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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (雪に閉ざされた記憶) 65

 元旦の朝を二人で迎え、宿で地方独特のおせち料理をはしゃぎながら食べ、早朝、二人は東京へ発った。初詣は亨と菜月と合流する予定になっていたのだ。

 年末の田舎のデパートでバーゲン品の服を買って満足した美久は、スカーフをうまく使って可愛らしく着こなし、遼一を感心させたり、甘い気持ちにさせたりした。そうやって二人で過ごす時間は、何か、目に見えないことから二人で必死に逃げているようにも、ただただ‘時間’に寄って癒されるのを待っているようにも感じられ、どこか切なかった。

「美久ちゃん」

 ふと、新幹線の中で、車内販売で買ったお弁当を嬉しそうに広げる美久に、遼一は言った。

「君、どうして俺から逃げないの?」
「ええ?」

 美久はつまんだ卵焼きを箸から取り落としそうになった。

「何、言ってるの?」
「そのままだよ。…どうしてかな、と思って」

 不安そうな目でもなく、疑っているような気配もなく、ただ、普通にそう言って、遼一はコーヒーを一口飲む。缶コーヒーを飲まない彼は、車内販売の紙コップ売りのドリップコーヒーを買っていた。

 逃げる…?
 美久は、静かに自分を見つめる遼一の瞳を、じっと見つめ返して考える。
 だって、逃げられるわけ、ない、じゃない? この車内から?
 …いや、違う。遼一は、そういう状況的なことを言っているわけじゃない。

 私が、逃げたいと考えていると、思っているのだろうか?

「考えたこと、ない」

 とりあえず、美久はそう答える。
 自分の中でも、なんだか、納得する答えが見つからなかったのだ。

 それに、突き詰めて考える必要があるのか、そこにどんな答えを求めているのか見当もつかなかったし、彼女自身、本当に分からなかった。

 愛している、と。
 言ってくれたのは嘘だったのか?
 愛している、と。
 そう感じたのは錯覚だったのか?

 美久の心の中の葛藤には気付いているのかいないのか。遼一は、静かに言葉を紡いだ。

「俺はきっと、もし、君が本気で、君の意思で行方をくらませたら、俺の前から消えたら、追わないし探さないと思うよ」
「…どうして?」
「今まで、そうだったから」
「今まで?」

 遼一は本当にごく静かに笑みを見せた。

「今まで、出会ったすべての女性に対して。家族にしろ、付き合った子にしろ、あらゆる女性に対してだね」

 なんだか、美久は言葉を失ってしまった。それは、とても悲しい告白に思えた。
 遼一は、…では、自分から別れを切り出したり、相手を切り捨てたりしたことはない、のだ。今まで付き合ったことのあるすべての女性に対して。

 それは、きっと遼一の愛し方が、重すぎるから。
 そして、それは何か決定的な痛みのようなものに裏打ちされている。そんな気がする。

 初めて、美久は自分から遼一の心を抱きしめてあげたいような、母親のような気持ちに捕らわれた。
 しかし次の瞬間、遼一の独り言のような台詞に、一転して固まってしまう。

「ああ、でも、美久ちゃんの場合は違うかもね。きっと地の果てまでも追いかけて、追い詰めて、絶対に捕まえるかもね」

 美久は、箸を持ったまま、にやにや笑う遼一の顔を、茫然、と見つめる。

 …ええと。
 それは、一体、どういうことでしょう…?
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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