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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (ときを越えて、その狭間に) 96

 4月。
 亨と菜月が、都内のホテルで式を挙げ、メンバーのすべてが呼ばれ、美久と遼一も列席した。
 ウェディングドレスを着た菜月の姿を羨ましそうに見つめた美久の様子に、遼一は、初めて、ああ、そうか…と思う。

「あとでゆっくり着せてあげるよ」

 美久の背後で遼一はささやき、美久は「え?」という表情で振り向く。

「披露宴とかは、子ども、生んでからで良いでしょ? 君のご両親も呼んで」
「ううん、良いよ、遼一。私は別に。…でも、写真は撮りたいな」
「ドレスで?」
「うん。…ああ、でも、白無垢も着てみたいな。写真だけでも残したい」
「良いよ、何でも」

 遼一は笑った。

「君には確かに白無垢の方が似合いそうだ。巫女姿も可憐だったけどね」
「…え?」
「君は、…いろんなモノを捨てて俺を選んだ。それ故に多くの羨望と嫉妬とが渦巻いた。その中から君を守ることが…出来なかった」
「え?」
「…昔話さ」

 違うよ、遼一。
 裏切ったのは私の方で、守れなかったのは私。
 一番大切な相手を闇に堕としたのは…

「俺を恨んでいるだろ? 君を守れなかったことを」
「何、言ってるの? そんな訳ないよ」

 遼一は、ふっと寂しい笑みを浮かべた。

「違うよ、遼一。守れなかったのは私の方だよ。傷つけたのも、酷いことをしたのも」
「…俺を許してくれるの?」
「どうして? 初めから、私は恨んでなんかいない。私が…私が、一番酷いことをしたのに」

 遼一は、それでも、信じられないという顔をしていた。

「ねぇ、遼一、それを…いつから知ってるの? いつ、知ったの?」
「いつから?」

 遼一は、ふと美久から視線をそらした。

「いつからじゃないよ、美久ちゃん。俺は、あのとき、君をあの雪原で失ってから一秒だってときが進んでいなかったんだよ」

 美久は愕然、と遼一を見上げる。

「そんな…」

 そんな。
 では、彼は生まれてからずっと。気の遠くなるほどの孤独と後悔と悲しみを引きずったまま生きてきたのか?
 あの日から、凍りついたままの心を抱いたままで。

「私は…ここにいる」
「うん」
「ここにいて、良いんだよね?」
「うん。そうだね、やっと取り戻した。君を」

 ようやく、遼一は美久を見つめて微笑んだ。そこに有ったのは、母を求める悲しい子どもの目ではなく、出会った頃の、川を挟んで見つめ合ったあの青年の明るい眼差しだった。

 呪縛が…解けたのだ。
 封印を破って進んだことが、ここに辿り着くことに繋がった。
 お互いに、恐れていた。相手を再び苦しめることを。失うことを。

 その痛みにもがき苦しみ、それを思い出してしまうことで、美久はその痛みに耐え切れずに再び消えてしまうのではないかと遼一は思っていた。男たちに寄ってたかって襲われたあの悪夢の記憶を。彼女が思い出してしまって、狂ってしまうのではないかと。信じていた、愛していた村の人々から受けたあの仕打ちに。
救えなかった彼を恨んでいるのではないかと。

 お互いに、相手の心を救えなかった痛みを抱いて。

 でも。
 悲しみの歴史は断ち切られ、二人はここに降り立つことが出来た。
 それは、だけど、二人だけでは辿り着けない道のりだった。
 亨が、菜月が、二人が見守っていてくれたからこそ。

「ありがとう…」

 美久は、遼一と繋いだ手に、その確かな熱を感じながら彼らを見つめた。そして、皆から祝福を受けて幸せそうに笑う花嫁と、照れくさそうに隣に立つ亨に、呟くように言った。

「ありがとう、本当に」



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