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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-13

 アイリスは、倒れた男をズルズル引きずって、廊下の端に横たえ、小さなガラスの小瓶を彼のポケットに忍ばせる。

「ああ、疲れた! 可憐な女性にこんな肉体労働させるもんじゃないわよ、まったく!」

 身体を起こして彼女はスッと背筋を伸ばし、エレベーターに向かう。廊下は静かだった。しかし、監視カメラが作動していたことをアイリスは失念していた。

 監視カメラ映像を観ていた警備が、慌てて6階へ向かう。そして、同時に7階の社長一家へ連絡が入る。お陰で7階へ向かったアイリスはエレベーターを出た途端、捕まってしまった。

「何モノだ、お嬢さん」

 あっという間に不穏な空気を抱く数人の男に取り囲まれ、アイリスは一瞬「あら」という表情をしただけで、初めから抵抗せずに捕まった。

 彼女を捕えた黒服の男が背後からその腕をねじ上げながら社長室へ引きずっていく。

「何すんのよ~。道に迷っただけなのに!」
「…道に迷ってどうして最上階まで来るんだ」

 ふん、と背後の男は笑い、周囲にいる比較的若い連中は無言で彼女を取り囲んでいる。
 エレベーターから社長室前までは朱色のジュータンが敷かれ、重々しい金属製の扉が奥に見える。

 そして、案内された扉の向こうは、趣味の悪い豪華な応接の間だった。いろんな動物の毛皮が床一面に並べるだけ並べられているという奇妙な空間。そして、壁には気味の悪い動物の剥製が並ぶ。

 どっかりと置かれた革張りのソファには羊の形をした羊毛がクッション代わりに敷かれ、その意味の分からない空間にアイリスはぞっと背筋が冷えた。そのソファの中央に彼女のターゲットである社長と、夫人、そして、背後には息子らしき人相の悪い男が立っている。

 社長の服装の趣味の悪さにもアイリスはウンザリした。ブランドというブランドに身を包んでいるが、…一言で言えば、そのあまりの脂肪体型に似合わないことこの上ないのだ。それはややランクは落ちるものの将来の体型を約束されているであろう、小太りの息子も同じだった。

 夫人はまるで骸骨みたいに痩せて頬がこけている。顔色がどす黒く、目が変にギラついている。決して健康そうには見えないのに、肌の照りは異常なほどだ。何かおかしな薬を使っているのかも知れない。

 まったく意味が分からない一家だ。

「気持ち悪い…」

 思わず漏れたアイリスの呟きに、背後の男がふんと鼻を鳴らす。

「誰に頼まれてここに忍び込んだ?」

 社長の野太い声が聞く。

「誰に…? そうねぇ、数え切れない被害者からだと思うわよ?」

 にこりと屈託ない笑みを浮かべてアイリスは社長の目を見据える。

「お前…一人か?」
「ええ」
「そんな筈はありませんよ」

 背後の男が言う。

「他に何人いるんだ?」
「一人よ」
「そんな訳ないだろう!」

 男の腕が彼女の腕をひねり上げる。

「きゃあああっ、痛いわよっ」
「だったら、本当のことを言え!! どこの組織だ? どのグループだ?」
「じゃあ、言うわよ。階下に100人よっ」
「デタラメを言うなっ」

 遂にカッと頭に血がのぼり、男はアイリスの腕を離してその頬を殴り飛ばす。腕力だけが取り得のあまり頭の良い男ではないらしい。

 大きな悲鳴をあげてアイリスは床に倒れた。唇の端に紅い筋が流れる。社長も夫人もどこか残忍な笑みを浮かべてその様子を見つめていた。

「いや、待て。こいつはテロ集団を率いてきたこの間のやつらの一味なのかも知れない」
「じゃあ…」
「そうよ、今日の客は皆仲間よ。今頃、階下は制圧されているわよ」

 一瞬、男たちの顔に動揺が走った。あら、言ってみるものね、とアイリスは心の中で舌を出す。

「とにかく、こいつは縛っとけ!」

 男が叫ぶと、傍らに立っていた若い男が慌てて紐を用意してアイリスの腕に手を掛ける。そのとき、起き上がろうと差し出した彼女の右手が男の手に触れたように見えた。そして次の瞬間には、男は奇妙な表情を浮かべて一瞬彼女を凝視し、そしていきなりその場に崩れ落ちた。

「…おいっ、どうした? 貴様っ、何を…っ」

 ぎょっとした最初の男がアイリスを捕えようとした瞬間、彼女はさっと身体を起こして、慌てて捕えようとしたもう一人の腕をすり抜けてソファの後ろに駆け込んだ。

 一同がはっとした瞬間には、彼女は息子の背後をすり抜け、すれ違いざま、その白い手が微かに彼の首に触れたように見えた。
 男たちが慌ててアイリスを窓際に追いつめたとき、夫人のけたまましい悲鳴が辺りを覆う。

「きゃああああっ!! 俊彦っ、俊彦さんっ? しっかりして! 誰か、誰か早く~っ」

 その声に驚いて男たちが夫人を見つめると、倒れた息子を抱き上げて彼女は狂ったように悲鳴をあげていた。息子の顔は奇妙に目を見開き、ぽかんと口を開いた状態で、もはや息をしていないのが見て取れた。

「このアマっ」

 怒り狂った数人の男たちが一気に彼女に向かい、社長は蒼白な表情で慌てて扉に向かって駆け出す。
 さすがのアイリスも数人の男相手に対等に戦える体力は持ち合わせていない。当然、逃げの一手だ。身のこなしはジャスミンほどではないが、そこそこ軽やかで、彼女の唯一の得意技は蹴りだ。

 ばっと長いスカートの裾を翻して繰り出される鋭い蹴りに一旦は男たちは引く。しかし、それで彼女の攻撃はお仕舞い。一瞬の隙を作って逃げ道を作るだけだ。最後に夫人の始末もやってしまいたかったが、そこまで余裕はなかった。我先に逃げて行った社長が開け放った扉に向かってアイリスも走る。

 廊下に出るとけたたましい警報ベルの音が鳴り響き、耳を塞ぎたくなるようだ。
 よたよたと走る社長に男が一人付き添って走っている。その後ろをアイリスが、そして、そのすぐ背後を数人の男が駆ける。

 社長がエレベーターに辿り着く刹那、アイリスの髪の毛を背後の男の腕が掴んだ。
 一瞬、青い顔をして振り返った社長は、すぐに開いたエレベーターに飛び乗る。

「テメェ、ぶっ殺してやるっ」

 最初にアイリスの腕を捕えた男だった。彼女の髪の毛を乱暴に掴んで彼女の身体を引き倒した男は、しかし、次の瞬間にはぎょっとした表情を浮かべ、そして、ゆっくりとその手を離して自分の手の平を見つめる。男の手の平の中央には何か小さなトゲのようなモノが突き刺さっていた。

 アイリスが自らの髪の毛に仕込んでいた毒針だ。

 廊下のジュータンの上に倒れてはぁはぁと息を切らしたアイリスが、ゆらりと起き上がり、それを目掛けて飛びかかろうとした若い男が、リーダー格の男がゆっくりと倒れるのを目の端に捕えてぎょっとして動きを止めた。

「篠木さんっ」

 しかし、呼びかけられた男は、何を答える間もなく、アイリスの前で膝を折って、そのままどうっと倒れた。

「き…っ、貴様っ、何をしやがった~!」

 社長の息子が殺られたことより、彼らにとってはこの男の方が大事らしい。若い男が逆上して飛び掛ってくる。

「待ちなさいっ、私を殺したら彼は助からないわよ!」

 ばっと後ろに飛びのいたアイリスが叫ぶ。

「なんだとぉぉっ?」
「解毒薬を欲しくないの?」

 アイリスは小さな小瓶を目の前にかざす。その透明なガラス瓶の中には小さな丸い玉が数個と丸められた紙が入っているのが見えた。

「解毒薬は一回分。そして、二度目以降の薬の処方箋。そして、私だけが解読可能の説明書。どう? 欲しいでしょ? しかもタイムリミットがあるのよ、当然」
「…それが本当だとどうやって証明する!」

 ものすごい形相で彼女を睨みつける数人の男に、彼女は微笑んでみせる。

「証明は彼が息を吹き返すことかしら?」

「そんな話、誰が信じられるか! お前はコロシを依頼されてここに来たんだろう? それで、殺す相手が生き返ったりしたらお前は仕事をしくじったことになる」
「あら、バカね。ターゲットを生き返らせる解毒薬なんてないわ。これはあくまで巻き込まれた人たちに使った毒に対してよ。欲しいの? 欲しくないの? 早くしないと手遅れになるわよ?」
「…寄越せ!」

 にこりとアイリスは微笑み、その小瓶を、彼女を睨みつけている男に向かって投げる。それを男が受け取った途端、その周囲にいた別の男たちが彼女に飛び掛ってきた。

「じゃあ、さよなら~」
「待て! 説明書は…っ」
「大丈夫よ、そこにすべて書いてあるわ、日本人なら誰でも分かる日本語でねっ」

 ぱっと飛びのいてアイリスは身を翻す。そして、エレベーターの先にある非常用扉に向かって走っているとき、エレベーターの扉が開いたのが目の端に捉えられた。

「あら、マズイわね」

 新たな敵の到来と思い、アイリスは非常口の扉に手を掛けた。ロックを外すのに一瞬手間取った彼女は、今にも背後に迫っていた男の手が伸びるのを覚悟したが、その男たちの気配は彼女に迫る直前で消えた。

 え? と思って扉の外にすり抜ける僅かの隙に振り返ると、そこには見慣れたジャスミンの背中があった。


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