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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (再会、見合い、SM) 32

「今日はずいぶん大人しかったじゃない?」

 帰りのタクシーで、珍しく少し酔った遼一は美久の肩に手をまわしてその頭を抱く。
 そのさり気なさに、それでも身体がぴくりと反応する。

「…遼一、本当…なの?」

 美久は抱かれた遼一の胸で、運転手に聞こえないように小さな声でそっと聞く。

「ああ、やったよ。三人くらいかな」

 何の話?と聞き返さないくらい、美久の考えていることを把握している遼一はさらりと答える。

「さ…んにん?」
「限度はちゃんと考えていたよ。もう二度と会いませんってことになってくれれば良い程度にね」
「そ、そんなことしなくても…」

 自分から断れば?と美久は恐る恐る遼一を見上げる。

「甘いね、美久ちゃん。ああいう連中はね、決定的な何かが起こらない限り、話はもう水面下で進んでいるものなんだ。会うのは形式だけだよ。それを壊すには相応の傷を与えないとね。本当は立ち直れないほど潰すことも出来たのに、そうはしなかった。それだけで、感謝して欲しいくらいだよ」

 遼一の声はぞっとするほど冷たかった。美久がそれまでに感じたことのない憎悪の炎が静かに揺れている。こういう目で、その相手を貶めてきたのだろうか。その憎悪が、今、自分に向けられているものではないのを分かっているのに、知らずに震えが走るくらい、恐ろしかった。

「人間ってね、自分の常識が決まってるでしょ? 生まれてからそれまでの環境に寄って形作られるものが。それから外れたことにはものすごく拒絶反応を起こすみたいだね。そうだね、例えば官能と快楽と背徳の世界?」

 タクシーの運転手の存在を気にして、遼一は小声でささくように言った。それでも、遼一の手から伝わってくるほとばしるような暗い感情。

 その憎しみはどこからやってくるものなのだろうか。
 美久には見当もつかない。

「どうしてそんなこと聞くの? せっかくだから、美久ちゃんも試してみたかった?」
「そんな訳…っ」

 冷酷な光を宿したまま、遼一は甘い声で微笑む。その瞳に出会って、美久は全身から血の気が引いた。




 当然のように遼一のアパートの前に止まったタクシーに、美久は一瞬、このまま自分の部屋までタクシーで帰ってしまいたいと願った。支払いを済ませて、奥の席に縮こまっている美久の腕を掴み、遼一は有無を言わさぬ光を宿した瞳で彼女を見下ろした。

「美久ちゃん?」

 名前を呼ばれて、ぞくりと背筋がざわめく。
 引きずり出されるように下ろされて、タクシーは無情に走り去っていく。ふと遼一が視線を外した隙に、美久は駆け出した。いや、そうしようとした瞬間に背後から片手で抱きかかえられた。

「きゃあああっ」
「声が大きいよ、美久ちゃん。近所迷惑だから静かにしてくれる?」

 声のトーンがぞっとする程、低かった。

「…り…りょ…、ごめん…なさ…っ」

 美久の身体にまわされた腕に、力がこもる。

「何を謝っているのさ?」

 くすくすと上から声が降ってくる。

「部屋へ帰ろう。もう眠いしね」
「あ…あの…、私、今日は…その…」
「何?」

 髪の隙間から首の後ろをべろりと舐められる。

「ひゃ…っ」

 もう片方の腕がウエスト辺りをまさぐり、服の中へと侵入してくる。

「ちょ…っ、やめ、てっ! こんなところで…っ」
「じゃ、部屋へ帰ろう?」
「やっ…お願い、今日は、…帰してっ」
「良いよ」

 言って遼一はふっと身体を離した。

「え?」

 絶対にダメだと言われると思っていた美久は、むしろ、その代わり…という引き替えに怯えて遼一を振り返った。

「送ってあげようか?」
「え、…ううん、だいじょう、ぶ」
「そう、じゃ、タクシーでも呼ぶ?」

 目を細めて美久を見つめる遼一を、ぽかんと見上げて、彼女は頷いた。

「…う、ん」

 携帯電話を取り出してタクシーを呼んでいる遼一の横顔を見つめたまま、美久はどこか混乱していた。じゃあ、なんでここで私を下ろしたの?

「すぐ来るみたいだよ」
「あ、ありがとう」

 遼一は、携帯電話をポケットにしまってすうっと美久の目を見つめた。闇夜にぼうっと光る遼一の目。街灯を背に立っているので、彼の表情は分かりにくい。

「どうしたの?」

 何か言いたそうな顔をしていたのだろうか。遼一は不思議そうに聞いてきた。
 美久は、慌てて首を振る。

「何も」
「どうして、今夜は抱いてくれないのかって考えてた?」
「ち…っ、違うからっ」
「じゃ、どうしてあっさり引き下がったのか?」
「…」

 くすりと遼一は笑う。

「今夜は帰りな、美久ちゃん。初めから君が家に帰るって言えば、先に送ってあげたのに」
「ど…して?」

 遼一は呆れたようにため息をついた。

「ねぇ、君、自分の生理周期ちゃんと把握してる? 良いの? 子ども出来ても? 俺は構わないよ?」
「え…、え、ええっ???」
「そろそろ排卵日だろ。俺は良いよ、抱いても。でも、抱いたら避妊はしない。言っておいたけどね」

 美久は慌てて首を振った。

「か…っ、帰ります」
「だろ?」

 にやりと遼一は微笑む。

「でも、もうこんな親切はしないよ。次は気をつけな」

 道の向こうからタクシーのライトが光って見えた。

「来たみたいだね」
「あ、…うん。ありがとう」

 二人の前に停まったタクシーが扉を開けた。

「おやすみ」

 遼一に見送られて、美久はタクシーに乗り込む。

「うん、おやすみなさい」

 まるで二つの人格の狭間を行ったりきたりしているようだ、と美久は思う。遼一は、混乱することなく自らの違いを分かっているのだろうか。それとも、遼一にとってどちらも違和感のないスイッチ一つで切り替わるチャンネルのようなものなのだろうか。

 静かな彼の目を見ていると、分からなくなりそうだった。

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~ Comment ~


こういう意味だったのですね

このタイトル、そういう意味だったのかぁ。
でも、もしも相手の女性がさらに上手のそういう趣味で、遼一さんは私の好みにぴったりだわっ!! だなんて、言われてしまったらどうするのだろうかと。

すみません。
アホなことを考えてしまいました。

遼一さんって不思議なひとだなぁ。
私にはまだ彼の正体はまったくつかめなくて、それゆえに興味深いです。
#1719[2012/02/25 00:41]  あかね  URL 

Re: こういう意味だったのですね

あかねさん、

はい、そういう意味でした。話題に出てくるよ、程度の(^^;

> でも、もしも相手の女性がさらに上手のそういう趣味で、遼一さんは私の好みにぴったりだわっ!! だなんて、言われてしまったらどうするのだろうかと。

↑↑↑おおおおうっ、そうだそうだ!
fateはお嬢様を誤解していた!!!
そういうご令嬢だっているよな、そういいえばっ!!
女は侮れんぞ~~~
いや、男だって同じだけどさ。現に遼一が存在している(--;

> 遼一さんって不思議なひとだなぁ。
> 私にはまだ彼の正体はまったくつかめなくて、それゆえに興味深いです。

↑↑↑彼を理解出来るようになってはいけません。
それはとても危険な妄想です。(そうなのかっ???)
#1722[2012/02/25 06:08]  fate  URL 














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