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Stories of fate


下化衆生 (R-18)

下化衆生 (甘美なる闇の中へ) 3

 あれは、一月前のまだ夏の気配が色濃く残っている9月。

 美久は、その月の初め、男に振られた。それは、大学時代から付き合っていた彼で、昨年お互いが就職してから、なかなか時間が合わずにすれ違いが多くなってきた矢先の出来事だった。しかも、男は、長い間、美久の親友と二股をかけていたことが発覚し、その親友に完全に奪われた、という形だった。

 美久は、恋人と親友を同時に失ったのだ。
 その、元カレの一番の親友が遼一だった。

 美久とその男と遼一と、そこに数人加えた仲間達は何かとよく一緒に遊び、その中にカップルが出来ても、就職してからも、皆で飲みに集まっていた。

 遼一は、一番モテていたのに、初めからまったく誰とも付き合う素振りはなく、仲間の恋愛相談にのっていたり、遊びでなら誰とでも気軽にセックスしているような変わった男だった。

 冷たいとも受け取れるクールさがあり、誰にでも優しかったが、誰にも心を許さないような淡白さがあり、逆に男女問わず、誰からも好かれて頼りにされて、中心にいるような人物なのだ。

 端正な顔立ちをしており、どこか冷徹な目をしていた。いつでも冷静で、請われるとどんな相談にものり、的確なアドバイスをする。そんなまるで同年代の男の子とは思えない、美久にとっては‘男’という対象外の人間だった。

 その、男に振られた夜。当の本人と美久の親友はその夜いなくて、それ以外のメンバーで飲んだあと、美久は最後まで一緒に残って彼女に付き合ってくれた遼一に、つい酔ったはずみで甘えてしまった。

「遼一…、今日は一人で部屋に帰りたくない。」
「良いよ、何時まででも付き合うよ。」

 いつもの如く、彼は優しかった。誰にでも向ける柔らかい笑みで美久の目を見つめ、微笑んだ。

 美久の失恋相手も、またその男の彼女も知っている遼一は、なかなかコメントはしづらい状況だったのだろう。それで、彼は美久の憂さ晴らしに付き合ってくれようとしたのかも知れない。

「ありがとう、遼一。もう、私レンアイなんてしないわ。いつも捨てられてばっかりだもん。」
「ウソつけ。君の方が捨ててるんだろ?」
「違うよ。だいたい男の方が勝手に離れていくんだって。もう、さっぱり訳が分かんない。」

 遼一は目を細めて美久を見ていた。それはまったく男を感じさせない労わるような光で、美久はため息をつきながら言ってみた。

「遼一って、皆が欲しがってるのに、どうして特定の彼女を作らないの? アイドルの運命(さだめ)?」
「君がなかなか振り向いてくれないからじゃないか。」
「だって、遼一は私なんて眼中にないじゃない。」
「違うよ。君が他の男との恋愛に忙し過ぎるんだろ?」

 美久はもういい加減酔っ払っていた。無理もないとはいえ、やはりその夜はハイペースで飲み過ぎていたのだろう。恋人と親友。一度に失うには大き過ぎる存在だった。美久はそれほど意識はしていなかったが、相当傷ついていたのだろう。

「私って…そんなにバカなのかなぁ?」
「女はバカで良いんだよ。」
「あ~っ、何、その差別的発言!」
「君は充分賢いって。」
「…もう、良いよ~だ。遼一にまでバカにされるし。」
「してないだろ?」
「じゃあ、責任取ってよ。」
「何の責任?」
「…分かんないけど。」
「抱いてやろうか?」

 美久は一瞬、言われた言葉を理解出来なかった。あまりに意外な人物から意外な言葉を吐かれ、酔っ払った脳には正確に届かなかったのだ。

「…慰めてくれるの~?」
「違うよ。」
「どうして?」
「本気で抱いてやろうか? って言ってるんだよ。」

 遼一の目は相変わらず細められていたのに、その奥に別の光が宿っていることに、美久は気付かなかった。

「本気でって? 付き合おうって言ってるの?」
「そうだよ。」
「良いよ、遼一なら。」

 すると、遼一はふっと困ったような笑みを浮かべて氷水を飲み干した。

「冗談だよ、美久ちゃん。そろそろ送ってあげるよ。」

 その突き放したような声色に、美久は泣きそうになる。

「結局、そうだよね。私のこと、誰も本気で考えてくれる人なんていないんだもん。」
「君のことを考えているから、今日は送ってくよ。」
「やだやだやだ、遼一のバカっ!」

 テーブルに突っ伏して駄々をこねる美久に、遼一は笑った。

「君のためを思って言ってるんだって。ほら、もう立って。タクシー手配して送ってあげるから。」

 ふわりと抱き起こされて、美久は半分眠りに落ちそうな状態で彼の胸にもたれかかった。これほど無防備だったのは、相手が大学時代からの仲間で、信頼している友人で、付き合っていた男のことも美久の親友のことも彼がよく知っているから、というだけではなく、美久にはどこか遼一を‘男’と捉えていない気の緩みがあったからだろう。

「遼一、私ってそんなに魅力ないの~? どうして私のことは‘女’として扱ってくれないの? ゆりとは寝たんでしょう?」
「酔っ払ってるよ、美久ちゃん。」

 少し呆れたように遼一はその身体を支えて立たせる。

「やだやだ、帰らないもん。」
「美久ちゃん、君、明日も仕事でしょ?」
「仕事なんてもう良い~っ、遼一のバカっ」

 遼一は、はいはい、と軽くあしらいながら会計を済ませ、ふらつく美久の肩を抱いたままタクシーを探す。

「遼一は、私のこと嫌いなの?」
「まさか。俺は君のことしか見てないよ。」
「そんなのウソだね。」

 くすり、と遼一は美久を見下ろした。

「ほんとだよ? だから、良い? 美久ちゃん、一度俺がその気になったら君はもう逃げられないよ?」
「良いよ、遼一なら。」

 酔って潤んだ目で美久は背の高い遼一を見上げる。なんだか、無性に寂しくて、やるせなくて、何もかもがどうでも良かった。そして、遼一の言葉なんて、彼女は半分も聞いていなかったのだ。

「そういうことを簡単に言っちゃダメだよ。俺は、君を手に入れたらもう離さないよ?」
「離さなくて良いよ~」
「だから、美久ちゃん、君、酔っ払って何も考えてないだろ。」
「それくらい、分かるよ。遼一はなんだかんだ言って本当は私なんかどうでも良いんでしょ?」

 遼一はため息をついて美久を見下ろした。

「本当に良いの? 美久ちゃん。覚悟はある?」

 覚悟。その言葉の意味を判断できる状態に、そのとき彼女はなかった。

 ただ寂しくて、優しくしてくれる手に縋りたかった美久は、酔いも手伝って、まったく無防備に頷いた。遼一の心の内のことなど、一寸も疑わずに。それまでの彼の姿がすべてだと信じ込んで。
 

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連投すみません

おおお……(さっきと書き出しが同じかも。笑)
これ私結構好きな予感がします!ワクワク。

深い闇でもドンと来い!です。こっちも楽しみにしてますね~
#1476[2012/01/31 13:43]  たつひこ  URL 

Re: 連投すみません

たつひこさん、

おええええええっ??
こ、これですかっ???(^^;
(うろたえるなら掲載するなよ!)

> 深い闇でもドンと来い!です。こっちも楽しみにしてますね~

↑↑↑そ、そうですか?(ドキドキ)
「闇」っていうより、完璧に「病み」ですが、加筆修正なので、比較的するする進んでます。
けど、別の描きかけ作品3点ほどにも手を出し始めたので(『花籠』4を描き終えたので)、更新は少し遅くなります~(^^;
(どんだけ途中で投げてたんだろ…(--;)
#1479[2012/01/31 14:28]  fate  URL 

恐る恐る

といった感じで、「闇」に入り込んでみました。
ふと思ったのですが、fateさんの作品に登場する女の子って、泣かない印象があるのです。
悲鳴を上げたり怯えたりはしていても、涙をこぼしたりえーんえーんしたりしない。

そんなふうに思うのですけど、泣くシーンはありましたっけ?

予約投稿以外活動休止とおっしゃってるのも気になりますが、それ以外の活動を再開なさる日をお待ちしていますね。
#1583[2012/02/10 01:09]  あかね  URL 

Re: 恐る恐る

あかねさん、

なんてことを…!!!
なんつって(^^;

これは、『虚空の~』『アダムの~』と並んでものすごく初期の世界です。
なので、その当時、影響を受けた官能作家さんの世界を幾分か取り込んだ上に、‘闇’の力がまだまだ強くって、吐き出さなければならない‘病んだ’世界でした。
それでも、まだマシになってるんです、マジで、これでも。
「唐草銀河」の磯崎さんの作品、ミズキさんに影響を受けたことで、彼の美しい狂気と気高い魂に心酔したので。少し、彼がここに入り込みました。いや、少しです、ほんとに(^^;

> ふと思ったのですが、fateさんの作品に登場する女の子って、泣かない印象があるのです。
> 悲鳴を上げたり怯えたりはしていても、涙をこぼしたりえーんえーんしたりしない。

↑↑↑ほえ? そうですか?
いや、美久ちゃんはけっこう泣きます(^^;
泣かされているというか。
進むと分かりますよ~
まぁ、進めれば、ですが。
途中離脱可です(^^;

> 予約投稿以外活動休止とおっしゃってるのも気になりますが、それ以外の活動を再開なさる日をお待ちしていますね。

↑↑↑すみません、いろいろコメントいただき(特にあかねさん宅の?乃梨香さんから)、少し立ち直りました。
fateは自身が病んでいることを自覚しているので、それを「不快だった」と言われることはかなりきつかったです。別にfateは頼んで読んでもらってる訳でもないし、散々警告もしております。
なので、誰にでも言いますが、楽しめない世界を無理する必要はありません。
入ってみて不快でしたら、リタイア可ですので~(^^;
どうぞ、お気軽に!

#1595[2012/02/11 09:25]  fate  URL 














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