昼を過ぎた辺りだったのだろうか。
朝からほとんど何も口にしていなかった美久は、さすがに空腹を感じ、そして、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いに心を奪われた。
お腹が鳴る音に我に返った美久は、同じくその音を聞いて吹き出した遼一をちょっと赤くなって恨みがましく見上げた。
「だって…今日、マトモに何も食べてないんだもの」
くくくっ、と喉の奥で笑っていた遼一は、抱いていた手を話して「ごめんね」と美久の顔を覗き込んだ。いつの間にか彼は普段着を着てエプロンを付けて食事の支度をしていたようだ。あれ? いつも、エプロンなんてしてたっけ? と思ってその幾何学模様の柄をじっと見つめると、それに気付いて彼は笑った。
「ああ、これ。今、買い物行ったら、商店街で福引やっててさぁ、試しに一回引いたらこれが当たった」
「…へ、へぇ…」
っていうか、いつの間に出かけてきたの? ということは、どんだけ私、意識なかったんだろ…
「何を買いに行ったのか聞かないの?」
すっと身体を離して、遼一は美久の身体も抱き起こして背中にクッションを重ねる。起き上がって毛布がずれ、慌ててそれを胸元まで引き寄せていると、遼一は何かを掴んで美久の首に手を伸ばした。
「え?」
と声を上げる間もなく、首にその何かを巻かれた。冷たくはない、布のような感触だ。しかし、どうも金具がついているらしく、金属のこすれる音が響く。
「な…っ、何?」
留め金をかちゃりと掛けられて、きゅっと隙間を絞られた。茫然としている間に、遼一は美久の身体を抱き寄せるように顔を胸に押し付けて、首の後ろの留め金をしっかりとはめている気配がする。
「や…っ」
何か不穏な感触に、美久が慌ててそれに手を掛けたときには遅かった。
チョーカー? …っていうより、これって明らかに首輪じゃないっ?
「やだ、遼一っ、何、これっ!」
「だから、今、わざわざ買ってきたんだって。まぁ、食材も買ったんだけどね」
「な…ななな、何、これ?」
「もちろん、調教用の首輪」
「…は…はあ?」
青ざめて美久は外そうと闇雲に引っ張ってみる。もちろん、ヒトの手で千切れるようなヤワな作りではない。首の後ろの留め金と思われる場所を探って外そうと試みる。しかし、びくともしない。だいたい、構造が見えないのだから外し方なんて分からない。
「ちょっと、外してよっ」
必死に首輪と格闘する美久を、遼一は一歩離れて眺めていた。
「残念、美久ちゃん。それって、鍵付きなんだ。外れないよ、ほら」
と彼は小さな銀色の鍵を指に挟んで目の前に翳して見せた。美久がはっとしてそれに手を伸ばそうとすると、スッと引いて彼はシャツのポケットに鍵をぽい、と入れた。
「じゃ、食事の支度してくるよ。お腹を空かせているみたいだし」
歩き去っていく遼一の背中に、美久は悲鳴のような声を掛ける。
「やだやだやだっ、遼一のバカっ! 外してよっ」
遼一はもはや答える気はないようだ。無言でちらりと彼女に視線をくれただけで、途中にしていた料理の仕上げに入ってしまった。
遼一が無理だと言ったなら無理だろう。それに、無理矢理壊して外したとしても、それで何かが解決する訳じゃない。むしろ、問題をこじれさすことになりそうだ…。
はあぁぁぁ、と美久は大きなため息をついて、膝を抱えた。
なんだか、泣きそうだ。これ、月曜日には外してくれるつもりあるんだろうか?
と、そこでぞくりと全身に鳥肌が立った。そういえば、何かものすごくあり得ないことを言ってなかったっけ?
‘このまま君をここに縛って閉じ込めておきたい。首輪も足枷もはめて、どこにも逃げられないように、誰の目にも触れさせないように’
などと、聞いた気がするのは…気のせい…だよね?
怖くてとても聞けない。
仕事なんて辞めろと言われているんだから、美久がこのまま会社に行けなくなったところで、遼一は困りはしないんだろう。彼には恐らく美久を養っていけるだけの収入もあるんだろうから…
で…っ、でもでも、ちょっと待ってよ。
そんなのイヤ。このまま一生閉じ込められて、外にすら出られない生活なんて。それに、私は仕事をしたいのだ。社会との繋がりを絶ちたくない。
ふと顔を上げると、遼一が観察するような瞳で美久を見つめていた。
「支度出来たよ、食べよ?」
にこりと彼は笑う。
「着替えはそこに置いておいたよ」
茫然と、指さされた先に視線を向けると、椅子の上に部屋着用のワンピースが置かれてあった。この間の品とまた違ったデザインのターコイズブルー。
今夜も帰す気はないよ、と無言で念を押されたような気がする。
これ以上刺激しないように、美久はそろそろと用意された服を身につけて、彼の言葉に従った。
朝からほとんど何も口にしていなかった美久は、さすがに空腹を感じ、そして、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いに心を奪われた。
お腹が鳴る音に我に返った美久は、同じくその音を聞いて吹き出した遼一をちょっと赤くなって恨みがましく見上げた。
「だって…今日、マトモに何も食べてないんだもの」
くくくっ、と喉の奥で笑っていた遼一は、抱いていた手を話して「ごめんね」と美久の顔を覗き込んだ。いつの間にか彼は普段着を着てエプロンを付けて食事の支度をしていたようだ。あれ? いつも、エプロンなんてしてたっけ? と思ってその幾何学模様の柄をじっと見つめると、それに気付いて彼は笑った。
「ああ、これ。今、買い物行ったら、商店街で福引やっててさぁ、試しに一回引いたらこれが当たった」
「…へ、へぇ…」
っていうか、いつの間に出かけてきたの? ということは、どんだけ私、意識なかったんだろ…
「何を買いに行ったのか聞かないの?」
すっと身体を離して、遼一は美久の身体も抱き起こして背中にクッションを重ねる。起き上がって毛布がずれ、慌ててそれを胸元まで引き寄せていると、遼一は何かを掴んで美久の首に手を伸ばした。
「え?」
と声を上げる間もなく、首にその何かを巻かれた。冷たくはない、布のような感触だ。しかし、どうも金具がついているらしく、金属のこすれる音が響く。
「な…っ、何?」
留め金をかちゃりと掛けられて、きゅっと隙間を絞られた。茫然としている間に、遼一は美久の身体を抱き寄せるように顔を胸に押し付けて、首の後ろの留め金をしっかりとはめている気配がする。
「や…っ」
何か不穏な感触に、美久が慌ててそれに手を掛けたときには遅かった。
チョーカー? …っていうより、これって明らかに首輪じゃないっ?
「やだ、遼一っ、何、これっ!」
「だから、今、わざわざ買ってきたんだって。まぁ、食材も買ったんだけどね」
「な…ななな、何、これ?」
「もちろん、調教用の首輪」
「…は…はあ?」
青ざめて美久は外そうと闇雲に引っ張ってみる。もちろん、ヒトの手で千切れるようなヤワな作りではない。首の後ろの留め金と思われる場所を探って外そうと試みる。しかし、びくともしない。だいたい、構造が見えないのだから外し方なんて分からない。
「ちょっと、外してよっ」
必死に首輪と格闘する美久を、遼一は一歩離れて眺めていた。
「残念、美久ちゃん。それって、鍵付きなんだ。外れないよ、ほら」
と彼は小さな銀色の鍵を指に挟んで目の前に翳して見せた。美久がはっとしてそれに手を伸ばそうとすると、スッと引いて彼はシャツのポケットに鍵をぽい、と入れた。
「じゃ、食事の支度してくるよ。お腹を空かせているみたいだし」
歩き去っていく遼一の背中に、美久は悲鳴のような声を掛ける。
「やだやだやだっ、遼一のバカっ! 外してよっ」
遼一はもはや答える気はないようだ。無言でちらりと彼女に視線をくれただけで、途中にしていた料理の仕上げに入ってしまった。
遼一が無理だと言ったなら無理だろう。それに、無理矢理壊して外したとしても、それで何かが解決する訳じゃない。むしろ、問題をこじれさすことになりそうだ…。
はあぁぁぁ、と美久は大きなため息をついて、膝を抱えた。
なんだか、泣きそうだ。これ、月曜日には外してくれるつもりあるんだろうか?
と、そこでぞくりと全身に鳥肌が立った。そういえば、何かものすごくあり得ないことを言ってなかったっけ?
‘このまま君をここに縛って閉じ込めておきたい。首輪も足枷もはめて、どこにも逃げられないように、誰の目にも触れさせないように’
などと、聞いた気がするのは…気のせい…だよね?
怖くてとても聞けない。
仕事なんて辞めろと言われているんだから、美久がこのまま会社に行けなくなったところで、遼一は困りはしないんだろう。彼には恐らく美久を養っていけるだけの収入もあるんだろうから…
で…っ、でもでも、ちょっと待ってよ。
そんなのイヤ。このまま一生閉じ込められて、外にすら出られない生活なんて。それに、私は仕事をしたいのだ。社会との繋がりを絶ちたくない。
ふと顔を上げると、遼一が観察するような瞳で美久を見つめていた。
「支度出来たよ、食べよ?」
にこりと彼は笑う。
「着替えはそこに置いておいたよ」
茫然と、指さされた先に視線を向けると、椅子の上に部屋着用のワンピースが置かれてあった。この間の品とまた違ったデザインのターコイズブルー。
今夜も帰す気はないよ、と無言で念を押されたような気がする。
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