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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (愛が分からない…) 38

 いつの間にか眠っていた。
 いや、眠ったと自覚はしていない。だって、そこには遼一がいた。
 彼は扉を出ていく。そして、その中に残されたのは…
 ああ、なんだろう? 温かい柔らかい愛しいもの。光に満たされる淡い幸福。
 そこで一気に映像は乱れる。何か暗い喧騒が起こり、美久は悲鳴をあげた。
 そして。
 次に彼がその扉を開けたとき。真っ白な背景を背に、まるで光を背負ったような彼の姿。ああ、でもそれを美久は見てはいない。そこで待つ筈だった彼女はもうそこから駆け出し、雪の華に抱かれていたのだ。
 子どもの泣き声が聞こえる。
 切なく狂おしく、母を呼ぶ幼い子どもの泣き声が…




 はっと目を開けた。
 心臓がドキドキしている。
 知らずに涙が幾筋も美久の頬を濡らしていた。

 なんだろう?
 まったく状況も背景も、そしてそこに誰がいて、何が起こったのか分からなかった。それなのに、涙が零れて仕方がなかった。

 苦しくて、苦しくて。
 息を吸い込もうとしたのに、嗚咽で呼吸が乱れ、美久は喘いだ。
 何に泣いているのか、悲しいのか、辛いのか、苦しいのか、分からない。

「美久ちゃん?」

 足音が近づき、ふわりと毛布ごと抱きしめられた。

「どうしたの?」

 美久は震えながら泣きじゃくる。

「わ…分かんない。…ご、ごめん…なんだか…分かん、ない…」

 不意に、美久の身体を抱く腕にぎゅっと力がこもった。そのまま遼一は動かなかった。泣いている美久を、ただ、しっかりと抱いて、そしてまるで彼もその思いを感じているかのように、息を詰めていた。
 しばらくしゃくり上げていた美久は、背中の温かさに次第に落ち着き、ようやく、ふう、と大きな息を吐き出した。

「…夢でも、見た?」

 まるで何か恐ろしい話でもするように、背中に顔を押し付けたまま遼一は聞いた。

「うん…、でも、よく分からなかった」
「…そう」

 遼一はしばらくそのまま動かなかった。あまりに静かなので、美久は少し不安になって身じろぎする。

「りょ…いち?」

 彼は、それでも美久の身体にまるで子どものようにしがみ付いていて、動こうとはしない。彼女も諦めてそのまま遼一の息遣いを聞いていた。その呼吸はなんだか浅く弱々しく、心許ないように感じられる。泣き疲れた赤ん坊の今にも眠りに落ちそうに柔らかな鼓動に似て。悲しい気持ちは少しずつ落ち着いてきて、美久はようやく心も身体も現実に戻って来たことを感じる。

「大丈夫だよ」

 遼一は顔をあげて言った。

「大丈夫」

 美久は、押されるようにその言葉に頷いた。お互いに言葉ではなくて、何か深い記憶の底を探るように共通の理解を得ていた。そういう気がした。
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


こんにちは^^
苦しい展開になってきました~、遼一がどうやって遼一になったかっていうところは、このお話の核心でしょうね。最初にサブタイトルの”愛が分からない……”っていうのを見たときは、美久が遼一に対して持っている疑問なのかと思ったら、遼一の心の叫びだったわけですね。彼の目にうつった母親の姿がどんなものなのか気になります。

実はさっきまでをだらだら長文で書き込んでいたのですが、ふと思い立って消しました。いろいろ重苦しすぎる内容になっていた(汗

続きも楽しみにしています~
#1644[2012/02/17 14:03]  たつひこ  URL 

たつひこさまへ

たつひこさん、

> 苦しい展開になってきました~、遼一がどうやって遼一になったかっていうところは、このお話の核心でしょうね。

↑↑↑おえええええっ?
こ、これは、たつひこさんだからのご意見なのか、ここまで来たら誰でも分かるのか…
かなりビビりました。
いや、まったくその通りです。
それが要です(・・;
もう、読む必要ないじゃん、ってくらいっすな。

> 実はさっきまでをだらだら長文で書き込んでいたのですが、ふと思い立って消しました。いろいろ重苦しすぎる内容になっていた(汗

↑↑↑実はそれ、fateもよくやります。
ふと気付くと、おお、いかんいかんっ!!!
ということになって、書き直します(--;
物語るのと違って、そういうのって難しいですなぁ。でも、本当はfateはそれも読んでみたかった気がします。
そういうときは、どうぞ、鍵コメで~~~(^^;
でも、書いたことを後悔するなら、やはりダメですけど。
リアル友人でも、web上のお付き合いでも、そういうのが難しいですね。でも、むしろ、実際には会うことのない(可能性なくはないけど、少ない)こちらの付き合いの方が深いコトを話せたりすることもありますね。
英語圏の人に誰にも言えない家族の愚痴を言ったりするような感じ~(^^;

> 続きも楽しみにしています~

↑↑↑ありがとうございます!!!

#1649[2012/02/18 07:45]  fate  URL 














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