Stories of fate

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下化衆生 (甘美なる闇の中へ) 5 

下化衆生 (R-18)

 そして、目覚めたらこの事態に至っていたのだ。

「美久ちゃん、自覚ないみたいだから、教えてあげようか。」

 すうっと細い指が首筋から髪の生え際をゆっくりとなぞる。腰の辺りがざわりと粟立ち、見下ろされて瞬きもせずに見据えられる視線の鋭さに、射抜かれそうな恐怖を感じる。

「言ったよね? 俺から逃げられないよ、って。それでも、良いのか? って。俺を裏切るようなマネは今後二度としない方が良いよ?」
「…う…裏切る…って。だって、そんな…」
「そんな?」

 ごくりと唾を飲み込んで、美久は必死にその視線を受け留める。

「あの…私は、別に…」

 遼一は、「何?」 と先を促すように微かに首を傾げる。

「私は…、私は、まだそんな、誰も…」
「君は俺のものだよ。」

 間髪入れずに答えを返される。

「ど…して…」
「どうして?」
「私は、ものじゃないから…っ」
「俺のものだよ。」

 静かに繰り返されて、美久は言葉を失って口を閉じた。

「良い? 美久ちゃん。浮気は許さないよ。そんなことをしたら、俺に殺されることは覚悟しておいてね?」

 笑みを浮かべて遼一は唇の端をあげる。すうっと指先が髪の中に滑り込み、地肌に触れる。思わずその瞳に射竦められた美久は、彼の唇の感触を耳たぶに感じながら、ほぼ無意識に小さく首を振る。

「だ…って、りょ…いち…」
「何?」

 驚くほど近くで囁かれ、熱い息遣いを首筋に感じた。そして、髪の中をまさぐるような手の動きに背筋にゾクゾクと何かが走り続けている。

 遼一は今まで誰のものにもならなかったし、誰のことも好きにならなかった。そうじゃ…なかった?

 男としての魅力がない訳じゃない。だけど、…美久にとってはどうしてか恋愛対象外なのだ。あまりに長い間、良い友人としてきてしまったせいもあるだろう。そして、あのメンバーの中に、遼一を本気で好きだった子がいたという事実を知っていることもあるかも知れない。それでも、彼は角が立たないようにやんわり断ってきたことも知っている。

 遼一とは、そういう男であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。 
 そう、今の今までは。

「異議申し立てがあるなら、聞いてはあげるよ。」
「…異議…って、待って。その…っ、私は、遼一のことはそんな風には思えない。」
「良いよ、それは別に。ただ、君が他の男に懸想したりしなげればね。」
「け…懸想って、何っ?」

 くすり、と遼一は笑う。そして唇が耳の下に触れるのを感じる。

「じゃあ、分かり易く言ってあげる。君が俺のものだ、って自覚しているなら、それで良いよ。他の男に触らせたりしなければ。そして、いずれは俺と一緒に暮らしてくれるならね。」
「い…いずれは?」
「そうだね、出来れば今週中とか?」
「え、ええっ?」
「まぁ、待っても今月いっぱいかな。」
「ち…ちょっと待ってっ」
「形式はその内に整えるから、気持ちの上ではもう少し待ってあげるよ。今はとりあえず、身体に教えておいてあげる。それが一番手っ取り早いし?」

 愕然、とした。彼のその物言いに。どういう意味か、なんてあまりにも明らかだ、この状況では。

「ま…待って、遼一。そんなの、イヤ。」
「君が決めたことだよ?」
「ち、違うっ、そんなこと、私は何も…っ」
「俺は何度も聞いただろ? 覚悟はあるのか? ってね。」

 すとん、と声のトーンが低くなった。それはぞっとするほど冷たいバリトンで、表情は見なくても分かるような気がした。およそ、それまで美久が知っていた遼一では、明かに、なかった。

「あの…っ、遼一…待って。こんなの、イヤ。おかしいよ。」
「異議申し立てなら聞くよ、言ったろ?」
「だ、だから。…私は遼一をそういう対象には考えたことない、の。」
「知ってるよ。だから、今はまだ良いよ。心の問題はね。どうせ、君が欲しかったのは慰めてくれる相手だった訳だろうし。」

 分かってるんじゃないの。そうだよ、だから、それだけなんだって。

「でも、それは君の側の言い訳だろ? 俺は君を手に入れた。言っておいたよ、一度抱いたらもう逃がさないよ、ってね。もう、逃げられはしないよ。…そうだね、そういう気が起こらない程度のことは教え込んであげる。」

 その声色は途端に甘くなり、内容さえ聞こえていなければ甘いささやきのような柔らかさを湛えていた。

「待って、…待って、遼一。そんなのイヤ。私は、まだ決めてない。まだ、何にも…っ」
「じゃあ、今、覚悟を決めな。」
「異議申し立ては聞くって…」

 美久の声は悲鳴のようになった。

「聞くよ? 聞いてるだろ? 君、何か明確な反対意見のひとつも言ってる? 建設的な意見を?」
「だって、そんな…っ」
「俺を納得させる反対意見があるなら、考慮してあげるよ。」

 いつの間にか美久の顔を覗き込んでいる遼一の目は、どこか面白そうに微笑み、威嚇するように挑戦的な光を放っていた。

 あまりに予定外、予想外の彼の言動に、美久の頭の中はほぼ真っ白で、何かを反論するどころではなくて、遼一の言葉の意味を理解しようとするだけで精いっぱいで、実はそれすら機能しているのか怪しかった。

「遼一の口に勝てるわけないじゃん。」

 泣きそうになって叫ぶと、不意に遼一は笑い出した。しかしそれは楽しくて笑っているという様相ではなかった。くっくっと喉の奥でイヤな笑い方をした後、遼一は思わずぽかんと彼を見上げた美久に更に冷たい視線を落とした。

「そうだよ、分かってるね。その通りだよ、美久ちゃん。それに、君が勝てるようなこと、仕掛ける訳ないだろ?俺はどうしたって君を手に入れたい。逃げられる隙なんて与えないよ。」

 今度こそ、美久の頭の中は真っ白になった。
 何を言われているのか、それすら把握出来なくなりそうだ。

 言葉が意味を成さないままに通り過ぎている。分かっているのは、遼一の瞳の奥に浮かぶ狂気の色。今まで、少なくとも美久には見せたことのない顔。選択の余地など一切ない今の絶望的な状況だけだ。

「そろそろ諦めて大人しく言うことを聞く気になった?」

 その笑顔の甘さに、どくんと心臓がはねた。恐怖なのか嫌悪なのか…それとも、暗い欲望のうねりなのか、分からない。
 意図せず、反射的に首を振っていた。はっとしたときには、ふうん、と声に出した遼一の手が頬を撫で、それがすうっと首筋におりていた。

「や…っ」

 そのまま滑り降りていく指先が、まるで壊れそうな繊細なガラス細工に触れるように胸のふくらみを撫でる。触れるか触れないかの微妙なタッチがくすぐったいような官能をそそる。腰の辺りがざわざわするような感覚だ。

「やめて…っ」

 美久はその手の動きとはまったく連動しない遼一のしんと静かな瞳を避けようと、精いっぱい顔を背ける。あの目に見据えられたら身動きすら取れなくなってしまう。そんな甘い鋭い不躾な視線だ。
 不意に乳首に鋭い痛みを感じて美久は叫んだ。

「きゃああっ」

 背中が痛みに反応して硬直した。手足を動かせないとは身体を庇えないということだ。美久は恐怖に固まる。呼吸すらぜいぜいと喘ぐように不規則に乱れ、あまりのことに一瞬意識が飛びそうになった。

「ちゃんと俺を見ろよ、美久ちゃん。そういう態度は気に入らないな。」

 恐怖に目を見開いて彼を見上げた美久を、遼一は妖艶な笑みで見つめる。ぺろりと唇を舐めた舌がまるで熱を帯びたように赤い。そこそこ整った造りの彼の顔は、そのときぞっとするほど美しく見えた。そして、乳首を噛まれたのだとそのときぼんやりと理解する。

 もう、美久は何か言葉を発するどころではなかった。許しを請うことも声をあげることも憚られて、ただ、言われたことを必死に意識に留める。

 ほぼ放心状態の美久の怯えきった表情を冷然と見つめ、遼一はするすると縛っていた腕の紐を解き始めた。その手の動きを見つめながら、やっと解放される安堵などより、むしろ自由になった後、何をされるのかの見当がつかずに、美久はただ茫然と彼の綺麗な手を見つめていた。力仕事などしそうにない細くて繊細な指だ、などと見当違いな感慨を抱きながら。

 両脇に下ろされた腕は、痺れたように力が入らず、美久はすでに一切の抵抗を諦めてされるがまま横たわったままだった。遼一も何も言わない。ちらりと視線を合わせた後、無言で彼女の足元に身体をずらす。足枷に手を伸ばすと、それはじゃらりと耳障りな音が響き、その金属音が背筋を撫でたかのように背中が寒くなった。

 遼一の部屋のベッドは東の壁側に置かれてあり、窓は南に向かう一箇所だけだ。そして、枕は南向きになっている。パソコンデスクがベッドと反対側に置かれ、洋間の中央には向かい合わせのソファと真ん中にテーブルがある。ここで、よく仲間たちと夜を明かした。ベッドとソファとに適当に眠って、遼一の淹れてくれるコーヒーで目を覚ましてそれぞれが日常に戻っていった。そんな日々が陽炎のように浮かんで消えうせた。

 右足の足枷を外した後、もう片方には遼一は触れなかった。全部を外してくれる訳じゃないんだ、とどこかで考えた。そして、それを思ったことを気付かれたくなくて、美久は思わず視線を背けようとして、はっとする。そんなことをしたら、また何をされるか分からない。

 覚悟を、した。
 もう、何をされようと逆らってはいけない。

 しかし、遼一は不意に毛布を掴んでそれを美久の身体にふわりと掛けた。

「今夜はもう大分夜更けだよ。続きは明日にしてあげる。」

 そして、くい、と顎を指先で引き上げて、ほとんど虚ろな美久の口に唇を重ね、唇を割って舌を差し入れた。ぴくりと身体が反応して、美久はどこか冷静に、呆れている自分に気付く。

 まだ、どこかで信じたい。
 これは…何かの間違い。
 これは…遼一じゃない。

「その代わり、明日は定時で仕事を終えて、まっすぐここに帰っておいで?」

 間近で真っ直ぐに見据えられ、美久は小さく頷いた。

 遼一の言葉を美久はただ必死に追っていた。それ以上の何をも、もう考えられなかった。ここで、それをしたらもうお仕舞いだとどこかで分かっているのに、何故かその警告を無視することを選んでしまったのだ。

 逃げることなんて不可能だ。この町に住む限り、同じ仕事を続ける限り、彼の手の届かない場所なんてない。今、アパート住まいの彼女だったが、実家ですら都内なのだ。

 怯えたまま、微かに震える唇に遼一の指先が触れた。目の前の彼の顔がぼやける、と思った次の瞬間には…。ふっと遼一が笑った気がして、彼女の意識はすとんと闇に堕ちていた。


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