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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (闇を探って) 47

 美久が今までこんな風に泣く姿を見たことがなかった。

 亨の前に付き合っていた男と終わったときも、彼女は多少は落ち込んだものの、ケロッとしていた。そして、亨が美久に声を掛けるのを、多少複雑な思いで見つめていたときも、美久が特に亨を特別に好きだという空気がなくて、菜月はほっとしたりもしていた。

 遼一は淡白さを装っているだけで、本当はものすごく暗いものも熱いものも奥底に抱いていることを、菜月も亨も知っていた。それまで、遼一が執着した女の子はすべて美久に似たタイプの子だった。

 美久と出会ってまず思ったのが、「遼一の気に入りそうな子」だ、ということだった。

 彼女と仲良くなって、同郷の仲間に紹介したとき、遼一の目が光ったことを二人は見ていた。やっぱりね、という風に背後でくすくす頷きあったことも。

 そのとき、遼一がすぐに動けなかったのは、‘見合い’のラッシュだったということ。その相手を貶めるために、彼はもう一つの人格を保つ必要があって、本命の子には近づけなかった。あちこちから声が掛かる美久を見つめながら、内心、本当にハラハラしているのを、二人だからこそ分かった。

 それで、亨が美久に声を掛けて、恋人宣言をして周囲の他の男から守っていたのだ。

 それは、菜月も納得した上でのことで、それに対してそれほど不快感を抱いたりはしなかった。むしろ、それを知ったら、美久を失ってしまうことを彼女は恐れていた。美久は、菜月にとって大事な友達で、大好きな仲間だった。

 亨の家のおばあちゃんが長くないと分かって、彼女が亨の結婚式に出たいと言い出した。慌てて、二人は婚約を早めた。幼なじみでご近所同士だった二人はすでに両家から公認の付き合いで、特に障害はなかった。それで、亨はもう美久を守ってやれなくなってしまったのだ。

 それでも、遼一は自分から美久に近づこうとはしなかったから、彼はまだいろいろ時期を待っているんだろうと二人は思っていたのに。まさか、美久の方から彼に捕われにいくとは実際は予想外だった。それでも、いや、だからこそ、二人には遼一と美久の見えない‘絆’を見た気がしていた。

 出会う前から結ばれていた、何かを。

 今まで、去っていく恋人を見送る遼一はいつでも寂しそうで、切なくて、でも当の本人はすぐに「まぁ、仕方がないね」と笑っていた。遼一は、ずっと探していた、ただ一人の相手を。それこそ、恐らく物心ついた頃から。

 今回、美久に対する執着は、遼一をずっと見てきた彼らにだけ分かる異様さだった。

 基本的に遼一は、相手が嫌がることをしない。それは男女に関わらずにそうで、それは親切というより、相手に対する興味の欠如だ。それが、気に入った子に対してだけは違う。遼一は、いつも何かに怯えていた。相手が浮気をするんじゃないかというより、誰かに奪われることに対する異常な恐怖。それが重くなって、大抵、女の子は彼から離れていく。

 こんな風に、美久を置き去りにするなど、今まで考えられないことだ。

 いったい、遼一はどうしたのだ?
 美久は、遊びだったというのだろうか?

 ‘ソンナコト、ユルサナイ’

 菜月は思う。
 許さないからね、遼一。

 必死に声を殺して、それでも漏れる切ない美久の泣き声。
 まるで切ない旋律のようだった。
 
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