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Stories of fate


Sunset syndrome

Sunset syndrome (夜のバイト) 8

「月斗くん、そういえば、バイト何するの?」
「え? なんで?」

 その夜、もう寝てるのかと思っていたのに、寝室の扉を開けて夕陽が顔を出した。俺はなんとなく眠りそびれて、冷蔵庫から缶ビールを出してちびちび飲んでいたのだ。窓のある壁にもたれて、ぼんやりと月を眺めながら。

「私も少しお金を稼ごうかな、と思って」
「やっぱり、お金ないんだろ?」
「少しはあるよ。でも、今回は長旅になりそうだし」
「今回は、って…。そうか、今まではどうして海外に行ってたのさ?」

 そういえば、俺は彼女の素性に関して、何も知らない。今まで何も聞かなかったことがそもそもおかしなことだ。こうやって一つ屋根の下にいるのに、実はお互いのことなんてほとんど話したことがなかったのだ。
 彼女がやってきたとき、親父の婚約者だと名乗られた途端、俺はそれだけで何か妙に納得してしまっていたらしい。父を、そんな風に信頼していたことに、俺自身、少し驚いていた。

「そっか」

 何か夕陽も同じことを感じたようだ。目を細めてふふふ、と微笑み、素足でキッチンへと向かう。

「ね、私も少し飲んで良い?」
「良いよ」
「何かおつまみ作ろうか?」
「何が出来る?」

 夕陽は冷蔵庫を覗き込んで答えた。

「卵焼きとチーズときゅうり」
「それって、料理名じゃないじゃん」

 俺が呆れてみせても、彼女は楽しそうに卵をほぐし始めた。そして、きゅうりを刻む音と卵の焼ける匂いが漂ってきたあと、間もなく、彼女は皿に盛りつけたそれらを片手に缶ビールを抱えてやってきた。もうテーブルは片付けていたので、皿もビールも直接床に置いて食べた。

 きゅうりには酢と塩が振りかけてあり、チーズは彼女のこだわりで、いつも良い品を買い置きしてあるので、そこそこ美味しかった。

「この卵焼き、味ないよ?」
「あれ?少しは塩を入れたのに」

 窓の外の月をふと見上げて、夕陽は言った。そのとき、月はほぼ丸に近かった。太った月が、光を放って窓の外の夜の闇を明るく照らしていた。

「日本って良いね」
「何が?」
「月が綺麗」
「どこだって同じに見えるんじゃないのか?」
「…違うよ。月は日本が一番綺麗かも知れない。月もね、国が違うとまったく別のモノに見えるんだ。特に熱い国だと、赤く溶けてどろどろになっていることがあって、ものすごく怖かった」
「へえ」

 それって、月じゃなくて、太陽が沈むときじゃないのかな? と俺は思ったが、何しろ、海外なんて出たことがない。本当にそういう月が見えるのかも知れないと思うし、正直、それはどうでも良いコトだった。

「普通に日本語を話すってことはさ、君、生まれも育ちも日本なんだろ?」
「そうよ」

 きゅうりをぽりぽり食べながら、夕陽は笑った。

「日本を出たのは20歳を過ぎてから。でも、中学校を卒業してから一箇所に留まったことってないね」
「親の仕事の関係とか?」

 何の気なしに俺は聞いた。

「まぁ、そういうことになるのかな。借金取りから逃げてた訳だから」
「へ…、へえ」

 なんだか、返答のしようがなくて俺は相槌だけを打った。

「最後にはもう逃げ切れなくて、親は保険金を掛けられて自殺に追い込まれ、私はいかがわしい店に売られて、結局、親の死に顔も見てないし、死んだって知らされたのは大分経ってからだった。お墓も、本当にそこが両親が眠っているのか分からない。墓標も何もない。そんな場所。5年間働かされて、一度身体を壊して入院したとき、その病院から逃げ出した。店で働いていたときにお客さんだったお金持ちの外人がいて、彼が私を日本から連れ出してくれた。それが最初。それ以降、日本には帰ってなかったんだ。今回、月斗くんを訪ねるまで」

 そこまでを一気に語った夕陽は、ぐびっとビールを喉に流し込む。

「だから、私…、たぶん、もうマトモに妊娠・出産なんて出来ない。だから、余計に憧れたの。『家族』を持つってことに。宮坂さんと結婚したら、無条件で‘息子’も出来ちゃうんだ、って思ったら、ものすごく嬉しかった。そして、月斗くんが可愛い彼女と結婚して、子どもなんか出来たら、私はそれだけでおばあちゃんにもなれる」

 言葉とは裏腹に、彼女の笑顔は少し弱々しかった。

「月斗くん、やっぱり宮坂さんに似てるね。彼も、私がこの話ししたとき、そんな表情(かお)をして私を見つめたよ」
「…え?」

 俺は、自分が何を思って彼女を見ていたのかよく分からなかった。同情? 嫌悪 ?
 いや。

「それでも、そうやって笑っている君、偉いと思うよ。強いと思う」

 意図せず、年上の女性に向かって、俺はそんな台詞を吐いていた。

「…ありがとう」

 夕陽は、みるみる泣き顔になって、涙をぽろぽろと零した。

「ありがとう、月斗くん。そう言ってくれたのって、人生で二人目だよ」

 彼女は零れ落ちる涙をぬぐいもせず、その涙で濡れた綺麗な目を瞬いた。
 一人目は、間違いなく父であろう。
 俺は、俯いて涙を零す夕陽の頭をそっと撫でた。そうせずにはいられなかった。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[コメディ・恋愛

~ Comment ~


苦労知らずのお嬢様にみえた夕陽ちゃん。
そんな過去があったとは。
ホヨンとした性格が、彼女の身を助けたのかなあ。
お父さんと同じ反応をした月斗くん。
何かこのあと、変わっていくんでしょうか・・・。
#2003[2012/04/11 08:26]  lime  URL  [Edit]

limeさまへ

limeさん、

> 苦労知らずのお嬢様にみえた夕陽ちゃん。

↑↑↑ほえええええっ?
そ、そんな風に見えてました?
どっちかっつーとアバズレっぽいかと思ってました~(^^;

> ホヨンとした性格が、彼女の身を助けたのかなあ。

↑↑↑とりあえず、彼女はどんな境遇にあっても、人生を悲観したり自らを卑下したりしないしなやかさを持っていたんだと思います。
ウラヤマシイ!!
確かにそういう性格が彼女の人生を助けてここまで導いてくれたんだと思います!

で、これって、訳分からず堂々巡りしているのって、結局、月斗だけですよ~ん。
#2005[2012/04/11 15:45]  fate  URL 

そうなのですねぇ

なにかしらわけありだろうとは思ってましたけど、こんな深い事情があろうとは。

今回は主人公ではなく、夕陽さんがこういった境遇のひとなんですね。
苛々するなんて言ってごめんなさい、夕陽さん。

fateさんは「月」がお好きなんでしたよね。
真っ赤な月がどろどろ溶けて……ってイメージが強烈でした。

慶子さんの気持ちは自然にとってもよくわかるし、今回もまた、女性たちがイキイキしてますねぇ。
fateさんが愛情こめて書かれているためなのかな?
#2259[2012/07/14 00:54]  あかね  URL 

Re: そうなのですねぇ

あかねさん、

そう言われてみれば、目線がヤローなせいか、女の子キャラがけっこう深いっすね。
夕陽の境遇は、語らせる前からなんとなく浮かんでおりました。
辛い少女時代を送った子って、実は多いだろうと思う。
そういう少年も多いんだろうが。
いや、男女に関わらず(単に、女の子の方が大衆の同情のを引く対象としては適してると思うから使い易いだけだろうか)まっとうな愛情を受けられずに育った子ってのを描きたいのダ。
それに寄って、歪んでしまう子もいるのに、こんな風に強く生きている子もいる。
その違いが何なのか分からないけど、でも、彼女の場合は、両親に愛された記憶があるんじゃないかと思える。
だから、その夢の残り香に憧れて、家族に憧れて。
それが夕陽の原動力だったのかな。

> fateさんは「月」がお好きなんでしたよね。
> 真っ赤な月がどろどろ溶けて……ってイメージが強烈でした。

↑↑↑う~ん、これは。
いつか見た赤い月の印象かなぁ。
月が赤く見えるときって、何かの予兆だとかいつかどこかで聞いた気が・・・
里見八犬伝で、赤い月って出てきた気がします。ヒトの心を狂わせる月だと。

> 慶子さんの気持ちは自然にとってもよくわかるし、今回もまた、女性たちがイキイキしてますねぇ。
> fateさんが愛情こめて書かれているためなのかな?

↑↑↑愛情。
あるのだろうか(^^;
この世界に、実はfateはあんまり思い入れないっす。
なんというか。
闇を抱いてはいても、健全に育っている子たちって、fateの関わる余地があんまりないので。
いつか読んだ変な漫画で、カリスマ的なすごい医者がいて。
彼は、自分の患者にはそれこそ恋人に対するように献身的に必死に尽くすけど、病気が治って退院しちゃったモト患者にはまったく興味がなくなる、ってやつ。
それに近いかも。
闇に堕ちた子には、必死に手を差し伸べて、本当に微かでも‘ひかり’に導いてやりたいけど、こう真っ直ぐに健全に育っている子には、まぁ、好きなように生きて良いよ~、的な気軽さしかないですなぁ。
描くのは楽なんだけど、でも、そういう子は、fate worldでなくても、あちこちで活躍している訳だから、思い入れ的なモノは薄いですね~(^^;
#2260[2012/07/14 16:51]  fate  URL 

おやおや・・・

私のお話に、1話だけ書いて放置しているシリーズものがありまして。
それは私がやっているMMOで実際知り合った人のことをそのままに書くというものなんですが。
まだ書いていないお話に、この夕陽さんと似た境遇の女性がいるんですね。
(もっとドロドロしてるか・・・)
やっぱり「まっとうな家」「まっとうな家族」にものすごく憧れてましたねぇ。
私が会ったとき、彼女は弱冠19歳でしたが。
世の中そんな子が一人で這い上がっていくのは大変ですよね・・・
あの子どうしてるかなぁ・・・思い出しちゃった>w<

続きいきます~。
#2327[2012/08/23 17:02]  あび  URL 

Re: おやおや・・・

あびさん、

> 私のお話に、1話だけ書いて放置しているシリーズものがありまして。
> それは私がやっているMMOで実際知り合った人のことをそのままに書くというものなんですが。

↑↑↑事実は小説より奇なり。
ってやつですよねぇ。
そのシリーズ、fateも好きです!
ネタはまだ沢山あるとおっしゃっておりましたね、そういえば。
あびさんのノンフィクションは本当に素晴らしい!
いつか形になって、upされたら拝読しにお伺いしたいなぁ、と思います。

> やっぱり「まっとうな家」「まっとうな家族」にものすごく憧れてましたねぇ。

↑↑↑そういう心の悲鳴のようなもの。
なんだか、実際には知らない筈なのに、けっこうリアルに体感してしまいます。
特に「子ども」の悲鳴が聞こえるんです。虐待、遺棄、ネグレクト。
おかげで、fateの世界にはそれが少なからず影を落として、何故か、こんな軽いハナシにまで、侵食してくる。
魂の闇(病み)ですかね~
#2330[2012/08/23 17:35]  fate  URL 














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