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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ) 2

 目覚めた時、私は身体を何かで固定され、手足が動かない状態だった。いや、しっかり覚醒してよく見ると、固定されているのは腕だけで、あとはだるくて動けないだけだと判明した。

 私は白い診療用のベッドに寝かされ、身体には毛布が掛けてあり、両手首が何か金具で固定されていた。

「や…っ、何?」

 かすれた声で叫ぶと、頭の上から劉瀞の声がした。

「ああ、起きた?」
「どうして? 何…してるんですか?」

 私は声のした方を見上げるようにして文句を言う。

「すぐに済むから、騒ぐなよ」
「なっ? 何が?」

 左手首は更にベッド脇の棒状の金属に向かって伸ばされて、手首には包帯のようなものがグルグル巻かれている。そして気配に気付いてよく見ると、他にも数名人がいた。見たとことのない部屋。窓はなく、何やらいろんな機械がたくさん置いてある。

 不意にばさり、と顔を覆う布が掛けられて視界を遮られる。

「いやあぁぁぁっ」

 なんだか分からないなりにも、恐怖を感じて私は叫ぶ。足をバタつかせようにも、うまく身体に力が入らない。もがく私を無視して、頭の上では劉瀞と知らない男の声が不穏なことを相談し始める。

「こんな感じで良いでしょうか?」
「もう少し細く出来ないかな。見た目がごつすぎる」
「では、あと1ミリ、外枠を削りますが、それでぎりぎりですよ?」
「うまく中に埋め込んで…、そう、これも万が一を考えて二重の保護で」
「防水は大丈夫です。耐火は…まあ、本人が死ぬくらいの火だとこいつもヤバイでしょうね」
「本人が死んだら意味ないから、それで充分だよ」

 な…っ、なんの話しっ?

「やだやだっ、やめてっ…いやぁぁ」

 何がなんだか分からなくて、私は、無駄と知りつつも泣きわめく。

「うるさいよ、美咲。暴れると麻酔を打つぞ」

 私のすぐ頭の上から劉瀞の苛立った声が降ってくる。びくりとその声に反応して私は黙る。16のときから躾けられている。この声には逆らってはいけないと。

 もう、諦めて私は何が起こるのか分からない恐怖に震えるしかない。
 左手首には更に何か金属布のようなものが巻かれる気配がする。食品を包むアルミホイルのような感触だ。

 そして、ぎゅっと手首を細い何かで縛られたような感触の後、一瞬、ものすごい熱を感じて私は歯をくいしばる。手が焼けるような気がした。しかし、すぐ次の瞬間には冷たい空気を左手全体に感じ、熱さはほどなく消え去った。

「これで、大丈夫です」
「もうくっついたのか? 早いな」
「細いですからね」

 そして、手首を覆っていたものが次々と外され、自由になったらしい私の左手を、誰かの大きな手がぎゅっと掴んだ。

「い…いたっ」

 不意をつかれて思わず叫ぶと、劉瀞の声が笑った。

「手も無事のようだな」

 両手の戒めを解かれ、顔に掛けられていた布を取り払われて、茫然としていると、劉瀞が、私を毛布ごと抱き上げた。

「ありがとう」

 そう言って、私を抱えたまま彼はその部屋を出る。

「あ…っ、あのっ、ちょっと…っ」
「なんだよ?」

 扉が背後で閉まり、目の前には暗い廊下が続く。

「自分で歩けますからっ」
「それはそうだろうけど、お前、裸だぞ? 良いのか?」
「ええっ?」

 必死に劉瀞にしがみついていなければならなくて、そのとき、私はまだ気付かなかった。私に何が起こったのか。



「何…? これ。」

 私の左手首に巻かれた銀色のチェーン…というのか、一見、見た目は単なるブレスレットのような中央にゴールドをあしらった、綺麗だけどやたら丈夫そうなその代物。一箇所に平べったいプレートがあり、そこには何かデザインが施され、そのデザインに紛れて識別番号のようなものが刻まれている。

 そして、何より。
 これは絶対に外せない。手首には多少余裕がある緩さだったが、手を通り抜けることは出来ない程度の長さなのだ。取り外しの金具がなくて、まったくの輪であるそれは、チェーンに紛れて溶接した跡があり、さっきの熱はそれだったのだと愕然とする。

「気にするな。迷子にならない為のお守りのようなものだ」

 やつの部屋に戻り、私はようやく着替えを渡されて、初めて自分の左手を見たのだ。

「…そんな物、いつ、どこで必要なんですか?」

 確かにそれほど気になる物ではなかったが、なんだか首輪でもつけられたみたいで気分が悪い。

「外に出たときにね」
「外…に、出られるんですか? 私」

 あまりに意外なことを言われ、私は驚いて着替えの手が止まった。

「言っただろ? 連れ出してやろうか? って」

 やつは意味ありげな笑いを見せる。

「…本当ですか?」
「なんで、嘘なんて?」
「…」

 月に一度会うか会わないかのこの男を、実は私はよく知らない。ここにいない間、どこで何をしているのかも。この施設にこいつがいるとき、大抵私は呼び出されて一緒にいることが多いから、それ以外はここにいないということだ。

 そして、こいつがいない間、私はというと、この施設にいる幼い子たちの面倒をみているのだ。捨てられる子どもの数は、今も昔も減っていないということなのか、数は多くはないが、常に乳幼児がここにはいる。もしかして、この組織がどこからか子どもをさらってきているんではないかと疑ったこともあったが、そうではないことがすぐに分かった。

 中には、言葉を話せる程度になってからここに来る子もいるのだが、一様に虐待を受けたり、遺棄されたりして、そのままそこにいれば死んでしまっていた…という境遇の子ばかりなのだ。まだろくに意思表示も出来ない子でも、虐待の爪あとがある。

 私は、…いつか教えられた、私は単なる遺棄児だったから、まだマシだったのだと。虐待を繰り返されてきた子は、マトモに成長させることが本当に難しいのだと。

 それを、私も、ここで子ども達の世話をしながら、身を持って体験している。
 虐待は、身体だけではない、心をこそ、壊してしまうものだと。

 とにかく、ここにいる子ども達は抱いてあげなさい、と言われる。撫でてあげたり、ぎゅっと抱っこしてあげたり、頬を合わせたり、そういうことが必要なのだと。

 泣きわめくだけで、言葉を話すどころか、意思表示をマトモに出来なかった幼児が、ある日、私を「ママぁ」と呼んで抱きついてきたときの感動を忘れられない。その子が、その一言を、どれだけ言いたかったのかを知った瞬間だった。

 愛して、温めて、守ってくれるはずの‘母親’のぬくもりを、どれだけ求めていたのか。

 そうやって、子どもの世話をする女性たちは、皆、大抵本当の‘お母さん’という年代の人ばかりで、私くらい若い子は他にいない。それでも、人手は常に足りていない。重症の子は、一人がかかりきりで面倒をみないと回復出来ないし、他の子も皆、親の愛に飢えた子ばかりなので、誰もがその‘お母さん’を求めている。

 私は、まだプロ? ではないから、その隙間を埋める程度の役割しか出来ていないし…。

「いずれ、外に出て生きていく子ども達を育てているんだから、お前も外の世界を知らないとな」

 やつは至極真面目な表情で言う。
 一応、マトモなことを考えてはいるんだ、と私は失礼なことを思う。

 だけど、その降ってわいたような外出許可、とでも言うのか? 生涯、この景色以外見ることはないと思っていたモノクロの人生に、突然、色が付いたような気がする。

 視界が開け、夢を抱くことを知ってしまう。
 …本当だろうか?

「ああ、さっさと着替えな、美咲。今日は子ども達の健康診断日だろ? 行って手伝え。それに、お前もだろ?」

 ふと時計を見て、劉瀞は言った。

 そう。この施設では月に一度、身体検査というのか、健康診断がある。身長・体重の測定をして、問診があり、必要と判断されれば採血・採尿検査もある。そして、レントゲンとかMRIとかの設備もあるらしい。

 健康、という概念、身体についてはここでは必須科目として、幼い頃より、一番基本的なことを教わり、実際に自分たちの身体でいろいろな実験も行われる。

 まぁ、生きていくのに支障が出ない程度にではあるが。
 つまり、食べ物の偏りに寄って、身体がどうなるのか?とか、病気とは身体がどうなった状態なのか?ということを、徹底的に学ばせられる。

 実際に、肉ばっかり食べて生活してみたり、野菜ばっかり食べてみたり、ということをグループに分かれて一週間単位で実験し、それに寄る血液の変化を目で見て確かめる。体調を数値で確かめる、などということもやる。

 野菜や果物も自給自足だし、牛や羊や鶏も普通に飼っている。

 そういう生活の中に位置づけられているその健康診断では、女性では月経に関する質問もあり、細かな自覚症状も逐一チェックされる。そして、一人ひとりのデータはコンピュータ管理されている。

 

 テレビや映画などの映像媒体を、私たちはあまり観る機会はない。あまり、ないがゼロではない。選局はされるが、ニュース報道などやホームドラマのようなもの、歌謡番組などをたまに目にすることがある。だから、多少感覚がズレてはいても『外』に出たとき、まったく生きていけない訳ではない。

 外の世界に出る前には、そのギャップを埋めるための中間施設があるそうだ。そして、そこは『外』に適応していけない人が一時的に避難して、リセットしてやり直すために滞在出来る施設でもある。大抵はそこでカウンセラーや同じように帰ってきた避難者と暮らす内に、元気を取り戻して外の世界に適応していく。それすら困難で、更に病気になってしまったりした人はこの施設に戻る選択肢もある。

 私からすれば、こんな退屈な場所に戻りたい人間がいる、という方が信じられない。
 私は、ここを出る見込みが初めからほとんどなかったから、余計に憧れていた、ということもあるのだろうけど。


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