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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (闇を探って) 46

 次に気がついたとき、美久は、菜月の部屋にいた。

 菜月のベッドに、服を着たまま横たわり、横では菜月がすうすう寝息を立てていた。
 もう、真夜中はとっくに過ぎたらしい。いや、すでに明け方近いのかもしれない。

 美久の頭はぼんやりと薄青い闇が広がっているだけで、思考らしい思考が何も浮かばない。何も、考えたくなかった。

 目を開けたままぼんやりと天井を見ていると、窓の外から微かに音が聞こえてくる。
 バイクの音。それが停車する音。そして、人の足音。何度かそれが繰り返される。

 …新聞配達? もう、そんな時間?
 そして音は遠ざかる。

 無音の空間にいると、次第に心細さが相まって、否が応でもあの日の朝の光景が浮かんでくる。誰もいない部屋で目覚めた孤独と不安と身のすくむような寂しい気持ちが。

 誰もいない、部屋…。
 誰も?
 誰が、いるはずだったんだっけ…?

‘美久ちゃん’

 不意に、誰かに呼びかけられた気がして、美久は咄嗟に相手の名を呼ぶ。

「遼一…?」

 そして、自分の口から出たその名前が、いったい誰のものなのかを知る前に、胸の奥から熱いものがこみあげてくる。一気に頭上まで突き抜けたその塊は、あっという間に涙となって美久の中から溢れ出てきた。

「遼一?」

 美久は誰もいない空(くう)に向かって手を伸ばす。
 いつも、いつでも抱きしめてくれた温かい腕を求めて。

「美久?」

 声に気付いて菜月が目を覚ました。眠い目をこすり、隣で眠っているはずの友人を見る。そして、決して届かないものに手を伸ばし、そこに誰もいないことを確認し、涙を流す美久に声をかけることも出来ずに茫然とする。

 もう、遼一はいない。
 もう、遼一は戻ってこないのだ。
 もう、美久の名を呼ぶことも、彼女のことを狂おしく求めることもない。

「遼一…!」

 失ウコトヲ、予想シタコトナドナカッタ。

 その傲慢さと浅はかさに、美久は黒い熱い塊が喉の奥を圧迫するのを感じた。息も出来ないくらい、焼け爛れそうに熱く苦しく。

 両手で顔を覆って嗚咽する友人を思わず抱きしめ、菜月は叫ぶ。

「美久! …帰ってくる! あいつは絶対に帰ってくるよ! …だから、…泣かないでっ」




 あの居酒屋で。

 菜月の言葉を聞いた瞬間、美久は目の前に薄闇が広がった気がした。気が遠くなりそうだったが、辛うじて持ちこたえた。しかし、その後、何を話し、何を食べ、そして、どうやってここに辿り着いたのか、美久は覚えていない。

 大丈夫だよ、と虚ろに話す彼女を亨と菜月が強引に菜月の部屋へ連れ帰った。お風呂を沸かしている間に、ソファの上で美久はすとんと意識を失うように眠ってしまい、亨が彼女を菜月のベッドへ運んだ。
眠り続ける美久を二人で見守りながら、しばらく言葉もなく重い沈黙だけが流れ、やがてぽつりと亨は言った。

「…遼一がそんな話し、本当に納得して進めているはずはない。…何か考えがあるんだと思う」

 菜月はまるで信じていない恨みがましい視線を亨に投げる。

「どんな意図があるのか知らないけど、そして、本当に何か考えがあるとしても、美久をこんな風に傷つけるのは許せない。…結局、断りきれなかったっていうのが本当じゃない?」
「そんなことはない。あいつは、今までにないくらい美久ちゃんに執着してたし。…だいたい、二人とも出会った瞬間お互いに…」

 美久がちょっと身じろぎし、二人ははっと黙る。
 しかし、目覚めることはなく、美久はそのまま眠り続ける。

「…とにかく、今日はありがとう。もう、帰って?」
「なんでだよ?僕も一緒にいるよ。心配だし」
「ダメよ。美久にとって、あなたは‘男’よ、遼一以外の。もう、そういう意識はないとしても、私と一緒にあなたがいるのはダメ。何かあったらすぐ連絡するから、今日はとりあえず帰って」
「…そうか」

 亨は頷き、いつでも電話してくれ、とジェスチャーで言い残して出て行った。

「ごめんね、美久。…こんな結果になるなら、あなたを遼一に紹介したりするんじゃなかった」

 菜月は憎悪に燃えた瞳で空(くう)を睨む。
 覚えておいて、遼一。もしも、本当に噂通り婚約なんかして、のこのこ帰って来たりしたらただじゃおかないんだから!

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