FC2ブログ

Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (闇を探って) 45

 クリスマスが来て、初めて美久は一人きりのイヴを迎えた。そういえば、初めてだ。

 今まで、大学の仲間と一緒に呑み明かしたり、まったくロマンスのカケラもない過ごし方だったが、それがクリスマスと思っていた。

 今年は、あちこちにいろんなカップルが出来てしまって、それでなくても、就職した会社の仲間内で過ごす人がほとんどなんだろう。

 帰宅しようとしたところを、何気なく多くの男性社員に声を掛けられたが、美久はそのまま一人で外へ出た。電車に乗ろうとした矢先、菜月から電話が入る。

「もしもし、美久?」

 なんとなく、菜月の声が切迫したように震えていた。

「どうしたの?」
「…まだ、知らないのね?」
「だから、何を?」
「…美久、今からいつもの居酒屋に来て。私もすぐ行くから」

 ただならない菜月の様子に釈然としないまま、美久は駅構内を出て、引き返す。遼一のアパートの方向へ。
 北風の吹きぬける寒々としたイルミネーションの街を歩き、いつもの灯りが灯る居酒屋へと足を踏み入れる。そこには、亨がいた。

 彼も、いつになく青い顔をしている。

「あれ? …一人? 菜月は?」

 何か怖いような予感を抱きながら、近づくと亨は、いつものテーブル席へ美久を連れて行く。挨拶をしたのみで、彼はほぼ無言のまま、美久を奥の席へ座らせた。

「ビールで良い?」
「…うん」

 適当に料理を頼みながら、亨はどこか落ち着かなかった。

「菜月は、すぐ来るよ、先に何か食べな」

 どうして? とそこまで出かかったのに、美久はその言葉を呑み込んだ。運ばれてきたビールとサラダや魚料理などを、なんとなく静かにつつきながら、まるでいつもの亨らしくない無口な態度に美久はざわざわと寒くなってきた。

「遼一が…」

 不意に、亨が口を開いた。
 ぎくりと美久は彼の顔を凝視した。
 その表情に出会って、亨は思わず口をつむいで視線をそらした。

「何?」

 美久は努めて平静を装って彼をじっと見つめた。聞きたくない。何故か、心はそう叫んでいた。だけど、聞かなくてはならない。彼が…亨と菜月が美久に聞かせるべきと判断して呼び出したことなのだろうから。

「…遼一が実家に戻っているってことは話したよね?」
「うん」

 あの後、戻って来た菜月に美久は聞いた。本人には会えなかったけど、戻っていることだけは確認出来たと。何か家の方で内部のゴタゴタがあるらしくて、連絡がつかなかったと。

「あのとき、本人とは話せなかったから事情は分からない。だけど…」
「…うん」

 美久の声がかすかに震えたことに気付いて亨ははっとした。

「ああ、いや…。いや、菜月が来るまで待とうか」

 亨のらしくないうろたえ振りに、美久はどくん、と心臓が音を立てる。聞きたくない。本能的に悟った。良いハナシじゃ、ない。

 俯いて、美久は何かを食べる振りをした。もう、食欲なんてまったくなかった。
 やがて、亨が頼んでくれたらしい小さな鍋が用意されて、二人は重い沈黙の中で黙々とそれを食べる。
 重苦しい時間は、菜月の登場で不意に破られた。

「亨! …美久は?」

 駆け込んできた菜月が、亨の姿を確認し、向かい側の奥の席に美久を見つけて、ほうっと息を吐き出した。

「ああ、良かった。美久…」
「遅かったね、菜月」

 美久が、精いっぱい微笑んでみせるその笑顔をじっと見つめた後、菜月は、亨にちらりと視線を投げる。

「…まだ、話してないよ」

 靴を脱いで亨の横に座った菜月は、テーブルの上の料理には目もくれず、唇を結んで美久をまっすぐに見つめた。

「美久、聞いて…」
「待てよ、菜月。そんな、…今、言わなくても」

 亨は菜月の気をそらそうと、鍋の取り皿を彼女の前にことんと置いた。まず食べよう、と言葉を掛けると、菜月はきっと亨を見据えた。

「ダメよ。今、私たちの口から伝えないと! 捻じ曲げられた噂やまったく関係ない場所から伝わるのなんて絶対にダメ! 美久には、私たちが、私たちの前で伝える。そうじゃなきゃ…!」

 表情とは裏腹に、菜月の声は泣きそうに聞こえた。うなだれた亨から視線を外して、菜月は口を開いた。覚悟を決めて青ざめている美久に向かって。

「美久。聞いて。これはただ事実を伝えるだけ。だけど、事実は真実とは限らない。それは分かって?」

 美久は頷き、亨は息を詰めて二人を見守った。

「遼一は、SETAグループの年明けの祝賀パーティで、グループ次期総帥の引継ぎと…親戚筋の女と…そう、確か従妹だったと思う、そいつと…‘婚約’を発表するそうよ」


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←下化衆生 (闇を探って) 44    →下化衆生 (闇を探って) 46
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←下化衆生 (闇を探って) 44    →下化衆生 (闇を探って) 46