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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-7

「ビンゴ~」

 と、牡丹が図書館のパソコンにてあっという間に李緒の過去を調べ上げて戻ってきたとき、ジャスミンは眠り続ける少女を見下ろして隣の部屋に佇んでいた。

「あれ? ジャスさんは?」
「隣よ」

 気だるそうにソファに沈み込んでいるアイリスに指さされ、牡丹は、ちょっと躊躇いがちに彼女を見返す。アイリスは、目を閉じて、恐らく薬の調合をイメージしているようだった。

 彼女は実際に毒物を合わせる前に、ある程度の毒性や副作用を脳内に取りこんで試してみる。そのイメージ力はかなりの割合で現実にフィットする。実際にその薬には一切触れていないのに、彼女の脳内には取りこんだ毒がどのように神経に、そして筋肉に作用し、その場合の身体に表われる症状から‘死’に至る過程が綺麗に再現されるのだ。

「今、入って行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、万が一、お楽しみの最中でもジャスは気にしないから」
「いや、僕が気にするんですけど」
「良いから、行ってらっしゃい。早くしないとアカシアが帰ってくるわよ~」

 はあ…と、牡丹は渋々隣の部屋に向かう。アカシアは今、竹の店に必要物資を調達しに出かけていた。

「ジャスミンって、しかしよく分かんない人だよなぁ」

 ジャスミンは単独の任務が多いため、牡丹は直接彼と関わる機会はそう多くはない。リーダー格のアカシアのことは彼も少なからず尊敬していたし、アイリスは牡丹にとって姉のようなものだ。しかし、ジャスミンは筋肉質でがっしり目の体つきの割りにどこか神経質そうな繊細な部分があるような気がして、そして、時々宿る奇妙に冷えた瞳に、牡丹は彼の扱う蛇たちと同じ無機質さを感じることがある。

 それ自体に嫌悪を抱いたりはしないのだが、彼のそういうときの目の奥には誰かがいる気がして、牡丹は不思議に思うのだ。

 牡丹は、蛇の意識に自らを沿わせることが出来る稀有な能力の持ち主だ。だけど、本人は普段、ただただ底抜けに明るい普通の大学生なのだ。そんな特技があることを、家族も友人も、誰一人知らない。それを見つけたのがアカシアだった。

「あの~」

 とんとんと扉をノックすると間髪入れずにスッとドアが開き、ジャスミンが顔を出す。

「わっ…、すみません。あ、これ…」

 驚いて牡丹は声をあげ、慌ててプリントアウトしてきた資料を彼に見せる。

「入って~」

 ジャスミンはにこりと彼を招き入れる。そして少女が眠るベッドにちらりと視線を投げてから、反対側にあるもうひとつのベッドに腰掛ける。牡丹は恐る恐る部屋に足を踏み入れ、やはりちらりと彼女の顔を見つめた。

 まるで息をしていないかのように、静かに眠り続ける少女。顔の半分が毛布に隠れて、目元しか見えない。

 一人この部屋に置かれた李緒は、遭遇した現実の出来事よりも、今まで覆い隠されていた記憶の波に翻弄された疲れで睡魔に襲われ、ふらふらとベッドに倒れこんだ途端、すとん、と電池が切れるように眠ってしまっていた。

 その眠りはまるで‘死’のように深い。
 意識は、彷徨っているのだ、‘闇’の中に救いを求めて…。

「…眠って…るんですよね?」
「ああ、うん。殺しちゃいないよ」

 牡丹から手渡された資料に目を通しながらジャスミンは言った。

 牡丹は、一見、穏やかそうで温厚そうで、だけど変に澄んだ空気を抱くジャスミンに視線を移してじっと彼を見つめる。普段の彼に‘殺人者’の印象はない。アカシアは、それほど顕著ではないが、見る人が見れば、どことなく研ぎ澄まされたオーラがあり、その立ち居振る舞いに堅気の人間ではない色を感じるのに、ジャスミンにはそういう雰囲気がまったくない。ちょっと身体を鍛えている会社員、或いはまだ大学生でも通る。そして、語尾を延ばす甘ったるい話し方に、お坊ちゃん育ちであろう要素が加わる。

 実際の仕事の現場はまだ見たことがないが、彼が人を殺す瞬間も、実はその空気は変わらない。その口元には笑みさえ浮かべ、瞳に狂気さえなく、致命傷となる肌をすっぱりと切り裂く。らしい。

「これ、…間違いなく師匠の仕事だな~…、ああ!」

 ジャスミンは顔をあげて目の前につっ立っている牡丹を見上げてにっこり微笑んだ。

「思い出した。この子は…そうだ。師匠が請け負ったあの仕事だ」
「あの仕事…って言いますと?」
「うん」

 ジャスミンはうっとりしたような表情を浮かべた。いや、そういう話題じゃないでしょう? と牡丹は突っ込みたくなる。

「この子の親はさ、ヤクの売人で、本当にろくでもない人間だったんだよね。しかも自分の子どもを虐待して一人目は殺してる。そして、この子は二度目に出来た子ども。確か、親はこの子の目の前で殺されてるよ。師匠にね」
「うわ、何ですか、それ。アイリスさんじゃないですけど…最悪じゃないですか」
「そのとき、師匠が妙な暗示を入れたんだろうなぁ。恐らく、いつか迎えにくるからって感じのことを…。つまりはだからそれまで今見たことは忘れなさいってね。それが…もしかして、記憶障害の一因かなぁ。まぁ、確かに覚えていたくない出来事だっただろうから、すんなり暗示が入ってしまったんだろうね。可哀相に」

 言いながら、ジャスミンはふい、と牡丹から視線をそらして窓の外の空を見つめた。まるで、そこに当時の映像が映写されているかのように、ガラス窓を凝視する。

「殺さなかった女の子のハナシ、一度だけ聞いたことがあったんだぁ…。なんでかな、妙に印象に残ってた。あんまり自分の仕事のことを話す人じゃなかったから…」

 そんな家業(?)の家に生まれたジャスミンの心がうまく掴めず、はあ、と間抜けな相槌を打って、牡丹は曖昧に微笑んだ。

「でも、じゃあ…どうします? この子は…」
「そうだね~。…とりあえず…」

 ジャスミンのとんでもない言葉に、牡丹は素っ頓狂な声を上げる。

「住むところを探してやって、そこに帰してくるよ」
「えええ~っ? 良いんですか? 帰しちゃったりして!」


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