FC2ブログ

Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 1-10

 奈緒は、篤志の部屋へ案内されて、男の子の部屋に初めて足を踏み入れてみた。

 確かに音楽好きだったのだろう、ギターが数本、音楽関係の雑誌が数種、そして楽譜らしきものが本棚にはぎっしりと詰まっていた。そして、ふと壁に目をやると、剥がれかけた音楽関係のグループのポスターの裏に、もう一枚何かが隠れているのを見つけてそっと近寄ってみた。母親は本棚を探って、目当ての楽譜を探していた。

 奈緒は、何の気なしにポスターに手を掛けて、そっとめくってみる。

 そこにあったのは…。
 たくさんの女の子の写真。そして、それは明らかに犯罪の匂いのするいかがわしくも悲惨な姿だった。思わず息を呑んだ奈緒は、声をあげそうになって口を押さえ、よろよろと数歩後ずさった。

「どうかなさったの?」

 母親が楽譜を手に振り返った。

「…あ、…あ、…あの…。いえ」
「たぶん、これだと思います」
「あ…ありがとう…ございます」

 がくがくと震えながら、蒼白な表情で、奈緒はそれを辛うじて受け取った。楽譜を持つ手が震えているのを見て、母親は不審に思ったようだ。

「大丈夫ですか?」
「はい。…あの、…あの…」

 奈緒はすうっと一呼吸して、なんとか気持ちを落ち着ける。

「ほんの少しの間、これ、お借りしても良いですか? すぐに、…すぐにお返しします」

 奈緒は一刻も早くその部屋を出たかった。この部屋の中に潜む狂気から逃れたかった。怪訝に思った母親だったが、息子の死に動揺しているのだろうか、と「どうぞ」と頷く。

 部屋を出ると、母親は奥の厨房から声がかかり、奈緒は「一人で戻ります」と会場となっている畳の部屋へ足早に戻って来た。



 青い顔をして戻って来た奈緒に、先ほどの女子高校生がちらりと視線を走らせた。ローズが慌てて彼女の気を引こうとしたとき、その子は、一瞬、奈緒を見据えただけでそのまま玄関へ向かっていく。奈緒は、彼女のことなど目に入らなかったようで、無言でローズを見つめて手の中の楽譜が見えるように胸に抱えた。

 ローズは、何か奇妙な違和感をおぼえながらも目で合図して奈緒を外へ連れ出す。靴を履いて、ローズは受付とは反対側へ向かった。そちらは庭へ続く石畳が点々と続いている。

 奈緒は出来るだけさり気なくローズに近寄りながら、小声で言った。

「…この人…変です」

 額に皺を寄せてローズは奈緒を見下ろした。

「部屋の壁に…」

 そこまで口にして、奈緒は言いよどむ。ローズは、家の脇の方へ彼女を移動させて「なんだって?」と俯いて震える彼女を覗きこんだ。

 青い顔で、奈緒は楽譜をローズに手渡し、そのまま口を閉ざす。あまりのショックで、奈緒には口にも出せなかった。それで、微かに不審そうに奈緒を見つめたものの、ローズはとりあえずそれを受け取って、その楽譜に残る思念に意識を沿わせ始めた。



「えっ? …先輩…これを僕に?」

 嬉しそうな男の子の顔が浮かぶ。遺影の彼の顔だ。上気した頬、興奮した瞳、彼が心から喜んでいることが分かる。そうか、これは、何かそういう強烈な思い出の品らしい。彼にこの楽譜を手渡していたどこか青白い顔の少年の後ろに、何かのメンバーらしい…恐らく、バンド仲間だろうか? 数人の少年の姿が見える。その中の一人の刺すような視線をローズは感じた。

 しばらく、部活動での演奏の様子が続き、次に表われたのは、部屋の中でうずくまる彼の映像だった。

「イヤだ…、もう、あんなこと…」

 彼は震えながら呟き、この楽譜を投げつける。そして、次の瞬間には涙を零しながらバラバラになったそれらを拾い集め、抱きしめて泣く。

 更に場面は変わる。
 一人の女の子が寄ってたかって複数の少年たちに陵辱されている。それをカメラで撮影する少年の姿があった。悲痛な表情で、まるで汚いものを見るような恐怖の視線で。

 そして、その映像は女の子の姿が何度も変わって繰り返し現れる。つまり、複数の少女が犠牲になっているということか…?

 その光景の隅に、いつも同じ少年が笑っている。
 そう、あの楽譜を受け取る彼を刺すように見つめていた少年だった。

 最後の映像は首吊り自殺をした女の子を茫然と眺める彼の姿だった。不意に、ひらりと白い便箋が舞う。そこにはただひとこと『さようなら』と書かれていた。放心したように、彼はその子を見上げて、がっくりと膝を折る。身体中が震え、叫んでいた。頭を抱え、泣き叫び、…その子の名を呼んでいた。

 明美!…と。

 微かに背景に流れるのは、その子と一緒に通学路を歩く彼の幸せそうな姿。恐らく、その子は、篤志が想いを寄せていた女の子だったのだろうと思われた。



 次々と流れる切ない映像に、おぼろげながら、ローズには分かったことがある。

 篤志の才能に嫉妬したバンドのメンバーがいたこと。体調を壊して抜けていった先輩が、後継者として選んだのが篤志だった。自作の曲を彼に託し、先輩は去った。

 それに狂うような嫉妬をした少年。彼は何らかの篤志の弱みを握り、脅して女の子を襲う手伝いをさせた。そして、それを写真で残すことに寄って、女の子たちが訴えられないようにした。

 苦悩した篤志はいつか、もう、こんなことはしたくない、とあの少年に言い放ったのだろう。それに怒った彼は、篤志を懲らしめるために、彼の一番大事なものをめちゃくちゃにしたのだ。

 彼女の死を知って、恐らく、その原因を知って、…彼は命を絶ったのだ。後悔と謝罪と贖罪のために。
 最後の最後に、奇妙に歪んだ映像がふらふらと流れていた。

 壁にそれまで撮影した女の子たちの写真を貼り付けていく篤志。自分では訴えることも出来ない彼女たちの思い、彼自身の無念と懺悔の思い。いつか誰かがこれを見つけてくれることを祈って、彼は放心状態のまま、それらをすべてそこに貼りつけ、その上に大きなポスターを貼った。

 そして、彼は「いってきます。」と家を出る。
 彼が、身を投げる最後の瞬間に呟いたのは「明美…」という名前だった。


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←『花籠』 1-9    →『花籠』 1-11
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←『花籠』 1-9    →『花籠』 1-11