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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (恋人って何?) 40

「それ…何?」

 美久が茫然とそれを凝視して尋ねると、遼一は小さな鍵をかけたり外したりして、そのロック方法を試しながら答えた。

「うん、アルミと何かの合金みたいだね。軽くて丈夫な…」
「そ、そうじゃなくてっ」

 シャワーを終えてバス・ルームを出て来たところだった美久は、ローブに身を包んでバスタオルを抱えたまま立ち竦んだ。ソファの上の遼一が手にしているのは、紛れもなく留め金付きの‘チェーン’だ。犬をつないでおくような、だけど、もう少し繊細で細く、そして淡いグリーンの色付けがされている。

 バス・ルームの鏡で、美久は首に巻かれたそれをじっと見つめてどうやって外せるのか一頻り悩んできたところだった。そして、金属部分が小さく輪になっているのを発見したばかりだ。

「そりゃ、首輪に必要なものって言ったら、繋いでおく鎖でしょ?」
「な、なんで、必要なのよっ?」

 突っ込むところはそこじゃないと分かっているのに、美久は思わず叫ぶ。

「ああ、それ…ちょっと濡れちゃったね。もう一個の方に替えようか?」

 布製の首輪は、シャワーですっかり濡れて、拭いてはみたけど確かに湿り気は取れていなかった。
 遼一は立ち上がって、美久の方に歩み寄る。思わず後ずさりながら、美久は遼一を見上げて言った。

「ね…ねぇ、遼一…。冗談だよね? こ…こんなの、どうして必要なの? 外して…くれるんだよね?」
「もう一つの方は、かなりファッション性が高いから、けっこう誤魔化されるかもよ? 美久ちゃん、髪で隠しておけば後ろからは分からないって。心配することないよ」
「…そ、…そそそ、そういう問題じゃないでしょうっ? お願いよ、遼一。こんなの…っ、どうして?」

 背中に壁を感じて、美久は目の前にすうっと伸ばされた遼一の手を凝視する。細く白い指先。それが美久の顎を捕えてくい、と上を向かせる。

「どうして? そうだね。それは君が一番よく分かってると思っているけどね?」

 目を細めて唇の端をあげる。それをヒトは笑顔と呼ぶのに、遼一のそれは、むしろ相手を威嚇する、追い込むときの表情だ。
 美久が一瞬で声を失ったことに、彼は少し満足そうに微笑んだ。

「取り替えてあげるよ」

 遼一は美久から離れて、テーブル脇に置かれていた紙袋に手を入れて中身を取り出す。包装紙に包まれたそれは、包みを解く彼の手の中で姿を表し、ほぼ想像通りのモノが美久を凍りつかせる。
 確かにファッション性はあるだろう。黒い刺繍生地にほのかな紅色のバラが散りばめられている。その悪趣味の極みのような代物をスーツに合わせられる訳はないし、だいたい、それを付けたまま外なんて歩けない。

「…りょ…いち?」

 その金具部分にすでに鎖を固定し、遼一は振り返った。
 これ以上下がれないのに、美久の身体は反射的に後退することを求める。

「ね…ねぇ、ちょっと待って。そんなことしなくたって…」
「良いよ、美久ちゃん、無理しなくて」

 は? と疑問符を投げかける間もなく、近づいてきた遼一の腕に捕われる。
 無理しなくてもって、何?

 ‘そんなことしなくても、逃げたりしないよ?’ って続くつもりだった言葉に対する牽制?

「やだやだっ、そんなの、イヤ!」
「暴れない方が良いよ、美久ちゃん。はい、警告は一度きりだからね」

 柔らかいのに冷たい声。どこか興奮を抑えるような色が感じられて、ぞくりと背筋が凍り、美久は彼の腕の中で固まった。

 カチッと鍵を外す音がして、留め金を外され、今まで湿っていた首筋にふわっと空気を感じた。
 遼一の胸に顔を押し付けられているので、周りは何も見えないし、首の後ろで作業をされているので、何も分からない。

 本気で暴れて、或いは外に逃げ出したりすれば、恐らく警察に通報してくれるヒトもいるんだろうけど…

 何かが引き止めている。
 彼の申し出を受け入れられないのと同じこそりと彼女の中で息づく‘闇’が。
 それに、どう考えても、美久は遼一を嫌ってはいないのだ。それだけが分かる。彼の腕の中は心地良い。

 普通にもっと優しくしてれたら…
 くれたら、何だというのだろう?
 彼の傍にいられる?

 不意に、ずきん、と心臓が鳴った。その痛みに、美久は彼の胸にもたれかかる。ああ、もう考えたくない。

「はい、もう良いよ」

 言われて、美久は顔をあげた。

「本当は美久ちゃんに黒は合わないんだけどね。でも、一度付けてみたかった」

 にこりと遼一は美久を見つめて目を細める。しゃらん、と背後で鎖の音が響き、背中に冷たい金属が揺れるのが感じられた。

 チェーンはそんなに長くない。犬の散歩用の紐のように、手首に絡めるための皮製の輪が先端についていて、それを遼一の手首に通してある。つまり、彼の手から逃れようとすれば、首が締まって苦しい目に遭うってことは一目瞭然。

 もう、なんかどうでも良いや。
 頭を抱き寄せられて、美久は息をついた。
 ペットでも奴隷でも、好きなようにすれば良いよ。

 どうせここは遼一の部屋の中だし、誰に見られている訳でもない。とりあえず、痛い目に遭っている訳でも、殺されそうになっている訳でもないし。

 すっかり身体を預けて諦めモードに入った美久に、遼一はくすくすと嬉しそうな声をあげた。

「おや、美久ちゃん。もう完全敗北宣言?」
「ひゃ…」

 ふわりと抱き上げられて見下ろされ、美久は慌てて遼一の首にすがりついた。

「そんなにしがみ付かなくたって落っことしたりしないよ」

 くすくす遼一は笑う。

「大事な玩具だから、怪我させないようにするって」
「…どうして、玩具なの?」
「不満そうだね」
「だって…」
「じゃ、恋人に昇格させてあげるよ」
「えっ?」

 なんだか、意外に思えて美久は声をあげて彼の顔をマジマジと見つめた。遼一は、何を求めているんだろう? そこがどうもピンとこない。

 本当に恋人になって欲しいなら、もっと普通に優しくしてくれたら良いのに。それだけで大抵の女は騙されるよ? あれだけモテていた遼一なら特に。

「君が、望まなかったことだよ?」

 とん、とベッドに下ろされた。

「それとも、奴隷に格下げして欲しい?」
「う…ええと…」

 そこで迷うこと自体、おかしいのに、美久は判断基準が既にぐちゃぐちゃになっていた。

 そこにどんな違いがあるんだろう?
 遼一は、いったい何が欲しいんだろう?

「ねぇ、遼一にとって、恋人って何? 奴隷って何?」
「聞いてどうするの? どっちにするかの判断基準?」
「…ええと、参考までに」

 遼一は声をあげて笑った。

「心配しなくて良いよ、君に選択権なんてあげないから」


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