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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-4

「…で?」

 アカシアは、憮然と腕を組む。

「どうするんだ?」
「俺もよく分からないんだけどさぁ、なんか、懐かれちゃって」

 ジャスミンの胸までしか身長のない少女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、彼は困ったように笑ってみせる。李緒は、どこかぼうっとした表情でジャスミンとアカシアを交互に見つめていた。

「この子…ちょっと記憶障害のようなものがあるらしいんだ。個人票に書いてあったけど」
「はあぁぁ?」
「…どうしようね?」

 にこにこアカシアを見つめるジャスミンに、アカシアの怒りが爆発しそうな気配を感じて、牡丹が慌ててフォローを入れようと試みる。

「あ、あのさ…ほら、今すぐ帰してくれば分からないんじゃ…」
「そうだよねぇ。…まぁ、施設は今大混乱だろうからね。それに乗じて…」

 ジャスミンの考えなしの台詞に遂にアカシアがキレる。

「誰がその子を殺人現場まで送り届けるってんだ! 行った途端、待ち構えている警察に捕まるのがオチだろうがっ! だいたい、コロシの現場を見られているんだろう? 目撃者なんかつくるやつがあるかぁっ! そんな初歩的なミスをなんで今さら犯したんだっ」
「う~ん、ほら、あんまり好きじゃないんだ、俺。変態オヤジって」
「言い訳にすらなっとらんわっ」
「だって、リーダー、どうする? 目の前で女の子が犯されかけてたら。気持ち悪くない?」
「バカタレっ、それとこれとは話が違う! 仕事は仕事できっちりやれ!」

 だから、仕事はしたんだけど…と、ジャスミンは肩をすくめつつ適当にその辺から服を引っ張り出して着替えを始め、李緒の肩にはガウンを着せ掛ける。

 この家は、よくこうやって集まる空間なので、ジャスミンに限ってではあるが、着替え程度は適度に置いてあったのだ。アイリスはもちろん、人前で肌をさらしたりは決してしないし、牡丹は実家がそれほど離れていない。

「仕事ってのは、後始末も兼ねているだろうがっ、一体、なんだ、今日のそのお粗末さは!」

 おろおろする牡丹と額に青筋を立てて怒鳴り散らしているアカシア、そして、相変わらずのんびりとしたジャスミンの声に呆れながら、アイリスが大仰にため息をついた。

「どうでも良いから、怒鳴るのやめてくれる? 後始末は本人に任せて、もう一個の仕事の話に取りかからないとマズイでしょう?」
「え? 任せられたら困るよぉ、俺」
「連れてきちゃったのはあんたなんだから、なんとかしてよ」

 目撃者の存在に興味を失ったらしいアイリスは、ソファで一人、マニキュアを塗り始めていた。牡丹もそろそろと二人の間から抜け出して壁際に寄る。

 アカシアはまだ頭から湯気を出しそうな険しい表情のままだったが、最後にぎろりとジャスミンを睨んで、腕を組みなおしてソファにどっかりと腰を下ろした。

「始末はつけろ。早々に!」
「ええ~…?」

 かなり残念そうに、ジャスミンは李緒の頭を抱き寄せて耳を塞ぐ。どこか虚ろな瞳の少女に、だけどそんな会話を聞かせたくはなかったのだろう。

「殺せってことかい? せっかく苦労して連れてきたのにな。…そうだ、牡丹、君の彼女にしないかい?」
「僕は、年下はあんまり」

 牡丹はにこりとジャスミンを見つめる。

「アカシア…」
「断る」
「あなたが、面倒見てあげればぁ?」

 話しにすっかり飽きたらしいアイリスは爪のマニキュアをふうふう乾かしながら適当に言う。

「確かに、ほら、ここにいるとき、食事の支度なんかしてもらえれば私たち、助かるじゃない?」
「なるほど。お前が楽になるからな」

 ふん、とアカシアはアイリスを睨む。

「良いじゃない? それでなくても、年間、何人殺してると思ってんの? 無意味で無粋な殺戮は控えるべきよ。特に、まだ女の子よ? 結局、まだ男を知らないままでしょ? それは気の毒よ」

 アイリスは不意に艶っぽい目でジャスミンを見つめてにっこりする。

「お前のものさしで何でも物事を計るなよ」

 アカシアは同意しそうなジャスミンをぎろりと睨み、さっさと始末しろ、と目で促す。

 李緒は、男たちの会話を大筋では聞こえていたし、理解していた。そして、人が殺される現場を見てしまったことも、それがどういうことなのかも。しかし、あのとき、ジャスミンに見据えられその声を聞いた途端、何故かすべてが曖昧になってしまったのだ。

 彼女は、もともと極度の記憶障害を持っていた。施設に引き取られるまでの一切を覚えていない。親の顔はおろか、自分の名前すらも分からなかった。普段はごく普通の少女なのに、ふとした瞬間、不意に意識を失ったり、記憶が飛んだりする。

 事件の被害者遺族として施設保護となった子だったことが影響しているのだろうが、詳しいことは専門医にも分からなかった。
 妙に人懐こかったり、逆に狂ったように何かに怯えたりと情緒が安定せず、ずっと精神科と縁が切れずに今まできた。

 学業は最低限こなし、不安定ながらも社会に出ることが決まった矢先のことだった。

 恐らく、ジャスミンの何気ない一言‘一緒に…’というフレーズに李緒は奇妙に反応し、自らジャスミンについて来たのだ。記憶障害はあっても知能に問題はない。それなのに、何故そんなことになったのか。

 ジャスミンは、実際、本当に連れ帰るつもりはなかったのだろう。途中で彼女を解放し、口裏を合わせる手はずを整えて逃がしてやるつもりだった。

 襲われそうになっていたところを助けてくれた相手を、殺人者として訴えたりしないだろうと彼は分かっていた。そして、彼女の瞳に浮かんだ奇妙な信頼の色を。彼女は、現場ですら叫びもしなかったし、彼に恐怖と侮蔑の視線を向けることはしなかった。

「逃げな。俺は追わないから」

 李緒を連れて現場を立ち去ったジャスミンは、駐車場に停めてあったごく普通の乗用車で少し遠回りをしてこの隠れ家に向かった。途中の静かな路上でジャスミンは車を停めて、李緒に言う。しかし、彼女は迷うことなく小さく首を振った。

「殺されたいの?」

 ジャスミンの声は冷たくもなく、からかっている風でもなく、ただ淡々として、彼はハンドルを握ったままその手に顎を乗せて助手席の彼女を不思議そうに見つめた。

「貴方は誰?」

 李緒は同じ質問を繰り返す。

「俺はジャスミン」
「ジャスミン…? 花?」
「そうだよ」

 ジャスミンは目を細める。それでも、その奥の光は鋭い。

「…私、何も覚えてない」
「何のこと?」
「何も」

 心細げにジャスミンを見つめる少女。むしろ、それはすがるような視線に感じる。ちょっと困って、ジャスミンは彼女の頭を撫でてみた。仔猫のようなふわりと柔らかい髪。顔立ちが幼く華奢なので、中学生くらいにも見える。もともと‘家族’も‘保護者’もいない彼女は、人間関係の基礎がぐちゃぐちゃだ。そこに記憶の障害が更に追い討ちをかけ、他人との距離の測り方が分からない。彼女にとって、ヒトは、信頼出来るか出来ないかの二種類しかいなくて、それは、凡そ、彼女の直感のみに寄る。信頼して良いのか分からない男なのに、しかも、犯罪者なのに、彼女はジャスミンと名乗ったその男との繋がりをどこかに感じていた。それに混乱して、李緒は俯いて唇を結んだ。

「何も見なかったことにしてくれるってこと?」

 李緒は頷いた。ジャスミンはくすくす笑い、その声に、彼女は顔をあげて横にいる男に視線を向けた。そして、初めて本当に彼が笑っていることを知った。

「私を…迎えに来たんでしょ?」
「…そうなのかなぁ? 俺は白馬の王子さまじゃないんだけどなぁ」
「連れて行ってくれるんでしょ?」
「天国へ?」

 うん、と李緒は頷く。
 言葉を何も受け取ろうとしていない、とジャスミンは感じた。なんだろう? この子のこのちぐはぐな空気は?
 誰に対してもこんなに無防備なんだろうか。

「あのねぇ、李緒ちゃん、俺の言ってる意味分かってんの?」

 ジャスミンは目を細める。赤ん坊をあやしているように、幼い子を見つめる「困ったなぁ」という表情で。
 李緒にも、実はさっぱり分からない。自分が何を言ってるのか。彼に何を求めているのか。

「まぁ、良いや。判断するのは俺じゃないし、君、その格好じゃね。服も着替えないとボロボロだし、血もついているしね。確かにこんなどころで下ろされたって困るよなぁ」

 ジャスミンは、生まれながらの‘殺し屋’だ。

 つまり、彼の父親が同じ家業で、その頃立ち上がったばかりの『花籠』の最初の登録者だった。花篭龍一は当時彼の父親より大分年下だったらしい。それでも龍一には生まれ持った‘裏’の人間たる貫禄と実力があったようだ。龍一も生粋の‘裏’の人間で、その血筋は遙か古の闇の組織に繋がるという噂だ。恐らく歴史の影で暗躍した忍者や鬼の一族などのような。

 義務教育からはみ出して中学校をリタイヤしたジャスミンは、その頃からすでに父の跡を継いで『花籠』に名を連ねて仕事をこなしていた。

 ひとつ問題があるのは。
 彼は自分が世間から大きくズレていることを自覚していないことだ。いや、仕事の内容ではない。彼は、夫と息子が属する世界なんて何も知らないごく普通の母親に育てられているのに、父親の血が色濃く出たせいなのか、既に世の中に対する感覚も、人間関係の基礎もおかしかった。

 愛されて育っているので、人間的に情緒的な欠陥は大きくはない筈なのに、どこかおっとりした空気の中に妙な狂気が混じっている、とでも言うのだろうか。いや、マトモな感覚を殺さないと「命を奪う」仕事を続けられないのかも知れない。それをあまりに早く学んでしまったのだろう。

 彼は、何事にも執着の薄い人間に育っていた。
 それは、しかしこの世界に生きる限り、必要なことであろう。大事なモノが増えることは、それを失うことを恐れることだ。そこに欲が生まれ、隙が生まれ、ギリギリの過酷な仕事に支障を来たす。

 少なくともアカシアにはそういう自覚があり、彼は仲間を守る責任もあった。

 ただ、…ジャスミンは、むしろ守られて慈しまれて育ってきたせいで、そういう緊張感やギリギリに研ぎ澄まされた感覚が薄い。仕事をしている瞬間以外、彼は警察が目をつけそうにないちょっと頭の弱そうなお坊ちゃんにしか見えないのだ。それが今までは幸いしているのだが。
 

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