元旦の朝を二人で迎え、宿で地方独特のおせち料理をはしゃぎながら食べ、早朝、二人は東京へ発った。初詣は亨と菜月と合流する予定になっていたのだ。
年末の田舎のデパートでバーゲン品の服を買って満足した美久は、スカーフをうまく使って可愛らしく着こなし、遼一を感心させたり、甘い気持ちにさせたりした。そうやって二人で過ごす時間は、何か、目に見えないことから二人で必死に逃げているようにも、ただただ‘時間’に寄って癒されるのを待っているようにも感じられ、どこか切なかった。
「美久ちゃん」
ふと、新幹線の中で、車内販売で買ったお弁当を嬉しそうに広げる美久に、遼一は言った。
「君、どうして俺から逃げないの?」
「ええ?」
美久はつまんだ卵焼きを箸から取り落としそうになった。
「何、言ってるの?」
「そのままだよ。…どうしてかな、と思って」
不安そうな目でもなく、疑っているような気配もなく、ただ、普通にそう言って、遼一はコーヒーを一口飲む。缶コーヒーを飲まない彼は、車内販売の紙コップ売りのドリップコーヒーを買っていた。
逃げる…?
美久は、静かに自分を見つめる遼一の瞳を、じっと見つめ返して考える。
だって、逃げられるわけ、ない、じゃない? この車内から?
…いや、違う。遼一は、そういう状況的なことを言っているわけじゃない。
私が、逃げたいと考えていると、思っているのだろうか?
「考えたこと、ない」
とりあえず、美久はそう答える。
自分の中でも、なんだか、納得する答えが見つからなかったのだ。
それに、突き詰めて考える必要があるのか、そこにどんな答えを求めているのか見当もつかなかったし、彼女自身、本当に分からなかった。
愛している、と。
言ってくれたのは嘘だったのか?
愛している、と。
そう感じたのは錯覚だったのか?
美久の心の中の葛藤には気付いているのかいないのか。遼一は、静かに言葉を紡いだ。
「俺はきっと、もし、君が本気で、君の意思で行方をくらませたら、俺の前から消えたら、追わないし探さないと思うよ」
「…どうして?」
「今まで、そうだったから」
「今まで?」
遼一は本当にごく静かに笑みを見せた。
「今まで、出会ったすべての女性に対して。家族にしろ、付き合った子にしろ、あらゆる女性に対してだね」
なんだか、美久は言葉を失ってしまった。それは、とても悲しい告白に思えた。
遼一は、…では、自分から別れを切り出したり、相手を切り捨てたりしたことはない、のだ。今まで付き合ったことのあるすべての女性に対して。
それは、きっと遼一の愛し方が、重すぎるから。
そして、それは何か決定的な痛みのようなものに裏打ちされている。そんな気がする。
初めて、美久は自分から遼一の心を抱きしめてあげたいような、母親のような気持ちに捕らわれた。
しかし次の瞬間、遼一の独り言のような台詞に、一転して固まってしまう。
「ああ、でも、美久ちゃんの場合は違うかもね。きっと地の果てまでも追いかけて、追い詰めて、絶対に捕まえるかもね」
美久は、箸を持ったまま、にやにや笑う遼一の顔を、茫然、と見つめる。
…ええと。
それは、一体、どういうことでしょう…?
年末の田舎のデパートでバーゲン品の服を買って満足した美久は、スカーフをうまく使って可愛らしく着こなし、遼一を感心させたり、甘い気持ちにさせたりした。そうやって二人で過ごす時間は、何か、目に見えないことから二人で必死に逃げているようにも、ただただ‘時間’に寄って癒されるのを待っているようにも感じられ、どこか切なかった。
「美久ちゃん」
ふと、新幹線の中で、車内販売で買ったお弁当を嬉しそうに広げる美久に、遼一は言った。
「君、どうして俺から逃げないの?」
「ええ?」
美久はつまんだ卵焼きを箸から取り落としそうになった。
「何、言ってるの?」
「そのままだよ。…どうしてかな、と思って」
不安そうな目でもなく、疑っているような気配もなく、ただ、普通にそう言って、遼一はコーヒーを一口飲む。缶コーヒーを飲まない彼は、車内販売の紙コップ売りのドリップコーヒーを買っていた。
逃げる…?
美久は、静かに自分を見つめる遼一の瞳を、じっと見つめ返して考える。
だって、逃げられるわけ、ない、じゃない? この車内から?
…いや、違う。遼一は、そういう状況的なことを言っているわけじゃない。
私が、逃げたいと考えていると、思っているのだろうか?
「考えたこと、ない」
とりあえず、美久はそう答える。
自分の中でも、なんだか、納得する答えが見つからなかったのだ。
それに、突き詰めて考える必要があるのか、そこにどんな答えを求めているのか見当もつかなかったし、彼女自身、本当に分からなかった。
愛している、と。
言ってくれたのは嘘だったのか?
愛している、と。
そう感じたのは錯覚だったのか?
美久の心の中の葛藤には気付いているのかいないのか。遼一は、静かに言葉を紡いだ。
「俺はきっと、もし、君が本気で、君の意思で行方をくらませたら、俺の前から消えたら、追わないし探さないと思うよ」
「…どうして?」
「今まで、そうだったから」
「今まで?」
遼一は本当にごく静かに笑みを見せた。
「今まで、出会ったすべての女性に対して。家族にしろ、付き合った子にしろ、あらゆる女性に対してだね」
なんだか、美久は言葉を失ってしまった。それは、とても悲しい告白に思えた。
遼一は、…では、自分から別れを切り出したり、相手を切り捨てたりしたことはない、のだ。今まで付き合ったことのあるすべての女性に対して。
それは、きっと遼一の愛し方が、重すぎるから。
そして、それは何か決定的な痛みのようなものに裏打ちされている。そんな気がする。
初めて、美久は自分から遼一の心を抱きしめてあげたいような、母親のような気持ちに捕らわれた。
しかし次の瞬間、遼一の独り言のような台詞に、一転して固まってしまう。
「ああ、でも、美久ちゃんの場合は違うかもね。きっと地の果てまでも追いかけて、追い詰めて、絶対に捕まえるかもね」
美久は、箸を持ったまま、にやにや笑う遼一の顔を、茫然、と見つめる。
…ええと。
それは、一体、どういうことでしょう…?
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