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Stories of fate


花籠 3

花籠 3 (動き出した‘輪’) 2

 事件から一週間ほどが経過した。

 あの後、李緒は、面接していた会社から採用通知をもらい、すぐに研修が始まっていた。忙しい日々の中、数日前にどこかの会社で経営者の一家が行方不明だとか殺害されたらしいとか、そんなニュースが流れていたが、彼女は特に気にも留めていなかった。

 週末のその夕方、李緒が研修から戻ったとき、アパートの入り口でジャスミンの姿を見つけ、彼女は心の底から湧き起こった感情の渦にくらりとする。彼女自身、そんな風に感じるとは思っていなかった。なのに、そのときの激しい想いは、‘喜び’だった。彼に会えたことを嬉しいと感じていたのだ。

「ジャ…」

 思わず呼びかけようとしたら、彼は人差し指を唇に当ててにこりとする。

 李緒にこの部屋を用意してくれて、家具の一式を一緒に選んで買ってくれてから、ジャスミンは一度も彼女を訪ねてはこなかった。

 普通ではない出会い方だったし、彼女はジャスミンにとっては痛恨の‘目撃者’である。対等に普通の人間関係など築ける筈のない間柄なのに、李緒はただ彼に会いたかったのだとその顔を見て知った。

「元気だった~?」

 ジャスミンは一段人懐こい笑みを浮かべる。一緒に門をくぐり、3階の部屋への階段をのぼる。

「はい、あの、仕事が決まったんです。」
「そうかぁ、じゃあ、もう安心だね。」

 並んで階段を上るだけで、なんだか李緒はドキドキした。自分より背の高いジャスミンを見上げることすら、妙に心躍った。

 部屋に入って、少し物が増えて生活感が出来てきた部屋を眺めて、ジャスミンは少し嬉しそうに言った。

「順調そうだね。」
「はい、あの…ありがとうございました。いただいた分は、その、少しずつお返しします。」
「え…? ああ、家具とかの分?」
「それと、あの…支払っていただいた契約のときのお家賃とか…」

 お湯を沸かしながら、李緒はどこか幸せそうに備え付けのダイニングボードからカップを取り出して並べる。お揃いの二つの紅茶カップ。淡い花びらの模様が浮かび上がるような幻想的な柄だった。それを見て、ジャスミンは目を細める。

「可愛いね、君が選んだセンス?」
「あ…」

 真っ赤になってうろたえて、李緒は、はい、と俯く。まるで新婚家庭のように、食器を何もかも彼女は二つずつ揃えていたのだ。研修の帰りに、雑貨屋に寄って毎日少しずつ。それは彼女にとってとても楽しい時間だった。ジャスミンの少し冷たいような横顔と、甘い声色、そんなものを思いながら、そのイメージを精いっぱい追って集めた食器たち。

 夢見てみたかったのだろう。二度も彼女を救ってくれた騎士が、約束通り彼女を迎えに来てくれたのだと。そう思い込んで生きてきたから。
 李緒が入れた紅茶を小さなダイニングテーブルで二人で飲んだあと、ジャスミンはちょっと俯いて、そして言った。

「李緒ちゃん、俺、今日はお別れを言いに来たんだぁ。」
「…えっ?」

 驚いた表情で李緒はジャスミンを見上げた。

「ど…どうして?」
「うん、ごめんね。」
「どうして?」
「…もう、関わらない方が良いんだ、お互いにねぇ。」
「どうしてっ?」

 細い、悲鳴のような声で李緒はカップを両手で握り締めた。

「…分かってるだろ?」

 ずきん、と心臓が痛む。そうだ、分かっていた、初めから。それを言い出される日がくることも。

 彼女は、ジャスミンの仕事の際にたまたま現場に居合わせてしまってそれを目撃した。殺せ、と言われたのにジャスミンは彼女に対して特に脅したり懐柔したりすることなく、住む場所を与えて解放してしまったのだ。その後、彼が被害者の関係者である李緒と関わり続けてくれる筈などないと分かっていた。

 だけど、ジャスミンはそのとき、李緒の部屋の合鍵を自分のポケットにしまっていたのだ。それを見て、李緒はどきりと心臓が跳ねたことを覚えている。

 イヤだとすがることが李緒には出来なかった。いつでも、諦めることだけは得意だったのだ。どんなに切望していたことも、渇望とすらいえる願いも。誰もが普通に与えられる筈の愛の形も。

「もう…会えない?」
「うん、きっと。」

 李緒は唇を噛み締めた。涙がぽろぽろと頬を伝い、テーブルの上に落ちていく。

「ジャスミンは…」

 李緒は息を大きく吸った。いや、吸い込もうとしたのに、嗚咽が漏れただけで空気は肺に入ってこなかった。

「私のこと、…少しは、気にして…くれた?」
「李緒ちゃんのことはずっと考えていたよ。」

 ジャスミンはちょっと首を傾げて、一旦言葉を切った。

「ううんと…、俺さぁ、こんな風に女の子と関わったこと、って初めてで、うまく言えないけど、李緒ちゃんのことはきっと他の誰より、ずっと気に掛かってた。それがどんな感情なのか、分からないけど。」

 李緒はゆっくりと顔をあげて、目の前の少し困ったような表情で彼女を見つめている瞳を捕える。

「…嫌いだった?」
「違うよ。…なんていうのかな。幸せになって欲しかった。…うん、これが一番正しいかも。」

 ようやくジャスミンは微笑んだ。

「…分かった。」

 李緒は笑おうとした。しかし、唇の端をあげただけのそれは泣き顔だった。

「でも、鍵は持ってて。…お願い。」

 ジャスミンは、すうっと彼女の瞳を見据えて、ほんの少しはっとした表情を浮かべた。彼女がそれを知っているとは思わなかった、という意外そうな目だった。しかし彼は、ゆっくりと頷いた。

「うん、じゃあ、そうさせてもらうよ。この部屋を引き払うとき教えて。返しにくるから。」
「どうやって、私は連絡を取れるの?」
「君の部屋の窓が外から見えるだろ? 引越しが決まったら窓に赤いハンカチを掲げて。」
「…そうしたら、来てくれるの?」
「必ず。…きっと2~3日中には。」

 そのとき、自分はどうするだろう? と微かにジャスミンは考えた。
 この子がどこか知らない場所へ行ってしまうと分かったとき…。
 何かモヤモヤしたものが漂いはしたが、明確な答えはやってこなかった。

 ジャスミンの柔らかい笑顔を見つめて、李緒は頷いた。心がひりひりと痛んだ。初めて感じるその痛みに李緒は呼吸すら苦しく感じられた。彼が目の前から去ってしまったら、心臓の鼓動すら止まってしまうのではないかと。

 この一週間のふわふわとした幻の幸せの崩壊。幻想のきらめき。夢でしかなかった束の間の…。

 じゃあ、と立ち上がったジャスミンをぼうっと見上げ、李緒は考えてみる。彼の胸にすがって泣き叫んでみたら、少しは救われるのだろうか。諦めがつくのだろうか。夢だったのだと理解することが出来るのだろうか。

 だけど、立ち上がってふわりと彼女の髪を撫で、そのまま歩き去る彼の背中を、李緒はぼんやりと見送るしか出来なかった。

 追うことも、玄関で見送ることも、何もかもが辛すぎて、出来なかった。

 李緒の必死に嗚咽を噛み殺す泣き声を背中に聞きながら、ジャスミンは彼女の部屋を、そしてアパートを後にした。
 その胸の痛みに彼自身が戸惑いながら。



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~ Comment ~


せ、せつない・・・。
言葉が出ないっすよぉfateさん。
#1082[2011/12/25 01:14]  秋沙   URL  [Edit]

秋沙さまへ

秋沙さん、

ありがとうございます。
なんだか、こんな展開になるとはfateもびっくりでした。
これじゃ、フツーのラブストーリィみたいじゃん…(^^;(←いや、ごめん、全然フツーじゃないから(--;)

実は…あああっ、うるさいっ
まだ言っちゃいかんっつ~のっ
くそ、危ない危ない…
#1087[2011/12/25 08:53]  fate  URL 

確かに普通のラブストーリーぽかった。笑。
続き楽しみにしてます。
#1390[2012/01/22 14:54]  ヒロハル  URL 

ヒロハルさまへ

ヒロハルさん、

これは、実は、何もなくてただ終わります(^^;
あ、それだけ? って感じですから~

#1395[2012/01/23 08:07]  fate  URL 

うわぁなんかすごい情感たっぷりで!
こんなに切々と李緒の気持ちが語られるなんて想像してませんでしたー>w<
それはジャスミンにもストレートに伝わっているんだろうし・・・・どうなるんでしょ?この二人?
#1481[2012/02/01 08:49]  あび  URL 

あびさまへ

あびさん、

わはははは~
なんか、恋愛モノみたいな冒頭です(^^;

これは特に大きな展開もなく淡々と進んで…終わります。
それで終わりにしようと思ってその後、外伝でちょっと物語をつついたら、‘4’を描かずにいられなくなってしまって、ありゃ…(--;
と現在に至っております。

この二人、どこへどう流れていくのか。
fateもあまり予想つきませんでした。

#1482[2012/02/01 09:15]  fate  URL 














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