計を見て言った。

 庄司とは、やはり施設の子だった、彼女より2つくらい年上の男だ。彼は、やはりこっちで高校に通い、頭が良かったので、なんだかけっこうな職業に就いているはずだった。彼とは、ずいぶん会っていない。庄司があの施設を出て行って以来だ。

「良いけど。へえ、連絡取ってたんだ」

 私は懐かしい気持ちになって言った。

「うん。私、こっちに来てからずっと、いろいろ相談に乗ってもらってたから…」

 どこか淡い笑顔で弥生は笑う。何故か悲しそうに見えて、私は、おや? と思う。

「元気なの? 庄司」
「うん、めちゃめちゃ元気! 全然変わってないよ」

 弥生の笑顔がぱああっと花開いた。



「おう、美咲。お前まったく変わってないなぁ!」

 待ち合わせ場所だという何とかっている銅像の前で弥生とおしゃべりしていると、不意に後ろから背中を叩かれる。

「いったいなぁ! 顔見る前にどうして変わってないって分かるのよ!」

 振り返って庄司を見上げると、ビシッとスーツを着て、サングラスをかけた大男がそこにいて、私はびっくりした。元からまあまあ良い顔をした男ではあったが、正装した姿は何割か増しカッコよく見える。しかも、目がサングラスに隠されているので、どこか怪しい。

「久しぶり! 今日は社会見学だって?」

 社会見学ってなんだよ、とちょっとムッとしたが、私の動揺には構いもせず、庄司は笑って弥生にも挨拶し、「こっち、こっち」とすぐにどんどん歩き始める。

「ランチにはぴったりの店、案内するよ」
「え? ちょっと待ってよ」

 弥生は苦笑しながら、慌てる私の手を取って彼の後ろを歩き始めた。

「もう少し落ち着いて挨拶とか出来ないの?」

 私がぶつぶつ言っているのを聞いて、弥生は微笑んだ。

「庄司は忙しいからね」
「なんか、まあ頑張ってるみたいだね。普通の人みたいに見えるよ」
「うん、私もこうやってたまにランチを一緒に出来るのがせいぜいだもん」

 庄司は、相変わらず大きな声で賑やかにいろんなことを話し、私が何でも感動して驚いている様子を無遠慮に大声で笑う。見かけは変わっても、中身は本当に全然! 変わってないじゃん。そういえば、こいつとはこうやって対等に喧嘩をして、もっと幼い頃なんて、取っ組み合いの喧嘩までやらかして、周囲の大人に苦笑されたものだった。

 そういうことを思い出して、なんだかムカッときた私は久々に会ったこちらも幼なじみに文句を言ってみる。
 すると、

「いや、懐かしくてほっとするよ。お前は変わるな。美咲が変わらずにいてくれることは俺たち『外』の人間にとって救いであり、励みだよ。いつでも原点に還れる。大切なことを忘れずにいられる」

 と、そんな言葉を返されて私はぽかんとしてしまった。絶対、対等な文句が返ってくるものと覚悟していたのに拍子抜けだ。

「何のことよ?」
「『外』はいろいろあるってことさ」

 ほんの少し彼の光が陰った気がして、ふと、私は、あれ? という気持ちになる。この感じ…、なんか、知ってる気がする。しかし、それを反芻する間もなく、更に賑やかな通りの小さな店の前で、彼は「ここだよ!」と嬉しそうに声をあげていた。



 他愛ない会話をしながら食事を済ませ、庄司は仕事へ戻り、私は弥生とその辺の店を見て歩いて楽しんだ。弥生は特に何も言わなかったが、そうか、彼女は庄司のことが好きなんだ、と鈍い私もようやく感じた。

 彼を見つめる弥生の瞳が、いつでも切なく熱かったのだ。

 それに、庄司が気付かないわけはないと思うのだが、彼の態度はまったく友人のそれと変わらなかった。私には遠慮なくずけずけと何でも話し、弥生にはむしろどこか他人行儀だった。わざと知らぬ振りをしているのか、或いは本当に分からないのか…。

「そういえば、総帥とはどこで待ち合わせ? あの公園に戻れば良い?」

 夕方近くなって、弥生にそう聞かれ、私はその日、二度目のアイスクリームを舐めながら、あれ? と考える。

「そういえば、どこにいろってことは言われなかった…気がする」
「そんなぁ。じゃあ、どうする?」
「…じゃ、あの公園まで連れてってくれる?」
「それは構わないけど、夕飯、ウチで食べてからで良い? あの公園から近いのよ」
「そういえば、時間も何も聞いてないわ」

 さすがに、弥生は呆れた顔をした。

「何か、連絡手段は? 携帯電話とかある?」

 私は言われて、カバンの中をごそごそ探ったが、それらしきものは見当たらなかった。

「まぁ、良いわ。私が一緒ってことは分かってるわけだから、いざとなったら私の家に迎えにいらっしゃるんでしょ?」

 弥生は笑った。


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