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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (揺らぐ想い) 66

「良かった、美久。とりあえずは無事みたいで」

東京駅のホームで待っていた亨と菜月が、降りてきた二人を満面の笑みで出迎える。亨は、瀬田家の状況を薄々知っていたらしい。田舎は情報が早いものだ。
が、菜月の心配はむしろそれではなかった。

「…なんか、そんなに大変な状況なの?」
「そうじゃないわよ。遼一に壊されてなくて良かった、ってことよ。遼一は男女問わず誰であろうと美久が関心向ける相手にはやきもちやくんだから」
「…ええ?」

 菜月が睨みつけても、遼一はまったく動じない。亨とタクシーの乗り場の情報を淡々と交わしている。
 美久は、菜月との電話のときのことを思い出してかああっと赤くなった。
 遼一と亨は、表のタクシー乗り場へは向かわず、そのまま町へ出て、途中でタクシーを拾う方を選んだようだ。
 女性二人を間に挟んで、前後に分かれた男二人は無言で目を見交わしながら人の群れを掻き分けて進んだ。

 そのとき、ふと遼一は真横からの視線を感じて、顔を向けずにそちらへ視線を走らせた。
 その視線の先には壁に背を預けたサングラスを掛けた若い男が立っていて、真っ直ぐに遼一たち一行を見つめながら、携帯電話で何事かを話していた。先頭に立っていた遼一は、亨を振り向く。
 遼一は美久の、亨は菜月の腕を掴んで、いきなり二方向へ分かれて走り出した。

「え、あのっ…?」

 美久が驚いて声をあげたが、遼一は何も答えなかった。
 人ごみにぶつかり、よろけそうになりながらも、遼一は美久の腕をしっかりと掴んでいた。

 ただならぬ遼一の様子に、美久もただ必死に彼について走った。振り向く余裕も、菜月たちを心配する余裕もなく。

 先ほどの男が慌てた様子で二手に分かれた4人を目で追った姿を見ていたが、闇雲に走り去った4人を、どちらの組を追うべきか一瞬躊躇したために、どちらも見失ってしまったようだ。

 はぁはぁと息を切らせて、遼一と美久がようやく人ごみを抜けて地下を通り抜けたとき、亨と菜月も反対側の地下道から顔を出していた。
 遼一と亨は、息を切らせたままお互いに手を軽くあげて合図をし合い、タクシーを探した。

「一体どこから情報が漏れるんだ? 遼一と会う予定だなんて誰にも話してなかったぜ?」

 ようやくタクシーに乗り込んで、4人はやっとほっとする。遼一と亨は前後の席でひそひそと話している。亨が助手席に座り、遼一は美久の隣に居た。

「いや、ずっと君たちを張り込んでいたんだろう。良いよ、気にすることはない」

 美久も菜月も白いコートを着ていた。美久の今身に付けている品はすべて途中で遼一が買ってくれたものだった。男たちの会話はそっちのけで、菜月は美久の服装に目を留めて言った。

「美久、その服、遼一の趣味でしょう?」
「え? …あ、うん。どうして分かるの?」
「だって、今まで美久がその服着てるの見たことないし、遼一は、とにかくそういう清楚な子が好みなんだもの。まあ、美久は似合うから良いよね」
「そ、そうかな?」
「美久は、そうやってすぐ照れるから、可愛いね」

 菜月は笑う。そして、不意に思い出したように声をひそめて言った。

「なんかね、…美久、しばらくアパートに戻らない方が良いかもよ」
「な、なんで?」
「うん。変な男がウロウロしているのよ、年末からずっと」

 その会話を聞いた遼一は、平然と頷いた。

「ああ、そうだろうね」

 驚いて青ざめる美久に微笑んでみせて、遼一は亨に向かって呟くように告げた。

「このまま、郊外のホテルを取るよ。それから、君たちもしばらく実家に戻っていてくれた方が安心するね」
「ああ、そうするよ。荷物はもう送ってあるし」

 亨はため息と共に答え、菜月は口をつぐんだ。
 どうして? と不安そうな美久の視線を受けて、遼一は、人差し指を唇に当てる。タクシーの運転手がぴくりと眉を動かした。

 元旦の東京はえらく人が少なく、閑散とすらしている。年末、あれだけあった賑わいが嘘のようだ。
 駅のコインロッカーに荷物を預け、4人は浅草など下町を一通りまわって楽しんだ。さすがにそういう観光地には人が集まっている。たくさんの神社にもお参りをし、おみくじを引いてみる。そして、4人でおそろいのお守りを買う。なんだか、それが恒例になってしまった。その後、亨と菜月は地下鉄で、遼一と美久は再びタクシーで、お正月空けに再び集まることを約束して別れたのだ。

「どこに行くの?」

 何度かタクシーを乗り換えて、二人はどんどん郊外へと向かう。

「そうだね、感じの良いホテルが目に入ったら、交渉してみようか」

 遼一の、特に切迫していない態度に安心して、美久も特に不安を感じたりはしていなかった。

「…そんなんで、良いの?」
「それが良いんだよ」

 そう、計画性がない方が追手は探しにくいんだから、と言葉にせず、遼一は窓の外の景色を眺める。
 どちらのアパートも、そして、亨と菜月、それから同郷の菊川誠吾、通称菊ちゃんのアパートにも、何気に怪しそうな男達が周辺をうろうろしている、と亨もこっそり教えてくれた。

 そんな所に戻るほど、俺は甘くないよ。

 遼一は疲れて寄りかかる美久の肩を抱きながら、タバコを吸いたい衝動に駆られていた。

 遼一がタバコをくわえるとき。
 それは、否応なく自分の中の‘血’を意識させられるときだ。
 東京に来てから、彼は数えるほどしかタバコを吸っていない。

 その行為には、憎悪を増幅させる作用と、自分を抑える効果と、相反したものが混在する。極限まで増幅された憎悪を理性に寄ってコントロールし、より残忍な行動を起こすときに必要なのだ。

 そう。
 相手をとことん貶めるときに。

 一時期、ラッシュだった遼一の見合い相手は、彼がタバコを銜えたまま、柔らかい微笑を浮かべたまま、どんな酷いことでもすることを身を持って知っている。二度と、彼に近づかないことを決意する程度に。


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