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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-8

「じゃ、俺、送ってくるわ」

 目覚めたまままだぼんやりしている李緒の手を引いて、ジャスミンはアカシアに声を掛ける。彼の視線は厳しい。腕を組んだまま未だ賛成しかねている、という空気を醸し出して窓際につっ立っていた。

「あら、なんとかなっているわね。でも、もう少しこの辺が成長しないと着こなせないかしら?」

 アイリスは、貸した服の胸の辺りを少し整えてあげながらにっこりと微笑み、李緒は、はっと慌てて小さく「ありがとう」と唇が動いた。

「責任は取れよ」

 アカシアが大きなため息をついて背を向ける。
 は~い、と機嫌よく答えてジャスミンは李緒を連れて出て行った。

「…良いんですか?」

 牡丹はちょっときまり悪そうに上目遣いでアカシアを見つめた。自分の調べた結果がジャスミンをそういう行動に駆り立ててしまったのでは? と彼は多少の責任を感じていたらしい。

「良くはないが、…ジャスには何か考えでもあるんだろう。しかも、…師匠の‘仕事’の関係者だったら、仕方がないだろう」
「考えなんて、ないと思うけどぉ?」

 アイリスはテーブルに小さな部品を並べて、道具の整理をしながら笑う。

「アイ、俺がせっかく心を落ち着けようとしてるのに、そこで茶々を入れるんじゃない!」
「だぁって、何にも考えてませんっていう無邪気な顔で、まるで‘彼女’を家に送ってくる~、みたいにいそいそと出て行ったじゃない」
「それを言うなっ」
「師匠は確かにすごい男だったけど、ジャスはお坊ちゃんだからねぇ、まぁ、いざとなれば師匠が何とかしてくれるんでしょ」

 くすくす笑いながらアイリスはさっさと並べた道具をどこかに仕舞い込んだ。あっという間の出来事で、牡丹は思わず「あれ?」と目を見張る。

「そういう訳にはいかんだろう。だいたい、今、連絡取れるのか?」
「さあ。花篭なら取れるでしょう? 籍は置いているらしいし」
「あの…」

 二人の会話に思わず口を挟む牡丹。

「なんで、ジャスミンさんのお師匠? さんですか? お身内の方のことを、皆、知ってるんですか?」

 年若い牡丹の素朴な疑問に、二人は顔を見合わせた。

「あれ? 言ってなかったの?」
「何をですか?」

 アイリスは、少し遠い目になって二人から視線をそらしたアカシアをちらりと見つめて淡い笑顔を作った。

「ジャスの師匠って、『花籠』屈指の殺し屋さんで、人材集めのようなことをやってたのよね、当初は。だから、私たちにとってもある程度は師匠なのよ。…というより、恩人に近いかしらね」

 恩人?
 その言葉にふと引っ掛かりはしたが、牡丹は、それを受け流してきょとんとアイリスを見つめた。

「え? …つまり…」
「そう、つまり、私たちは、ジャスのお父さまの推薦で今ここに在籍しているのよ。彼に見つけてもらわなかったら、アカシアはともかく、私は狂っていたかもね。彼は、花籠のごく初期からのメンバーで、恐らく一番くらいの古株かな。仕事の基礎は、彼から教わったわ」

 微笑むアイリスの目には嫌悪も思慕も憧れも、何も読み取れなかった。
 恩人、かぁ…、と牡丹は改めてその言葉を反芻する。
 それは、僕にとってのアカシアのようなものだろうか…と。

 牡丹は、幼少期の頃からそれ(能力)に、気付いていた。しかし、大抵の能力者がそうであるように、彼もそれは誰もが持っている普通の力だと信じていた。

 そこそこ郊外の自宅の、庭先で時折見かける小さな蛇。
 心の中で呼び止めるとそれは長い首をくい、と彼の方に向けてその無機質な丸い瞳で彼をじっと見つめ返す。
 直接触れたりはしなかったが、彼は一人で退屈なときにはそれらを呼び出して、ただその行動を眺めて遊んだ。

 そして、成長するに従って、それは自分だけに出来ることだと気付く。蛇の姿を見て大仰に悲鳴をあげる家族や友人たちの姿に。それで、彼は蛇と心を通わせることが出来ることを、家族であっても他の人間に知られてはいけないのだと知る。

 そこから、彼の孤独と疑問の日々が始まる。

 人々に忌み嫌われる存在である蛇という生き物。その特異な生態と肢体。牡丹にとって愛しい友人である彼らへ対する他の人間の態度。自分が普通ではないと思い知らされる日々。

 それでも、彼は時々蛇と言葉のない会話を楽しむ程度で、相手を支配しようという意識はなかった。その異常性に疑問と嫌悪を抱いてはいても、彼は相応に友人も多く、能力者が孤独であるという一般的な条件を満たしていなかったのだ。

 たった一度。中学生の頃、彼はそれで友人を一人殺してしまうところだった。

 下校途中の些細なケンカ。そのとき通りかかった草原で取っ組み合った二人。殴られて口の中を切り、カッとした牡丹は思わず、そこに顔を出した小さな蛇に「噛みつけ!」と命じてしまった。それまで、そんな風に蛇を操ったことはなかった。お陰で、加減が利かなかったのだろう。

 小さかったが、その蛇の牙は鋭かった。ひゅっと飛び掛った勢いで小さな蛇は、尻餅をついた状態の相手の少年の首筋に牙を立て、それが運悪く頚動脈に突き刺さった。

 相手の少年は、悲鳴をあげてその場でのた打ち回り、倒れた勢いでその小さな蛇は地面に叩きつけられ、しかも、倒れた少年の下敷きになって潰れてしまった。その、無残な、可哀相な死体。そして、友人の首から勢い良く血が吹き出し、牡丹はそれらのあまりの光景に驚愕と恐怖と吐き気とで、全身から血の気が引き、凍りついたようにその場で固まってしまった。

 その現場にたまたま居合わせたアカシアが、蛇に噛まれた友人の応急手当てを施し、蒼白な表情で茫然とする牡丹を見て、それに気付いた。目の前の少年が特殊能力者であることを。

 そのとき、牡丹の瞳は真っ黒だったのだ。
 つまり、瞳孔が開ききった状態だったのだ。それは、生きた人間には通常あり得ない状態だ。そして、それは宇宙の深遠を覗き込んだようなぞっとする真っ暗闇だった。

 そのとき、アカシアがいてくれたお陰で、牡丹はその‘闇’に食われてしまわずに済んだ。彼が、それは特殊な能力であって、使い方さえ誤らなければ大丈夫だと、異常者などではないこと、これは事故だったのだと、静かに言い聞かせてくれたのだ。

 牡丹はある意味、二重人格的な要素を抱いているかも知れない。

 普段はごく普通の少年だ。いくら能力があったとして、殺人に関わるような、関わらなければならないような事情は持ち合わせていない。およそ、普通の状態で‘殺人’など考える筈もない。

 今、牡丹はメンバーとして名を連ねてはいるが、今まで彼はアカシアの補助的な作業しか請け負ったことはない。直接、殺すことはしていなかった。

 ただ、今後、猛毒を持つ蛇を扱うことになったときは分からない。そして、蛇に命令をくだすとき、牡丹は普段の彼ではない。その瞳が真っ暗であるということではなくて、もっと根本的な理由で。

 普通、人は人を殺そうなんて考えない。特に、憎んでいない相手を、仕事としてなど。
 それをこなすこと自体、すでに常人ではないのだろう。その暗黒面は単にアカシアへの恩義や憧れでは説明出来ない。

 或いは、…仕事として蛇と関わることに、牡丹はどこかで喜びを感じているのかも知れない。それまで友人であった彼らへの敬意として。


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