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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-5

「とりあえず、その子は隣の部屋にでも監禁しておけ」

 アカシアに言われて、ジャスミンは隣の仮眠室へ李緒を連れて行った。アイリスが適当な服を貸してくれたので、彼は李緒をそれに着替えさせる。サイズは合っていなかったが我慢してもらうしかない。

 部屋の大きさはさほど変わらない。ただ、そこは寝具があり、休憩設備が整っている。閉じたままのカーテンの向こうには窓があり、平屋のそこは窓から逃げ出すことも可能だ。

 逃がすなよ、と念を押されてきたものの、ジャスミンはその部屋の中で、う~ん、と考え込む。

「李緒ちゃん、君、このままここにいたら殺されちゃうかも知れないから、良かったら俺らが知らない間にこっそり逃げてくれる?」

 にこりと見下ろされて、言葉と裏腹な柔らかい彼の表情に李緒はぽかんとする。

「でも、…ジャスミンは、私を迎えに来たんでしょ? 私は待ってたの」

 そう言葉にして、李緒は何かを思い出しそうになった。それまで封をして閉じ込めていた記憶。忘れたはずの遠い闇。受け留めるには大きすぎる、残酷すぎる一連の悪夢の幻想。

「あのとき、…約束したよね?」

 ジャスミンは眉を寄せて彼女を見下ろした。

「何を言ってるの?」
「ずっとずっと小さい頃に…会ったよね? あのとき…私を助けてくれたんだよね…?」

 不意に李緒の瞳は虚ろになり、あのときの衝撃的な映像が真っ赤に浮かんだ。あのとき殺されたのが実の両親だったとは、彼女には分かっていない。恐怖と痛みと、狂おしいほどの飢え。愛されたかった幼い子どもの悲鳴。それだけがこだまする。

 そこに黒い人影が囁いた言葉が不意に蘇った。時間軸を巻き戻したように、まるでその場でそう囁かれたように。

‘大人になったら迎えに来るよ…’
 李緒は不意にジャスミンの胸にすがりついた。

「迎えに来て…くれたんだよね?」

 ジャスミンは一瞬躊躇った後、その小さな頭を抱き寄せた。

「違うよ、李緒ちゃん。俺は君に会ったことはない」
「…嘘。」
「…じゃあ、嘘。」

 正しいことを貫いて誰かを傷つけることをジャスミンはしない。優しさでは、ない。そうやって自己を主張したり、争ったりすることが苦手でむしろクールなだけだった。
 李緒は顔を伏せたまま彼の服を握っていた手にぎゅっと力を込めた。

「…そ…だね。おかしいよね。だって、あのとき、…ジャスミンはもう今と同じくらいに見えたもん。…そうだよね」
「俺が…そのとき、君に何をしたの?」

 李緒は首を振った。

「分からない」

 あのときの記憶は曖昧だ。それまで受けていた暴力も、怯えて暮らした日々も、出来るだけ息を潜めて生きていた時間も。何も感じないように、泣かないように、彼女は心を殺して生きていた。その氷の時間は、実は凍ったまま彼女の中に閉じ込められている。

 そして、そこから不意に解き放たれたことを、彼らがいなくなってしまったことを、李緒は長い間実感として感じることが出来ずにいた。

 施設に引き取られてからも大分長い間、李緒の心は外へ向かわなかった。
 たった一つ。まるで暗示のように彼女を支配していたのが、恐らく、‘迎えに来る’と言った男の言葉。
 今まで、誰も彼女をそこから救い出してはくれなかった。

 あの日、いつものように、何か気に入らないことがあってヒステリーを起こした母親に殴られていたとき、不意にそれが止んで、鬼のようだった両親は動かなくなった。
 男が去ってしばらくしても、李緒は今にもまたこの二人が起き出してきて、彼女を殴りつけるのではないかと、ずっと怯えて固まっていた。

 愛されることなどとっくに諦めて、彼女はただ耐えることで毎日を生きていた。
 本当は凍える心を、冷え切った手足を温めてくれる優しい手を死にそうなほど求めていたのだ。
 優しく抱いてくれる腕を。

「何を約束したの?」
「…迎えに来るって」
「そうか。じゃ、約束は守らないとね」

 李緒は驚いて顔をあげた。そして、ジャスミンの何も考えていないような、むしろ冷たいとも取れる瞳に出会って言葉をなくす。

「でも、これからちょっと忙しいんだ。家はどこ? もう少ししたら送っていくよ」

 ジャスミンは柔らかい笑みを見上げて、李緒の目から涙が零れ落ちた。

 約束。
 その言葉に李緒はすがった。その先に何が待っているのかなんて分からないのに。そして、明かに彼はあの男じゃない。どうしたって年齢的に無理がある。別人に違いないのに、同じ声をして、同じ目をして、窮地から救ってくれた。

 このまま甘えてすがりたい、とどこかで祈った。
 誰にも打ち明けたことのない‘闇’を、共有してくれそうに感じたのだろうか。

「…家なんて…ないよ。まだ、住む場所なんて決まってないもの」
「じゃ、俺が探してあげる」
「どうして?」
「だって、約束したんでしょう?」

 ジャスミンはそのとき、薄々気付いていた。彼女の言う‘約束の相手’が、恐らく父であろうと。彼らはよく似ていた。その背格好も声も。そして、彼の手技は父親からの直伝だ。同じように黒尽くめで仕事をこなす二人は、恐らく同じ人間に見えただろう。

 するとこの子は、二度目の目撃者であり、二度目の被害者の関係者ということになる。

 ジャスミンは記憶を辿る。かつて父が関わったであろう仕事の記録を。彼は冷徹な殺人者であった。ターゲットがどれだけ命乞いをしようと、相手が女性であろうと、心を動かされることはなかった。仕事中の彼は‘ヒト’の心を凍らせている。

 だけど、それ以外の関係者、父はターゲット以外の人間に決して手を出さなかった。それは徹底していた。その後、どれだけ不利な事態に陥ることになっても、居合わせてしまった他の人間を巻き込むことを嫌った。

 お陰で彼は今、警察内に似顔絵が出回り、隠れたり逃げたりという事態が面倒になって海外に身を潜めている。
 籍を『花籠』に置いたまま、他組織で働いているのだ。

「約束は守らないとね」

 それが、父が交わした約束でも。
 正直、面倒だなぁ、と感じながらも、そういうことには妙に純粋なジャスミンは、いつも如く、後先をあまり考えずに請け負ってしまった。



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