8月に、遼一は手ごろなマンションを見つけてそこを二部屋押さえた。美久の両親が、一緒に住むことを辞退し、趣味で喫茶店経営を始めていたので、そこに程近い場所を探したのだ。そして、向かい合わせに美久と両親が暮らせるように、美久が仕事に復帰したいと望んだら、祖父母に孫の面倒を見てもらえるように。
業者を頼んで引越しを済ませ、新生活がスタートした。美久は出産・育児休暇を2年間もらえることになったが、復帰するかどうかは分からない。何しろ、子どもが一人とは限らない。
美久のアパートの部屋はとっくに引き払ってあったが、都内の遼一のアパートは未だに仕事用に確保したままだった。飲み会のあと、泊まるのに便利だというのが、一番の理由かもしれないが。
そして。
9月30日。予定より遅れて美久は女の子を無事出産した。
‘ゆい’と名づけられたその子を、遼一は生まれてすぐに、美久の両親、今井の籍に養子として入れた。真理子に結婚の意志がないことを遼一は知っていたのだ。真理子が子どもを生むつもりがない以上、瀬田家の血を引く子は美久が生んだ子だけになってしまう。
子どもに瀬田の名を名乗らせるつもりはなかったのだ。
とはいえ、住所と名前が今井家に属するだけで、三人は普通に親子としてくらしている。もともと遼一は、書類上のことなんてなんとも思わない、のだ。初めは反対した美久も、生活にこれといった支障が出ないので、次第にどうでも良くなってきた。国や県からのいろいろな通知が両親宅に届くというだけで、あまり困ることもなかった。
それから、数年の年月が流れた。
ゆいは幼稚園に通うようになり、もう、大人の会話にある程度の理解を示し受け答えが出来るようになっている。黒髪が艶やかに伸びて、輪郭が丸いところは美久に、その目元の涼やかさは遼一に似ている。目鼻立ちがくっきりしていて、どこか神々しい印象がある。
宮川は結婚して夫の郷里へ行ってしまい、菊川も彼女が出来た。
それでも、時々いつものメンバーに召集がかかる。
それで、未だにしっかり集まるところが不思議だ。
その日は、たまたま美久の両親も帰りが遅くなり、ゆいを預かってくれる人がいなかった。それで、遼一と美久は子連れで会場に訪れる。早めに帰るつもりではあったが、ついでに、ゆいの晩ご飯も、という魂胆らしかった。
「大きくなったねえ、ゆいちゃん」
菜月がにこにことゆいの相手をする。
「パパとママは家で喧嘩なんかしてませんか~?」
チーズやサラダなど、子どもの食べられそうなものを勧めながら、菜月がゆいを膝に乗せる。菜月とたまに会っているゆいは別に嫌がりもせず、菜月に食べ物をとってもらいながらにこにこしている。
「うん、パパとママは仲良しだよ」
チーズの塊を頬張りながらゆいは答える。美久は久しぶりに子どもから手が離れてほっとしてくつろぐ。
「チューもエッチもいつもしてるよ」
それを聞いて、美久は飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
「ゆ…っ、ゆいちゃんっ、何、話してるのっ?」
「これって、幼稚園的なエッチのこと?なんか、美久の反応見ると、そうは思えないよね」
菜月は呆れて亨と顔を見合わせる。
「ち…ち、違うわよっ」
「ゆいちゃんには、美久ちゃんのエッチのときの声は子守唄がわりだもんね~」
平然とにやにやする遼一に、美久はかああっと真っ赤になる。
「子どもの前でやってるんだ…」
菜月は本気で唖然、とし、亨と菊川が大笑いしている。
ちょうど今彼女が切れて、むしろほっとしている大輔が冷めた調子で聞く。
「たまに他の女と遊びたいとか思わないの? 二人とも。僕、結婚なんて一生無理だなあ、と最近思うよ」
「お前は遊びすぎだよ」
菊川が笑い、遼一は、無言だ。
「遼一は特殊だから良いけどさ。亨は?」
「僕は、女で面倒が起こるのは好まないから。今は仕事が忙しいし、やっぱり支えてくれる人の存在って大きいよ」
「大人になっちゃったんだねえ、みんな」
揚げだし豆腐が運ばれてきて、菜月は小さく取り分けて、ゆいに冷ましてあげている。
「ねえ、ゆいちゃん、パパはお家でいつもどんなことしてるの?」
「おしごと」
「ゆいちゃんとは一緒に遊んでくれないの? どんな仕事してんの?」
遼一のパソコンの仕事かと思って菜月はあまり気にも留めずに豆腐をふうふう言いながら箸で小さくちぎった。
「うんとねえ、ママにチューしてるの」
「…はあ?」
「それからね、お布団の中で」
「ゆいちゃんっ」
美久は慌ててゆいに呼びかける。
「な、な、な、何言ってんのっ? ほ、ほら、これもおいしいよ?」
そう言って、今度こそ笑いをこらえるのに必死になっている菜月から、ゆいを抱き上げて自分のとなりに座らせる。差し出されたスティック野菜を受け取ってもぐもぐ食べるゆいは、まったく無邪気な目でにこにこ周りを見ていた。
女神の娘。
‘ゆい’とは結ぶこと。つなぐこと。縁と縁を。心と心を。
断ち切れたものを結びなおすこと。
人の‘和’を。
絆を
大地と人との絆を。
宇宙と自然との調和を。
生まれた娘は、やっと過去の因縁を断ち切り、自由になって新たな一歩を始める。
愛し合う二人の幸せな一人娘として。
了
リメイク版でした。大筋は変えなかったので(小さな居酒屋エピソードなども)、変なハナシのままです。
が、一つ発見しました。
リメイクって、あれです。プロットがある状態っていう感じだったので、すごく描きやすかった。
と申しましても、ほとんど変わってないんだから、単なる加筆修正ってやつでしたが(^^;
リメイクするつもりで、根底から変わってしまったモノには四苦八苦しておりますが、何故かこれは変えなかった。まぁ、ここまで変だと変えようがなかったというか。変えたら成り立たなくなるというか。
何気にお付き合いいただいた方々が沢山いらして、大変、照れまくりです(^^;
ここまで変なハナシにお付き合いいただきまして、読破してくださった方には本気で感謝申し上げます。
業者を頼んで引越しを済ませ、新生活がスタートした。美久は出産・育児休暇を2年間もらえることになったが、復帰するかどうかは分からない。何しろ、子どもが一人とは限らない。
美久のアパートの部屋はとっくに引き払ってあったが、都内の遼一のアパートは未だに仕事用に確保したままだった。飲み会のあと、泊まるのに便利だというのが、一番の理由かもしれないが。
そして。
9月30日。予定より遅れて美久は女の子を無事出産した。
‘ゆい’と名づけられたその子を、遼一は生まれてすぐに、美久の両親、今井の籍に養子として入れた。真理子に結婚の意志がないことを遼一は知っていたのだ。真理子が子どもを生むつもりがない以上、瀬田家の血を引く子は美久が生んだ子だけになってしまう。
子どもに瀬田の名を名乗らせるつもりはなかったのだ。
とはいえ、住所と名前が今井家に属するだけで、三人は普通に親子としてくらしている。もともと遼一は、書類上のことなんてなんとも思わない、のだ。初めは反対した美久も、生活にこれといった支障が出ないので、次第にどうでも良くなってきた。国や県からのいろいろな通知が両親宅に届くというだけで、あまり困ることもなかった。
それから、数年の年月が流れた。
ゆいは幼稚園に通うようになり、もう、大人の会話にある程度の理解を示し受け答えが出来るようになっている。黒髪が艶やかに伸びて、輪郭が丸いところは美久に、その目元の涼やかさは遼一に似ている。目鼻立ちがくっきりしていて、どこか神々しい印象がある。
宮川は結婚して夫の郷里へ行ってしまい、菊川も彼女が出来た。
それでも、時々いつものメンバーに召集がかかる。
それで、未だにしっかり集まるところが不思議だ。
その日は、たまたま美久の両親も帰りが遅くなり、ゆいを預かってくれる人がいなかった。それで、遼一と美久は子連れで会場に訪れる。早めに帰るつもりではあったが、ついでに、ゆいの晩ご飯も、という魂胆らしかった。
「大きくなったねえ、ゆいちゃん」
菜月がにこにことゆいの相手をする。
「パパとママは家で喧嘩なんかしてませんか~?」
チーズやサラダなど、子どもの食べられそうなものを勧めながら、菜月がゆいを膝に乗せる。菜月とたまに会っているゆいは別に嫌がりもせず、菜月に食べ物をとってもらいながらにこにこしている。
「うん、パパとママは仲良しだよ」
チーズの塊を頬張りながらゆいは答える。美久は久しぶりに子どもから手が離れてほっとしてくつろぐ。
「チューもエッチもいつもしてるよ」
それを聞いて、美久は飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
「ゆ…っ、ゆいちゃんっ、何、話してるのっ?」
「これって、幼稚園的なエッチのこと?なんか、美久の反応見ると、そうは思えないよね」
菜月は呆れて亨と顔を見合わせる。
「ち…ち、違うわよっ」
「ゆいちゃんには、美久ちゃんのエッチのときの声は子守唄がわりだもんね~」
平然とにやにやする遼一に、美久はかああっと真っ赤になる。
「子どもの前でやってるんだ…」
菜月は本気で唖然、とし、亨と菊川が大笑いしている。
ちょうど今彼女が切れて、むしろほっとしている大輔が冷めた調子で聞く。
「たまに他の女と遊びたいとか思わないの? 二人とも。僕、結婚なんて一生無理だなあ、と最近思うよ」
「お前は遊びすぎだよ」
菊川が笑い、遼一は、無言だ。
「遼一は特殊だから良いけどさ。亨は?」
「僕は、女で面倒が起こるのは好まないから。今は仕事が忙しいし、やっぱり支えてくれる人の存在って大きいよ」
「大人になっちゃったんだねえ、みんな」
揚げだし豆腐が運ばれてきて、菜月は小さく取り分けて、ゆいに冷ましてあげている。
「ねえ、ゆいちゃん、パパはお家でいつもどんなことしてるの?」
「おしごと」
「ゆいちゃんとは一緒に遊んでくれないの? どんな仕事してんの?」
遼一のパソコンの仕事かと思って菜月はあまり気にも留めずに豆腐をふうふう言いながら箸で小さくちぎった。
「うんとねえ、ママにチューしてるの」
「…はあ?」
「それからね、お布団の中で」
「ゆいちゃんっ」
美久は慌ててゆいに呼びかける。
「な、な、な、何言ってんのっ? ほ、ほら、これもおいしいよ?」
そう言って、今度こそ笑いをこらえるのに必死になっている菜月から、ゆいを抱き上げて自分のとなりに座らせる。差し出されたスティック野菜を受け取ってもぐもぐ食べるゆいは、まったく無邪気な目でにこにこ周りを見ていた。
女神の娘。
‘ゆい’とは結ぶこと。つなぐこと。縁と縁を。心と心を。
断ち切れたものを結びなおすこと。
人の‘和’を。
絆を
大地と人との絆を。
宇宙と自然との調和を。
生まれた娘は、やっと過去の因縁を断ち切り、自由になって新たな一歩を始める。
愛し合う二人の幸せな一人娘として。
了
リメイク版でした。大筋は変えなかったので(小さな居酒屋エピソードなども)、変なハナシのままです。
が、一つ発見しました。
リメイクって、あれです。プロットがある状態っていう感じだったので、すごく描きやすかった。
と申しましても、ほとんど変わってないんだから、単なる加筆修正ってやつでしたが(^^;
リメイクするつもりで、根底から変わってしまったモノには四苦八苦しておりますが、何故かこれは変えなかった。まぁ、ここまで変だと変えようがなかったというか。変えたら成り立たなくなるというか。
何気にお付き合いいただいた方々が沢山いらして、大変、照れまくりです(^^;
ここまで変なハナシにお付き合いいただきまして、読破してくださった方には本気で感謝申し上げます。
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儘 (『花籠』外伝)

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