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Stories of fate


ラートリ~夜の女神~

ラートリ (閉ざされた空間) 4

 実際、そういう生活をしたことのない瑠璃は、食事の味にも食べ方にも、そしてベッドが一つしかないその部屋で、しかも男と一緒に眠るということに、長い間慣れることが出来なかった。

 吹雪が止んでも、外は一面の雪景色。どこまでも続く雪原。どこへも行けない、誰にも連絡の取れない状況で、瑠璃は他にどうすることも出来ない。

「君、名前なんて言うのさ?」

 するりと瑠璃の横に入り込んで疾風は言った。驚いて悲鳴を上げた彼女に、疾風は冷ややかな瞳で笑う。

「言いたくない? それとも、言えない?」

 答えようとしない瑠璃の顔を覗き込むように見下ろし、それでも疾風は彼女の身体には一切触れようとはしなかった。

「当ててみせようか?」

 疾風の言葉に、瑠璃はぎくり、と彼を見上げる。この男は、…誰? 青ざめる瑠璃に、彼は笑った。

「よほど、過去に触れられたくないんだね。…分かった。詮索はしない。でも、呼びかけるとき困るから、何でも良いから名乗ってくれる?」

 瑠璃は咄嗟に言葉が出なかった。
 組み伏せられている訳でも、縛られている訳でもなかったのに、瑠璃は身動き出来なかった。射竦められたように疾風を見上げたまま、不意に涙が頬を伝った。

「…ごめん、あんまりそのつもりはなかったんだけど、抱いて、良い?」

 疾風は静かな声でそう言った。

 どこかで、予想していた。しかし、見上げた彼の瞳にそういう光は、ケモノのギラつく不快な色は見当たらなかった。それでも、瑠璃は「もう良い」と思ったのかも知れない。元の世界には二度と戻れはしない。

 瑠璃は、青ざめたまま瞳を閉じ、何もかもを諦めたようにふうっと身体の力を抜く。涙は後から後から頬を伝い、シーツに流れ落ちた。

 その白い頬に手を触れると、瑠璃の身体はびくりと反射的な拒絶反応を示す。苦痛に耐えるように、彼女の表情はゆがみ、疾風はしばらくその様子を見下ろしていたが、ため息をついて呟いた。

「なるほどね」

 震える少女を、その額を隠す髪を撫で上げて、疾風は少し不愉快そうに言った。

「君は、男から逃げてきたのか。それも、恐らく近しい相手…ほとんど身内。そんなところかな」

 瑠璃ははっと目を開けた。

「俺も男だし、確かにそんなに我慢は持たないとは思うけど、…しかも見ての通り、ここにはベッドが一つしかないしね。でも、君が嫌がる間は手は出さないよ。とりあえず、名前だけ教えてくれる?」

 不敵な笑みで見下ろす疾風の瞳にどこか温かいものを感じ、瑠璃は思わず答えた。

「…神宮寺…瑠璃…」

 一瞬、疾風の瞳が暗く光ったことに瑠璃は気付かなかった。

「…瑠璃ちゃん…か。なるほど、お嬢様だな」
 


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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