Stories of fate

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虚空の果ての青 (聖域) 53 

虚空の果ての青 第二部

 イヤだ、ともがいても、樹の腕から逃れようと暴れてみても、でも、優は本当は違う、と感じていた。
 チガウ。
 何が…チガウ?
 イヤ、じゃない。きっと。


 
 もしも、記憶があったら。
 そして、樹が優に対して顔を背けたりしなかったら。許してくれたなら。
 何より、すぐに抱いて欲しいと願っただろう。
 ここに自分が在ることを信じたくて。樹を感じたくて。言葉より優しさよりも、ただ樹を肌で感じたいと願った筈だった。
 どんな風に労わられるよりも。
 優しく抱きしめられるよりも。
 抱いて欲しいと。


 
 コレハ、誰?
 誰ナノカ、分カラナイ。
 デモ、同ジヨウニ、気持チ良イ。
 いつきト、約束シタノニ。
 約束シタノニ…
  

 
 途中で優は思考を諦め、言葉を紡ぐことを止めた。
 ただ、抱かれたかった。この人の胸に。
 何故、そう思うのか分からないのに。だけど、彼に触れられた瞬間、震えるような熱い痺れが背筋を貫いた。それを、感じていた。何もかも忘れて、何も考えずに、すがりたいような気がした。
 洗い流して欲しかった。
 汚れた身体を…



 途中で一切の抵抗をやめた優の、その諦めと微かな怯えの混じったような恍惚の表情を、樹は複雑な思いで見下ろした。樹にだけ見せるいつもの彼女の顔ではなかった。少女らしい紅潮した頬で、彼に甘えるときにだけ宿る‘女’の顔。駄々をこねてイヤだと言ってみせる幼い少女の表情。樹を恋人として、父親として全身で甘える優は、そこにはいなかった。

 それまで樹が慈しんで育てた娘、そして愛した少女は、抜け殻を残したのみで消え去ってしまった。そんな風な寂しさを感じた。

「ぁ…っ、ん、ん、…い、いつき…いつき…」

 しがみつく細い腕は彼女のものでも、その視線の先には樹はいない。彼女の瞼に映るのは‘いつき’という幻。優は、現実の何も、見てはいない。そして、一滴、涙が頬を伝う。

 抱かれたい腕に抱かれているのではない、とその涙が云う。
 会いたい人には、もう会えない。

 会えない故に焦がれ、狂おしく心を惑わし、視線は彷徨う。会いたい幻を求めて。決して会えないことを分かっていながら。


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説
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