途中から参加すること自体珍しかった亨は、その中になんとなく入りそびれて、同じように入れずにいるらしい美久を誘って、カウンター席に移動する。
「何か食べる?」
ほっとして美久は頷く。
「なんか、散々話題のネタにされていたようだね」
いつもなら、きっちりその仲間だった亨が笑う。
「…なんか、本当に私、何を間違ったんだろう? ってたまに思う。」
「何が? 遼一のこと?」
本気でぐったりとため息をつく美久を見て、亨は少し真顔になる。
「…でも、美久ちゃん。例えば、どんなに強要とか脅迫されたとしても、君、相手が遼一じゃなかったら、婚姻届に判を押した?」
「…え?」
考えたこともなかったことを言われて、美久は亨を見つめる。
「じゃあさ、例えば…会社にイヤ~なやつとかいない? 大嫌いな上司とか、嫌味な男性社員とか」
美久はすぐに久を思い出した。
今はもう美久は彼とは接点のない部署に移動していたので、会うこともなくなっていたが、思い出すとぞっと嫌悪感に震えが走る。
もし、あいつに、そんな強要をされたら…。
たとえ、殺されたって、絶対に…!
美久の表情が変わったのを見て、亨は「だろ?」と微笑む。
「だって、君たち、出会った瞬間に強烈に惹かれ合っていたじゃない。傍で見ている僕たちですら分かるくらいに」
運ばれてきた料理を美久の前に、どうぞ、と差し出して亨は言う。
「ええ? な…何? それ…」
「覚えて…ない、みたいだね」
亨は笑う。
その、初めて会った頃から変わらない亨の柔らかい笑顔を見ていたら、美久の心に不意にある映像がフラッシュバックした。
ゼミで出会った菜月と仲良くなり、彼女が仲間を紹介するよ、と遼一たちに引き合わせてくれた。
その、初めての日。
学食で。
‘はじめまして、美久ちゃん’
と、そのとき遼一は言って手を差し出した。
‘あ、よろしくお願いします’
美久は言って、…そう、ものすごくドキドキしてその手をそっと握った。そして、不意に彼の手に力がこもり、美久はその瞬間、心臓がきゅんと痛んだ。
驚いて顔をあげると、遼一はこれ以上ないくらいの優しい微笑みで美久を見つめていた。
ああ…、そうだった。
「あの頃、遼一は見合いのラッシュでさ」
亨は続ける。
「そっちのテンションを保つために、美久ちゃんには近づけなかった。だから、‘友達’という位置に収まってしまったから、美久ちゃんもそれ以上気持ちを進めなかったみたいだけど、本当は、君たち、出会った瞬間からお互いに強烈に恋し合ってたんだと思うよ」
「そっか…」
「そっか、って美久ちゃん、他人事みたいに」
呆れる亨に美久は、ありがとう、と微笑む。
そうか。思い出した。
痛いような、あの想いを。あの握手を交わした瞬間、美久にはすうっと過去から現在が一本の線として見えていた。二人がどうやって出会い、凍りそうな悲しい別れを経て、輪廻の呪縛から逃れられずにいたのかを。
だから、封印した。
その‘絶望’の深さ、苦しさに耐えられなくて。自分の‘罪’に耐え切れなくて。
本当に本当に、本当に遼一を愛していたのは、どうしてもそばにいたいと願ったのは、美久の方だったのだ。だから、その無意識の狂うような強い想いが、あるとき溢れてしまったのだろう。
狂った運命に翻弄され続けた長い時間の果てに、美久は自らの想いを封印する術を身につけてしまったのだ。
そうして、何もかもが混沌の闇に呑み込まれ、自分が何を望んでいるのかすら、誰を愛しているのかすら曖昧にさせてしまっていた。
ああ、今、美久もやっと戻ってきたのだ。
「何か食べる?」
ほっとして美久は頷く。
「なんか、散々話題のネタにされていたようだね」
いつもなら、きっちりその仲間だった亨が笑う。
「…なんか、本当に私、何を間違ったんだろう? ってたまに思う。」
「何が? 遼一のこと?」
本気でぐったりとため息をつく美久を見て、亨は少し真顔になる。
「…でも、美久ちゃん。例えば、どんなに強要とか脅迫されたとしても、君、相手が遼一じゃなかったら、婚姻届に判を押した?」
「…え?」
考えたこともなかったことを言われて、美久は亨を見つめる。
「じゃあさ、例えば…会社にイヤ~なやつとかいない? 大嫌いな上司とか、嫌味な男性社員とか」
美久はすぐに久を思い出した。
今はもう美久は彼とは接点のない部署に移動していたので、会うこともなくなっていたが、思い出すとぞっと嫌悪感に震えが走る。
もし、あいつに、そんな強要をされたら…。
たとえ、殺されたって、絶対に…!
美久の表情が変わったのを見て、亨は「だろ?」と微笑む。
「だって、君たち、出会った瞬間に強烈に惹かれ合っていたじゃない。傍で見ている僕たちですら分かるくらいに」
運ばれてきた料理を美久の前に、どうぞ、と差し出して亨は言う。
「ええ? な…何? それ…」
「覚えて…ない、みたいだね」
亨は笑う。
その、初めて会った頃から変わらない亨の柔らかい笑顔を見ていたら、美久の心に不意にある映像がフラッシュバックした。
ゼミで出会った菜月と仲良くなり、彼女が仲間を紹介するよ、と遼一たちに引き合わせてくれた。
その、初めての日。
学食で。
‘はじめまして、美久ちゃん’
と、そのとき遼一は言って手を差し出した。
‘あ、よろしくお願いします’
美久は言って、…そう、ものすごくドキドキしてその手をそっと握った。そして、不意に彼の手に力がこもり、美久はその瞬間、心臓がきゅんと痛んだ。
驚いて顔をあげると、遼一はこれ以上ないくらいの優しい微笑みで美久を見つめていた。
ああ…、そうだった。
「あの頃、遼一は見合いのラッシュでさ」
亨は続ける。
「そっちのテンションを保つために、美久ちゃんには近づけなかった。だから、‘友達’という位置に収まってしまったから、美久ちゃんもそれ以上気持ちを進めなかったみたいだけど、本当は、君たち、出会った瞬間からお互いに強烈に恋し合ってたんだと思うよ」
「そっか…」
「そっか、って美久ちゃん、他人事みたいに」
呆れる亨に美久は、ありがとう、と微笑む。
そうか。思い出した。
痛いような、あの想いを。あの握手を交わした瞬間、美久にはすうっと過去から現在が一本の線として見えていた。二人がどうやって出会い、凍りそうな悲しい別れを経て、輪廻の呪縛から逃れられずにいたのかを。
だから、封印した。
その‘絶望’の深さ、苦しさに耐えられなくて。自分の‘罪’に耐え切れなくて。
本当に本当に、本当に遼一を愛していたのは、どうしてもそばにいたいと願ったのは、美久の方だったのだ。だから、その無意識の狂うような強い想いが、あるとき溢れてしまったのだろう。
狂った運命に翻弄され続けた長い時間の果てに、美久は自らの想いを封印する術を身につけてしまったのだ。
そうして、何もかもが混沌の闇に呑み込まれ、自分が何を望んでいるのかすら、誰を愛しているのかすら曖昧にさせてしまっていた。
ああ、今、美久もやっと戻ってきたのだ。
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