「劉瀞も、まあ、いろいろ頑張っているから、美咲さん、支えてあげてちょうだい。」
「支えるなんて…私に出来るんですか?」
「今、立派に支えているじゃない。」
「迷惑掛けているだけのような気がしますけど…。」
「違うよ。劉瀞は、あなたがいるから頑張ってるんだよ。」
翔慧先生は、少し遠い目をして微笑んだ。脈を診ながら鍼を外し、それを別の場所に留める。
「人は、守るもの、執着するものがないと、エネルギーを燃やせないんだよ。生きるだけなら、枷がない方が楽だけど、何事かを成すとき、人はそれとは別に何かが必要なんだと思う。戦うために外に全力を傾けるから、柔らかい温かいものを手の中に欲しい、みたいな。それが、人類の基本の形でしょ? 家族、という。男が外で戦い、女は内を守る。」
「…分かるような気はします。」
「美咲さんは、きっと今のままで良いのよ。変わらずにいてくれることが、劉瀞にとって必要なことだから。」
まただ…と私は思う。
庄司も言っていた。誰も彼も、私に変わるな、という。私ってどういう人間なのさ。
「あら、不満そうね。」
「…いえ。そういう訳では…。ただ、その、変わるな、って言葉を最近立て続けに聞いたもので。」
翔慧先生は、あら、と言って声を立てて笑った。
「そっか。…うん、良いのよ、変わっても。どれだけ変わっても、きっと美咲さんの核の部分は変わりようがないんだと思うから。その素朴さが、誰もが心地良いんだろうね。誰もが、自分自身の‘素’を思い出せるから。そうやって、原点に還れるから。『外』の人間には、そうやって自分を鏡に写すように自分の姿を見つめる瞬間がどうしても必要になるわけよ。淀んだ空気と忙しい時代の流れと、そういうものに翻弄され過ぎると、命の根本すら忘れてしまうから。特に、そういう世知辛さに免疫が薄い子たちが無理して『外』で生きるから。」
「そんなに…『外』って大変なんですか?」
「難しい、っていう表現の方が良いのかな、うまく生きていくのが。うまくっていうのも、違うかな。楽に生きることっていうのかな。自然の理に沿って、命が望むように生きることが、あまりに雑多なものに翻弄され過ぎて、分からなくなってしまうというのか。そうやって、生きていけなくなった大人が、我が子すら殺してしまったり棄ててしまったりする。その、犠牲者が、結局は…美咲さん、あなた達よね。」
翔慧先生の目には、同情とか憐れみとかの色はなかった。ただ、切ないような、もどかしいような、そして微かな憤りを含んでいたように思う。私は捨てたれたことも覚えていないし、私には元々親なんていないから、さしたる感傷はない。だけど、弥生はどうだろう?
「でも、こうやって逞しくまっすぐに生きてくれてる子たちを目の前にすると、どうしたって負けるものか! と気力がわいてくるんだろうね。」
「…劉瀞…あ、総帥っておいくつなんですか?」
子ども達…という表現を確かに劉瀞もよくするのだ、施設の子たちに対して。だけど、自分だってそれほど年、変わらなくない? といつも私は思っている。それで、思わず尋ねてしまった。
「やあねぇ! 女性の年を聞くもんじゃないわ。」
「…へ?」
「私と劉瀞は双子なのよ。」
翔慧先生は、にこっと笑った。
「え~っ???」
「その驚きはどっちの意味?」
「…あ、いえ。どっち…と言いますと?」
「劉瀞の方が若く見えた?」
「…いえ、そういうのでは。ただ、りゅ…総帥にお姉さんとか、親とか…そういう家族があるってことの方が現実感がなくて。」
「ああ…、それもそうだろうね。」
不意に翔慧先生は表情を和らげた。
「私も劉瀞も、親はいるにはいるけど、彼らにはマトモに育てられてないから。捨てられたわけじゃないけど、仕事が忙しすぎて放っておかれ過ぎてね。お陰で、‘家族’ってものが、私たちにも分からないのよ。だから、劉瀞は余計に憧れるんだろうね。もう、30もとっくに過ぎたことだし、そろそろ…ってね。」
「…えっ?」
私が一瞬耳を疑っていると、翔慧先生は笑って私を見下ろした。
「もう、私たち、35なのよ。」
「え~っ???」
「支えるなんて…私に出来るんですか?」
「今、立派に支えているじゃない。」
「迷惑掛けているだけのような気がしますけど…。」
「違うよ。劉瀞は、あなたがいるから頑張ってるんだよ。」
翔慧先生は、少し遠い目をして微笑んだ。脈を診ながら鍼を外し、それを別の場所に留める。
「人は、守るもの、執着するものがないと、エネルギーを燃やせないんだよ。生きるだけなら、枷がない方が楽だけど、何事かを成すとき、人はそれとは別に何かが必要なんだと思う。戦うために外に全力を傾けるから、柔らかい温かいものを手の中に欲しい、みたいな。それが、人類の基本の形でしょ? 家族、という。男が外で戦い、女は内を守る。」
「…分かるような気はします。」
「美咲さんは、きっと今のままで良いのよ。変わらずにいてくれることが、劉瀞にとって必要なことだから。」
まただ…と私は思う。
庄司も言っていた。誰も彼も、私に変わるな、という。私ってどういう人間なのさ。
「あら、不満そうね。」
「…いえ。そういう訳では…。ただ、その、変わるな、って言葉を最近立て続けに聞いたもので。」
翔慧先生は、あら、と言って声を立てて笑った。
「そっか。…うん、良いのよ、変わっても。どれだけ変わっても、きっと美咲さんの核の部分は変わりようがないんだと思うから。その素朴さが、誰もが心地良いんだろうね。誰もが、自分自身の‘素’を思い出せるから。そうやって、原点に還れるから。『外』の人間には、そうやって自分を鏡に写すように自分の姿を見つめる瞬間がどうしても必要になるわけよ。淀んだ空気と忙しい時代の流れと、そういうものに翻弄され過ぎると、命の根本すら忘れてしまうから。特に、そういう世知辛さに免疫が薄い子たちが無理して『外』で生きるから。」
「そんなに…『外』って大変なんですか?」
「難しい、っていう表現の方が良いのかな、うまく生きていくのが。うまくっていうのも、違うかな。楽に生きることっていうのかな。自然の理に沿って、命が望むように生きることが、あまりに雑多なものに翻弄され過ぎて、分からなくなってしまうというのか。そうやって、生きていけなくなった大人が、我が子すら殺してしまったり棄ててしまったりする。その、犠牲者が、結局は…美咲さん、あなた達よね。」
翔慧先生の目には、同情とか憐れみとかの色はなかった。ただ、切ないような、もどかしいような、そして微かな憤りを含んでいたように思う。私は捨てたれたことも覚えていないし、私には元々親なんていないから、さしたる感傷はない。だけど、弥生はどうだろう?
「でも、こうやって逞しくまっすぐに生きてくれてる子たちを目の前にすると、どうしたって負けるものか! と気力がわいてくるんだろうね。」
「…劉瀞…あ、総帥っておいくつなんですか?」
子ども達…という表現を確かに劉瀞もよくするのだ、施設の子たちに対して。だけど、自分だってそれほど年、変わらなくない? といつも私は思っている。それで、思わず尋ねてしまった。
「やあねぇ! 女性の年を聞くもんじゃないわ。」
「…へ?」
「私と劉瀞は双子なのよ。」
翔慧先生は、にこっと笑った。
「え~っ???」
「その驚きはどっちの意味?」
「…あ、いえ。どっち…と言いますと?」
「劉瀞の方が若く見えた?」
「…いえ、そういうのでは。ただ、りゅ…総帥にお姉さんとか、親とか…そういう家族があるってことの方が現実感がなくて。」
「ああ…、それもそうだろうね。」
不意に翔慧先生は表情を和らげた。
「私も劉瀞も、親はいるにはいるけど、彼らにはマトモに育てられてないから。捨てられたわけじゃないけど、仕事が忙しすぎて放っておかれ過ぎてね。お陰で、‘家族’ってものが、私たちにも分からないのよ。だから、劉瀞は余計に憧れるんだろうね。もう、30もとっくに過ぎたことだし、そろそろ…ってね。」
「…えっ?」
私が一瞬耳を疑っていると、翔慧先生は笑って私を見下ろした。
「もう、私たち、35なのよ。」
「え~っ???」
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