「おばあさま、遼一のことはもう諦めた方が良いのではありませんか?」
「そうは参りませんよ。あの子はこの家の跡取りですから」
「本当にそれが可能とお考えですか? 今でも尚?」
「真理子さん。確かにあなたの方がこのグループを束ねて行けるかも知れません。しかし、遼一はこの家の長男。瀬田家の唯一の直系男子です。家を離れて勝手をさせる訳にはいきません」
祖母に呼ばれた真理子は、入れ違いで運転手の葛西が部屋を出て行くのを見送っていた。遼一の滞在先のホテルを突き止められずに、祖母は苛立っていたようだ。
「遼一が言うことを聞くのは、あなただけのようです。今回、あなたが戻って来るように言ったのだそうですね」
「ええ、わたくしも遼一が選んだ相手にお会いしてみたいと思いまして。私には義妹になるのですから。しかも、もう姪か甥が出来るというんですから」
微笑む真理子を正子はため息をついて見つめる。
「まったく、遼一は…。勝手にどこぞの娘と入籍して、子どもまで…」
「弟の人生です。それはあの子が選ぶでしょう。私が自らここに在ることを選んだように」
「遼一が、ここを離れて生きてなどいけませんよ。どうしてもと言うなら、そのお嬢さんも連れてくれば良いでしょう。遼一の子を身篭っているとなったら、放ってはおけませんからね」
真理子の笑みは一瞬で冷ややかなものに変わった。
「お話はそれだけですか?」
「…いずれ、あちらの方とお話しなければなりませんね」
「笙子さんですか」
「ええ。遼一の正式な婚約者ですから」
「だった、んですわ、おばあさま。遼一にはもう美久さんがいるんですから」
笙子は、しなやかにしたたかに、野心を抱く従妹だった。幼い頃から、彼女はどうすれば周囲を動かすことが出来るのかを本能的に知っていた。女の武器を最大限に使い、大の男を顎で使う魔性の瞳を持っている。
彼女は彼女の信念で生きているに過ぎない。
笙子にとって、瀬田グループは彼女の野心を満足させるための、野望を果たすための道具でしかないのだろう。そして、遼一との結婚も。
「では、わたくしはこれで」
真理子は祖母の部屋を後にする。そして、玄関先に来客の気配を感じてそそくさと自室へと戻った。恐らく、祖母に呼ばれて、笙子が来たのだろう。あまり顔を合わせたくはなかった。
美久が遼一の、瀬田家の血を引く子どもを身ごもったということは、正子にとって、引いては瀬田家にとって、とても大きな意味を持つ。直系男子の第一子誕生ということだ。生まれてくる子どもはこのまま放っておく訳にはいかない。それが男児であれば、必ず引き取ってこの家で育てようと彼女は決めていた。
その時点で、瀬田家からの美久に対する身の危険はなくなった。ただ、それはあくまで祖母である正子の考えであり、笙子にはむしろ、もっと邪魔な存在になったことは言うまでもない。
絶対に、その子どもを生ませる訳にはいかない。
身を引いてもらうとか、お金で解決しようとか、そんなレベルではない。笙子は確実に美久と、その胎児の命を奪うことを決めたのだ。
だが、今回真理子が姉として屋敷に二人を呼んだことで、否応なしに美久は瀬田家の一員として受け入れられたことになる。笙子にとってはどんどん事態は不利な方向へと進んでいた。
「そうは参りませんよ。あの子はこの家の跡取りですから」
「本当にそれが可能とお考えですか? 今でも尚?」
「真理子さん。確かにあなたの方がこのグループを束ねて行けるかも知れません。しかし、遼一はこの家の長男。瀬田家の唯一の直系男子です。家を離れて勝手をさせる訳にはいきません」
祖母に呼ばれた真理子は、入れ違いで運転手の葛西が部屋を出て行くのを見送っていた。遼一の滞在先のホテルを突き止められずに、祖母は苛立っていたようだ。
「遼一が言うことを聞くのは、あなただけのようです。今回、あなたが戻って来るように言ったのだそうですね」
「ええ、わたくしも遼一が選んだ相手にお会いしてみたいと思いまして。私には義妹になるのですから。しかも、もう姪か甥が出来るというんですから」
微笑む真理子を正子はため息をついて見つめる。
「まったく、遼一は…。勝手にどこぞの娘と入籍して、子どもまで…」
「弟の人生です。それはあの子が選ぶでしょう。私が自らここに在ることを選んだように」
「遼一が、ここを離れて生きてなどいけませんよ。どうしてもと言うなら、そのお嬢さんも連れてくれば良いでしょう。遼一の子を身篭っているとなったら、放ってはおけませんからね」
真理子の笑みは一瞬で冷ややかなものに変わった。
「お話はそれだけですか?」
「…いずれ、あちらの方とお話しなければなりませんね」
「笙子さんですか」
「ええ。遼一の正式な婚約者ですから」
「だった、んですわ、おばあさま。遼一にはもう美久さんがいるんですから」
笙子は、しなやかにしたたかに、野心を抱く従妹だった。幼い頃から、彼女はどうすれば周囲を動かすことが出来るのかを本能的に知っていた。女の武器を最大限に使い、大の男を顎で使う魔性の瞳を持っている。
彼女は彼女の信念で生きているに過ぎない。
笙子にとって、瀬田グループは彼女の野心を満足させるための、野望を果たすための道具でしかないのだろう。そして、遼一との結婚も。
「では、わたくしはこれで」
真理子は祖母の部屋を後にする。そして、玄関先に来客の気配を感じてそそくさと自室へと戻った。恐らく、祖母に呼ばれて、笙子が来たのだろう。あまり顔を合わせたくはなかった。
美久が遼一の、瀬田家の血を引く子どもを身ごもったということは、正子にとって、引いては瀬田家にとって、とても大きな意味を持つ。直系男子の第一子誕生ということだ。生まれてくる子どもはこのまま放っておく訳にはいかない。それが男児であれば、必ず引き取ってこの家で育てようと彼女は決めていた。
その時点で、瀬田家からの美久に対する身の危険はなくなった。ただ、それはあくまで祖母である正子の考えであり、笙子にはむしろ、もっと邪魔な存在になったことは言うまでもない。
絶対に、その子どもを生ませる訳にはいかない。
身を引いてもらうとか、お金で解決しようとか、そんなレベルではない。笙子は確実に美久と、その胎児の命を奪うことを決めたのだ。
だが、今回真理子が姉として屋敷に二人を呼んだことで、否応なしに美久は瀬田家の一員として受け入れられたことになる。笙子にとってはどんどん事態は不利な方向へと進んでいた。
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