悶々としたままアパートに戻ると、父の姿はなく、夕陽はいつものように洗濯をしながら部屋の中にいた。
「月斗くんっ」
夕陽は俺の姿を見つけて玄関まで駆け寄ってきた。
「夕べは突然、どこに行ってたの? 心配するじゃないっ」
「…ごめん。親父は?」
「大学に顔を出してくるって…」
「あ、ああ、そうか」
「月斗くん…」
夕陽が何か言い出しそうで、俺は思わずそれを遮った。卑怯だったかも知れないが、結婚式のこととか、その後のこととか、その話を出される前に、気持ちを伝えてみたかったのだ。
「夕陽、俺っ」
「うん?」
夕陽はちょっと首を傾げて俺を見上げた。その仕草が妙に愛しかった。
「俺…、ごめん。夕陽のこと、好きだ」
「私もだよ?」
きょとん、と夕陽は澄んだ目で微笑む。あまりに呆気なく返され、俺は、ああ、そうか。当たり前だよな、親子になるんだから…とむしろちくりと心臓が痛む。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「…親父はいつ帰ってくるって?」
「夕方になるんじゃないかな。久しぶりに顔を出すから、って楽しそうに出かけて行ったし」
「そうか。そうだよな」
夕陽は心配そうに俺の顔を見つめる。
「月斗くん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「嘘っ」
「嘘じゃね~よ」
「じゃ、どうして、そんな苦しそうな顔してるの? お父さんが帰ってきて嬉しくないの? 私のことが嫌いになったの?」
「そうじゃないよ」
「じゃ、どうしたの?」
夕陽の顔を見ているのが辛くなってきた。
「俺も出かけてくるよ」
「待って!」
踵を返した俺の腕にすがりついて夕陽は泣きそうな顔をした。
「ねぇ、いったい、どうしたの? もしかして、…他に好きな子が出来たの? ううん、前に付き合っていた子とまた会ってるの?」
「そんなこと、夕陽に関係ないだろっ」
この間、慶子に会ったことを思い出して、俺は、思わず叫んでしまった。一瞬、息を呑んだ夕陽はぽろぽろと涙を零した。そして、月斗くんのバカ! と叫んで玄関を飛び出して行ってしまう。
ええっ? おい、なんだよ?
俺は茫然とした。
「夕陽っ、待てよ、夕陽!」
しかし、夕陽はそのままどこかへ駆け去り、はっと我に返って追いかけたときには、彼女の姿はもう見えなくなっていた。ぜいぜい息を切らせながら俺はその辺を探し回ったのだが、彼女の姿は見つけられない。
寝不足で、更に全力で駆け回ったせいで、俺は途中で頭がくらくらしてきた。
「どこに行ったんだよ、あいつ…」
店に至るまでの路地裏を歩き回りながら、いったい俺は何をやっているんだろう、と思う。
こうやって、夕陽を傷つけてしまうことを恐れて離れたのに。頭を冷やして、二人を祝福するつもりだったのに。
いや…。店長が言うように、とにかく、想いだけは伝えて玉砕しようと思っていた。親父の前で。
なのに、その出鼻を挫かれて、思わず夕陽に当たってしまったのだ。
バカだ。
彼女は行くところなんてないのに。
そして、不意に、あの男のことを思い出した。夕陽を探していたあの大男。あの後、見かけることはなかったが、あいつが夕陽を諦めた訳ではないだろうことをぞうっと思い出した。
まさか。
背中に戦慄が走る。
まさか、あいつに見つかって捕まったりしてないよな?
「夕陽っ、…夕陽!」
俺は、通行人が怪訝そうに俺を振り返るのも気にせず、大声で名前を叫んで街を走り回った。そして、疲れ果て、もう動けなくなって地面に座り込んではぁはぁと空を仰いだ。建物と建物の隙間から、青空が切り取られたようにぽっかりと見えた。
何、やってるんだよ、俺。
なんで、こんなことになってるんだよ。
ようやく息を整えて立ち上がり、俺はとにかく部屋に戻ろう、と歩き出した。
そのとき。
背後で人の気配を感じ、俺は、はっと振り返る。そこには、一番会いたくない、夕陽を狙っているあの男が数人のチンピラ風の男たちとニヤニヤ笑いながら俺を見つめていた。
「月斗くんっ」
夕陽は俺の姿を見つけて玄関まで駆け寄ってきた。
「夕べは突然、どこに行ってたの? 心配するじゃないっ」
「…ごめん。親父は?」
「大学に顔を出してくるって…」
「あ、ああ、そうか」
「月斗くん…」
夕陽が何か言い出しそうで、俺は思わずそれを遮った。卑怯だったかも知れないが、結婚式のこととか、その後のこととか、その話を出される前に、気持ちを伝えてみたかったのだ。
「夕陽、俺っ」
「うん?」
夕陽はちょっと首を傾げて俺を見上げた。その仕草が妙に愛しかった。
「俺…、ごめん。夕陽のこと、好きだ」
「私もだよ?」
きょとん、と夕陽は澄んだ目で微笑む。あまりに呆気なく返され、俺は、ああ、そうか。当たり前だよな、親子になるんだから…とむしろちくりと心臓が痛む。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「…親父はいつ帰ってくるって?」
「夕方になるんじゃないかな。久しぶりに顔を出すから、って楽しそうに出かけて行ったし」
「そうか。そうだよな」
夕陽は心配そうに俺の顔を見つめる。
「月斗くん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「嘘っ」
「嘘じゃね~よ」
「じゃ、どうして、そんな苦しそうな顔してるの? お父さんが帰ってきて嬉しくないの? 私のことが嫌いになったの?」
「そうじゃないよ」
「じゃ、どうしたの?」
夕陽の顔を見ているのが辛くなってきた。
「俺も出かけてくるよ」
「待って!」
踵を返した俺の腕にすがりついて夕陽は泣きそうな顔をした。
「ねぇ、いったい、どうしたの? もしかして、…他に好きな子が出来たの? ううん、前に付き合っていた子とまた会ってるの?」
「そんなこと、夕陽に関係ないだろっ」
この間、慶子に会ったことを思い出して、俺は、思わず叫んでしまった。一瞬、息を呑んだ夕陽はぽろぽろと涙を零した。そして、月斗くんのバカ! と叫んで玄関を飛び出して行ってしまう。
ええっ? おい、なんだよ?
俺は茫然とした。
「夕陽っ、待てよ、夕陽!」
しかし、夕陽はそのままどこかへ駆け去り、はっと我に返って追いかけたときには、彼女の姿はもう見えなくなっていた。ぜいぜい息を切らせながら俺はその辺を探し回ったのだが、彼女の姿は見つけられない。
寝不足で、更に全力で駆け回ったせいで、俺は途中で頭がくらくらしてきた。
「どこに行ったんだよ、あいつ…」
店に至るまでの路地裏を歩き回りながら、いったい俺は何をやっているんだろう、と思う。
こうやって、夕陽を傷つけてしまうことを恐れて離れたのに。頭を冷やして、二人を祝福するつもりだったのに。
いや…。店長が言うように、とにかく、想いだけは伝えて玉砕しようと思っていた。親父の前で。
なのに、その出鼻を挫かれて、思わず夕陽に当たってしまったのだ。
バカだ。
彼女は行くところなんてないのに。
そして、不意に、あの男のことを思い出した。夕陽を探していたあの大男。あの後、見かけることはなかったが、あいつが夕陽を諦めた訳ではないだろうことをぞうっと思い出した。
まさか。
背中に戦慄が走る。
まさか、あいつに見つかって捕まったりしてないよな?
「夕陽っ、…夕陽!」
俺は、通行人が怪訝そうに俺を振り返るのも気にせず、大声で名前を叫んで街を走り回った。そして、疲れ果て、もう動けなくなって地面に座り込んではぁはぁと空を仰いだ。建物と建物の隙間から、青空が切り取られたようにぽっかりと見えた。
何、やってるんだよ、俺。
なんで、こんなことになってるんだよ。
ようやく息を整えて立ち上がり、俺はとにかく部屋に戻ろう、と歩き出した。
そのとき。
背後で人の気配を感じ、俺は、はっと振り返る。そこには、一番会いたくない、夕陽を狙っているあの男が数人のチンピラ風の男たちとニヤニヤ笑いながら俺を見つめていた。
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