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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 2-1

 ときは遡る。
 12年前の春の夜半過ぎ。

 小さな平屋の一軒屋。玄関を入ってリビングのソファの傍ら、その子はほぼ無表情で一部始終を見つめていた。かつて白かったであろうその壁は赤茶色に煤け、壊れかけたテレビと壊れそうなテーブル、乱雑に散らかったその6畳ほどのスペースでたった今行われた惨劇。

 まだ5歳に満たない幼いその少女は、茫然、とその男を見上げた。

 辺りにはおびただしい血が飛び散り、目の前には男と女が息絶えていた。少女の身体には痣やヤケドの跡があちこちにあり、今もまさに殴られて頬を腫らしていた。

 その、ついさき程まで少女に暴力を振るっていた男女は既に絶命し、殺人者は、ゆらりと少女に近寄った。

 窮屈なワンピースを着せられて、ろくに食事も与えられていなかった彼女は、ナイフを左手に持ち替え、すうっと右手を伸ばしてきた相手から、反射的に身を引いた。

 殺される…、という明確な恐怖はなかった。ただ、ヒトの手が、温かい優しいものだと彼女は知らなかった。それは彼女にとって苦痛を与えるものでしかなかったから。

「お母さんにそっくりだな、お前」

 殺人者は、たった今喉を切り裂いた女の遺体を見下ろして、そして、ゆっくりと屈みこむと、手袋を外して少女の頬に手を触れる。

「大きくなったら良い女になるだろうな」

 くい、と少女の顎を持ち上げて、彼は笑った。
 その手の生暖かい感触に、少女はぴくりと身体を震わせ、背筋が変に粟立つのを感じる。

「良い子だ。大人になったら迎えに来るよ。俺の女になれ。そう約束したら助けてやる。それまでは、ここで見たことはすべて忘れるんだ。君は何も見ていない。良いね?」

 くすくす笑って、少女の頭を撫で、彼は立ち上がる。狂気の光を宿していないところを見ると、単なる冗談だったのだろう。目撃者を殺さずに放っておいたのは、相手があまりに幼かったことと…。

 親からひどい虐待を受けていたことが明白だったこと。
 口封じに殺すにはしのびなかった。

 それに、彼は一見して誰と分かるような格好はしていなかった。瞳だけを覗かせたフードをかぶり、全身黒尽くめ。この子がどんな証言をしたとして、彼に辿り着くことは不可能だと思われた。

 男は入ってきたときと同様、風のようにすうっとその部屋から消えた。
 少女は、茫然と、その場に座っていた。
 異変に気付いた近所の人が、翌朝助けに来るまで。




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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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