Stories of fate

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虚空の果ての青 (事件) 23 

虚空の果ての青 第二部

 高校生活に大分慣れ、日常は回りだした。希美子と同じクラスになったお陰で、優は、いちいち自分で説明しなくても、彼女が優について皆に話してくれるので、だいたいのクラスメイトは必要以上に彼女に近づいてこなかった。特に、男に対する一種アレルギーのような症状は、知らずに触れた先生の前で倒れてから周知のこととなった。

 話しかけてくれる女の子と少しは話が出来るようになり、過激なスポーツ以外は体育にも参加して、優は少しずつクラスメイトの中に普通に受け入れられるようになっていった。

 教室の隅で一人、本を開いている優の姿が、違和感としてではなく、いつもの風景となりつつあったのだ。

 優は相変わらず勉強はよく出来たので、希美子を初めとして、女の子達が宿題を写しにそばに寄って話しかけたり、珍しい本を貸してくれる子がいたり、表情のほとんどない彼女の感情の動きを、少しずつ理解してくれるようにもなっていた。

 優の高校生活はそれなりに充実していた。
 優の身体が弱いらしいことも、体育についていけない様子や、食の細い様を見ている内に皆理解し、彼女が車での送迎があることも、そんな感じで普通に受け入れられていたようだ。



 そんな中、優に近づく隙を狙っていた探偵社の男が、ある日、鹿島を待って校門前に佇む優が希美子と他愛ない会話を交わしているところに、通りすがりのように近づいた。

 ちょっと離れて優の周囲に警戒しているボディガードに一瞬緊張が走ったが、男はただ優の前を通り過ぎただけのようだった。しかし、彼は気付かれないように、優の制服のポケットに紙切れをすっと押し込んでいたのだ。当の優も、気付かないほど手際良く。

 屋敷に戻り、着替えをして制服を脱いだとき、ポケットから紙切れが覗いていることに気がついた優は、不思議に思ってそれを取り出してみる。

 綺麗に折りたたまれたそれには、汚い文字で、こう書かれてあった。
『Mrマクレーンには、本人もまだ知らない実の娘が存在する』

 一瞬、優は何のことか分からなかった。そして、Mrマクレーンとは、‘樹’のことだと気付いた途端、どくんと心臓が音を立てた。

 実の娘がいる。
 樹に、女の子がいる。

 彼らは、優が樹に引き取られるまでの経過を施設から追い、優が、樹の母親の養女として引き取られたことを知った。そして、優が樹を‘本当の父親のように’慕っていることを、施設関係者から聞いていた。

 それは、むしろ優自身にも自覚されていない思いだった。

 優は、樹を、恋愛の対象というよりはむしろ、保護者のようなものと感じているのだろう。そこに‘恋’は確かに存在していても、雅子や樹の周りに普通にいる多くの女性たちへの嫉妬へは至らない。樹は、優にとって、恐らく、愛してくれる人であると同時に、彼女を保護し、守ってくれる人という意識が強い。

 親の愛をずっとずっと求めてきた優にとって、それは無理のないことだ。
 彼女に必要なのは、男としてよりも、父親或いは兄のような存在としての樹だった。
 樹に…、本当の娘がいる。
 それは、思いのほか彼女の神経をかき乱した。

 何故、そんなことを自分に知らせるのか? という疑問を抱く隙もないほど、強烈に優の自我を翻弄する。

 父親というものが、本来どういうものなのか優には分からない。勲が父親として彼女にしてくれたことよりも、受けた酷い仕打ちの方が未だ彼女を苦しめる。樹の存在は、優にとっては世界のすべてだった。だから、樹を父と呼ぶ娘の存在は、幻想の域を出ないまでも、大いなる脅威となって彼女に迫った。

 樹の母、美也子に会って、優は母と子のその優しい関係をうっとりと味わった。樹と美也子の様子を見て、家族というものの姿を見た気がした。その中に自然に入れてもらった感動を未だ余韻として感じ続けている。そこに、樹が優に対するのと同じように、いや、或いはもっと心を砕く相手が入り込んでくるということは、今、優が受けている愛情も待遇も、その子がすべて奪ってしまうような気がしたのだ。

 樹が、優にだけ向けていた極上の笑顔を、もう二度と見られないかも知れない。

 イヤだ…!
 優は反射的に思った。
 イヤだ、樹が見てくれなくなるのはイヤ!
 身体が震え、優は立っていられなくなった。

 へなへなと足から力が抜け、優はその場に崩れた。同時に、目の前が一瞬薄暗くなる。強烈なショックに寄る貧血状態だった。

 本当の娘。
 樹の血をひく、樹の、子ども。母親にすら見捨てられた自分などより、樹は同じ血を持つ本当の娘を可愛いと感じるだろう。そして、それは樹の母親、美也子だってそうに違いない。

 イヤ! …知られたくない。知らせたくない。樹がそのことを知ったら、樹はその子に会いたがるだろう。きっと、探して会いに行くだろう。そして、優にしてくれるように、いや、それ以上にその子を優しく抱いて、あの、優の大好きな声でその子の名を呼ぶのだろう。

 優に、生まれて初めて芽生えた‘嫉妬’というもの。
 捨てられることへの恐怖。失うことへの痛み。
 優は、その紙切れをびりびりと破いて、ゴミ箱に捨てた。
 そんなこと、イヤだ。
 叫び出しそうだった。

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説
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