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Stories of fate


花籠 2

花籠 2 (花の行方) 7

「とりあえず、その子は隣の部屋にでも監禁しておけ。」

 アカシアに言われて、ジャスミンは隣の仮眠室へ李緒を連れて行った。アイリスが適当な服を貸してくれたので、彼は李緒をそれに着替えさせる。サイズは合っていなかったが我慢してもらうしかない。

 部屋の大きさはさほど変わらない。ただ、そこは寝具があり、休憩設備が整っている。閉じたままのカーテンの向こうには窓があり、平屋のそこは窓から逃げ出すことも可能だ。

 逃がすなよ、と念を押されてきたものの、ジャスミンはその部屋の中で、う~ん、と考え込む。

「李緒ちゃん、君、このままここにいたら殺されちゃうかも知れないから、良かったら俺らが知らない間にこっそり逃げてくれる?」

 にこりと見下ろされて、言葉と裏腹な柔らかい彼の表情に李緒はぽかんとする。

「でも、…ジャスミンは、私を迎えに来たんでしょ? 私は待ってたの。」

 そう言葉にして、李緒は何かを思い出しそうになった。それまで封をして閉じ込めていた記憶。忘れたはずの遠い闇。受け留めるには大きすぎる、残酷すぎる一連の悪夢の幻想。

「あのとき、…約束したよね?」

 ジャスミンは眉を寄せて彼女を見下ろした。

「何を言ってるの?」
「ずっとずっと小さい頃に…会ったよね? あのとき…私を助けてくれたんだよね…?」

 不意に李緒の瞳は虚ろになり、あのときの衝撃的な映像が真っ赤に浮かんだ。あのとき殺されたのが実の両親だったとは、彼女には分かっていない。恐怖と痛みと、狂おしいほどの飢え。愛されたかった幼い子どもの悲鳴。それだけがこだまする。

 そこに黒い人影が囁いた言葉が不意に蘇った。時間軸を巻き戻したように、まるでその場でそう囁かれたように。

‘大人になったら迎えに来るよ…’

 李緒は不意にジャスミンの胸にすがりついた。

「迎えに来て…くれたんだよね?」

 ジャスミンは一瞬躊躇った後、その小さな頭を抱き寄せた。

「違うよ、李緒ちゃん。俺は君に会ったことはない。」
「…嘘。」
「…じゃあ、嘘。」

 李緒は顔を伏せたまま彼の服を握っていた手にぎゅっと力を込めた。

「…そ…だね。おかしいよね。だって、あのとき、…ジャスミンはもう今と同じくらいに見えたもん。…そうだよね。」
「俺が…そのとき、君に何をしたの?」

 李緒は首を振った。

「分からない。」

 あのときの記憶は曖昧だ。それまで受けていた暴力も、怯えて暮らした日々も、出来るだけ息を潜めて生きていた時間も。何も感じないように、泣かないように、彼女は心を殺して生きていた。その氷の時間は、実は凍ったまま彼女の中に閉じ込められている。

 そして、そこから不意に解き放たれたことを、彼らがいなくなってしまったことを、李緒は長い間実感として感じることが出来ずにいた。

 施設に引き取られてからも大分長い間、李緒の心は外へ向かわなかった。
 たった一つ。まるで暗示のように彼女を支配していたのが、恐らく、‘迎えに来る’と言った男の言葉。

 今まで、誰も彼女をそこから救い出してはくれなかった。

 あの日、いつものように、何か気に入らないことがあってヒステリーを起こした母親に殴られていたとき、不意にそれが止んで、鬼のようだった両親は動かなくなった。

 男が去ってしばらくしても、李緒は今にもまたこの二人が起き出してきて、彼女を殴りつけるのではないかと、ずっと怯えて固まっていた。

 愛されることなどとっくに諦めて、彼女はただ耐えることで毎日を生きていた。
 本当は凍える心を、冷え切った手足を温めてくれる優しい手を死にそうなほど求めていたのだ。
 優しく抱いてくれる腕を。

「何を約束したの?」
「…迎えに来るって。」
「そうか。じゃ、約束は守らないとね。」

 李緒は驚いて顔をあげた。そして、ジャスミンの何も考えていないような、むしろ冷たいとも取れる瞳に出会って言葉をなくす。

「でも、これからちょっと忙しいんだ。家はどこ? もう少ししたら送っていくよ。」

 ジャスミンは柔らかい笑みを見上げて、李緒の目から涙が零れ落ちた。

 約束。
 その言葉に李緒はすがった。その先に何が待っているのかなんて分からないのに。そして、明かに彼はあの男じゃない。どうしたって年齢的に無理がある。別人に違いないのに、同じ声をして、同じ目をして、窮地から救ってくれた。

 このまま甘えてすがりたい、とどこかで祈った。
 誰にも打ち明けたことのない‘闇’を、共有してくれそうに感じたのだろうか。

「…家なんて…ないよ。まだ、住む場所なんて決まってないもの。」
「じゃ、俺が探してあげる。」
「どうして?」
「だって、約束したんでしょう?」

 ジャスミンはそのとき、薄々気付いていた。彼女の言う‘約束の相手’が、恐らく父であろうと。彼らはよく似ていた。その背格好も声も。そして、彼の手技は父親からの直伝だ。同じように黒尽くめで仕事をこなす二人は、恐らく同じ人間に見えただろう。

 するとこの子は、二度目の目撃者であり、二度目の被害者の関係者ということになる。

 ジャスミンは記憶を辿る。かつて父が関わったであろう仕事の記録を。彼は冷徹な殺人者であった。ターゲットがどれだけ命乞いをしようと、相手が女性であろうと、心を動かされることはなかった。仕事中の彼は‘ヒト’の心を凍らせている。

 だけど、それ以外の関係者、父はターゲット以外の人間に決して手を出さなかった。それは徹底していた。その後、どれだけ不利な事態に陥ることになっても、居合わせてしまった他の人間を巻き込むことを嫌った。

 お陰で彼は今、警察内に似顔絵が出回り、隠れたり逃げたりという事態が面倒になって海外に身を潜めている。
 籍を『花籠』に置いたまま、他組織の支部で働いているのだ。

「約束は守らないとね。」

 それが、父が交わした約束でも。

 正直、面倒だなぁ、と感じながらも、そういうことには妙に純粋なジャスミンは、いつも如く、後先をあまり考えずに請け負ってしまった。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


ああ~、そうか。
お父さんだったんだ!
もう、この李緒ちゃんが彼らと関わるのは必然だったんですね。
ジャスミン、拾って良かったですよ。

しかし、このジャスミンの柔らかさ、適度ないい加減さが、すっごく好きです。
ああ、この青年も、まだまだ若いんだな~って思えて。
(あ、若いから好きとか、そうでは無くて・・汗)

仔猫ちゃんな李緒と、どこかふわりとしたジャスミン。
ゆっくり追っていきますね。
(超ゆっくりペースで、ごめんなさい(>_<))
#1154[2011/12/30 14:25]  lime  URL  [Edit]

偶然、同じ日にlimeさんと同じ作品を追いかけていたようです。笑。

そうか、あのときの男はジャスミンの……。
fateさん、あなた、やっぱりストーリーの組立てがとても上手です。
過去のワンシーンから入る書き方は私もとても好きです。
読み進めていくうちに、「あのシーンはそういうことだったのか」というふうにわかる瞬間が最高なんですよね。

花籠……私も入れて欲しいです。
fateさん、何かいいコードネーム下さいますか?
#1155[2011/12/30 16:47]  ヒロハル  URL 

limeさまへ

limeさん、

まったく親子2代で何やってんでしょう、この人たちは…(--;

> しかし、このジャスミンの柔らかさ、適度ないい加減さが、すっごく好きです。

> 仔猫ちゃんな李緒と、どこかふわりとしたジャスミン。
> ゆっくり追っていきますね。

↑↑↑この二人が出てくると、緊迫感が一気にしぼんで、これ、一体何のハナシだっけ…となりますな。
だけど、この二人の空気を見事に捕えてくれて、fateはびっくりと嬉しいです(^^)
ゆっくり進んでくださいませ。
これ、一気にいくと、たぶん、訳分かんなくなります(^^;
人物が一気に増えすぎなんだよ! とfateも自身で突っ込みつつ…
シリーズが進むにつれて、収拾つかないくらい、ヒトが増えます。
訳分かんなくなったら教えてださい!

ではでは、今年はlimeさんと出会えて素敵な年でした(^^)
来年…まぁ、明日ですが、からもよろしくお願いいたします。
良いお年を~
(と言いながら、恐らく放浪中にまた今年中にお会いするかも…)
#1157[2011/12/31 07:47]  fate  URL 

ヒロハルさまへ

ヒロハルさん、

> 偶然、同じ日にlimeさんと同じ作品を追いかけていたようです。笑。

↑↑↑おおお、それはまた偶然!

> そうか、あのときの男はジャスミンの……。
> fateさん、あなた、やっぱりストーリーの組立てがとても上手です。

↑↑↑またまたヒロハルさんたら!
とか言ってにやけてますが(^^;
こういうのは狙った効果じゃなくて、偶然なんです、それこそ。あんまり何にも考えておりません~
でも、ヒロハルさんだってやってるじゃないですか!

> 花籠……私も入れて欲しいです。
> fateさん、何かいいコードネーム下さいますか?

↑↑↑ここは登録自体は簡単です。
何か特技があったら、それだけでokです。コードネームも実は与えられるモノっていうより、好きなモノがあれが自分で申告できます。
と、この辺りまではそうでしたが、‘4’から、ある事件に巻き込まれたりしたので、登録自体がちょっとメンドくさくなりました。
入るなら今の内ですよ~
(何のこっちゃ…)

ではでは、今年も残すところ16時間。
今年は、こちらでヒロハルさんにお会い出来て良い年でした。
来年からもまたよろしくお願いいたします~(^^)
#1158[2011/12/31 07:54]  fate  URL 

うわあ、急いで登録せねば、その前に特技を見つけないと。オロオロ、ジタバタ……。
コードネームも自分で決めれるのか……花ですよね?

私のほうこそ今年一年ありがとうございました。
途中入院で倒れておりましたが、
来年は一年丸ごとよろしくお願いします!
#1164[2011/12/31 13:45]  ヒロハル  URL 

ヒロハルさまへ

ヒロハルさん、

ちょい、笑いました。
こういう組織って、でもあっても良いですよね。
特技を登録しといて、それを生かせる仕事が舞い込んできたら依頼が来る、というシステム。
ここではハードな仕事しか描いてませんが、つまりは、エンジン音を聞いたらその車種と年代が分かる、という特技とか(これ、実は田村由美という漫画家さんが昔描いてました)一度聞いた人の声は忘れないとか。
そういうのでも良いんです。
花の種類全部知ってるとかね。
意外に役立つんですよ、事件のときとか。

‘4’でちょっとそういうことも描いてみようかと思ってます。

> 私のほうこそ今年一年ありがとうございました。
> 途中入院で倒れておりましたが、
> 来年は一年丸ごとよろしくお願いします!

↑↑↑こちらこそです~(^^)

#1165[2011/12/31 14:09]  fate  URL 

あけおめです^^

本年もよろしくお願いします^^
すっかりご挨拶が遅くなってしまいました。
ようやく「猩々岬」がなんとかなりそうな目処がつきました。ほぅ、と胸をなでおろしています。
さて花籠の2作目。ナイフ使いのプロの殺人者…すみません、パタリロのマライヒを想像して読んでいました…そらくらいしかそういう人物知らなくて(^^;
しかし、約束した相手がジャスミンの父ってのはなんとなく気がつきましたよ。そりゃ、その約束守らないとねw 

でもまぁ、なんて恐ろしい話でしょう。それを仕事として日常に行っているなんて…空想の物語なのだからなにがあってもいいんだけど…そうか、そうだよな…と、なにを面倒なこと言っているかというと。私も、もうちょい日常からはみだした設定にしてもいいかなぁなんてねw

それはさておき、とても面白いです。
スピーディな展開で、かなり嫌な場面も多いのに、それでもサラリと読めてしまうのはそこに感情のもつれがないからでしょうね。登場人物たちに嫌味がなく、むしろそれぞれ個性的でときに温かくもあり。

続きがとても楽しみです^^
#1292[2012/01/12 18:23]  あび  URL 

Re: あけおめです^^

あびさん、

いらっしゃいませ~(^^)

> 本年もよろしくお願いします^^

↑↑↑こちらこそです!

> ようやく「猩々岬」がなんとかなりそうな目処がつきました。ほぅ、と胸をなでおろしています。

↑↑↑それは楽しみです!(^^)
upしたら早速お邪魔させていただきます。っていうか、ほとんど毎日うろうろしてますが(^^;

> さて花籠の2作目。ナイフ使いのプロの殺人者…すみません、パタリロのマライヒを想像して読んでいました…そらくらいしかそういう人物知らなくて(^^;

↑↑↑おおおおおおっ、なんて懐かしいお名前をっ
いましたね、そういうヒト。しかしっ!
実はジャスミンのモデルは、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」に出てくる通り魔、三浦くんなのダ~!
ということを、最近、久々にその本を読んで発見した!
好きだったんです、彼。

> 私も、もうちょい日常からはみだした設定にしてもいいかなぁなんてねw

↑↑↑これ、実は難しいところですよね、どの程度までなら許されるだろう? というのが。
けっこう現実主義(意味は違うが…)のfateは、あまりに奇想天外はちょっと引いてしまいます。なので、現実的に絶対無理! でない程度のリアリティを持たせつつ…でも、ありえんだろう(--; という世界を目指しております。
日常からはいつでもはみだしておりますけどね(^^;

お父さんが交わした約束。
まぁ、守る義務があると思ってるのか、目の前の女の子を振りきる冷酷さがないだけなのか、こいつは基本、お坊ちゃんなので、女の子には優しいのであろう。お母さんが優しい人だからね~。へへへへ。
#1294[2012/01/13 07:56]  fate  URL 














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