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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (雪の宿) 59

「失礼いたします。」

 不意に仲居さんの声がする。
 ぎょっとして美久は固まった。

「お布団、あげさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、もう、そんな時間か…」

 遼一は、呟いて、もう一枚の浴衣を美久に着せかけて彼女の身体を抱き上げた。

「お願いします」
「え…っ? ちょ…ちょっと、遼一」

「失礼いたします」という声を背後に聞きながら、遼一は美久を抱いて庭へ続く扉を出ていく。

「どこに行くの?」
「最後にお風呂に入ってこうよ」
「ええっ? …だって、タオル…持ってきてないよ?」
「良いよ、あとで取りに行ってあげるから」
「そっ、そういうことじゃっ」
「美久ちゃん、そんなに暴れると落っことすよ」

 言われて、美久は慌てて遼一の首にしがみつく。

「りょ…遼一、こっ、このままじゃ、イヤ!」
「何、言ってんの、美久ちゃん。君、いつも往生際が悪過ぎるよ」
「だ…だって! もう、明るいし」
「そりゃ、もう朝だもの」
「だって、人がいるし」
「仲居さんは用が済んだら出て行くよ」
「…だ、だだだ、だってっ」
「だって?」

 冷ややかな表情で見下ろす遼一の視線から逃れようと、美久は遼一の胸に顔を伏せてしがみつく。

「やだっ! …見ないでっ」
「だから、何を今さら」

 本気で呆れて遼一はため息をつく。ふわりと美久の身体から浴衣を外して脱衣かごに置き、駄々をこねてしがみついている美久を下ろす。羞恥のせいばかりではなくちょっとふらつく美久を支えて先にお湯に入れて、遼一は自分の浴衣を外す。

 周り中が光を照り返してキラキラ光り、白い雪がまばゆい宝石のようだった。夜には見えなかった生垣の微かに覗く緑や、遠くにかすむ森が絵画のように目に迫ってくる。石灯篭の上に積もった雪が帽子のようで、微かにそよぐ風が、肌の熱を奪っていく。

 しかし、美久は周りのそんな雪の賛歌はまったく眼中になく、ただ、お湯の中にすっぽりと身を沈め、ゆらゆら揺らぐ半透明の水を心細げに見つめていた。微かに白濁している淡い色の温泉水は肌を隠すには不充分だ。いや、確かに今さらと言われればそれまでだが、こんな朝の光の中で、他人の目のある場所で…いや、他人の目があろうとなかろうと、身を覆うモノがないという現実は受け入れ難い!

 やがて、遼一がお湯の中に入ってくる気配がして、美久はびくっと更に身体をこわばらせる。

「残念だね、逃げるに逃げられなくて」

 遼一は楽しそうに笑う。

「逃げようとしたら、見えちゃうもんね」
「…っ!」

 何、楽しんでるのよっ!

「こっちにおいでよ、美久ちゃん」

 ぱしゃり、と水音がして、決して振り向かない美久を遼一は後ろから誘う。そこそこ広さがあって、美久は思い切り反対側の端っこに身を潜めていた。

「やだっ」
「ふううん」

 不意に波が立った気がして、美久は、え? と振り向く。

「じゃ、こっちから行こうかな」
「きゃあ!」

 振り向きざま、あっという間に後ろから抱き上げられて、美久は驚いて悲鳴をあげる。

「やだ、やだ! 遼一のバカ! 離してっ」
「やだよ」

 美久の背にチュッとキスをして、遼一は暴れる美久の腕ごと抱きすくめる。

「もう、諦めたら? 奥さん?」

 羞恥に震える美久を膝の上に抱き上げて、遼一は階段式になっている温泉場の縁に腰掛ける。突き刺すような冷たい風が時折さあっと二人を撫でていくほか、外からの喧騒もなにもまったく聞こえず、辺りは静かだった。

 美久はそれどころではなくてまったく気付かなかったが、仲居さんは、もう布団の始末を終えて、テーブルと座椅子を用意して出て行った後だった。

「こっち向いてご覧、美久ちゃん」
「いや!」
「おや? 俺に逆らうの?」

 声のトーンは変わらなかったが、その言葉にぎょっとして美久は恐る恐る振り向いた。そして、遼一の不敵な笑みに出会って、しまった、はめられた! と思う。

「温泉って、シャワー浴びただけと違って、おもしろいね。身体が芯からあったまっているっていうか」
「そ、そう?」

 遼一はそんなことを言いながら必死に顔を伏せる美久を覗き込む。

「うん、そう思わなかった?」
「あ、うん。確かにすごくあったかくって…」
「すごく、セックスの感度良かったよ、美久ちゃん」
「そ…そ、そ…、それは…っ」

 肌が熱い。胸までもお湯に浸かってないのに、風が気持ちが良いくらいだ。

「身体があったかいって、それだけエネルギー量が豊富で、一気にいろんな感覚が全開になっているってことだろうね」
「ふ…ふううん」
「何回イッたか覚えてる?」

 顔から火が出そうになって美久は耳をふさいで叫んだ。

「遼一のバカっ! しっ、知らないよっ、そんなこと」

 あははは、と豪快に笑う彼の声を、美久は初めて聞いたような気がした。

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