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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (雪に閉ざされた記憶) 63

 はっと美久は目覚める。
 美久の顔を覗き込んでいた遼一と目が合う。
 彼の、驚愕を帯びた、まるで恐ろしいものでも見るような瞳に、美久は言葉を失う。

「美久ちゃん…今、なんて言ったの?」
「え?」

 美久は茫然、と遼一の顔を見上げた。

「何って、…何も?」

 遼一はごくり、とつばを飲み込む。

「…そう。なら、良いよ」

 不意に、美久の耳に少女の声がこだまする。

‘…幾千年のときを超えても…愛している…’

 まるで、その言葉が聞こえたように、遼一の顔がひきつった。怯えたように美久を抱いていたその手を離し、彼に浮かんだその表情は‘恐怖’とも受け取れる色をしていた。

「遼一?」
‘貴方は誰?’

 その言葉を呑みこんで、美久は遼一に手を伸ばす。そっと、その腕に触れると、遼一はぎくり美久を見下ろした。

「遼一?」

 遼一の腕から震えのようなものが伝わってくる。その瞳に今まで見たことのないような弱々しい光が宿っていた。しかし、彼は唇を噛み締めて、儚い笑顔を作った。

「大丈夫だよ」

 そして、腕を触っていた美久の手を握り、その手に口付けた。唇が冷たい。一旦目を閉じた遼一は、やがてゆっくりと彼女を見つめて身体をそっと抱きしめる。まるで、雪の中から少女を探し当てた男が、その冷たくなった肢体を抱き上げたときのように震える腕で。

 雪の冷たい感触を感じたような気がして、美久はブルッと震える。
 あれは…
 あれは、夢。
 繰り返しみる震えるほど悲しい夢。

 それなのに、遼一の目にはその真っ白な光景が映って見えている。そんな気がする。彼の中にこそ、悲しい嵐が吹き荒れている。

 あれは、誰?
 あの二人は誰?

 そこまで出掛かっているのに、美久は口に出来ない。
 だって、あれは夢。

 美久が見た夢に過ぎなかった。
 遼一の胸に抱かれて、冷たい唇を額に感じながら、美久は再び、逃れられない睡魔に襲われた。




 再び、舞台はあの時代、あの世界。

 一転して、そこは穏やかで明るくて温かい、とても幸せな光景が広がる。
 草原の中で少女は笑う。何か草を摘みながら、少女は歌う、不思議な歌を。
 温かい光。明るい空。

 何度も何度も繰り返される光と闇の対比。

 何を言いたいの? 何を伝えたいの? ここは、どこなの? 彼女は誰なの?

 何か同じ種類の草を丁寧に手折りながら、少女は微笑む。そして、その視線の先に小さな…命。
 赤ん坊だった。竹で編まれた小さな籠にすっぽり収まり、すやすやと眠っている。今までよく見えなかったその赤ん坊が不意に目の前に迫り、美久ははっとする。

 黒髪に白い肌。その目元が少女にそっくりで、母親はこの少女なんだろうか、と美久は驚く。しかも、その子は、もっと誰かに似ている。美久がよく知る、誰かに…。

 そこへ、あの男が現れる。はっとして少女を見ると、彼女はふわりと優しい笑顔を彼に向ける。
 男の顔はどうしても見えない。分からない。だけど、二人の間に漂う柔らかな空気がその絆を物語る。幸せな二人の姿を。

 男は遠くから少女の姿を見かけ、手を振る。
 狩りの帰り? 彼は何か獲物を抱えていた。
 少女が何かを叫び返して笑う。
 赤ん坊は眠り続ける…。

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