ホテルに到着し、奈緒とスミレは、‘竹’から連絡を受けていた部屋に急いで向かった。廊下を駆け抜ける勢いで部屋番号を探し、扉を叩いた。が、しかし中から反応はない。
「ローズ、ローズっ!!」
奈緒は扉を叩きながら叫ぶ。イヤな予感がして彼女は気が気ではなかった。
「チェリー、フロントからキーを借りてくる」
スミレは慌てて一階へ戻り、事情を話してフロントの人間を連れてきた。部屋の前で待っていた奈緒は、扉の向こうから微かに叫び声を聞き、何か真っ暗な影が部屋全体を覆っているような気がした。
イヤだ、ローズ。このまま戻ってこなかったら、イヤ!
置いて行ったらイヤだ。
震えながら待っていた彼女は、ホテルの人間がカードキーを差し込んでロックを解除してくれるのをもどかしく見つめ、やっと開いた扉の中に飛び込んだ。
「ローズっ!!!」
床の上に倒れているローズに夢中で駆け寄ると、彼は血の気のない顔色で身体を痙攣させて呻いていた。
一目見て、スミレは事態を知る。マズイ、と悟った。今までこの状態にまで陥ったことはなく、しかも、彼は一旦戻ってきた後の発作に見舞われるだけで、闇に引きずり込まれる前に必ずストップをかけていた筈だった。
「いやあああああぁぁぁっ」
ローズの身体に抱きつき、奈緒は叫ぶ。彼女もその異常事態は肌で感じたのだろう。
「ローズ、ローズ、しっかりしてっ、目を開けて~っ」
その途端、不意に、彼が僅かに腕を持ち上げ、「チェリー…」と口を動かした気がした。その氷のような手を握り、奈緒は彼の名を叫ぶ。しかしローズはもう目を開けなかった。彼の身体にしがみつき、奈緒は泣き叫ぶ。
「いやぁぁっ、いやっ! ローズっ、目を開けてよ、私を見てよ! いやだぁぁぁっ」
「チェリー、落ち着け」
その光景に慌てふためいて救急車を呼ぼうとしたホテルの人間を制し、スミレは、チェリーの身体をローズから引き離す。
「まず、ローズをベッドへあげる。おい、手伝ってくれ」
茫然としているホテルの人間に手伝わせて、すでに意識のないローズの身体をベッドへ横たえ、スミレは、必要があったら声を掛けるから、と彼に部屋の外へ出てもらった。
ローズの身体は今、瀕死の状態だった。心臓の鼓動が奇妙にゆっくりで、手足が冷たい。まるで死を迎えようとしている者の様相だ。必死に名前を呼んですがりつく奈緒にお前も服を脱げ、と言いながらスミレはとにかく彼の服を引き剥がすように脱がせていく。
「チェリー、とにかくお前は名前を呼び続けてこいつの身体をあっためてやるんだ。俺は刺激を与えて意識を呼び戻す」
スミレが何をしようとしているのかは分からなかったが、とにかく奈緒は彼の言葉に従い、さっさと服を脱ぎ捨て、ローズの胸にすがりついた。その身体はぞっとうるほど冷たかった。まるで、生気を何かに奪われてしまったかのように。二人の上から毛布をかぶせて、スミレはローズの手足をマッサージするようにさする一方で、力を加えて痛み刺激を与える。
「ローズ、ローズ…っ」
奈緒の涙にむせびながらも叫び続ける声が切なく空間を支配する。
「イヤだぁ、ローズ、目を開けてよぉぉぉっ」
冷たい。どこもかしこも冷たくて、奈緒はその恐怖に震え上がる。まるで血の気のない顔。紫の唇。固く閉じたままの瞳。そして、まるで死んだように微かな呼吸。
「チクショー、ローズっ、なんでそこまで深追いした? 戻ってこれるギリギリのところでなんで踏みとどまらなかった? …バカヤロー!!!」
思わず、スミレは叫ぶ。
いや、何故、俺らを待ってくれなかった? 違う。どうしてもっと早く辿り着かなかった!!
何を見た? 何を追った? それをお前だけが知って、それを持ったまま逝ってしまうなら、何にもならんだろうがっ!
戻って来い、ローズ、もう一回ここへ戻って来い!
スミレは、まるで人の身体とは思えない冷たい彼の足をさすり、足の裏や甲を強く握り締める。そして、身に付けていたナイフの一番切れ味の悪い、つまり一番痛みを起こす刃で、奈緒に気付かれないようにローズの足の甲に刃先を突き立ててみた。腱を避けて、出来るだけ動きに支障のない部分を選んで。
ぐさり、と突き刺さった刃が皮膚を切り裂き、血を流しても、ローズに大きな反応はなかった。
スミレは、揺すったり叩いたり、あらゆることを試みた。それでも、ローズは戻ってこない。
バカヤロー、てめぇ、チェリーをまた一人ぼっちにする気かっ?
この子がどんな思いでお前の帰りを待っていたと思うんだっ!!!
流れる血を茫然と見つめながら、スミレは叫びだしたい心を必死に堪えていた。
「ローズ、ローズっ!!」
奈緒は扉を叩きながら叫ぶ。イヤな予感がして彼女は気が気ではなかった。
「チェリー、フロントからキーを借りてくる」
スミレは慌てて一階へ戻り、事情を話してフロントの人間を連れてきた。部屋の前で待っていた奈緒は、扉の向こうから微かに叫び声を聞き、何か真っ暗な影が部屋全体を覆っているような気がした。
イヤだ、ローズ。このまま戻ってこなかったら、イヤ!
置いて行ったらイヤだ。
震えながら待っていた彼女は、ホテルの人間がカードキーを差し込んでロックを解除してくれるのをもどかしく見つめ、やっと開いた扉の中に飛び込んだ。
「ローズっ!!!」
床の上に倒れているローズに夢中で駆け寄ると、彼は血の気のない顔色で身体を痙攣させて呻いていた。
一目見て、スミレは事態を知る。マズイ、と悟った。今までこの状態にまで陥ったことはなく、しかも、彼は一旦戻ってきた後の発作に見舞われるだけで、闇に引きずり込まれる前に必ずストップをかけていた筈だった。
「いやあああああぁぁぁっ」
ローズの身体に抱きつき、奈緒は叫ぶ。彼女もその異常事態は肌で感じたのだろう。
「ローズ、ローズ、しっかりしてっ、目を開けて~っ」
その途端、不意に、彼が僅かに腕を持ち上げ、「チェリー…」と口を動かした気がした。その氷のような手を握り、奈緒は彼の名を叫ぶ。しかしローズはもう目を開けなかった。彼の身体にしがみつき、奈緒は泣き叫ぶ。
「いやぁぁっ、いやっ! ローズっ、目を開けてよ、私を見てよ! いやだぁぁぁっ」
「チェリー、落ち着け」
その光景に慌てふためいて救急車を呼ぼうとしたホテルの人間を制し、スミレは、チェリーの身体をローズから引き離す。
「まず、ローズをベッドへあげる。おい、手伝ってくれ」
茫然としているホテルの人間に手伝わせて、すでに意識のないローズの身体をベッドへ横たえ、スミレは、必要があったら声を掛けるから、と彼に部屋の外へ出てもらった。
ローズの身体は今、瀕死の状態だった。心臓の鼓動が奇妙にゆっくりで、手足が冷たい。まるで死を迎えようとしている者の様相だ。必死に名前を呼んですがりつく奈緒にお前も服を脱げ、と言いながらスミレはとにかく彼の服を引き剥がすように脱がせていく。
「チェリー、とにかくお前は名前を呼び続けてこいつの身体をあっためてやるんだ。俺は刺激を与えて意識を呼び戻す」
スミレが何をしようとしているのかは分からなかったが、とにかく奈緒は彼の言葉に従い、さっさと服を脱ぎ捨て、ローズの胸にすがりついた。その身体はぞっとうるほど冷たかった。まるで、生気を何かに奪われてしまったかのように。二人の上から毛布をかぶせて、スミレはローズの手足をマッサージするようにさする一方で、力を加えて痛み刺激を与える。
「ローズ、ローズ…っ」
奈緒の涙にむせびながらも叫び続ける声が切なく空間を支配する。
「イヤだぁ、ローズ、目を開けてよぉぉぉっ」
冷たい。どこもかしこも冷たくて、奈緒はその恐怖に震え上がる。まるで血の気のない顔。紫の唇。固く閉じたままの瞳。そして、まるで死んだように微かな呼吸。
「チクショー、ローズっ、なんでそこまで深追いした? 戻ってこれるギリギリのところでなんで踏みとどまらなかった? …バカヤロー!!!」
思わず、スミレは叫ぶ。
いや、何故、俺らを待ってくれなかった? 違う。どうしてもっと早く辿り着かなかった!!
何を見た? 何を追った? それをお前だけが知って、それを持ったまま逝ってしまうなら、何にもならんだろうがっ!
戻って来い、ローズ、もう一回ここへ戻って来い!
スミレは、まるで人の身体とは思えない冷たい彼の足をさすり、足の裏や甲を強く握り締める。そして、身に付けていたナイフの一番切れ味の悪い、つまり一番痛みを起こす刃で、奈緒に気付かれないようにローズの足の甲に刃先を突き立ててみた。腱を避けて、出来るだけ動きに支障のない部分を選んで。
ぐさり、と突き刺さった刃が皮膚を切り裂き、血を流しても、ローズに大きな反応はなかった。
スミレは、揺すったり叩いたり、あらゆることを試みた。それでも、ローズは戻ってこない。
バカヤロー、てめぇ、チェリーをまた一人ぼっちにする気かっ?
この子がどんな思いでお前の帰りを待っていたと思うんだっ!!!
流れる血を茫然と見つめながら、スミレは叫びだしたい心を必死に堪えていた。
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