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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (ときを越えて、その狭間に) 98

 途中から参加すること自体珍しかった亨は、その中になんとなく入りそびれて、同じように入れずにいるらしい美久を誘って、カウンター席に移動する。

「何か食べる?」

 ほっとして美久は頷く。

「なんか、散々話題のネタにされていたようだね」

 いつもなら、きっちりその仲間だった亨が笑う。

「…なんか、本当に私、何を間違ったんだろう? ってたまに思う。」
「何が? 遼一のこと?」

 本気でぐったりとため息をつく美久を見て、亨は少し真顔になる。

「…でも、美久ちゃん。例えば、どんなに強要とか脅迫されたとしても、君、相手が遼一じゃなかったら、婚姻届に判を押した?」
「…え?」

 考えたこともなかったことを言われて、美久は亨を見つめる。

「じゃあさ、例えば…会社にイヤ~なやつとかいない? 大嫌いな上司とか、嫌味な男性社員とか」

 美久はすぐに久を思い出した。
 今はもう美久は彼とは接点のない部署に移動していたので、会うこともなくなっていたが、思い出すとぞっと嫌悪感に震えが走る。

 もし、あいつに、そんな強要をされたら…。
 たとえ、殺されたって、絶対に…!

 美久の表情が変わったのを見て、亨は「だろ?」と微笑む。

「だって、君たち、出会った瞬間に強烈に惹かれ合っていたじゃない。傍で見ている僕たちですら分かるくらいに」

 運ばれてきた料理を美久の前に、どうぞ、と差し出して亨は言う。

「ええ? な…何? それ…」
「覚えて…ない、みたいだね」

 亨は笑う。

 その、初めて会った頃から変わらない亨の柔らかい笑顔を見ていたら、美久の心に不意にある映像がフラッシュバックした。

 ゼミで出会った菜月と仲良くなり、彼女が仲間を紹介するよ、と遼一たちに引き合わせてくれた。
 その、初めての日。

 学食で。
‘はじめまして、美久ちゃん’
 と、そのとき遼一は言って手を差し出した。
‘あ、よろしくお願いします’
 美久は言って、…そう、ものすごくドキドキしてその手をそっと握った。そして、不意に彼の手に力がこもり、美久はその瞬間、心臓がきゅんと痛んだ。

 驚いて顔をあげると、遼一はこれ以上ないくらいの優しい微笑みで美久を見つめていた。
 ああ…、そうだった。

「あの頃、遼一は見合いのラッシュでさ」

 亨は続ける。

「そっちのテンションを保つために、美久ちゃんには近づけなかった。だから、‘友達’という位置に収まってしまったから、美久ちゃんもそれ以上気持ちを進めなかったみたいだけど、本当は、君たち、出会った瞬間からお互いに強烈に恋し合ってたんだと思うよ」
「そっか…」
「そっか、って美久ちゃん、他人事みたいに」

 呆れる亨に美久は、ありがとう、と微笑む。
 そうか。思い出した。

 痛いような、あの想いを。あの握手を交わした瞬間、美久にはすうっと過去から現在が一本の線として見えていた。二人がどうやって出会い、凍りそうな悲しい別れを経て、輪廻の呪縛から逃れられずにいたのかを。

 だから、封印した。
 その‘絶望’の深さ、苦しさに耐えられなくて。自分の‘罪’に耐え切れなくて。

 本当に本当に、本当に遼一を愛していたのは、どうしてもそばにいたいと願ったのは、美久の方だったのだ。だから、その無意識の狂うような強い想いが、あるとき溢れてしまったのだろう。

 狂った運命に翻弄され続けた長い時間の果てに、美久は自らの想いを封印する術を身につけてしまったのだ。
 そうして、何もかもが混沌の闇に呑み込まれ、自分が何を望んでいるのかすら、誰を愛しているのかすら曖昧にさせてしまっていた。

 ああ、今、美久もやっと戻ってきたのだ。



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