『花籠』外伝2
これは、‘3’から続くジャスミンと李緒ちゃんの物語です。
まぁ、外伝ですので、本編のつなぎ、それからfateの趣味の世界です。
(それはアブナイかも~(^^;)
はい、ではどうぞ~↓
「今年、桜観た?」
不意に話しかけられて、李緒ははっとジャスミンを見上げた。彼の瞳には、ただ甘い光が浮かんでいるだけで、何を感じ、何を考えているのかさっぱり分からない。
ただ、その背にまわされた腕の、しがみついている胸の熱さだけを全身で感じている。
泣いた後の喉の奥の痛みだけを夢のように味わっている。
何かを聞かれたことを思い出し、李緒は声を出そうとしてみたが、訳も分からず怖くなって、息を吸い込んだだけでやめた。このまま何かがほんの僅かズレだけで、何かが動いただけで、夢が覚めてしまう気がして、また、一人ぼっちの闇に取り残されそうな気がして、彼女は息を詰めて暗闇に震える。
「李緒ちゃん、そんなに必死にしがみつかなくたって、俺はどこにも行かないよ?」
くすくすと上から声が降ってくる。
「ほら、外を見てご覧、綺麗な月だよ?」
言われて初めて、カーテンが僅かに開いていたことを知った。恐らく、ジャスミンが開けたのだろう。李緒はいつもカーテンを閉めきっている。窓の外を見下ろして、誰もいない外の風景を見るのが辛くて、彼女はカーテンを開けたことがない。あの日、彼がここを出て行って、そして、窓の外にもその姿が見えなくなってしまった頃にカーテンを開けて見た、誰もいない並木道を見下ろす苦痛が、あのときの身を切られそうな絶望感を思い出したくなくて。
身体を起こして壁に寄りかかり、ジャスミンは頭一つ分小さな李緒の身体を片手で抱いたまま、ふうっと視線を空へと向ける。半月よりも少し太った月がぽっかりと空に浮かんでいた。星の瞬きが分かる程度に、周囲は暗いのだろう。住宅地であるそこは、ネオンのある街中よりも空が綺麗に見える。部屋の明かりを消して、無音の中で、腰から下だけを毛布で覆った状態で二人は抱き合っていた。
いつからそうしていたのか、もう時間の感覚が李緒には分からなくなっていた。
「李緒ちゃん…」
言いかけて身体を離そうとしたジャスミンに、李緒は悲鳴をあげてすがりつく。
「ええと…」
思わずそのまま彼女の身体を抱いて、ジャスミンは次の瞬間にふっと笑った。
「体勢変えようとしただけなんだけど。」
そして、ぐい、とその細い肢体を抱き上げてふわりと一瞬宙に浮かし、ひゃっ…と声をあげた彼女をすとんとベッドに沈めた。
「寝よっか。」
「…え?」
言われた意味を反芻し、李緒は思わず傷ついたような瞳でジャスミンの顔を見つめる。
「どうして?」
「うん。なんかさ、君が欲しいのは、あれだろ? 男としての俺じゃないだろ? たぶん。」
「…そんなことっ」
「俺も今、まだ親父の気分を引きずってるし。」
「え…、え?」
「君が、最初に会ったのってきっと俺の父親だよ。そっくりだろ?」
にこりと微笑んで、ジャスミンはすっぽりと二人に毛布を掛けて包み込む。部屋の中の幾分温かい空気ではあったが、やはり触れ合っていた部分以外、肌が少し冷えていたらしい。柔らかく抱きしめられて、李緒はその至福感に頭の芯が甘く痺れるような恍惚感を味わう。
そっくりだろ…?
あれは、ジャスミンじゃなかった…?
真っ黒な衣装で、どこか甘い、同じ瞳をしていたのに?
ゆっくりと彼の瞳を見つめて、不思議な気分に陥る。今がいつなのか、自分がいくつなのか曖昧になってきた。
そして。どうして、さっき泣いたんだっけ? と彼女は思う。
初めて他人と裸で抱き合って、その熱い肌に強く抱きしめられた瞬間、李緒は雷に打たれたように一瞬訳が分からなくなった。喜びとか幸せとか、そんな優しい感覚では到底ない、もっと生々しく狂暴な思いに翻弄された。それは、李緒自身、意識していなかった‘命’そのものの叫びのような何かだった。
そのとき、息もつけないくらい、巨大な何かに押し潰されそうになり、必死にすがりついたジャスミンは、まるで赤ん坊のように泣き出した李緒に驚いて「…ど、…どうしたの?」と彼女を抱えるように抱き起こした。
まったく李緒にも訳が分からなかった。
恐怖でも嫌悪でもない。
その感情の渦が何を表しているのか分からないのに、李緒はただひたすら泣いた。涙をぽろぽろ零して、必死に声を押し殺そうとしながらも、しゃくりあげるまで泣き続けた。
その、熱い身体に必死にしがみついて、生きている、その事実を確かめようとしているかのように。
ここに、本当に彼が存在していることを感じられるように。
ジャスミンは、もう何も言わずにただ李緒の身体を抱きしめて、時折、そっと髪を撫でたり、内側から指で梳いたりしてくれていた。そのとき、どんな表情をしていたのか、李緒には分からない。困ったなぁ、と途方に暮れていたのか、ただ淡々といつもの曖昧で甘い笑みを浮かべていただけなのか。
だけど、存在を許されている空気があって、初めて李緒は人前で、いや、誰かの胸で泣いた。
それは、今まで満たされることのなかった幼い子どもの想い。寂しさ。愛しさ。切望。渇望。悲しみ。きっとそんなものだったのだろうか。
求めても得られないことを悟ったとき、諦めた筈のすべての思い。愛したい、愛されたい、慈しみ、支え、守りたかった一切。押し込められて忘れ去られて、閉じ込められていた鬱積した感情の爆発。
ふと気が付くと、ジャスミンの胸は、李緒の涙で濡れていて、ようやく彼女は自分が泣いたことを知って愕然とする。こんな風に彼の前で形振り構わずに涙を零したことに。そして、自らの‘闇’の深さをそこに見たのだ。
一度で良い、抱きしめて欲しかった。
存在を認めて欲しかった。
ただ、自分を生み出してくれた―‘母親’―に。
これは、‘3’から続くジャスミンと李緒ちゃんの物語です。
まぁ、外伝ですので、本編のつなぎ、それからfateの趣味の世界です。
(それはアブナイかも~(^^;)
はい、ではどうぞ~↓
「今年、桜観た?」
不意に話しかけられて、李緒ははっとジャスミンを見上げた。彼の瞳には、ただ甘い光が浮かんでいるだけで、何を感じ、何を考えているのかさっぱり分からない。
ただ、その背にまわされた腕の、しがみついている胸の熱さだけを全身で感じている。
泣いた後の喉の奥の痛みだけを夢のように味わっている。
何かを聞かれたことを思い出し、李緒は声を出そうとしてみたが、訳も分からず怖くなって、息を吸い込んだだけでやめた。このまま何かがほんの僅かズレだけで、何かが動いただけで、夢が覚めてしまう気がして、また、一人ぼっちの闇に取り残されそうな気がして、彼女は息を詰めて暗闇に震える。
「李緒ちゃん、そんなに必死にしがみつかなくたって、俺はどこにも行かないよ?」
くすくすと上から声が降ってくる。
「ほら、外を見てご覧、綺麗な月だよ?」
言われて初めて、カーテンが僅かに開いていたことを知った。恐らく、ジャスミンが開けたのだろう。李緒はいつもカーテンを閉めきっている。窓の外を見下ろして、誰もいない外の風景を見るのが辛くて、彼女はカーテンを開けたことがない。あの日、彼がここを出て行って、そして、窓の外にもその姿が見えなくなってしまった頃にカーテンを開けて見た、誰もいない並木道を見下ろす苦痛が、あのときの身を切られそうな絶望感を思い出したくなくて。
身体を起こして壁に寄りかかり、ジャスミンは頭一つ分小さな李緒の身体を片手で抱いたまま、ふうっと視線を空へと向ける。半月よりも少し太った月がぽっかりと空に浮かんでいた。星の瞬きが分かる程度に、周囲は暗いのだろう。住宅地であるそこは、ネオンのある街中よりも空が綺麗に見える。部屋の明かりを消して、無音の中で、腰から下だけを毛布で覆った状態で二人は抱き合っていた。
いつからそうしていたのか、もう時間の感覚が李緒には分からなくなっていた。
「李緒ちゃん…」
言いかけて身体を離そうとしたジャスミンに、李緒は悲鳴をあげてすがりつく。
「ええと…」
思わずそのまま彼女の身体を抱いて、ジャスミンは次の瞬間にふっと笑った。
「体勢変えようとしただけなんだけど。」
そして、ぐい、とその細い肢体を抱き上げてふわりと一瞬宙に浮かし、ひゃっ…と声をあげた彼女をすとんとベッドに沈めた。
「寝よっか。」
「…え?」
言われた意味を反芻し、李緒は思わず傷ついたような瞳でジャスミンの顔を見つめる。
「どうして?」
「うん。なんかさ、君が欲しいのは、あれだろ? 男としての俺じゃないだろ? たぶん。」
「…そんなことっ」
「俺も今、まだ親父の気分を引きずってるし。」
「え…、え?」
「君が、最初に会ったのってきっと俺の父親だよ。そっくりだろ?」
にこりと微笑んで、ジャスミンはすっぽりと二人に毛布を掛けて包み込む。部屋の中の幾分温かい空気ではあったが、やはり触れ合っていた部分以外、肌が少し冷えていたらしい。柔らかく抱きしめられて、李緒はその至福感に頭の芯が甘く痺れるような恍惚感を味わう。
そっくりだろ…?
あれは、ジャスミンじゃなかった…?
真っ黒な衣装で、どこか甘い、同じ瞳をしていたのに?
ゆっくりと彼の瞳を見つめて、不思議な気分に陥る。今がいつなのか、自分がいくつなのか曖昧になってきた。
そして。どうして、さっき泣いたんだっけ? と彼女は思う。
初めて他人と裸で抱き合って、その熱い肌に強く抱きしめられた瞬間、李緒は雷に打たれたように一瞬訳が分からなくなった。喜びとか幸せとか、そんな優しい感覚では到底ない、もっと生々しく狂暴な思いに翻弄された。それは、李緒自身、意識していなかった‘命’そのものの叫びのような何かだった。
そのとき、息もつけないくらい、巨大な何かに押し潰されそうになり、必死にすがりついたジャスミンは、まるで赤ん坊のように泣き出した李緒に驚いて「…ど、…どうしたの?」と彼女を抱えるように抱き起こした。
まったく李緒にも訳が分からなかった。
恐怖でも嫌悪でもない。
その感情の渦が何を表しているのか分からないのに、李緒はただひたすら泣いた。涙をぽろぽろ零して、必死に声を押し殺そうとしながらも、しゃくりあげるまで泣き続けた。
その、熱い身体に必死にしがみついて、生きている、その事実を確かめようとしているかのように。
ここに、本当に彼が存在していることを感じられるように。
ジャスミンは、もう何も言わずにただ李緒の身体を抱きしめて、時折、そっと髪を撫でたり、内側から指で梳いたりしてくれていた。そのとき、どんな表情をしていたのか、李緒には分からない。困ったなぁ、と途方に暮れていたのか、ただ淡々といつもの曖昧で甘い笑みを浮かべていただけなのか。
だけど、存在を許されている空気があって、初めて李緒は人前で、いや、誰かの胸で泣いた。
それは、今まで満たされることのなかった幼い子どもの想い。寂しさ。愛しさ。切望。渇望。悲しみ。きっとそんなものだったのだろうか。
求めても得られないことを悟ったとき、諦めた筈のすべての思い。愛したい、愛されたい、慈しみ、支え、守りたかった一切。押し込められて忘れ去られて、閉じ込められていた鬱積した感情の爆発。
ふと気が付くと、ジャスミンの胸は、李緒の涙で濡れていて、ようやく彼女は自分が泣いたことを知って愕然とする。こんな風に彼の前で形振り構わずに涙を零したことに。そして、自らの‘闇’の深さをそこに見たのだ。
一度で良い、抱きしめて欲しかった。
存在を認めて欲しかった。
ただ、自分を生み出してくれた―‘母親’―に。
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紺碧の蒼

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真紅の闇

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黄泉の肖像

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『花籠』シリーズ・総まとめ編

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花籠

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花籠 2

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花籠 3

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花籠 4

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花籠 外伝集

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儘 (『花籠』外伝)

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ラートリ~夜の女神~

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光と闇の巣窟(R-18)

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蒼い月

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永遠の刹那

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Sunset syndrome

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陰影 1(R-18)

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陰影 2

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虚空の果ての青 第一部

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虚空の果ての青 第二部

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虚空の果ての青 第三部

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虚空の果ての青(R-18)

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アダムの息子たち(R-18)

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Horizon(R-18)

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スムリティ(R-18)

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月の軌跡(R-18)

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ローズガーデン(R-18)

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Sacrifice(R-18)

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下化衆生 (R-18)

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閑話休題

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