「チェリー…」
狂いそうな思い出にもまれていたローズは、全身汗びっしょりになって現実に戻って来た。そして、そばに佇む奈緒を青い顔で振り返った。
「君、もしかして…写真を見つけた? 壁に貼られていた…」
奈緒は小さく震えて頷いた。
「そうか…」
ローズは、持っていた楽譜を奈緒に握らせ、その楽譜を母親に返してくるように言った。彼は、もう立っているのが精一杯で、家の壁に寄りかかっている。そして、知ったことがある。さきほど、焼香に訪れていた女子生徒は、あの映像の中で乱暴されていた女の子の一人だったと。
彼女はいったい、どんな思いで篤志の死を受け留めたのだろう。
そのまま壁に背を預けて佇んだローズは、大きく息をついて、腕時計に仕込んでいたマイクを使ってスミレに連絡を入れる。
「花篭に連絡を取りたい。犯人は故人と親しい少年なんだ」
「やはり、犯人がいるってことか…」
分かった、とスミレが答えるのがイヤホンから聞こえた。
「これを演奏する篤志さんを観たかったです」
そう言って楽譜を返却した奈緒は、母親に涙の浮かんだ切ない瞳で見つめられ、胸が詰まった。母親の愛を知らない奈緒。しかし、子を想う母の心を、理解出来そうに思った。どんな子どもでも愛せる母親の無償の愛。その深さに心打たれた。
あの写真のことについて、ローズは特に言及しなかったので、奈緒にはまだ理解出来ない。あの写真の意味を。あのとき、ローズは恐ろしいほどに顔色が悪く、疲れ切っているような感じで、とても質問が出来る雰囲気ではなかったのだ。
玄関の受付に戻ってきたとき、奈緒はさきほどローズが見かけて気を揉んでいた同じ制服の女の子にばったりと会った。さすがに、彼女もマズイ、と思った。同じ学校の生徒、ということになるのだろうが、奈緒にはその学校の情報がないのだ。
慌ててローズの姿を探すが、どこへ行ったのかそのとき彼を見つけられなかった。
「…あの…」
と、その子は伏目がちに奈緒に近づいてきた。
「あなた…‘情報’の子?」
情報? 何だろう、それは…? 恐らく、学科名なのだろうが、そのとき、慌てていた奈緒にはそんなことすら思い浮かばなかった。
心臓の鼓動が激しくなる。どう答えれば良いのだろう?
「あんまり、学校で会わないよね」
その言葉にだけ、奈緒は辛うじて頷く。
「あなたも…もしかして、…その、あいつの…被害者なの?」
彼女は消え入るような小さな声で聞いた。周りの様子を窺いながら。
「え…?」
と彼女を見つめた途端、奈緒は先ほど見つけた写真を思い出した。被害者。つまりはあの写真の…!
奈緒はなんとか時間を稼ごうととりあえず頷いてみせた。
「そう」
彼女は少しほっとしたようだった。
「いい気味…」
ふとその子の唇がそう動き、次の瞬間には暗い瞳で俯いていた。複数の少年たち。その中の一人だった篤志を怨んでいるのだろうか。それでも、彼の悲痛な心はどこかで届いていたのだろうか。彼女は複雑そうだった。
‘ユルサナイ’
声が、聞こえた気がした。
はっと彼女を見ると、その子は奈緒を見ていなかった。そして、その声自体、彼女自身の声ではない気がした。もしかして、たくさんのあの被害者の女の子たちの声を背負っているのかも知れない。その怨念のような想いの集結が、彼女をここへ向かわせたのだろうか。
「じゃ…」
その子は、もう奈緒の方を振り向かず、そのまま足早に門を出て行った。身分を偽らずに、一人、彼女は葬儀にやってきた。その思いはどこにあるのだろう。
狂いそうな思い出にもまれていたローズは、全身汗びっしょりになって現実に戻って来た。そして、そばに佇む奈緒を青い顔で振り返った。
「君、もしかして…写真を見つけた? 壁に貼られていた…」
奈緒は小さく震えて頷いた。
「そうか…」
ローズは、持っていた楽譜を奈緒に握らせ、その楽譜を母親に返してくるように言った。彼は、もう立っているのが精一杯で、家の壁に寄りかかっている。そして、知ったことがある。さきほど、焼香に訪れていた女子生徒は、あの映像の中で乱暴されていた女の子の一人だったと。
彼女はいったい、どんな思いで篤志の死を受け留めたのだろう。
そのまま壁に背を預けて佇んだローズは、大きく息をついて、腕時計に仕込んでいたマイクを使ってスミレに連絡を入れる。
「花篭に連絡を取りたい。犯人は故人と親しい少年なんだ」
「やはり、犯人がいるってことか…」
分かった、とスミレが答えるのがイヤホンから聞こえた。
「これを演奏する篤志さんを観たかったです」
そう言って楽譜を返却した奈緒は、母親に涙の浮かんだ切ない瞳で見つめられ、胸が詰まった。母親の愛を知らない奈緒。しかし、子を想う母の心を、理解出来そうに思った。どんな子どもでも愛せる母親の無償の愛。その深さに心打たれた。
あの写真のことについて、ローズは特に言及しなかったので、奈緒にはまだ理解出来ない。あの写真の意味を。あのとき、ローズは恐ろしいほどに顔色が悪く、疲れ切っているような感じで、とても質問が出来る雰囲気ではなかったのだ。
玄関の受付に戻ってきたとき、奈緒はさきほどローズが見かけて気を揉んでいた同じ制服の女の子にばったりと会った。さすがに、彼女もマズイ、と思った。同じ学校の生徒、ということになるのだろうが、奈緒にはその学校の情報がないのだ。
慌ててローズの姿を探すが、どこへ行ったのかそのとき彼を見つけられなかった。
「…あの…」
と、その子は伏目がちに奈緒に近づいてきた。
「あなた…‘情報’の子?」
情報? 何だろう、それは…? 恐らく、学科名なのだろうが、そのとき、慌てていた奈緒にはそんなことすら思い浮かばなかった。
心臓の鼓動が激しくなる。どう答えれば良いのだろう?
「あんまり、学校で会わないよね」
その言葉にだけ、奈緒は辛うじて頷く。
「あなたも…もしかして、…その、あいつの…被害者なの?」
彼女は消え入るような小さな声で聞いた。周りの様子を窺いながら。
「え…?」
と彼女を見つめた途端、奈緒は先ほど見つけた写真を思い出した。被害者。つまりはあの写真の…!
奈緒はなんとか時間を稼ごうととりあえず頷いてみせた。
「そう」
彼女は少しほっとしたようだった。
「いい気味…」
ふとその子の唇がそう動き、次の瞬間には暗い瞳で俯いていた。複数の少年たち。その中の一人だった篤志を怨んでいるのだろうか。それでも、彼の悲痛な心はどこかで届いていたのだろうか。彼女は複雑そうだった。
‘ユルサナイ’
声が、聞こえた気がした。
はっと彼女を見ると、その子は奈緒を見ていなかった。そして、その声自体、彼女自身の声ではない気がした。もしかして、たくさんのあの被害者の女の子たちの声を背負っているのかも知れない。その怨念のような想いの集結が、彼女をここへ向かわせたのだろうか。
「じゃ…」
その子は、もう奈緒の方を振り向かず、そのまま足早に門を出て行った。身分を偽らずに、一人、彼女は葬儀にやってきた。その思いはどこにあるのだろう。
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虚空の果ての青 第一部

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