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Stories of fate


Sunset syndrome

Sunset syndrome (夜のバイト) 10

 夕陽は、外国暮らしで変な癖はついていたが、根がほがらかで如才ない性格が幸いしたのか、店長には気に入られたようだ。一番混む時間帯だけという条件付きだったが、ホール係として雇ってもらえることになった。

 しかし、間もなく、彼女は他のバイトの子を押しのけてお客の人気者になり、オーダーも一番取ってくるし、指名に近い状態で常連さんには呼ばれるし、ということで、店になくてはならない存在にのし上がってしまった。

 しかし、それは本人が意識してそうしている訳ではない。人と関わることが生活のすべてだった時期に、彼女はそういうことを自然に学んでしまったのだろう。つまり、会話のテンポや相手を気持ち良くさせる話術、笑顔の威力というものを。そして、それを、彼女自身が本気で楽しめるということが、夕陽の持ち味だ。

 オーダーされたものを配膳しながらのほんの僅かの時間に、彼女は客のいろんな情報をすっと取り込む。それは、その場の空気だったり、お客のちょっとした仕草や目つき、服装からだったりする。例えば、何人かのグループで来た客の、その関係性を鋭く見抜く。接待なのか、上司と部下なのか、同僚や気の置けない仲間同士なのか、恋人同士、或いは不倫の関係の二人なのか。

 それで、そのグループに対して、絶妙なタイミングでちょっとした気の利いたことを言って、相手の関心を良い具合に引き込み、すかさずオーダーを取る。それはもう才能とかセンスとか…努力で手に入れるモノではない、きらりと光る個性のようなものだ。

 恋人と喧嘩したという女性とそれを慰めている女友達のグループにオーダーを取りに行って、夕陽は言ったそうだ。ぐずぐず泣いている女性に、笑って。

「今夜の月は綺麗でした? ほら、月には魔力があると言うじゃないですか。月のせいですよ、惑わされちゃいけませんよ。今度は明るい太陽の下でデートすれば大丈夫!」

 それに他の二人が同調し、そうそう、きっと大丈夫よ! と頷いたら、彼女は最後に、にこりと笑ってくれたそうだ。それをたまたま通り掛って聞いていた店長は感心したらしい。

「君の姉さんは、ものすごい哲学的なことを言ってる訳じゃなくて、ただ相手の心に寄り添っている、って言葉を的確に示しているだけなんだよな。でも、それはいい加減に適当に並べられたご立派な台詞より、相手の心に届き易いんだろうな。だいたい、客は良い気持ちになって、ついもう一品オーダーしてくれる。そんな魔法みたいなものを彼女は使うよ」

 ふうん、と俺は調理補助をしながら、ちょっと良い気持になって聞いた。やはり身内が褒められるのは嬉しい。
 なんだかんだで、俺と夕陽は、同じ時間帯で働かせてもらえるようになって、帰り道はもらった料理の残りを抱えながら一緒に駅まで歩く。もう酔っ払いくらいしか町にいなくなった夜中過ぎの道を。

 眠くてハイになっていて、俺は夕陽とその時間にいろんなことを話したが、大抵、内容は他愛もないことばっかりで、何を話したかなんてあまり覚えていない。それでも、会話は途切れることなく静かに続き、俺の話しにくすくす笑う夕陽の横顔や、意外に長い睫毛、無造作に結わえた長い黒髪が目の端に常に捕えられていた。

 そんな二人の姿を、闇に潜んで様子を窺っていた視線があったことに、俺はまったく気付かなかった。
 バイト生活が半月も過ぎた頃だろうか。

 その日も二人で家路を辿っていた、駅に向かう途中のちょっとした暗がり。もうすぐ駅の前に出るという一旦店のネオンが途切れた場所でのことだ。

 不意に、建物の影から男が姿を現し、俺たちの目の前に立ちはだかった。見上げるような大男で、派手な色のシャツを着て、暗がりにいるのに暗い色のサングラスをかけた見るからにヤバイ世界の男だった。

「おい、お前…久しぶりだな、蘭」

 男は俺には目もくれず、夕陽を見下ろしてイヤな笑いを浮かべた。咄嗟に夕陽は俺を道路側に突き飛ばした。車のライトがすぐ脇を走りぬけて行き、俺は不意に明るい場所へ躍り出ていた。車の数はまばらではあったが、皆無ではなかったのだ。

「…って! おいっ…ゆう…」

 俺がよろめいて振り返ったときには、夕陽はその男に腕を掴まれ、引きずられるように闇に引き込まれていくところだった。

「離してっ!!!」

 夕陽の叫び声が聞こえ、そして、彼女の姿が建物の隙間の闇に消える刹那、夕陽は俺を見つめてその瞳が言った。

 早く逃げて、と。
 俺を、人の目にさらし、俺に危害が及ぶのを避けてくれたんだとはっと悟る。

「夕陽っ」

 俺は、咄嗟に彼女を追いかける。目の前で起きた誘拐劇に、俺は恐怖よりも怒りでかああっと頭に血が上っていた。何がなんだか分からなかったが、夕陽を助けなければ、ということしか浮かばなかった。どう考えても、あれはマトモな世界の住人ではない。ふと、彼女が話してくれた日本を出る前の話しが脳裏を過ぎった。夕陽が売られたいかがわしい店。その用心棒とかそんな種類の人間だろう。

 彼女をそんな場所に奪われてなるものか、と気持ちだけが焦った。そんなことになったら、俺は親父に何と言えば良いんだ?

 二人が消えた建物と建物の隙間に向かって駆け出し、闇に飛び込む。しかし、もうそこに人影はなく、声も聞こえない。そのまま走り続けながら俺は彼女の名を叫ぶ。

「おいっ、夕陽っ、夕陽~っ!!!」

 裏通りへ抜けると、店の片付けをしているらしい飲食店の従業員の姿が見えた。生ゴミを処理している。そして、その先を二人連れの姿が遠ざかっていくのがちらりと目に入った。

「待てよっ、夕陽を返せっ!」

 俺はその人影に向かって走る。すごい勢いで走る抜ける俺の姿を、どこか怪訝そうに見送る人の姿があった。
 しかし、追いつく前に、二人の姿は再度闇に紛れる。俺の声が聞こえている筈なのに、何故、夕陽は答えてくれないのか? イヤな予感を振り払うように、俺は息が苦しくなるのも構わずにひたすら路地裏を走った。

 どこか揉めながら、引きずられて走る夕陽を連れているので、やがて、俺は二人の姿を発見した。微かな悲鳴も聞こえる。
 俺は、その姿を捉えて勢い付き、更に全力で二人に向かって走り続けた。

「離してっ!!! 警察、呼ぶよ!」
「呼べるもんなら呼んでみな」

 会話も聞き取れるほど近づいてきた。薄暗い路地の上に二人の姿をはっきりと捉える。俺はそのまま走っている勢いで、男に飛びつこうとした。しかし、足音と荒い息遣いで俺に気付いた夕陽が叫んだ。

「来ちゃダメ! 月斗くん、逃げてっ!!!」

 男は俺に向き直り、飛びつこうとした俺を難なく足で払った。俺は避ける間もなく横腹に蹴りを入れられ、鋭い痛みと走り続けた筋肉疲労とでふら付いて思い切り壁に背中を打ちつけた。
 そのショックと痛みに一瞬動けなくなる。

「月斗くんっ!」

 夕陽の悲鳴に似た声が響く。

「行くぞ」

 俺にはもう目もくれず、男は夕陽の腕を引っ張る。

「月斗くんっ」

 俺は壁に寄りかかった状態で、必死に痛みをこらえ、顔をあげた。夕陽の叫びが遠ざかるのを見て、よろめきながらもその後を追う。

「離せ、…夕陽を、離せっ」

 夕陽が、必死に男の手から逃れようともがいている。そして、一瞬、俺に視線を走らせた男の隙をついてその腕に噛み付いた。男の太い腕は、しかし、それくらいでは打撃にならなかったのか、無言で彼は夕陽の髪の毛を掴んだ。そして、噛まれていた腕を振り払うように外した次の瞬間、男は夕陽のみぞおちに拳骨を入れた。

「…あっ…」

 苦しそうに呻いて、夕陽はその場に崩れる。微かに血がにじんだ腕をいまいましそうに見つめて、男は思わず飛び掛った俺を、先ほどと同じように軽々と足で払おうとした。

 しかし、今度は俺はその足に乗りかかるようにしがみ付いたのだ。そして、勢いを保ったまま横へそれてその足を引っ張り、引き倒そうとした。夕陽を抱えていた男は、ほんの一瞬バランスを崩しかけたが、しがみつく俺の身体を思い切り振り払うように投げ飛ばした。

 どん、と地面に投げ出され、それでも俺はすぐに立ち上がった。ぶつけた足がかなり痛んでいたが、そんなことに気を配る余裕なんてなかった。

 夕陽の身体を肩に担いで立ち去ろうとする男の背中に、俺は思い切り体当たりを食らわせる。しかし、鉄板に向かっているような手応えのなさだ。男は振り返って、再度俺に蹴りを入れる。避ける間がなく、俺は思い切りそれを腹に受け、一瞬、呼吸困難に陥った。

「ゆ…う…っ」

 遠ざかる男を睨みつけるのがやっとで、俺はすぐには動けない。助けを呼ぼうにも声も出ない。意識がぼんやりし始めていた。

 そのとき、不意に親父の声が聞こえた気がした。
 俺はほとんど意識のない状態で、呼吸困難に喘ぎながらも立ち上がろうともがいた。強力な接着剤で身体が地面に貼り付けられているかと思う程、身体中が痛んだ。いや、感覚がすっかり麻痺しているかのように奇妙な違和感があった。それでも、俺は父の声に従った。否、正確には父の声が何を言っているのかを聞き取ろうとしていた。

「待て…っ」

 かすれた声で、俺は精いっぱい叫んだ、つもりだった。

 そのとき、奇跡が起こった。
 巡回中の警官が、騒ぎを聞きつけて路地裏を覗きに来てくれたのだ。起き上がろうともがいている俺の姿を見つけ、彼は駆け寄って来た。

 助け起こされながら、俺は、必死に夕陽を助けて欲しい、と訴えたらしい。らしい、というのは、俺はもうほとんど意識がなかったので覚えていないのだ。それでも、警官は理解してくれたようで、男を追いかけ、気を失っている夕陽を見つけてくれた。

 そして、二人は仲良く病院で目を覚ましたのだった。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[コメディ・恋愛

~ Comment ~


夕陽……悲しい過去があったのですね。
やはり単なるチャラケたラブコメではなかった。

本当に、親父はどこで何しているんだろう。
いや、偶然、警察が通りかかったのは、親父が起こした奇蹟なのかも……どうなの? fateさん。
#1949[2012/03/25 17:59]  ヒロハル  URL 

ヒロハルさまへ

ヒロハルさん、

> 夕陽……悲しい過去があったのですね。
> やはり単なるチャラケたラブコメではなかった。

↑↑↑ヒロハルさん、おもしろいっ!
なんか、嬉しいです、そういう評価!!!
そうおっしゃっていただくと、なんだか、少しはマシな作品のような気になります(^^;

> 本当に、親父はどこで何しているんだろう。
> いや、偶然、警察が通りかかったのは、親父が起こした奇蹟なのかも……どうなの? fateさん。

↑↑↑おおおおっ、なるほどっ!!!
では、もしかして親父はもうお亡くなりに…っ
(良いのか、そんなんでっ???)
#1952[2012/03/26 06:21]  fate  URL 

これはもう

身内が褒められると嬉しいって、月斗くん、どういう意味で言ってるんでしょうね。
親父の婚約者でもあり、いやいや、これはもう、恋が芽生えつつあるっていうか。
両方の意味がありそうで、夕陽さんを助けようとした行為にしても複雑そうです。

ところで、「デス・ノート」の主人公は「月」と書いて「ライト」ですよねぇ。
漫画は友達が下らないと言ったので読んでないんですが、映画のほうにはちょっとはまったので、月斗くんがライトと重なるようなところもあります。
あっちのライトは一種のバケモノですから、全然ちがうんですけど、名前のイメージは大きいのかもしれません。
fateさんのキャラが私のキャラと同じ名前だったりする場合も、どこか重ねてしまったりします。
#2267[2012/07/18 09:55]  あかね  URL 

Re: これはもう

あかねさん、

はい~。
あかねさんのご指摘通りだと思いまする。
内面、いろいろ複雑で、月斗も自分でよく分かっていないってことっしょ。

> ところで、「デス・ノート」の主人公は「月」と書いて「ライト」ですよねぇ。

↑↑↑おおおお、デス・ノート!
あれは、fateは「L」のファンでした。
でも、そぉですかぁ? fsteは原作のマンガの方が好きでした。役者が演っちゃうと、やはりイメージが俳優になっちゃうから。それに、展開の内容的にも原作の方が好きでした。まぁ、fateの場合、先に原作を読んだからですかね。
ライトは正直、最初はある程度共感してましたが、「L」を殺そうとした時点で敵にまわりました。フフフ・・・
原作では、「L」の仇討ち的な展開になってなんとなく好きでしたなぁ。
まぁ、本人たちにはあんまりその気なかったかもしれませんが、‘復讐’的なモノがやはり見え隠れしておりまして、とてもオイシかった!(^^)

> fateさんのキャラが私のキャラと同じ名前だったりする場合も、どこか重ねてしまったりします。

↑↑↑エヘヘヾ(´▽`)
それ、分かります。
以前、ウチのアホな征夫くんに、妙に反応されてらしたし。
あかねさん宅の幸夫くんは、もうもうもう、可愛い子っすよねぇ。
fateはあれっす。音が同じでも、漢字が違うと割と平気っす。漢字も同じだとやはり「おおお・・・」となりますが(^^;
#2269[2012/07/19 07:44]  fate  URL 














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