しばらくうなだれている様子だった彼女は、不意に顔をあげ、すっと立ち上がった。ふわりとスカートの裾が揺れ、朝日を浴びた彼女の姿が白い彫像のようにその場で光を照り返す。
「ありがとう、アカシア。…連絡事項は分かったわ。私は今日はもう帰って良いわよね?」
「…お前も気をつけろ、アイ。相手がまだ不明だ。恐らく仕事とは関係ないと思うが、気をつけるに越したことはない。」
扉に向かったアイリスは、小さく振り返って頷いた。
「私は大丈夫よ。それより、牡丹の容態もだけど、花篭から詳細の連絡が入ったらいつでも良いから教えて。」
「ああ。」
アイリスを見送って、男二人には重い空気だけが残された。
「花篭が訓練を推奨しないのは、特技が特殊に片寄っているメンバーが、出来るだけ普通の生活を望んでいるからでもあるんだ。」
アカシアはジャスミンにというよりは、独り言のように口を開く。それは、説明されなくてもジャスミンにも分かっていた。だから、彼はただ、うん、と相槌をうつ。
「だが…俺らのような仕事を請け負うメンバーは、今後、必須だな。今回は単なる通り魔かもしれない。しかし、仕事絡みで恨みを買う確率がぐんと高くなる。身を守る術は必要だ。」
特にあの子は、とアカシアは思った。牡丹は我が身を守るよりも、‘蛇’を守ろうとして死ぬところだったのだ。その優しさが、今後、仕事に影響しないとは限らない。
「まぁ、アイリスは特に攻撃技は必要ないだろう。あいつの身体には至るところに毒針が仕込める。不用意にあいつに触れようものなら、下手な自殺を図るより致死率が高い。それに、いざってときの逃げっぷりは見事だ。」
「でも、基本の訓練だけでも受けた方が良いよ。せっかく親父も日本にいるんだしさぁ。」
何気なくジャスミンは言い、ああ、と頷いたアカシアは、一瞬の間を置いて、彼の言葉に「え?」と硬直する。
「ななな、なにっ?? ‘黒椿’が日本にっ???」
「うん。」
と、ジャスミンはにこりとリーダーを見上げる。
「いつから?」
「ええとぉ…」
ジャスミンは眉をひそめる。
「桜が散る頃…? ああ、そうだ、李緒ちゃんのところから帰った朝だから、ほら、スミレが李緒ちゃんを連れてきたことがあったじゃん? その辺り。」
「えええっ? そんな前からずっとぉ?」
ジャスミンは、うん、とにこにこと彼を見つめて微笑んだ。
帰宅後、椿はほとんど家から出なかったし、恐らく所在を知っているのは花篭とスムリティ本部の幹部の数名のみであろう。一時期、目撃情報が出回ってしまった彼は、日本で仕事を請け負うことを休止し、花篭の旧友であり現在スムリティ幹部の悠馬の誘いで海外へその本拠地を移していた。現在は花篭と悠馬が立ち上げた訓練施設で、教官と、幹部の護衛をしている。
今回、‘黒椿’は休暇を取って帰郷中で、自宅でのんびりしているのである。
それ自体は珍しいことではない。もともと一年に一度くらいは彼も帰宅していた。それが今回は3月に帰ってきて以来、すでに2ヶ月が経過しているのである。
「何か…あったのか? いや、何かあるのか?」
「さあ?」
ジャスミンは肩を竦める。
「もしかして、花篭が呼んだのかもね。」
「何も聞いてないのか?」
「話すような人じゃないよ、知ってるでしょ? 単に休暇なのかも知れないしね。」
「…なんだか、イヤな感じがするな…」
アカシアは呟くように言った。
「このタイミング、か?」
「たまたまかもよぉ?」
「…なら、良いけどな。」
「ありがとう、アカシア。…連絡事項は分かったわ。私は今日はもう帰って良いわよね?」
「…お前も気をつけろ、アイ。相手がまだ不明だ。恐らく仕事とは関係ないと思うが、気をつけるに越したことはない。」
扉に向かったアイリスは、小さく振り返って頷いた。
「私は大丈夫よ。それより、牡丹の容態もだけど、花篭から詳細の連絡が入ったらいつでも良いから教えて。」
「ああ。」
アイリスを見送って、男二人には重い空気だけが残された。
「花篭が訓練を推奨しないのは、特技が特殊に片寄っているメンバーが、出来るだけ普通の生活を望んでいるからでもあるんだ。」
アカシアはジャスミンにというよりは、独り言のように口を開く。それは、説明されなくてもジャスミンにも分かっていた。だから、彼はただ、うん、と相槌をうつ。
「だが…俺らのような仕事を請け負うメンバーは、今後、必須だな。今回は単なる通り魔かもしれない。しかし、仕事絡みで恨みを買う確率がぐんと高くなる。身を守る術は必要だ。」
特にあの子は、とアカシアは思った。牡丹は我が身を守るよりも、‘蛇’を守ろうとして死ぬところだったのだ。その優しさが、今後、仕事に影響しないとは限らない。
「まぁ、アイリスは特に攻撃技は必要ないだろう。あいつの身体には至るところに毒針が仕込める。不用意にあいつに触れようものなら、下手な自殺を図るより致死率が高い。それに、いざってときの逃げっぷりは見事だ。」
「でも、基本の訓練だけでも受けた方が良いよ。せっかく親父も日本にいるんだしさぁ。」
何気なくジャスミンは言い、ああ、と頷いたアカシアは、一瞬の間を置いて、彼の言葉に「え?」と硬直する。
「ななな、なにっ?? ‘黒椿’が日本にっ???」
「うん。」
と、ジャスミンはにこりとリーダーを見上げる。
「いつから?」
「ええとぉ…」
ジャスミンは眉をひそめる。
「桜が散る頃…? ああ、そうだ、李緒ちゃんのところから帰った朝だから、ほら、スミレが李緒ちゃんを連れてきたことがあったじゃん? その辺り。」
「えええっ? そんな前からずっとぉ?」
ジャスミンは、うん、とにこにこと彼を見つめて微笑んだ。
帰宅後、椿はほとんど家から出なかったし、恐らく所在を知っているのは花篭とスムリティ本部の幹部の数名のみであろう。一時期、目撃情報が出回ってしまった彼は、日本で仕事を請け負うことを休止し、花篭の旧友であり現在スムリティ幹部の悠馬の誘いで海外へその本拠地を移していた。現在は花篭と悠馬が立ち上げた訓練施設で、教官と、幹部の護衛をしている。
今回、‘黒椿’は休暇を取って帰郷中で、自宅でのんびりしているのである。
それ自体は珍しいことではない。もともと一年に一度くらいは彼も帰宅していた。それが今回は3月に帰ってきて以来、すでに2ヶ月が経過しているのである。
「何か…あったのか? いや、何かあるのか?」
「さあ?」
ジャスミンは肩を竦める。
「もしかして、花篭が呼んだのかもね。」
「何も聞いてないのか?」
「話すような人じゃないよ、知ってるでしょ? 単に休暇なのかも知れないしね。」
「…なんだか、イヤな感じがするな…」
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