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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (樹木は樹液を) 50

 突然、部屋の扉を叩く音が響き、美久は時計を見て、ああ、亨が仕事が終わって寄ったのかな? と思う。
 ため息をついて、立ち上がり、はいはい、とろくに相手も確かめずに鍵を外し、扉を開けた。
 そして、菜月は一瞬、声を失った。

 そこには遼一が立っていたのだ。普段の彼と変わらない黒の綿のパンツと少し洒落たデザインのシャツというラフな格好で。

「りょ…!」

 声をあげそうになり、はっと慌てて口を押さえる。

「…な…何…? いったい今までっ…、ここに何しに来たの?」

 菜月はあまりの驚きで言葉が支離滅裂だった。

「美久ちゃんは?」

 菜月の様子には一切構わずに、遼一はそれだけを尋ねる。どこか不安そうに首を傾げて、だけど強い光を宿した瞳で。恐らく彼は、自宅アパートと、美久のアパートに、彼女がいないことを確認して不安になってここに辿り着いたのだろう。

「教えると思ってるの?」
「思うよ」

 不敵な笑みを浮かべて遼一は菜月をまっすぐに見つめる。
 威嚇するように遼一を見据えていた菜月は、仕舞いには大きなため息をついて、彼を部屋に入れる。

「…奥で眠ってるわ」
「そう。ありがとう」
「あんたに、お礼を言われる筋合いは…っ!」

 思わずカッとする菜月を完全に無視して、遼一はさっさと靴を脱いで中へあがり、つかつかと奥へと歩みを進める。そして、菜月のベッドに死んだように眠る美久の寝顔を見下ろし、そっとその頬に触れた。

 美久を見つめる瞳があまりに優しげで、その頬に触れる手がまるで壊れ物を扱うように静かで。そして卵を温める親鳥のように、愛しくてたまらないものを見つめる遼一の姿に、菜月は言葉を失う。
今までの美久の涙を、彼女の深い絶望と悲しみを知っていても、思わず、遼一を許してしまいそうになる。
菜月は、二人をそのままそっとして、キッチンに戻った。

 やがて、眠っている美久の身体を抱き上げようとする遼一に、お茶を準備していた菜月は驚いて言った。

「ちょっと、遼一! 何してるの?」
「連れて帰るよ」
「どこへ?」
「もちろん、俺の部屋に」

 菜月は呆れて、息を一つ吐く。

「せっかく眠ってるのに、そんなことしないでよ。動かすことなんて出来ないくらい弱ってるよ? 食事も睡眠もずっとろくに取ってなかったんだからね」

 菜月の言葉に、遼一はちょっと動きを止めた。

「今日は私が預かるから、明日の朝にでも迎えに来てよ」

 遼一が何か言おうと口を開いたとき、不意に玄関のドアが開いて、亨が現れた。

「菜月、ダメじゃないか、ドアに鍵掛かってなかったよ」

 靴を脱ぎながら亨は言い、ふと玄関に並ぶ靴を見て、驚いて顔を上げる。亨の位置からはまだ奥の部屋は見えない。菜月を見つめて怪訝そうに彼は聞く。

「誰か来てるのか?」
「遼一よ」

 亨は目を見開く。

「なんだって?」


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