FC2ブログ

Stories of fate


スムリティ(R-18)

スムリティ (冒険) 13

 部屋を出ようとして、昨夜散々言われていたことを思い出した。

「あ、そうだ、部屋の鍵を…ええと、フロント?に預けるんだった。」

 机の上に置いてあった鍵を掴み、どきどきしながらエレベーターのボタンを押してみる。チーンと音がして、扉が開き、私は慌てて乗り込む。そして、次の行動を忘れて焦った。

「あ、あれ?どうして動かないの?」

 行き先の階のボタンを押すということをすっかり忘れ去っていたのだ。
 かなりしばらくパニックになったあと、そうだ、数字のボタンを触るんだった、と1階を指定する。いきなりその箱はぐにゃり、という感じで動き始め、私は眩暈がする。
 やっとその箱から吐き出されて、私は頭がくらくらした。

「レストランで…食事だっけ?」

 なんだか、足元がふわふわして、私は気分が悪くなった。

「良いや、公園でアイスクリーム食べよ。」

 手にルームキーを握ったままエントランスへ向かおうとした私を見つめて、フロントの女性がにこやかに声を掛ける。

「お出かけですか?」
「…はい。」
「キーをお預かりいたします。」
「え?…あ、そうでした!」

 たかが、建物の外へ出るだけなのに、私はずっしりとした精神疲労を感じた。

「まったく。…身体もだるくて死にそうなのに…。」

 一歩外へ出て、私は今出てきたホテルを見忘れないように振り返ってその色や印象を刻み付けた。そして、恐る恐る、一人で外の散策への第一歩を始めた。

 特に目的も行く宛てもなかったので、私はなんとなく‘公園’を目指した。昨日、弥生とアイスクリームを買ったのが、公園の屋台だったのだ。施設では、滅多に食べられない夢の食べ物だ。

 しかし、地図もなければ、宿泊したホテルと弥生と散歩した公園との位置関係もさっぱり分からなかった私は、闇雲に歩き回って、ただただ足が疲れてきた。ふと気付くと、歩道の端に幼い子ども達が、一様に同じ上着を着て群れを成していた。そこに大人が数人付き添っていて、私はなんだか施設を思い出し、ふと懐かしいようなほっとしたような気分になった。

 賑やかな子ども達が口々に何か話していて、どこに行くの?という質問に、大人が笑顔で「公園へお散歩に行くんですよ。」と答えている。

 やった、じゃあ、この群れについて行けば公園に着く!と私は秘かに喜ぶ。
 鴨の親子のような微笑ましくも賑やかな群れは、ゆっくりとゆっくりと歩道を進んでいく。他の人たちが通れるスペースを確保しつつ、端に寄って、つつましく。

 いくつか交差点を通り、いくつか角を曲がって、おお、と私は心で叫ぶ。
 弥生と歩いた公園ではなかったが、そこそこ広い公園が目の前に広がった。

 この子ども達はここで何をするのかなぁ?と興味を惹かれて、私はそのまま後をくっついていく。十数人の子ども達に、大人が二人。まだ20代後半くらいの若い女性たちだった。

 公園の中央近くまで進んで、芝生の中の比較的広い場所で、その一群は一度一箇所に集められ、大人に何か言われていた。

 私はその様子を少し離れて見つめている。
 やがて、子ども達の群れはてんでんバラバラに散らばり、追いかけっこをしたり、少し奥に見える遊具で遊んだりと賑やかな歓声があがり始めた。

 別に私は子ども好きというわけでもないし、嫌いではないが、それほど愛情があるとも言えない、と思っていた。だけど、こうやって無邪気に遊びまわる幼い、しかもどこも歪んでも心に傷を負ってもいない子ども達の姿は良いものだ、と感じた。

 のびのびとして、楽しそうな笑い声を上げて、はしゃぎまわっている。

 声をあげたら怖い目に遭うのではないか、とびくびくしたりしていないし、感情をうまく表せずに叫びだしたりもしない。自分が世界に愛されて、祝福を受けてこの世に生きている、ということを‘知っている’。

 施設の子たちの光景とはあまりに違う。
 そして、その違いに私は少なからず愕然としていた。
 これが、‘命’の正しい姿なのだ。

 それは、淡々とした衝撃だった。そして、それから湧き起こった感情を私はうまく言葉に出来なかった。泣きたいような、叫びたいような、ただただ苦しいものが溢れてきたのだ。

 不意に、先生の悲鳴で我に返った。
 私は公園の芝生の端っこに座って、ぼんやりと光にかすむその物語のように明るい光景を何も考えずに眺めていたのだ。

「しょうたくんっ」

 と先生の悲鳴のような声が叫んでいた。

 驚いてよく見ると、小さな男の子が一人、何かを追いかけていたらしく道路に飛び出してしまっていた。公園に面していたその道路は意外に大きく、車の往来が激しくてその子ははっと我に返り、道路の中央で立ち往生していた。引っ切り無しに行き交う車の流れに、男の子は半べそ状態でおろおろしている。よくそこまで渡る間に車に轢かれなかったものだ。

 その子は、先生方が、そこにいなさい、と叫んでいるにも関わらず、すっかりパニックに陥ってしまい、今にもこちらに駆け出して来そうだった。

 私は何を考える間もなく、反射的に車の間をぬってその子を目掛けて駆け出していた。

 わあわあ泣きながら、その子もこちらに飛び出してくる。トラックが迫ってくるのを目の端に捕え、私は身を翻すようにその子を抱えて中央線に倒れこんだ。大きなクラクションが鳴り響き、トラックはぎりぎりでそれて行った。当たり一面から悲鳴とも歓声ともつかない声が湧き起こり、実はけっこうな見物人がいたことを息を切らせながら知った。

 身体を起こして、泣きわめく男の子を抱き上げたまま、私は今度こそ、車の切れ間を狙って公園側へと戻ってきたのだ。

 真っ青な先生に、微かに微笑んでその子を引き渡し、私は全身から力が抜けてその場に座り込む。

「ありがとうございました。」

 と先生方が私を囲んで繰り返す。

「お怪我はありませんでしたか?」

 濡れタオルを差し出して先生の一人が私の顔を覗き込んだ。

「…大丈夫です。」
「本当にありがとうございました。」

 泣きそうになって、先生方は言った。しょうたくんも泣きやみ、少しずつ落ち着くと、私のところに来て、涙声でお礼を言わされていた。
 なんだか、ほっとしたら可笑しくなって、私は笑いながら、その子の頭を撫でた。


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←スムリティ (嫉妬) 12    →スムリティ (冒険) 14
*Edit TB(0) | CO(4)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


ちょっと久々です!

劉瀞も嫉妬するんですね。なんだかちょっと好印象でしたw 乱暴するのはよくないですけど……。

それにしても、美咲ちゃんがかっこいいです!
こういうことできる女性ってすごいですね~
#857[2011/12/09 10:40]  ゆない。  URL 

外の世界に来て、延長もできて、色々な体験をしていますね。

どこにいてもこうしてとっさの行動が取れるのが美咲ちゃんの本質なのですよね。良い子です。

劉瀞に翻弄されることなく生きて行ければ良いのですが・・・?
#860[2011/12/09 19:56]  けい  URL 

Re: ちょっと久々です!

ゆない。さん、

ご訪問ありがとうございます(^^)

> 劉瀞も嫉妬するんですね。なんだかちょっと好印象でしたw 乱暴するのはよくないですけど……。

↑↑↑fateの描く男ってほぼ全員が嫉妬深いかも知れん(--;
まぁ、愛するが故だと理解していただければ…
でも、何気にそういう人間くさい一面を皆様、好意的に受け止めていただき、fateは嬉しいです~
でも、劉瀞には教えんでおこうっと!


#864[2011/12/10 08:50]  fate  URL 

けいさまへ

けいさん、

美咲ちゃんをそんな風に応援していただき、大変嬉しいです!!
結局、あれですね。
本当にこれは社会見学とか修学旅行実地版とか、そんな感じなので、まぁ、これから目いっぱいいろいろ体験する羽目に陥ります(^^;

田島くんもこれから、いろんなことが待っているんでしょう!
楽しみです(^^)

#867[2011/12/10 09:05]  fate  URL 














管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←スムリティ (嫉妬) 12    →スムリティ (冒険) 14