『花籠』シリーズ・総まとめ編

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『花籠』 (作品説明) 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

■世の中の悪を裁く暗殺者集団を、連続短編で描いたのが本稿である。
物語には二つの集団を主軸に据え、次第に彼らが連携せざるを得ない状況を作り出し、彼らにふさわしい悪の出現でクライマックスを迎える。やがて闇は闇のまま静かに納まり各自散っていく様子までが語られた。原稿用紙100枚を超える超力作であった。


■花篭龍一の指令によって、おのおのの得意分野で悪を裁く「花籠」には、個性的なメンバーがそろっている。
故人の意思を探り出すことが出来るローズや、蛇使いの牡丹、毒薬調合のプロフェッショナルのアイリスなど、花の名前のついた彼らは、龍一の指令を中継点の雑貨店を通じて受け、独特のチームワークと華麗な技で悪を懲らしめにかかる。高校生同士の婦女暴行に無理やり協力させられるのが辛くて死んでいった少年の無念を親に伝えたり悪徳商法で荒稼ぎする会社の社長や妻らをあっさり殺害したり。彼らの仕事は、人間の尊厳を背くものへは容赦ない。それは龍一の信念であり、メンバーはその信念に共感を覚えて名を連ね、しかし、迷うことなくばっさりと暗殺を行うこともできる強靭で冷酷な精神の持ち主たちだ。


■一方、「スムリティ」という組織の日本支部総帥劉瀞は、虐待を受けていた幼児らを集めた施設を、社会から離れた場所で営む。子どもらは悲劇的状況下で連れてこられたため、日本の戸籍を有さず、義務教育からも見放されている。劉瀞は独自の方法で彼らを教育し、社会になじむまでに成長した時点でしかるべき措置をとって外の社会へ送り出してきた。しかし中には込み入った成長をみせる子どももいて彼らは社会に出たあとも劉瀞の仕事を手伝う。それは「スムリティ」本部の意志を担う仕事である「スムリティ」は、子ども達の保護と教育のためにさまざまな国で、水面下で活動する組織だ。けれどもその目的は、例えばテロリストを育てる集団等にとっては目障り極まりなく、スムリティを狙う組織も多い。彼らの、魔の手からすり抜けスムリティの結束をより強固にするためには、時には、劉瀞の指令で悪に立ち向かう青年たちも少なからずいるのだ。


■「花籠」の、スミレやローズ、ジャスミンといった、切れ味鋭い屈強な男たちが、奈緒や李緒など冷たく暗い過去を持つ少女らを見捨てられず、肌を摺り寄せるように暮らすことになる。ローズは奈緒と、ジャスミンは李緒と。仕事上、いずれ来るかもしれない悲劇を予感させる彼らの暮らしは、しかし、だからこそ極上の愛がひっそりと育っていく。小気味良い暗殺シーンや、残虐な格闘場面の合間に、程よいさじ加減、かつ最適な時系列で描かれる情愛に満ちたエピソードは、作品に緩急を与え、複雑に絡まり始める物語の潤滑油にもなっている。また、劉瀞の選んだ施設内の女性・美咲の心の揺れや成長も、劉瀞の人間的部分を見せる重要な鍵となる。エピソードの散らばせ方や、雑貨店店主や、次第に存在感を増す龍一など脇を固めるキャラクター造形にも抜かりがない。


■あえて苦言を呈するならば、スムリティがその目的を超えて結局は暗殺者を育てざるを得ない状況には疑問を覚える点と劉瀞の守る施設の在り方が、多少現実離れしている点が挙げられる。裏社会で悪を裁く集団いうなれば平成版「必殺仕事人」的な活劇は読み応えのあるものなのだが、そこには頑丈な土台が必要となってくることもまた、読み物の暗黙のルールであろう虐待等を受けたために戸籍の無いまま育つ子どもが、施設が必要なほど多く集まり、育っていく。その後社会で普通に暮らし、施設は見咎められることもなく運営される状況は首をひねらざるを得ないこのあたりを、物語上ではあっても納得のいく流れがほしかった。刑事らの捜査はあいまいにしか描かれないが、刑事を登場させるのであれば、彼らなりの鋭さも描くこともできれば、花籠やスムリティの存在感も、さらにリアリティを持って浮き上がってくるはずだ。



※ 上の↑講評(文芸社より)をふまえて、ちょこっと加筆したり、外伝をいくつか増やしたりしました。
  で、ここに、総集編というか、細かな外伝等も本編の間にこちゃこちゃ入って訳分からんくなっているので、ここに順番に並べて加筆修正版を公開させていただきます。あ、「スムリティ」のR指定も抜きました。それから、外伝は2個増えました。どこに入ったかは…忘れました。どっかにあります(^^;
 これは、本当に読者さまと共に作り上げた世界で、fate一人ではここまで辿り着くことは出来ませんでした。
 本当に本当に心より感謝申し上げます(^^)
 皆様からご感想いただいた加筆前のものも、そしてR指定のものも、それはそれでそのまま残します。





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『花籠』 1-1 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

花籠 1



「…なんだ?これ…」

 スミレは、扉に背を向けコーヒーを飲んでいる相棒を呆れたように見つめる。相棒、と言ってもいつも組んで仕事をしている訳ではない。二人以上で動く必要があるとき、たまたま組むことが多いという程度の付き合いだ。お互いに本名も素性も知らない。彼らは、‘花籠’と呼ばれる組織に名を連ねているメンバーに過ぎないのだ。

「女の子」

 背後から聞こえたスミレの声に、ローズはのんびりと答える。

「そんなのは見れば分かる」

 憮然とした調子でスミレはふんと鼻を鳴らした。そして、ローズが座っている椅子の背後のソファに腰を下ろす。そこは、ローズがたまに利用する郊外の空き家で、元の持ち主が家具をそのまま置いていったのを、なんとか使える程度にまで彼が磨き上げたのだ。一階はほとんど手付かずの状態で、一見人が住んでいるようには見えない。

 二人が今いるのは、二階にある二部屋の内の一つの部屋で、窓際に机と椅子が、壁際にはベッドとソファがそれぞれ置かれてある。書斎というほどのものでもなさそうなそこは、受験生程度の子ども部屋だったのかも知れない。

 窓際の角にワゴンが置いてあり、そこにコーヒーメーカーがある。そこからうっすらとコーヒーの香りが漂っている。そして、ワゴンの横に小さなボードが、これはローズが後に買い足したものだったが、そこにカップやソーサーなど、コーヒーを飲むためだけの品が収められているのだ。

 そして。そのベッドに、毛布にすっぽりと包まった女の子が、丸くなってすうすう眠っていたのだ。比較的短めの髪の毛、小さな目鼻、病的に青白い肌。そして、毛布でほとんど見えないが、着ているのはセーラー服の類だと思われた。

「なんで、ここに女の子がいるんだ?」
「俺も聞きたい」

 机に向かって、新聞を読んでいるローズは、振り返らずに言う。

「なんで、お前がここにいるんだ?」
「はぐらかすなよ」

 ローズは振り向いた。一見、その辺に普通にいるサラリーマンのような素朴な顔、そして、いかにもお坊ちゃんのような柔らかい笑顔で、彼は微笑む。

「何か依頼でも舞い込んで来たのか?」
「それより、あのやっかい物はなんだよ?」

 ああ…、とちらりと少女に視線を走らせて、ローズは淡々と言った。

「ちょっと呼び出されてね、あっちの専門家を訪ねたら、まさにその現場に居合わせてね。殺すんなら、売ってくれと買ってきた」
「…それじゃ、何がなんだか分からんだろうが」

 スミレは、ローズよりも幾分年上だ。ローズが、お坊ちゃま風な外見をしているのとは対照的に、彼はがっちりした大男で、いかにも用心棒という風貌だ。年がら年中皮のジャケットを羽織り、その下は素肌か、大抵シャツ一枚だ。
 ローズはふふふ、と屈託なく笑う。

「順を追って言おう」

 言いながら彼は立ち上がり、ボードから新しいカップを取り出して、それにコーヒーを注いでスミレに手渡した。

「おい、砂糖とかミルクはないのか?」
「ないよ。そういうのは持参してきてくれ」

 渋い表情でコーヒーをすするスミレをおもしろそうに見つめながら、ローズは話し出した。

「花篭に連絡が入ったんだ、つい今朝ほど。それで、俺が呼ばれて依頼先へ出向いた。緊急的に人手が欲しいと言うことでね。どうも、誘拐するべき子どもを間違ったらしい。それで、その子をその件とは関わりなく親元へ返す仕事を引き受けた、筈だった」
「…しなかったのか?」
「違うよ。間違いに気付いて、慌てて本来さらうべきだった子どもを、今度は間違いなくさらった、までは良い。最初のミスに慌てた彼らは、初めの子に、睡眠薬の投与のタイミングを間違えた。お陰で、この子は目を覚まし、彼らの顔を見られ、声を聞かれた。それで、もう生かして親元へは帰せなくなった。それで、さあ、殺そうという場面にちょうど俺が到着した」
「それで…これか?」

 ベッドの女の子に視線を投げて、スミレは本気で呆れた顔をした。

「あっちも、今回は自分の専門外の仕事だったらしい。まあ、属してる組織が違うから俺もよくは分からない。いつもの専門家メンバーとは面構えが違ってた。向こうは俺の顔を知っていたようだったが」
「お前はどこの組織でも有名な方だろうからな」

 ローズは答えなかった。

「どうするんだ?こんなやっかいな物を引き受けて」
「殺すことなんていつでも出来る」

 ローズはカップを傾けながら優雅に微笑む。

「それに、女の子はいずれ‘女’に成長する」
「一体、何年計画だよ? 子牛を買って、食えるようになるまで飼育するっていうことか?」
「そんなにかからないよ。見た目は幼いけど、その子はもう中学生だ。15歳だそうだ」
「…見えないな。しかも、15歳だあ? お前と一回りも年が違うだろ?」
「子どもの使い方はそれだけじゃないよ」

 スミレは肩をすくめる真似をしてみせる。

「まあ、良いけどよ。ちょっと、俺の方の仕事も手伝ってくれると嬉しいんだが」
「やっぱり仕事か」

 ローズが渋い顔をする。

「今、俺は仕事から戻ったばかりだ。しかも、この子を置いて俺がほいほい仕事できる訳ないだろ?」
「大丈夫だ。連れてくれば良い」
「…どういう意味だ?」
「これから説明する」


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『花籠』 1-2 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 奈緒は、ごく普通の一般家庭の子どもだ。違っていたのは、彼女はその家にとって厄介者だったということだ。彼女は父親は同じだったが、母親が、父親の浮気相手だったのだ。しかも、奈緒の母親は、生まれた子どもを不倫相手の玄関先に捨てて自分は焼身自殺してしまった。

 止むなく、捨てられたその子を実子として届けたその家族は、しかし、修復不可能な打撃を受けたことは間違いなかった。

 奈緒には、母親の違う姉妹が二人いた。母親は当然の如く、我が子だけを可愛がり、奈緒のことはあからさまに差別した。そして、幼い彼女に「お前は妾腹だ」と「養ってもらえるだけ有りがたく思え」と日常的に侮蔑の言葉を浴びせ、母親を見習って二人の姉妹も、彼女を馬鹿にして育っていった。

 それでも、表面上は実子として育てられているので、学校は姉妹と同じ私立の名門校に入れられ、高校もエスカレーター式でほぼ決まっていた。

 その名門校には、今回、誘拐のターゲットになった政治家の娘やそこそこ名の知れた名士が子ども達を通わせている。たまたま奈緒は、その子、笹村尚子と、背格好が似ていて、友人からの呼ばれ方が同じだったのだ。そんな間違いは滅多にしない‘彼ら’だったのに、悪い偶然が重なったのだろう、間違えて彼女をさらってしまった。

 ターゲットの家に監視カメラを設置していた彼らは、さらった筈の娘が普通に帰宅していくのをカメラで見つけて仰天する。そして、よくよく学生証などから、まったくの別人をさらってしまったことを知る。慌てた彼らは一旦その子を放って、計画を練り直す。そして、日程をすべて一日ずらすことに設定し直し、翌日、本来の目的の子をさらったのだ。最初の子の親がその日の内に騒ぎ出さなかったのがむしろ不思議だったが、とにかく、その子はどこか関係のない場所で解放して、警察にでも保護してもらうために、ローズが呼び出された。

 しかし、そこで、狂いが生ずる。そう、睡眠薬の追加投与を忘れていて、その子が目を覚ましてしまったのだ。眠らせておく予定だった少女たちは、特に拘束もされておらず、部屋の隅で目を覚ました奈緒は、ぼんやりした頭で辺りを見回し、数人の男がその狭い部屋でパソコンを使い、何か作業している姿を見た。状況がよく把握できなかったのだが、ふと足元に同じ学校のよく知る女の子が同じように制服姿で横たわっているのを見た。死んでいるのかと思って、咄嗟に、奈緒は悲鳴を上げた。

 はっとして男たちは奈緒の方を見る。そして、お互いに目を見交わし、薬を忘れていたことに気付いたのだ。

「殺せ」

 考慮の余地もなく、リーダー格の男が言い、一人が絞殺すべく少女に近寄る。奈緒はロープを持って自分に近づく男を絶望的な思いで見つめた。恐怖に、声も出なかった。これ以上後ずされない壁際まで逃げて、男の手が彼女を捕えた瞬間、奈緒は小さく悲鳴を上げた。

 そこへ、ローズが到着し、その場の緊迫した空気は崩れた。扉を後ろ手で閉めながら、ローズはのんびりとした口調で言う。

「何、してんだ?」
「…早かったじゃないか」

 リーダー格の男が、ローズに睨みつけるような視線を投げる。

「一刻も早く、ってことだっただろ?」
「感心だな。ちょっと変更があった。運ぶのは死体だ。山中かどこか人目のつかない場所に埋めてくれ。」

 目で合図を送り、男は、ロープを持った仲間にさっさと始末しろ、と告げる。

「ちょっと、待った」

 ローズは、言った。

「殺すなら、俺に売ってくれ」
「…なんだと?」

 一瞬、ローズを鋭く見据えた男たちは、無言で目を見交わし、沈黙した。ややあって、リーダー格の男が頷いた。

「良いだろう」

『花籠』自体の信頼の問題もあり、またローズが有名であること、そして、メンバーである彼の仕事を疑っていないのだろうと思われた。『花籠』の本体、本拠地や、あるのかないのか分からない本部の構成も特に問題ではないようだ。

 交渉は成立したようで、男たちはその場で現金の受け渡しをし、奈緒を殺すはずだった男は彼女のそばから離れた。

 奈緒は茫然とその成り行きを見つめていたが、状況を理解しているのかは微妙だった。
 細い首に巻きつけられたロープを、その新しく現れた男がするすると取り払い、ぐい、と彼女の身体は抱え上げられた。殺される、と思った恐怖がまだ身体の奥に残っていて、奈緒は反射的に逃れようともがいた。

「いやぁぁぁっ」

 ローズは暴れる少女を抱え込み、耳元にささやいた。

「静かにしな、お嬢さん。殺しはしないよ」

 そして、リーダー格の男に向かって確認を取る。

「じゃあ、予定通りこの子は俺がどうにかする。変更事項は、親元へ返す必要はない、ということだな?」
「始末するにしろ売り飛ばすにしろ、地下でやってくれ」
「了解」



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『花籠』 1-3 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 小柄な少女で、体格的にそれほど大男でもないローズでも、子どもを抱くように抱えられる。制服を見られないように、彼は自分のコートを奈緒に着せ掛け、車に戻った。

 見も知らない男に車に閉じ込められ、奈緒は咄嗟に逃げ出そうとドアノブに手を掛ける。しかし、ロックの解除の仕方が分からず、パニックに陥った。

「言っただろ。殺しはしないよ。とにかく大人しくついてきなさい」

 余裕の笑みで、ローズは怯えて固まった彼女をさっさとシートベルトで固定し、車を出す。
 ごく普通のことをしているようにゆったりとした動作で、男は彼女に対しても乱暴な扱いはしなかった。

「君、名前は?」

 それでも。助手席に縛り付けられ、奈緒は蒼白な表情で男を見上げた。周辺は民家もないまばらな木々が立ち並ぶ原野だ。その中にある古びた一軒屋で、‘彼ら’はそういう危ない作業をする。

「調べれば分かるけどさ、君の口から聞きたいな」

 ローズの軽口に、その柔らかく淡々とした表情に奈緒はほんの少し警戒を解いた。確かに、今すぐに殺されるっていうことはなさそうだ。

「…奈緒」
「ナオちゃんか」

 怯えておどおどと彼を見上げる彼女に視線を落として、ローズはちょっと考える。

「その名前は当分の間、忘れてもらう。良いかい?俺が新しい名前を付けてやる。それをしっかり覚えるんだよ」

 何を言われているのか分からない、という表情で、奈緒は恐る恐る彼を見つめた。別に、彼女は名前になんて思い入れも未練もなかった。第一、家の中で彼女は名前を呼んでもらったことなどない。こうやってほぼ二日間帰っていなくても、誰も心配もしていないだろう。だけど、名前を変える? そんな概念は彼女にはない。

 車は走り続ける。ローズは何度か彼女にどうでも良いことを聞き、奈緒も少しずつ彼の質問に答え始めた。

 助かったのだろうか? と奈緒は思い始めた。今まで一緒にいた男たちと、この男は空気がまるで違っている。どこへ連れて行かれるのか分からないにしても、ひどいことをされる訳ではないのかも知れない。

 幾分、安心したのだろうか、奈緒は不意に眠気が襲ってきた。極度の精神疲労のせいもあるだろう。或いは、睡眠薬の成分が僅かながら彼女の身体に残留し、最後の力を振り絞ったのかも知れない。日常的に彼女はいつでも怯えて緊張して暮らしていたので、非日常のひどいことも、もうその差があまり分からなかったのかも知れない。

 逃れられない睡魔はゆっくりと彼女の身体を侵食していく。
 しばらく走った車がどこかに停止し、男の腕が彼女を抱き上げるのを感じた気がしたが、もう、目は開かなかった。そして、そのまま奈緒は眠り続けたのだ。



「ナオちゃん、ちょっと起きて」

 身体を揺すられて、奈緒はうっすらと目を開ける。目の前に、男の顔がある。見たことある人だ、と奈緒は思う。正確には思い出せないが、なんだか悪い印象ではない。そこまで考えて、その考えに安心して再び瞼が重くなる。

 またとろとろと眠り始めた少女に呆れて、ローズは息をつく。
 彼らは出かけるために、彼女の、学校が特定できる制服を着替えさせようとしていたのだ。適当に買ってきたシャツとパンツを手に、スミレはイライラし出し、仕方なくローズは眠っている彼女の服を脱がせ始める。そして、脱がせた制服は袋に詰めて、下着姿の彼女にシャツだけを着せかけ、あとはコートで包み込んで先程と同じように抱いて抱え上げた。

「途中で服は調達するとして、さっさと出るか。お前、車あるんだろうな?」

 ローズに聞かれ、スミレは怪訝そうな顔をする。

「どういう意味だ? お前だって車は持ってるだろう?」
「俺はこの子を抱えて後ろに乗る。運転はしてくれ」
「…一人で置いたって、別に逃げたりはしないんじゃないのか?」

 先に立って階段を下り始めたスミレは振り返ってローズの腕の中の少女をちらりと見つめる。

「お前になついているじゃないか」
「眠ってるだけだ」

 まあ、別に良いけど、とスミレは再度肩をすくめる。確かに逃げられたら洒落にならない。
 再び車に乗り込む気配に気付き、奈緒はぼんやりと、どこへ行くんだろう? と思う。自分の部屋に帰りたい気はしたが、それほど強烈に家に帰りたいとは思わなかった。家に、彼女の居場所はなかった。



 途中のスーパーで降りてスミレが食料を買い込んできた。惣菜物とジュースやコーヒーなどだ。それを与えられて、奈緒はさほど違和感なくそれを食べた。食べ始めて、ほぼ二日間食事をしていないかったことに彼女は気付いた。それでも、極度の緊張と疲労で、それほど空腹を感じていなかったのだろう。

 特に会話は交わさず、二人の男は運転席と奈緒の隣で一緒に食事をし、車は再び走り出す。途中で、彼女は服を買うために外に連れ出され、試着したものをそのまま着て戻って来た。

「そうだ、名前。女の子だから、とりあえず日本的に桜の英語版で、チェリーブロッサムの‘チェリー’でいこう。それから、何かで名前を聞かれたら、…そうだね、羽澤さくら、でいく。覚えられるね?」

 流れる車窓の景色から秋の葉桜を目の端に捉えながら、ローズは言った。奈緒は、まだ飲みかけのお茶のボトルを握り締めながら、小さく頷く。そして、ぼんやりと現実を認識する。そうか、もう家には帰れないんだ…。居場所がない家でも、唯一、彼女が帰る場所だったところだ。突如として、言いようのない不安が首をもたげる。

 そして、どこかで分かっていた。殺される確率は減ったが、ゼロになった訳ではない、ということ。それから、この男がお金を払って自分を手に入れたという事実。つまり、彼女はそのお金を返さない限り、この男の手からは逃れられない。

 実際、お金を返そうが返すまいが違いはないのだが、奈緒にはまだそういう世界は分からない。
 自分はこれからどうなるのだろうか? と当然の不安がひたひたと押し寄せてきた。


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『花籠』 1-4 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 途中で更に散髪屋に寄り、奈緒はもともとそれほど長くなかった髪の毛を更に短く切られた。後ろから見るとほとんど男の子と言われても分からないくらいの短さだ。

「おや、チェリーボーイ、なかなか良いじゃん」

 外でタバコをふかして待っていたスミレが、奈緒を見て口笛を吹く。

「顔を見ると女の子だが、可愛い顔の男の子もいておかしくないってくらいには見える」
「随分まわりくどい褒め方だな」

 一緒に戻って来たローズが苦笑する。奈緒はどう反応して良いのか分からない。男の子みたいだと言われて少しショックを受けたものの、二人の男は彼女の外見の様子に満足しているらしい様子だ。家の中で、なるべく苛められないように、少しでも家族に気に入られるようにと、それだけを考えて生きてきた奈緒は、その癖が抜けない。相手が喜ぶならなんでも良いと思った。

「いつまでに着けば良いって?」
「明日の朝9時くらい…だな」
「それまでどうする?」
「…そうだな、準備をしながらこの辺で一泊するか」

 車に戻って、二人は淡々と会話を始める。

「チェリーボーイには、説明しとかなくて良いのか?」

 スミレは、ミラーでちらりと奈緒の様子を窺う。奈緒は、びくりと反射的に身体が強張る。さらわれた二日間とそれに続く二人の男の登場に、どうしたってマトモなことをしていそうにないこの世界を彼女も薄々は感じていた。そういえば、あの子はどうなったのだろう? 生きているのだろうか?

「ああ、おいおい説明する。お前はとにかく安全運転で‘竹’の店に向かってくれ」

 頷くスミレに、ローズはふと聞いた。

「花篭から連絡が入る予定は?」
「さあ。…コトがうまくいったかどうかの確認のときまでないだろ。何かあるのか? あいつは、今回の件、俺がお前に手伝いを依頼することは承知してるぜ?」
「いや、そうじゃない」

 花篭龍一は、‘花籠’の元締めのような存在だ。各方面からの依頼を受け、登録メンバーに仕事の指示を与える以外、一切接触してこない。分かっているのは名前だけで、顔を見たことのあるメンバーもほとんどいない。こちらから連絡を取ることは不可能ではないがかなり難しい。彼が掴んでいるメンバーの素性もありとあらゆる個人情報は花篭本人しか把握していないらしいので、何を検索しようが、他のメンバーについての情報もほとんどない。花籠が分かっていて公表しているのは、メンバーのそれぞれの身体的特徴と特技。それで仕事を振り分ける。そして、仕事が無事終了すると報酬が指定口座に振り込まれる。それだけだ。
 

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『花籠』 1-5 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 安いホテルのツインルームを一つ取り、追加で簡易ベッドを一つ入れてもらった。

「チェリー、お前は先にバスルームを使って着替えな」

 ローズは、部屋の備え付けのポットでお湯を沸かし始める。スミレは、物資の調達及び事前の現場の下調べに出かけていた。奈緒は、おどおどとローズを見上げて、呼ばれ慣れない名前を反芻する。そして、もう視線を合わせてくれない彼の背中を見て、彼女は質問を諦めてそろそろとバスルームへ入って行った。そもそも、奈緒は何を聞いて良いのかよく分からなかった。

 コーヒーを淹れながら、抽出されていく黒い液体を見つめてローズは考えていた。

 今回、スミレが引き受けてきた依頼は、ある一般家庭の葬儀に参列することだった。そして、亡くなった人間を殺した犯人を探す。

「殺人事件? …だったら警察が動いているだろうが」
「いや、事件じゃないらしい。…というか、事件にはならなかったそうだ。自殺か事故か…ってところで、事故死で処理されたという話だ」
「じゃあ、そうなんじゃないのか?」
「さあ…」

 スミレは両手を広げて肩を竦めてみせる。

「それなら、そういう報告を上げれば良いんだよ。ただ、恐らく遺族からの依頼だろう。どうしても、仇を取りたいと。まぁ、気持ちは分かるね。日本の法律じゃ、仇討ちは非合法だから」
「日本じゃなくても、そんなの認められないよ」

 先ほど交わされた会話だった。
 ローズは深いため息をひとつく。

「あれは疲れるんだよ…」
「分かってる。女は用意しとくよ」
「ちなみに、仕事はどこまでなんだ? お前がいるってことは、仇討ちも仕事に入っているのか?」
「そういう指令だが…、一旦、相手が分かったら依頼主に処置方法を確認した方が良いかも知れないな。思わぬ人間が犯人だったら困るし」
「そうだろ? だから、花篭に連絡を取れるように‘竹’の店主に伝えておいてくれ」
「分かった」


 
 大抵のメンバーは特出した特技があり、専門家がいる。殺人専門、誘拐専門、人探しの専門、五感のそれぞれが異様に鋭い人間や、或いは薬物の調合から、法律の専門家、果ては霊媒師や治療家、新興宗教の教祖までいる。
スミレは体格と格闘技術で主に力仕事、そして素人相手の殺人までを請け負う。そして、ローズはオカルト的な特殊能力を持っている。そういう特殊能力者は数が少ないので、彼はある種有名人だ。

 今回の仕事は、一般人の葬儀で、殺人犯を探すことだった。

 それは恐らく参列者に殺人者張本人が来るということなのだろう。葬儀なんて、素知らぬふりで他人が紛れ込むことは確かに可能だが、遺族が葬儀にて犯人を…と言っているのなら、犯人はもともと参列してもおかしくない間柄の人間と言うことになる。どうも今回の被害者は子ども、男子校の生徒らしかった。つまり、犯人は学校の教師とか、両親の仕事の関係者、親戚、果ては同級生だってありだ。心情的にはイヤな仕事だった。

 スミレは喪服と男子学生服の調達に、花籠ご用達の‘竹’というレンタルショップ兼万屋へ出かけていた。
 初めから、スミレは奈緒も連れていくつもりだったらしい。男子高校生の格好をさせて潜り込ませようと言われ、「ああ、そうだね。確かにそれが別の使い方だよ」と、ローズも微笑んだ。

「子ども連れってのは、それだけで、警戒されない利点があるからね」

 しかし、死んだのは高校生で、奈緒はまだ中学生だ。それでも、まぁ、奈緒も一応男の子に見えるように細工されたのだ。


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『花籠』 1-6 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「あ…あの…」

 細い声が聞こえて、ローズははっと振り返った。備え付けの浴衣に着替えたらしい奈緒が、怯えた目で彼の背後に立っていた。それほど近くではなかったのだが、背後の人の気配に気付かなかったことにローズは眉をひそめる。仔猫のように、足音もせず、気配も感じなかった。無心の勝利だな、と彼は苦笑する。奈緒は、文字通り何も考えていなかったから、その思考の気配すらなかったのだろう。

「もうすぐ、スミレが戻ってくる。そしたら、何か食べ物を買ってきてくれると思うけど、それまで君はベッドで休みな」

 何か言い掛けようとして、奈緒は口を閉じた。

「…どうした?」

 ローズの口調は特に冷たくはなかったが、奈緒は聞くことが出来なかった。スミレ、とは誰か? まさか、あんな大男の呼び名だとは彼女には思えなかったのだ。

「ああ、チェリー…」

 呼びかけて、ローズはふと気付く。

「あ、そういえば、俺たちも名乗ってなかったか」

 そろそろとベッドへ向かっていた奈緒は、呼ばれた気配に振り返った。ローズは、コーヒーのカップを手にしたまま壁に寄りかかり、彼女に手招きをした。一瞬、奈緒の表情は強張った。

「俺は、ローズ、そしてあの大男はスミレ。君のチェリーと同じコードネームだ。覚えておくと良い。明日のことについては、今夜、ゆっくり話してやる」

 奈緒が近づいてこないので、ローズはそう言いながらカップを傾けた。着替えさせるときも思った。なんて発育の悪い子だろう、と。中学3年生とは思えない。幼児体型ではないが、とにかく病的というほど細く、女性特有のラインはほとんど育ってなかった。生理もマトモにあるのだろうか? 制服を着ているとそれほど目立たなかったが、こうやって裸に近い格好をしていると、否が応でも目に付く。

 そして、何より、この子は愛に飢えた子どもの目をしている、とローズは思った。彼女はここに来るまで、一度も家に帰りたいとか、家族を恋しがるような素振りはなかった。気丈なのではない。奈緒の瞳には感情がほとんど見られないのだ。

 まるで、十年前の自分を見るようだと、特に感慨もなく、彼は淡々と思った。



「ローズ…」

 と、奈緒はその名前を反芻する。花の名前だ、と女の子らしい感想を持つ。スミレもローズも、そしてチェリーも。そう思ったら、奈緒は何故か分からない。不意に胸の奥がじんとあったかくなった気がした。え? と彼女は驚いて動きを止める。胸に、何かあったかい液体が滴ったような気がして、ふと彼を見つめたが、ローズはテレビを点けてニュースを観ていただけで何も変わったことはなかった。

 気のせい…?

 奈緒は、そのまま用意してもらった簡易ベッドの布団にもぐりこんだ。何度も洗濯をされ、使い込まれた古い毛布の匂いがした。

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『花籠』 1-7 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 いつの間にか、奈緒は眠り込んでいた、らしい。人の話し声でうっすらと意識が戻った。スミレが戻ってきたらしく、二人の男が一つのベッドに座って何かを話し込んでいた。

 二つのベッドの間にある小さなナイトテーブルのような台に、お弁当の包みが重ねられ、二人は缶ビールを片手に何か地図のようなものを覗き込んでいた。

「会場からまっすぐ抜けると国道に出る。そして高速に乗ってしまえば後は大丈夫だろう。ただ、お前…どこまで持つ?」
「そんな、ヒトを病気持ちみたいに言うなよ。今回は力を加減するからなんとかなるよ」

 え? と言って、スミレは奈緒に視線を落とし、ああ、そうか…と呟く。

「お前には今、付属品がくっついてたんだっけ」

 スミレの視線を追って、ローズが振り向き、彼女の方を見た。視線が合って、奈緒はぎくりとする。話題が自分のことに移っていることに気付いたのだろう。

「ああ、起きたか」

 ローズは微笑んだ。

「チェリー、君の仕事を説明するから起きておいで」
「おう、まずは飯を食おうぜ」

 ガサガサと地図をたたんで、スミレは弁当の包みに手を出す。奈緒はそれを見て慌てて身体を起こした。
食事を始めながら、ローズは明日、奈緒がすべきことを淡々と説明する。明日、出かける先は葬儀会場であること。奈緒は、故人の元同級生だった素振りで会場入りし、ローズは付き添いの兄の様相で彼女と共に中に紛れ込む。スミレは、葬儀社の人間の素振りで裏から入る予定だ。そして、犯人を見つけるのは、ローズの役割なのだ。そう、それが彼の唯一の特技。

 彼は、死者の声を聞くことが出来るのだ。が、正確には音声ではない、思念のようなものを捉えることが出来る。モノに宿る残留思念を辿り、生前の言葉を導く。

 まぁ、葬儀会場と言うのは誰が入り込んでもそれほど違和感なく受け入れられるものだ。入り込むのはそれほど難しくはない。ただ、ローズが仕事をするには、故人の持ち物、つまり遺品が必要だ。それをどうやって手に入れるかだ。

「チェリー、出来れば君に手伝って貰いたい」

 ローズは彼女の顔を覗き込む。ご飯を噛み砕いていた奈緒ははっとしてそれを慌てて飲み込んだ。

「同級生らしき人間が手薄になったら、家族に近づいて、適当なことを言って遺品をひとつ借りてきてもらえないか?」
「…それは難しいよ、ローズ」

 スミレが唸った。

「この子の声は女の子だ。同級生だったという誤魔化しはしゃべらないことを前提だ」
「じゃあ…一層のこと、付き合ってた彼女というのは」
「…微妙だなぁ」
「あ…あのっ」

 奈緒は、思わず口を挟む。なんだかよく分からなかったが、二人の役に立てるかも知れない、ということが彼女を興奮させた。
「あの…私、やってみます」

 二人に注目されて、奈緒はどぎまぎしてしまった。それでも、真剣な瞳でスミレを、そしてローズを見上げた。

「確かに声は誤魔化しようはないなぁ…」

 ローズが苦笑するのを見て、はらはらしながら奈緒は一生懸命言葉を探す。

「でも…その、頑張ってみます」
「良いよ、分かった。その子に秘かに憧れていた他校の女子生徒ってことにしよう。ちょっと変更だな。練り直しだ。スミレ、何か周辺の学校の制服を手に入れられるか? それと、この子に合う程度の変装グッズと」
「大丈夫だろ。‘竹’の店主に連絡を取ってみるよ」

 スミレはにやにや笑いながら部屋を出て行った。今まであまり他人と関わりたがらなかったローズが、女の子の意見を取り入れてみたり、その為に動こうとしているのがおもしろかったのだろう。

「チェリー、ひとつだけ覚えておいて。君が俺たちの仕事に関わるのはこれが最初で最後だ」

 ローズの言葉に、奈緒は一瞬、傷ついたような目をした。しかし、彼女はそういうことには慣れていた。すぐに悲しそうな笑顔を作って頷く。迷惑を掛けてはいけない。奈緒は、そんな風に思い込む。何もかもに。
 

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『花籠』 1-8 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 翌日。奈緒は、その日の役割を何度も反芻しながら、二人と一緒に車に乗り込む。

 ‘羽澤さくら。それが彼女の名前だ。そして、城南女子高の1年生。彼のことは学校の行き帰りでたまに見かけていて、一度、落し物を拾ってもらって好意を抱いた。’

 ぶつぶつと何かを繰り返し唱える奈緒の様子を、ローズは微笑ましい思いで見守る。

 間違いで誘拐され、命の取り引きをされ、訳の分からない犯罪の片棒を担がされそうなのに、この子は居場所を得られたことが嬉しいのだろうか。

 そんな世界を居場所と呼ぶしかない、それまでごく普通の中学生だった女の子。
 疑うことを知らない。世の中に受け入れられることにのみ、心を尽くしてきた子。

 彼女は丸一日一緒にいただけの二人の男に、奇妙な信頼を寄せていた。どこか、自分に近い空気を感じたというのか。

 コードネームが皆花の名前だ、と思ったとき、奈緒は自分も仲間に入れてもらったのだという気がしたのだろう。それまで、家の中で家族として扱われたことのなかった彼女が、何より欲しかったもの…。

 ふう、と自らの感傷に息をついて、ローズは前を見た。いや、そんなことを考えている場合ではない。

 死者の意識に自らのレベルを沿わせることはほぼ死に物狂いの苦しい作業だ。他人の意識に翻弄され、自分を見失いそうになったりする。特に、殺された人間の意識は危ない。引きずられて、戻ってこられなくなることもある。

 他人の狂気に触れるとは、そういうことだ。

 身体と意識が分離してしまわないように、その後、ローズは狂ったように女を抱く。身体に何か確かな刺激を求めないと狂いそうになるのだ。

 仕事の後、この少女は彼から引き離しておかなければならないと、運転しながらスミレは考えていた。
 

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『花籠』 1-9 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 喪服を身に付け、髪型を変え、顔の表面にちょっとした細工をして変装をしたローズと、葬儀社の人間にしては体格が良すぎてどこか不穏な空気を抱くスミレ、そして、顔が少し隠れるくらいの長い髪の鬘をかぶってブレザー姿の奈緒。近くの空き地で二人を下ろし、スミレはそのまま関係者用の駐車場へ向かい、葬儀社の腕章を見せて入れてもらう。

 まばらにその家に向かう黒い列に紛れ込み、二人は受付を済ませて会葬を終える。一般家庭の葬儀なので、自宅で執り行われ、親族以外は焼香を済ませて帰っていく。祭壇の飾られている部屋は12畳ほどだろうか。遺族の席には母親らしき女性が鎮痛な面持ちで一人座っていた。ひとつ座布団が空いているところを見ると、今、父親は席を外しているらしい。

 これからが本番だ。奈緒はドキドキしながら、母親の元へと向かう。ローズは、近くで焼香を終えて集まって何かを話している親戚らしい群れのそばで、その様子をさり気なく見守る。

「この度は…その、ご愁傷さまです」

 震える声で奈緒は母親らしき女性に声を掛ける。この場では、緊張して震えているのか、悲しみのためなのかの判別は難しい。

 母親は、青い顔で静かに会釈を返す。相手が見知らぬ女の子であることも、彼女にとってはもう、どうということはないのだろう。

 奈緒に与えられた事前情報。

 亡くなったのは、柏木篤志(あつし)。高校2年生。ここ数ヶ月ほど、彼は何か悩みがあるようだった。しかし、それが‘死’をも覚悟するほどのものだったとは、家族の誰も分からなかった。亡くなった当日も、彼は普通に登校していき、家族は特に不審に思わなかった。

 しかし、次に発見されたのは、翌日、近くの大きな用水路の中で、水死体となった姿だった。
 彼は、その水路の脇によく遊びに出かけていたらしい。

 それで、何かの拍子に誤って転落したのではないかという、警察の見方だった。周辺に争った跡もなく、他に誰かがいたという目撃情報もない。ただ、何故、彼が学校とは経路が違うそんな場所に向かったのか分からなかった。

 事故などではない、と家族は言い張ったが、警察はもう取り合ってくれなかった。

 他殺ではないにしろ、自ら‘死’を選んだなら、原因がある筈で、それに関わった人間がいる筈だと母親は考えた。せめて、本当のことが知りたいと。そして、もし、彼が何かの事件に巻き込まれて、そして、犯人がいるのなら、どうしても‘復讐’したい。それが依頼内容だった。

「あの…私、羽澤といいます。篤志くんと、たまにあの水路の近くで会ってました」

 それで…、と言い掛けようとした瞬間、母親ははっと顔を上げ、奈緒の手を取った。

「あの水路の近く? あそこであの子に会ったんですね? あの子はどうしてました? 何か言ってませんでしたか?」
「あ…あの、違うんです。…その、当日にはお会いしていないんです。」

 必死な表情の母親の様子に圧倒されながらも、奈緒は慌ててそう答える。

「その…以前に何度かお会いして、一度、落し物を拾ってもらったことがあって…」

 奈緒は、ふとその情景を思い浮かべ、映画を観るようなその光景に表情が和む。

「とても、嬉しかったんです」
「…そう…そんなことが…」

 母親は涙を浮かべる。

「それなのに、こんなことになってしまって…。その、私、篤志くんが見せてくれる、って言ってた宝物を、せめて最後に見せていただきたくて…それで、お願いに来ました」
「宝物?」
「ええ。それが何、とは言わなかったんですけど、一番、大切にしている物だ、って」
「…あの子は、音楽をやりたがっていたから、楽器の類かしらね…」

 音楽、と聞いて奈緒は適当に答える。

「楽譜か何かだったのかも知れません。いつか、そんなことを…」
「楽譜? …ああ、そうかも知れないわ。あの子は、先輩から譲り受けた曲を、それはそれは大事にしてました」

 楽譜くらいなら、持ち出せる、と思った奈緒は、そっと言ってみる。

「あの、見せていただけますか?」

 母親は、奈緒の顔をゆっくりと見つめた。もしかして、いつか息子に紹介されたかも知れない女の子。彼女の目にはそんな風に映ったのかも知れない。

「良いわ。こちらへいらして」

 母親は、奈緒を連れて奥へ入って行った。


 
 一見、無表情に二人の会話を聞いていたローズは、ほっとして安堵の息を漏らす。奈緒は、なかなかうまくやっていた。しかし、ふと彼は母親に従って奥へ行きかけた奈緒を、訝しげに見つめている女の子の姿を見つけてぎくりとする。その子は、奈緒が借りたのと同じブレザー姿だった。

 本当に、篤志には城南高校に知り合いがいたのか?

 戻ってきた奈緒が、その子に話しかけられたりしてはマズイ。出来れば早々に帰って欲しかった。しかし、その子は一向に立ち去る様子がなく、どうも、母親を待っている風だった。

 彼女が戻ってくる前に、その子をどこかへ引き離さなければならない、とローズは思った。


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『花籠』 1-10 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 奈緒は、篤志の部屋へ案内されて、男の子の部屋に初めて足を踏み入れてみた。

 確かに音楽好きだったのだろう、ギターが数本、音楽関係の雑誌が数種、そして楽譜らしきものが本棚にはぎっしりと詰まっていた。そして、ふと壁に目をやると、剥がれかけた音楽関係のグループのポスターの裏に、もう一枚何かが隠れているのを見つけてそっと近寄ってみた。母親は本棚を探って、目当ての楽譜を探していた。

 奈緒は、何の気なしにポスターに手を掛けて、そっとめくってみる。

 そこにあったのは…。
 たくさんの女の子の写真。そして、それは明らかに犯罪の匂いのするいかがわしくも悲惨な姿だった。思わず息を呑んだ奈緒は、声をあげそうになって口を押さえ、よろよろと数歩後ずさった。

「どうかなさったの?」

 母親が楽譜を手に振り返った。

「…あ、…あ、…あの…。いえ」
「たぶん、これだと思います」
「あ…ありがとう…ございます」

 がくがくと震えながら、蒼白な表情で、奈緒はそれを辛うじて受け取った。楽譜を持つ手が震えているのを見て、母親は不審に思ったようだ。

「大丈夫ですか?」
「はい。…あの、…あの…」

 奈緒はすうっと一呼吸して、なんとか気持ちを落ち着ける。

「ほんの少しの間、これ、お借りしても良いですか? すぐに、…すぐにお返しします」

 奈緒は一刻も早くその部屋を出たかった。この部屋の中に潜む狂気から逃れたかった。怪訝に思った母親だったが、息子の死に動揺しているのだろうか、と「どうぞ」と頷く。

 部屋を出ると、母親は奥の厨房から声がかかり、奈緒は「一人で戻ります」と会場となっている畳の部屋へ足早に戻って来た。



 青い顔をして戻って来た奈緒に、先ほどの女子高校生がちらりと視線を走らせた。ローズが慌てて彼女の気を引こうとしたとき、その子は、一瞬、奈緒を見据えただけでそのまま玄関へ向かっていく。奈緒は、彼女のことなど目に入らなかったようで、無言でローズを見つめて手の中の楽譜が見えるように胸に抱えた。

 ローズは、何か奇妙な違和感をおぼえながらも目で合図して奈緒を外へ連れ出す。靴を履いて、ローズは受付とは反対側へ向かった。そちらは庭へ続く石畳が点々と続いている。

 奈緒は出来るだけさり気なくローズに近寄りながら、小声で言った。

「…この人…変です」

 額に皺を寄せてローズは奈緒を見下ろした。

「部屋の壁に…」

 そこまで口にして、奈緒は言いよどむ。ローズは、家の脇の方へ彼女を移動させて「なんだって?」と俯いて震える彼女を覗きこんだ。

 青い顔で、奈緒は楽譜をローズに手渡し、そのまま口を閉ざす。あまりのショックで、奈緒には口にも出せなかった。それで、微かに不審そうに奈緒を見つめたものの、ローズはとりあえずそれを受け取って、その楽譜に残る思念に意識を沿わせ始めた。



「えっ? …先輩…これを僕に?」

 嬉しそうな男の子の顔が浮かぶ。遺影の彼の顔だ。上気した頬、興奮した瞳、彼が心から喜んでいることが分かる。そうか、これは、何かそういう強烈な思い出の品らしい。彼にこの楽譜を手渡していたどこか青白い顔の少年の後ろに、何かのメンバーらしい…恐らく、バンド仲間だろうか? 数人の少年の姿が見える。その中の一人の刺すような視線をローズは感じた。

 しばらく、部活動での演奏の様子が続き、次に表われたのは、部屋の中でうずくまる彼の映像だった。

「イヤだ…、もう、あんなこと…」

 彼は震えながら呟き、この楽譜を投げつける。そして、次の瞬間には涙を零しながらバラバラになったそれらを拾い集め、抱きしめて泣く。

 更に場面は変わる。
 一人の女の子が寄ってたかって複数の少年たちに陵辱されている。それをカメラで撮影する少年の姿があった。悲痛な表情で、まるで汚いものを見るような恐怖の視線で。

 そして、その映像は女の子の姿が何度も変わって繰り返し現れる。つまり、複数の少女が犠牲になっているということか…?

 その光景の隅に、いつも同じ少年が笑っている。
 そう、あの楽譜を受け取る彼を刺すように見つめていた少年だった。

 最後の映像は首吊り自殺をした女の子を茫然と眺める彼の姿だった。不意に、ひらりと白い便箋が舞う。そこにはただひとこと『さようなら』と書かれていた。放心したように、彼はその子を見上げて、がっくりと膝を折る。身体中が震え、叫んでいた。頭を抱え、泣き叫び、…その子の名を呼んでいた。

 明美!…と。

 微かに背景に流れるのは、その子と一緒に通学路を歩く彼の幸せそうな姿。恐らく、その子は、篤志が想いを寄せていた女の子だったのだろうと思われた。



 次々と流れる切ない映像に、おぼろげながら、ローズには分かったことがある。

 篤志の才能に嫉妬したバンドのメンバーがいたこと。体調を壊して抜けていった先輩が、後継者として選んだのが篤志だった。自作の曲を彼に託し、先輩は去った。

 それに狂うような嫉妬をした少年。彼は何らかの篤志の弱みを握り、脅して女の子を襲う手伝いをさせた。そして、それを写真で残すことに寄って、女の子たちが訴えられないようにした。

 苦悩した篤志はいつか、もう、こんなことはしたくない、とあの少年に言い放ったのだろう。それに怒った彼は、篤志を懲らしめるために、彼の一番大事なものをめちゃくちゃにしたのだ。

 彼女の死を知って、恐らく、その原因を知って、…彼は命を絶ったのだ。後悔と謝罪と贖罪のために。
 最後の最後に、奇妙に歪んだ映像がふらふらと流れていた。

 壁にそれまで撮影した女の子たちの写真を貼り付けていく篤志。自分では訴えることも出来ない彼女たちの思い、彼自身の無念と懺悔の思い。いつか誰かがこれを見つけてくれることを祈って、彼は放心状態のまま、それらをすべてそこに貼りつけ、その上に大きなポスターを貼った。

 そして、彼は「いってきます。」と家を出る。
 彼が、身を投げる最後の瞬間に呟いたのは「明美…」という名前だった。


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『花籠』 1-11 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「チェリー…」

 狂いそうな思い出にもまれていたローズは、全身汗びっしょりになって現実に戻って来た。そして、そばに佇む奈緒を青い顔で振り返った。

「君、もしかして…写真を見つけた? 壁に貼られていた…」

 奈緒は小さく震えて頷いた。

「そうか…」

 ローズは、持っていた楽譜を奈緒に握らせ、その楽譜を母親に返してくるように言った。彼は、もう立っているのが精一杯で、家の壁に寄りかかっている。そして、知ったことがある。さきほど、焼香に訪れていた女子生徒は、あの映像の中で乱暴されていた女の子の一人だったと。

 彼女はいったい、どんな思いで篤志の死を受け留めたのだろう。

 そのまま壁に背を預けて佇んだローズは、大きく息をついて、腕時計に仕込んでいたマイクを使ってスミレに連絡を入れる。

「花篭に連絡を取りたい。犯人は故人と親しい少年なんだ」
「やはり、犯人がいるってことか…」

 分かった、とスミレが答えるのがイヤホンから聞こえた。



「これを演奏する篤志さんを観たかったです」

 そう言って楽譜を返却した奈緒は、母親に涙の浮かんだ切ない瞳で見つめられ、胸が詰まった。母親の愛を知らない奈緒。しかし、子を想う母の心を、理解出来そうに思った。どんな子どもでも愛せる母親の無償の愛。その深さに心打たれた。

 あの写真のことについて、ローズは特に言及しなかったので、奈緒にはまだ理解出来ない。あの写真の意味を。あのとき、ローズは恐ろしいほどに顔色が悪く、疲れ切っているような感じで、とても質問が出来る雰囲気ではなかったのだ。

 玄関の受付に戻ってきたとき、奈緒はさきほどローズが見かけて気を揉んでいた同じ制服の女の子にばったりと会った。さすがに、彼女もマズイ、と思った。同じ学校の生徒、ということになるのだろうが、奈緒にはその学校の情報がないのだ。

 慌ててローズの姿を探すが、どこへ行ったのかそのとき彼を見つけられなかった。

「…あの…」

 と、その子は伏目がちに奈緒に近づいてきた。

「あなた…‘情報’の子?」

 情報? 何だろう、それは…? 恐らく、学科名なのだろうが、そのとき、慌てていた奈緒にはそんなことすら思い浮かばなかった。

 心臓の鼓動が激しくなる。どう答えれば良いのだろう?

「あんまり、学校で会わないよね」

 その言葉にだけ、奈緒は辛うじて頷く。

「あなたも…もしかして、…その、あいつの…被害者なの?」

 彼女は消え入るような小さな声で聞いた。周りの様子を窺いながら。

「え…?」

 と彼女を見つめた途端、奈緒は先ほど見つけた写真を思い出した。被害者。つまりはあの写真の…!
 奈緒はなんとか時間を稼ごうととりあえず頷いてみせた。

「そう」

 彼女は少しほっとしたようだった。

「いい気味…」

 ふとその子の唇がそう動き、次の瞬間には暗い瞳で俯いていた。複数の少年たち。その中の一人だった篤志を怨んでいるのだろうか。それでも、彼の悲痛な心はどこかで届いていたのだろうか。彼女は複雑そうだった。

‘ユルサナイ’
 声が、聞こえた気がした。

 はっと彼女を見ると、その子は奈緒を見ていなかった。そして、その声自体、彼女自身の声ではない気がした。もしかして、たくさんのあの被害者の女の子たちの声を背負っているのかも知れない。その怨念のような想いの集結が、彼女をここへ向かわせたのだろうか。

「じゃ…」

 その子は、もう奈緒の方を振り向かず、そのまま足早に門を出て行った。身分を偽らずに、一人、彼女は葬儀にやってきた。その思いはどこにあるのだろう。


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『花籠』 1-12 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 ローズがやっと戻って来たとき、奈緒は茫然と門の方を見つめて立っていた。

「ごめん、とりあえず、一旦戻ろう」

 そう囁くように言って、ローズは奈緒の脇を歩き去る。

 ローズは、花篭に報告をあげ、その内容を遺族に伝えて、どうしたいのかを問うことになった。調査報告は花篭から遺族に伝えてもらうことになるので、その返答次第で二人はどう動くのかが決まる。今は一旦引くしかなかった。

 駐車場には向かわずに、ローズと奈緒は、少し離れて、スミレが車を出して追いかけてくるのを歩きながら待つ。

 やがて、会場を抜け出したスミレが車を運転して後ろからやってくるのが見えた。
 二人の脇に停まった車に素早く乗り込み、3人は急いでその場を離れる。

「チェリーボーイは大活躍だったそうだな」

 バックミラーで彼女をちらりと見つめて、スミレはウィンクしてみせる。

「ああ、助かったよ」

 ローズの言葉に、奈緒は頬を染めた。彼女の頭を軽く撫でて、ローズは車窓に視線を移した。身体の奥底で、ごそり、と闇が蠢き始めるのを感じながら、彼は眉をひそめる。

「…しかし、なんて事件だ…」
「‘竹’はなんて?」
「何も。…花篭にあげてくれるそうだ」
「難しいな。息子が一番信頼していたバンド仲間が犯人だったなんてな」

 奈緒は、そこに至って初めて「え?」という表情をした。

「犯人…って…」

 細い声が聞こえて、ローズは、ああ、と奈緒を見下ろした。

「いや、君は知らなくて良いよ。…ひとつだけ篤志くんの名誉のために教えておくけど、あの写真は彼の趣味とかじゃない。彼の懺悔そのものだったんだよ」
 


 不意に、何かがキーンと弾けるような痛みを感じて、ローズははっとする。誰かの意識が悲鳴をあげた。すれ違った車にふと視線を留めて、ローズは叫んだ。

「あいつだ!」
「何?」

 驚いてスミレはブレーキを踏む。

「あいつだ、あの少年だ、篤志くんを追いつめて殺したのは…!」

 目の前を通り過ぎた車に、喪服姿の複数の少年が乗っていた。恐らく、これから会場へ顔を出すところなのだろう。親しかったバンド仲間として。今の痛みは、ローズの中に残っていた『篤志』の叫びだったのだろうか。

「…悪い、スミレ、一旦戻ってくれないか? 名前と素性だけは確かめておきたい」
「言われなくても!」

 スミレは車をUターンさせてその車を追った。顔は映像として分かってはいても、写真とは違って他人に見せられるものではないし、いずれ、遺族がどんな決断をくだすかに寄るとは言っても、知っておくに超したことはなかった。次第に、『篤志』の意識が鎌首をもたげ、ローズは苦痛に顔を歪める。

「俺らは何度も出入り出来ない。特にチェリーは母親に顔をしっかり覚えられているだろう。スミレ、悪いが頼んだ。髪が半端に長くて一見してクールな二枚目だ。眼がやたらとイヤな感じで、人を射るように見る。あの中にそんな男は一人しかいない」

 道路脇に停めた車の中で、ローズは少し苦しそうに説明する。先に降りた少年たちは数人の群れになって歩いて向かっていた。

「…分かった」

 ちらりとローズを一瞥し、スミレは急ぐ必要のあることを知る。今度は腕章を外し、スミレは一般弔問客に混じって少年たちの後ろから入っていく。それを見送って、どこか不安そうなチェリーの様子に、ローズは苦笑いをしてみせた。

「これだけ、いろいろ聞かされていたら、だいたいの事情は分かっちゃったね、チェリー?」

 奈緒は頷き、そして言った。

「私と同じ制服の子が…あなたも被害者なの? って言ってた」
「…あの子と話したのか?」
「いい気味、って言いながら、でも、もしかして本当はそうは思えないみたいな目をしていた」

 ローズは静かに頷いた。彼の中の『篤志』が苦痛の叫びをあげる。

「彼女たちにも分かっていたんだろう。篤志くんがその意に反して利用されていただけだったんだ、ってことが」
「そうなの…」
「篤志くんは、苦しんで死んでいったんだよ。大切なものを奪われて」

 大切なもの…。
 奈緒は、ぼんやりと反芻した。
 大切なもの。それは何だろう…?

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『花籠』 1-13 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 尾方寛人(おがたひろと)。

 それが、あの少年の名前だった。彼は、気位が高く、高慢で扱い難い少年らしい。恐らく、異常な性癖も持っているものと思われる。被害者の女の子たちは、誰よりもその少年に対して恐怖を抱いていた。

 彼の異常性に気付いても、大抵の人間はそれを口にしない。尾方は、何らかの方法で他人の知られたくない秘密を探り、弱みを握るのが上手かったようだ。それも一種の才能であろう。花篭だったら、興味を示すだろうか。

 仕入れるべき情報は拾った。
 三人はまだここを離れる訳にはいかなくなり、同じホテルを手配する。スミレは途中で何度か携帯電話であちこちに電話をしていた。

 途中、明かにローズは具合が悪そうになってきた。顔色が益々青く、眼が虚ろになっている。いつもの発作だ、とスミレには分かっている。やはり、どう加減しようと死人の意識に波長を合わせるという行為は相応のダメージを食らうものなのだろう。

「そろそろ、ヤバイな。部屋に女を呼んである。お前はまっすぐ部屋へ帰れ。俺はチェリーボーイともう一部屋取ることにするよ」
「…ダメだ」
「何がダメだ。俺がこんなガキに手を出すとでも? …いや、心配なら部屋は二つ取っても良い。お前はとにかく早く部屋へ戻るんだ」

 ホテルの駐車場に車を停め、ふらつくローズをスミレは支えて立たせる。

「ダメだ、この子を一人にすると…」
「だから、今夜一晩は俺が面倒みると言ってるだろ。心配するな」

 奈緒は、二人の様子におろおろしている。二人の後ろを付いて歩きながら、彼女はローズの様子を一生懸命気に掛けていた。奈緒は、ローズの尋常ではない様子に初めて怖いと思ったのだ。今まで自分を気に掛けてくれた者が自分を見てくれなくなることを。

「チェリーボーイ、良いか? 俺が戻ってくるまでここにいろ。動くんじゃないぞ?」

 ホテルのロビーに奈緒を置いて、スミレは、ローズを部屋まで連れて行った。部屋には、すでにスミレが手配した商売女が待機している筈だったのだ。
 しかし、何の手違いか、そこには空っぽの部屋があるだけだった。

「おい、どういうことだ?」

 ローズをベッドへ下ろし、スミレは慌てて先方に電話をする。しかし、通じない。呼び出し音が鳴り続けるだけだった。

「おいおいおい、ちょっと待てよ」

 スミレは慌てた。ローズの今の様子では、もう、そんなに持たない。かなり切迫した状態だ。今回の被害者の怨念は‘後悔’と‘懺悔’という自己破滅に向かったかなり暗いものだ。人を巻き込むような呪いはないものの、精神的にはかなりキツイ類に属する。このままでは、ローズの精神状態が危うい。

 仕方なく、スミレは、片っ端から依頼を受けてくれそうな女に電話をかけまくる。しかし、仕事後のローズの状態を知っている者は、その夜の商売が成り立たなくなるのでイヤがる傾向が強い。それに、近くの宿の者じゃないと間に合わないのだ。

 スミレがあわてふためいているところに、奈緒が待ちくたびれてやってきた。

「…あの…」

 戸口に佇む奈緒の姿に、スミレはぎょっとする。

「チェリーボーイ! …バカ、お前、来るんじゃないっ」

 慌てて彼女を追い出そうとするが、奈緒は、ベッドに腰掛け、どこか朦朧とした状態のローズの蒼白な顔色を見て息を呑む。彼は今、必死に自分の内面の化け物と戦っている最中なのだ。他人の悪意や殺意、呪いや恨み、憎しみの心に同化してそれを探った後は、自らの‘闇’が引き出され、それに自我を食い尽くされないように他の刺激を求める。そこから否応なく引き剥がしてくれるより強烈なものを求めるのだ。

 闇を抱える彼だからこそ、他人の闇に同化出来る。
 彼の仕事は、命を削ることに等しかった。

「…ローズ!」

 スミレの手をすり抜けて、奈緒はローズに駆け寄る。そして、彼の腕に縋りつくようにとりすがり、「大丈夫?」と問い掛けた。‘闇’が闇を呼び、そこに微かな‘光’を求めたのだろう。

「そいつに近寄るな、チェリー!!!」

 彼女を引き離そうとしたときにはもう遅かった。手に触れた温かいものに反射的にローズの身体が反応した。ぐい、とその温かい柔らかいモノを抱きすくめ、驚いて悲鳴をあげた奈緒を身体の下に抱え込んだ。

「ローズ、やめろっ、その子はダメだ!」

 ローズの腕の中から少女の身体を救い出そうとして、スミレは彼の肩に手を掴んだ。かなり乱暴に揺すぶり、少女の手を引いた。

「離すんだ、ローズ。落ち着け!」

 奈緒は、乱暴な彼の扱いに怯えはしたものの、抱きしめられたその熱に、一瞬頭が真っ白になってそれほど恐怖は感じなかった。必死に彼女の手を引くスミレに僅かに視線を移し、きつく抱きすくめられた苦しさにぎゅっと瞳を閉じる。

「ローズ、チェリーが苦しそうだ。手を緩めてやれ! ローズ!」

 彼の身体を揺すぶり、獲物を奪おうとする邪魔がいることに、ローズは苛立った。奈緒の身体を抱えたまま、彼はスミレの手を振り向きざま、バッと振り払う。この状態に陥ったとき、ローズの意識はほとんど残っていない。そこに現れるのは夜叉、或いは修羅といった類のものだ。ヒトの心の奥底に潜む、誰もが無意識の底に飼っている化け物が彼の身体を支配する。

 普段、ローズは滅多なことで暴れたりしない。それほど腕力がある方でもなく、スミレが本気で彼を押さえ込もうとしたら簡単なのだ。

 しかし、このとき、スミレはすさまじい力で振り払われ、身体ごと飛ばされて床に尻餅をついた。

 スミレはローズの目が、もう現実の何も見ていないことに気付く。この状態になった彼を間近で見たことがなかった彼は、初めてぞっと背筋が寒くなった。真っ暗なものがどろどろと彼を覆っている。それは煙のような、オーラのようなものではなく、むしろ、いくつもの頭を持った蛇が彼の身体に巻き付いているようだった。

「チェリー…」

 スミレは、ゆっくり起き上がりながら、ローズに組み敷かれたまま服を引き裂かれていく少女に声を掛ける。泣き叫んで暴れそうなものだが、彼女は何故かそうしなかった。

「聞こえるか、チェリー?」
「…ぅ…ぁっ」 

 小さな呻き声が聞こえるが、小柄な彼女はローズの腕の中にすっぽり収まってしまい、顔も見えない。

「この状態で、お前を救い出してやることは正直、難しい…。それに、実はお前を引き離してしまったら、ローズがヤバイんだ」

 スミレは壁際に立ち、静かに言った。

「俺が、ここで監視してやる。お前を壊してしまわない程度のところでなんとか加減するから。…悪いが、今日は我慢してくれ」
 

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『花籠』 1-14 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 翌朝、ローズは鈍い頭痛と共に目覚め、腕に何か柔らかいものを感じた。特に深い考えもなくそれに視線を落とし、そこに青い顔をして眠っている少女を見つけて愕然とする。

「…え? …チェリー…?」

 彼女の身体は、首筋から胸元にかけて紅い花が散らされ、腕や手首には押さえつけられたような痣がうっすらと残っている。頬に幾筋もの涙の跡があり、はっとして身体を起こすと、シーツには血の染みが残っていた。

「…おい」

 ローズは、もう一つのベッドで、こちらも死んだように眠っているスミレに声を掛ける。

「おい!」
「…なんだよ。…今、何時だ?」

 まだ目を閉じたまま、スミレは呻いた。手が、だるそうに枕元を探り、時計を掴むとそれを顔の前に持ってきて、半分だけ目を開ける。

「なんだ、まだ6時前じゃないか」

 スミレはそのまま再度眠り込もうとする。奈緒の身体に毛布を掛け直しながら、ローズはそろそろとベッドを出る。そして、スミレのベッドにふらふらと座り込みながら、彼の身体を乱暴に揺する。

「おい、これはどういうことだ!」
「…なんだよ、頼むよ、結局、俺らが眠ったのは3時くらいだぞ?」
「どういことなんだっ」

 ローズは混乱していた。ホテルに着いてからの記憶はほとんどない。大抵、その夜を共にした相手のことも覚えてない。彼女らはコトが済めば帰ってしまうので、相手が誰か知ることもない。

「…この子と、他に部屋を取るんじゃなかったのか…?」

 昨日の僅かに残っている記憶を手繰り寄せながら、ローズはスミレの身体を揺すぶり続ける。

「ちょっと手違いがあって…」

 スミレは、目を開けずにもごもごと言う。

「何だって? おい、俺は…俺は、この子を抱いたのか?」
「大丈夫だよ。俺がずっとそばにいた。最悪の結果だけは回避したよ。大丈夫、生きてるだろ?」
「生きてる?」

 慌ててローズは、奈緒のそばに寄り、微かな呼吸を確かめる。頭の中は混迷を極め、身体が震えていた。
 役に立ちたい。必要とされたい。ここに居て良いと言って欲しい。

 ずっとずっと奈緒の目が、そう言ってローズを見つめていた。視線を感じて振り向くと、気付いてくれたことにぱっと嬉しそうな顔をする少女を、複雑な思いで見つめてきた。

 罪もない子どもが、目の前で殺されるのを黙ってみていられずに思わず買い取ってきた。早く言えばそれだけだった。

 もともと、花篭は、趣味で仕事を選ぶ酔狂な男だ。えげつない殺人や金目当ての犯罪は断る傾向があった。だから、ローズ自身、反吐が出るような犯罪に手を貸すこと自体が少なく、仕事として与えられる役目にそれほど嫌悪を感じることがなかった。

 他人の闇を垣間見る能力自体、温かさを求める人間だからこそ、神が与えたモノであろう。

「…おい、どうしたんだよ? お前、また発作か?」

 蒼白な表情で少女を見下ろしているローズの様子に気付いて、スミレはやっと身体を起こす。

「なんで、止めなかった…」

 ローズの声は震えた。

「止めなかったと思うのか?」

 スミレは、ため息をついた。

「俺を殺してでも止めろ!」
「バカを言うな…」

 スミレは少し驚いて、少女を見下ろして茫然と立ち尽くすローズを見つめた。

「いったいどうしたんだ、ローズ。大丈夫だ、その子は眠っているだけだ。しばらく動けないかも知れないが、それは疲労に寄るものだ。すぐに回復する」
「なんで、止めなかった…!」
「ローズ、あの状態のお前を止められると思うのか?」

 スミレは昨夜の彼を思い出し、眉間に皺を寄せる。いや、実際、不意をついて背後から力ずくで押さえ込むことが出来なかった訳ではなかったかも知れない。しかし、そんなことをしたら、ローズの精神は間違いなく崩壊してしまっていたのだ。

 ローズは、ふらふらとその場に膝をついた。

「…こんな…こんな目に遭わせる為に連れてきた訳じゃなかったんだ…っ」

 奈緒の小さな手をそっと握って、ローズは呻いた。その打ちのめされた彼の様子に、スミレは黙った。そして、頭を抱えてうなだれ、呟いた。

「そんなこたぁ、分かってる。…悪かった、俺のミスだ」


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『花籠』 1-15 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 昼近くになって、ようやく‘竹’の店主から連絡が入る。

「撤収だ」

 それだけで、二人はすべて理解した。あの母親は、復讐を諦めたのだろう。同じ、子どもを持つ親として、その子の親にも同じ思いを味合わせることに躊躇いを感じ、連鎖を止めることを選んだ。

 篤志が思いを寄せていた女の子は、お互い、まだほのかな想いを抱くに留まっていたため、周囲の誰も知らない付き合いかった。だから、その子が自殺をした事件を聞いても、家族はそれが原因で息子が死を選ぶほど絶望したことも知らなかった。

 自分と関わったことで、彼女は壊された。その思いに篤志は苛まれ、今まで同じように傷つけてきた多くの女の子の憾みを身を持って知った。

 攻撃は、それを強要した相手ではなく、自分へ向かった。
 優しい子だったのだ。

 母親に、すべて話したのかは分からない。しかし、恐らく、彼女は法的に相手を罰する道を見出しただろうと思われる。証拠の品は、息子の部屋の壁に貼られてあった。
 そして、あの日葬儀に現れた子が証言台に立ち、罪は立証されることとなる。



「ナオちゃん…?」

 奈緒は、その声にぼんやりと目を開けた。そこに、ローズの傷ついたような悲しい瞳を見て、彼女はほっとした。
 良かった。彼はまた私を見てくれる…。
 彼の腕に縋りつきたかったのに、腕が重くて持ち上がらなかった。

「ごめん…」

 謝られて、奈緒は、ふと不思議そうな顔をした。どうしたの? と聞きたいのに、声が出なかった。

「そろそろ時間だ」

 スミレの声が聞こえた。その声を聞いて、奈緒はようやく昨夜のことを思い出した。
 …ああ、だから、身体が重いんだ。

 恐怖、よりも、痛み、よりも、ローズの内側から聞こえる叫びのようなものに奈緒は怯えていた。狂ったように奈緒の身体を貪る彼の、その夜叉の瞳に魅せられた。自分の中にも、それに呼応するものがある、と熱い身体に抱かれながら奈緒は感じていた。

 『闇』の存在を。
 今の、優しいローズよりも、夜叉の光を宿した彼により惹かれている。そんな気がした。



「どこまで送れば良い?」
「ああ…、しばらく田舎に潜むよ」
「田舎ぁ?」
「東北方面へ頼む。適当な駅で降ろしてくれ」

 スミレはちらりと二人を一瞥し、頷いた。

「東北はもう寒いだろうな」

 親子というよりは恋人同士のように寄り添う二人のフォルムに僅かな羨望を抱いて、スミレは呟いた。
 


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『花籠』 1-16 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「よう。久しぶりだな」

 それから数ヵ月後、冬も半ばが過ぎた頃、スミレが、二人の隠れ家を訪ねて来た。大分、二人の生活が落ち着いてきた頃だった。東北はもう雪に埋もれて一面真っ白だ。

 ここは、『花籠』東北の拠点である‘梅’の店がほど近い山の麓。避難小屋のような造りのこの建物は、以前は集落の公民館、集会所のような役割だったが、人口が減り、祭りや行事が途絶え、その機能を失った。それを‘梅’の店主が買い取り、住居として改築したものだ。

 それを、あの日、不意にこの土地を訪れたローズが‘梅’から借り受けた。

 奈緒は出会った頃よりずっと健康的に太ってきた。見違えるほど女性的な体型になり、もう、機会があったとしても男の子の振りは出来そうにない。短く切られた髪も大分伸びて、どこか怯えてばかりだった瞳にほんの少し‘女’の甘い光が宿るようになっている。

「チェリーボーイ? すっかり女の子らしくなったじゃないか」

 入り口を入ってすぐのダイニング兼リビングの部屋で、ローズがパソコンをいじって仕事をしている傍らで、屈み込んで暖炉に薪を放り込んでいた奈緒は、久しぶりに聞く声にぱっと振り返った。

「スミレさん!」
「いや、さん、はよそうぜ。それこそ、女みたいだ」

 苦笑して、スミレは空いている椅子に腰を下ろす。そこは中央に木製のテーブルがあり、それを囲むように数個の椅子が並んでいる。壁際に書斎机が置かれて、そこはパソコンやプリンターなどが並んだローズの仕事スペースになっていた。暖炉はそのまま竃の役割も果たし、上には常にやかんがお湯を沸かしている。

 奥にはキッチンのスペースとお風呂場があり、更に奥には寝室がある。

「ままごと夫婦みたいな生活してるんだな」

 ローズは相変わらず、背中を向けたままで不機嫌そうに呻く。彼は、スミレの気配はここに入ってくる前からすでに感じていた。そして、変わらない態度で勢い良く扉を開ける様子まで手に取るように分かっていたのだ。

「大きなお世話だ。何か用か?」
「花篭から、連絡来てないのか?」
「ないね」

 奈緒は、コーヒーを淹れながら、棚からソーサーを取り出している。

「あ、チェリーちゃん、俺には砂糖とミルクも頼むよ」

 パソコン画面を閉じて、ローズはやっと振り返る。

「俺も必要なのか?」
「ああ。あっちの件らしいよ」
「冬場はあまり関わりたくない世界なんだがな」
「季節に関係あるのか?」
「幽霊は夏に出るものと相場が決まってる」

 ははは、と豪快に笑い飛ばし、ふと思い出したように、彼はコーヒーを運んできたチェリーに向き直った。

「そういえば、チェリーボーイ、‘梅’の店主んとこで修行してるんだって?」
「え? …あ、そのぉ…」

 奈緒はきまり悪そうにちらりとローズに視線を走らせた。奈緒からカップを受け取ったローズが、じろりと彼女を睨む。

「え?」

 スミレは二人の顔を交互に見て、事態を把握する。

「あらら~…もしかして、内緒だった…?」

 瞬間、空気が冷えて固まった。

「チェリー、君はもう出かける時間だろ?」

 ローズに言われて、奈緒は慌てて部屋に戻っていく。その後ろ姿が完全に消えてから、スミレはこっそり口を開く。

「なんだよ、反対してるのか?」
「当たり前だろ。女の子だぞ、あれは」
「そりゃ、そうだが、お前、あの子にコードネームを与えたじゃないか。俺は、いずれ組織に入れるもんだと思ってたが」
「バカ言え。仕事の手伝いはあのときが最初で最後だと言い渡してある」

 ローズの目に、まるで娘の行く末を心配する父親の情を見つけて、スミレは唖然とする。

「いったいどうしたんだよ、ローズ。お前には縁(エン)も縁(ユカリ)もないガキだろ? しかも、結局、チェリーはお前にとっては‘女’じゃないか」

 ローズはちらりとスミレを睨み、口を閉ざした。
 そのとき、奈緒が、着替えを済ませて奥の部屋から出て来た。コートを着込んで手袋をはめて、彼女は不穏な空気が漂う二人の様子にちょっと怯えた視線を走らせる。

「…行ってきます」
「ああ。気をつけて」

 ローズは言い、「また、あとでな~」とスミレがにこやかに手を振った。奈緒は、二人の様子を気にしながらも扉を開けて外に出て行く。パタン、とドアの閉る音が響き、スミレは張り付いていた笑顔を解き、ローズに向き直った。

「…で、ちなみに、チェリーはどこへ行ったんだ?」
「‘梅’の店でアルバイトだよ」
「なんだ。じゃ、知ってるんじゃないか」

 ローズは一瞬スミレを睨むように見据えて、カップのコーヒーを飲み干す。

「俺が許可したのは、店で在庫整理や管理の手伝いをする‘アルバイト’だけだ」
「…厳しいパパだな。でも、結局チェリーがこの世界に関わるきっかけを与えたことには変わらんだろうが」

 尚も憮然とした表情のローズに、スミレはむしろ「こりゃ、おもしろいわ。」と顔には出さずに笑う。組織に関わることは、当然、花篭に連絡が入るから、スミレはその情報を‘竹’から得て、「へええ~っ、女の子が入ると俺らも世界が華やかになるなぁ!」と笑顔で答えてきたのだった。

「まぁ、チェリーボーイのことは良いよ。とりあえず、‘梅’の店に、今回頼んでいた品が届いている筈だから、俺、取ってくるわ」

 立ち上がったスミレを冷たい目で見つめ、ローズは言った。

「俺は引き受けるとは言ってない」
「えええ??? いやいや、ちょっと待てよ。お前がいなかったら仕事にならんよ。頼むよ、ローズ」

 ふい、と視線をそらしてローズはパソコンデスクに向き直る。

「待て待て待て! …お前、そんないい加減で良いのか? もう、仕事まわってこなくなるぞ?」

 言いながら、まったく説得力がない言葉に自分自身で呆れ、スミレは更に慌てる。

「分かった! チェリーに、もうこれ以上この世界に関わるな、と言い聞かせてくる! それで良いだろ? 頼むよ」
「お前に説得されるような子じゃないよ」
「いやいや、けっこう俺はあの子に信頼されているぞ? 何しろ、お前との情事を一部始終見ていたのは…」

 ぎろりとローズに睨まれ、スミレは口を開いたまま固まる。そういう下品な話題を、この男は嫌うんだった。

「いや…あれだ、その…この世界の厳しさをだな、こう…」

 既に、何を言っているのか分からない状態になっているスミレをちらりと一瞥し、ローズは立ち上がる。

「ちょ…っ、ちょっと待て! おい、どこへ行くんだ!」
「生理現象」

 ……。

「あ、ああ…」

 スミレはあんぐり口を開いたまま、再度椅子に腰を下ろした。


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『花籠』 1-17 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「へい、チェリーボーイ」

 ‘梅’の店に品物を受け取りに来て、スミレは店の奥にいる店主に挨拶をし、店頭で店番をしている奈緒に笑いかけた。‘梅’の店主は50代半ばの女性だ。彼女は、この世界の住人にしては珍しく、奈緒を気に入って雇ってくれている。大雑把でいい加減な彼女は、商品管理がなかなか苦手で、それを細かく丁寧にやってくれる奈緒を重宝していたのだろう。

 普段、この店は雑貨屋を営み、一般人相手にも商売をしている。奈緒はその看板娘になりつつあるようだ。
 エプロンを付けてレジの前に立っている奈緒に、スミレは情けない声をあげる。

「あまりローズの神経を逆撫でしないでくれるか?」
「…え?」

 用意していた商品を手渡しながら、奈緒はきょとん、と彼を見上げた。

「仕事を引き受けてもらうのに、今までかかったよ…」

 ぐったりと疲れ切っているスミレに、店主はタバコをふかしながら笑った。

「バカだね、あんた。あいつにとって、この子は地雷のようなもんだよ。ついうっかり触って『どん!』と雷を落とされたんだろ」

 豪快に笑われて、スミレは、はあぁぁ、とため息が漏れる。奈緒が、‘梅’の店主に経過を話してあったのだろう。

‘竹’の店で聞いた情報に寄ると、奈緒が‘梅’の店主に頼み込んでこの世界の基本を訓練してもらっているらしいという。つまり、仕事を手伝えるだけの身体能力を身に付け、防衛、攻撃の基礎を剣道や合気道を通じて叩き込んでもらっているということだ。それに毒薬の知識や調合技術など、何が得意なのかを見極めるまでいろいろ知識を入れてもらっているとのことだ。

「ご店主。あんたもあんただよ。なんで、この子の依頼を引き受けたりしたんだ。お陰で、俺は今回、ほぼただ働きだ」
「何を言ってるやら。そんなのこっちには何の関係もないことさ。だいたい、この子がローズと一緒に暮らしている限り、それだけで十分に危険だ。身を守る方法やある程度相手を脅す方法は知っているに超したことはないね」
「…それだけじゃ、ないんだろう?」
「まぁねぇ。それは、あたしとこの子との契約だ。他人の口出すことじゃないよ。選ぶのも決めるのも、結局は本人だからね」

 どこかハラハラしながら二人の会話を聞いていた奈緒は、ごめんなさい…とスミレに頭を下げる。

「あいつは、ことチェリーボーイのことになると、どうしてか熱くなるんだよな。よっぽど、お前が可愛いんだろうなぁ」

 あ~あ、とスミレは恨めしそうな視線を二人に投げて、トボトボと仕事に向かっていった。


 
 その夜、ローズは家に戻ってこなかった。

 仕事先が首都圏だったこともあるだろうが、仕事後の発作のために戻ってこられなかったのだろう。奈緒が一緒に手伝ったときから、ローズはその系統の仕事は請けていなかった。奈緒が一緒であることを考慮し、軽い失踪人探しのようなものを占い感覚で情報提供するくらいがせいぜいだったのだ。

 まだアルバイトの時間中に、スミレから‘梅’に連絡が入り、一晩、奈緒を預かって欲しいと言われ、彼女は渋々引き受けた。

「今日は、ローズは戻らないそうだ。あたしんとこに泊まれってことだよ」

 店主に突然そう言われて、奈緒はひどくショックを受けた表情をした。

「え…、今日…帰って来ない…ですか」
「心配しなさんな。あの二人はプロだ」

 のんびりとタバコをふかす店主の横顔を見つめ、奈緒は小さく息を吐いた。
 怒っているのだろうか。反対されたのに、まだ続けていることを。
 奈緒は身が竦むような心細い気持ちになる。彼に嫌われたら、見捨てられたりしたら、奈緒は行くところなんてなかった。

「バカだね。心配することないよ。仕事が終わったら明日にでも土産を持っていそいそ帰ってくるよ」

 店主は長い黒髪を揺らしてくすくす笑った。とても50を過ぎているとは思えない妖艶な笑みで。


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『花籠』 1-18 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「お前…チェリーを構いすぎだぜ、ローズ」

 翌日、東北へ戻る路上でスミレは助手席のローズを横目でちらりと見る。今回の仕事は、結局、復讐までを請け負ってのなかなかヤバイ現場になり、彼らは終了次第、早々に引き上げた。宿を岐路の途中て取ったので、もう半分の距離は戻っていた。あと数時間で高速は下りる。その後、ローズの借家のある山の麓まで1時間ちょっとだ。

「何のことだ」

 どこか憮然とした表情になって、ローズは不機嫌な声を出す。

「好きにさせてやれよ。あの子だって、何にも考えてない訳じゃない。ガキでも‘女’だ」
「俺は、あいつの親代わりだ。心配して何が悪い」
「はあ? …だって、抱いてるんだろ?」
「あの子には指一本触れちゃいないよ」
「ええ? しかし、あの家、寝室がひとつしかないだろ?」
「ベッドはもう一台買った」
「じゃ、それまでは?」
「俺はソファで寝てた」

 スミレは呆れた顔をして相棒を見つめる。

「…お前。…チェリーが不安になるのは、だからだよ」
「どういう意味だ」

 ローズは眉間に皺を寄せる。

「親だったら、添い寝のひとつもしてやるだろうし、それ自体別におかしいことじゃない。あの子はそういうことに飢えている。そうじゃなかったら抱いてやれよ。あの子はお前に恋してるじゃないか」
「何を言ってる…」
「お前が親でもない、男でもない、中途半端にあの子を構うから、チェリーは不安になってお前との関わりを欲しがるんだろうが。この世界に関わって、何かでつながっていないと、不安で仕方ないんだよ」

 ローズは反論しようと口を開きかける。

「まぁ、聞けよ。チェリーは、お前に恋してる。それは紛れもない事実だ。本人が気付いてるかどうかは知らない。だけど、俺はお前らが知らないことを知ってるんだよ」
「何のことだ」
「言ったろ? あの夜、俺はあの場にいたんだ。お前がチェリーを抱いた夜。あの子は、最後まで決してお前から逃げようとはしなかったし、泣き喚いて俺に助けを求めたりもしなかった。怯えてはいたが、お前を見上げる目はむしろ‘女’の目だった。お前になら、何をされても良いと思ってたんだろ」

 ローズは呻いた。

「本当だぞ? あの子ももう覚えてないかも知れないが、チェリーは、自ら選んでお前に抱かれたんだ。決して無理やりじゃなかった。それだけは断言する。…まぁ、他人の情事をあんなに息を詰めて監視するなんて、俺も滅多にない経験をしたがな」

 最後にはにやりと笑って、スミレは押し黙ってしまった相棒をちらりと見た。

「良いと思うぜ、俺は。あの子は、良い子だし、一生懸命だ。頭も悪くない。お前の良いパートナーになれるよ」
「…この世界に引き込むつもりはない」
「じゃ、もう開放してやれ。お前がそばにいちゃ、あの子は他の男なんて目に入らない」

 ローズは、もう何も言わなかった。

 今回、ローズは仕事のついでにあの空き家に戻り、袋に詰め込んだまま放置していた奈緒の制服を処分してきた。そのとき、ふとこぼれ落ちた生徒手帳に、彼女の本名を知った。

『三上奈緒』
 そして、誕生日が真夏だったことも。

 ローズは、自分の正確な誕生日を知らない。親の顔も知らない。彼は孤児で、施設で育ち、この組織に拾い上げられたのだ。

 親の愛を知らないから、彼は愛を求めない。そして、他人に執着を抱くこともなかった。
 それなのに、この思いはなんだろう?

 今、スミレに、彼女をもう解放してやれ、と言われて、彼は愕然とした。
 奈緒がいつかいなくなってしまうことを、彼女を失うことを、ローズは考えたことがなかったのだ。



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『花籠』 2-1 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 ときは遡る。
 12年前の春の夜半過ぎ。

 小さな平屋の一軒屋。玄関を入ってリビングのソファの傍ら、その子はほぼ無表情で一部始終を見つめていた。かつて白かったであろうその壁は赤茶色に煤け、壊れかけたテレビと壊れそうなテーブル、乱雑に散らかったその6畳ほどのスペースでたった今行われた惨劇。

 まだ5歳に満たない幼いその少女は、茫然、とその男を見上げた。

 辺りにはおびただしい血が飛び散り、目の前には男と女が息絶えていた。少女の身体には痣やヤケドの跡があちこちにあり、今もまさに殴られて頬を腫らしていた。

 その、ついさき程まで少女に暴力を振るっていた男女は既に絶命し、殺人者は、ゆらりと少女に近寄った。

 窮屈なワンピースを着せられて、ろくに食事も与えられていなかった彼女は、ナイフを左手に持ち替え、すうっと右手を伸ばしてきた相手から、反射的に身を引いた。

 殺される…、という明確な恐怖はなかった。ただ、ヒトの手が、温かい優しいものだと彼女は知らなかった。それは彼女にとって苦痛を与えるものでしかなかったから。

「お母さんにそっくりだな、お前」

 殺人者は、たった今喉を切り裂いた女の遺体を見下ろして、そして、ゆっくりと屈みこむと、手袋を外して少女の頬に手を触れる。

「大きくなったら良い女になるだろうな」

 くい、と少女の顎を持ち上げて、彼は笑った。
 その手の生暖かい感触に、少女はぴくりと身体を震わせ、背筋が変に粟立つのを感じる。

「良い子だ。大人になったら迎えに来るよ。俺の女になれ。そう約束したら助けてやる。それまでは、ここで見たことはすべて忘れるんだ。君は何も見ていない。良いね?」

 くすくす笑って、少女の頭を撫で、彼は立ち上がる。狂気の光を宿していないところを見ると、単なる冗談だったのだろう。目撃者を殺さずに放っておいたのは、相手があまりに幼かったことと…。

 親からひどい虐待を受けていたことが明白だったこと。
 口封じに殺すにはしのびなかった。

 それに、彼は一見して誰と分かるような格好はしていなかった。瞳だけを覗かせたフードをかぶり、全身黒尽くめ。この子がどんな証言をしたとして、彼に辿り着くことは不可能だと思われた。

 男は入ってきたときと同様、風のようにすうっとその部屋から消えた。
 少女は、茫然と、その場に座っていた。
 異変に気付いた近所の人が、翌朝助けに来るまで。




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『花籠』 2-2 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「殺人現場を見られただぁ?」

 アカシアが素っ頓狂な声を上げ、牡丹とアイリスがシーッと慌てて彼を制す。
 当のジャスミンは浴びた返り血をシャワーで洗い流しながら、鼻歌を歌っている。

「誰に見られたって?」

 アカシアは、このグループのリーダーで40代半ばの剣術士。体術で、相手に致命傷を与えることも、動けなくするだけのことも出来る。見た目は多少目がきつい程度のその辺のサラリーマンと変わりがない。スーツを着て通勤電車に乗っていればそれほど違和感なく受け入れられるだろう。

 牡丹は19歳の男の子。人の好さそうなごく普通の少年だ。どちらかと言えば好男子の部類であろう。細面で鼻筋がすうっと通っている。そして、普段は目元がとても優しい。蛇使いという特技を除いては、彼は普段は大学生で、仕事が入れば召集される。

 アイリスはチームの中で唯一の女性。年齢不詳だが、30代半ばと思われる。彼女は毒薬の調合士だ。相手の体格や体重などを判断し、どのくらいの時間でどの程度効かすのかを調整できる。

 そして、ジャスミンはナイフ使い。25歳の格闘家で、彼のナイフ裁きは舞いのように華麗だ。

 仕事を終えて帰ってきたジャスミンと、次回の大きな仕事のために直接指示をもらいに出かけたアカシアがたった今戻って来たところで、今日は4人全員が勢ぞろいしている。

 ここは、アカシアが所有の古びた一軒屋で、現在ヒトは住んではいない。たまに彼が塒に使う程度で、ほとんど一箇所に留まらない彼の隠れ家のひとつだ。

 玄関を入ったすぐの、一見リビングのような生活空間。その中央にあるテーブルの周りに適当に並べられたソファにそれぞれが座っていたのだが、いつになくご機嫌で帰ってきたジャスミンが、バスルームに消える間際に爆弾発言をして行ったのだ。

 彼らはローズやスミレと同じ。依頼を受けて仕事をこなす。中でも特出した殺人のプロだ。
 その、仕事を誰かに見られたなんて洒落にならない。

「珍しいですね、ジャスミンが失敗なんて」

 牡丹は傍らに座るアイリスに視線を走らす。彼は扉に背を向けた位置に座っていたので、扉は見えていない。バスルームは部屋の入り口に位置し、二人ともジャスミンが帰ってきた気配を背後に感じ、仕事を見られた子を連れてきちゃったよ、と一言残してバスルームの扉の中に消えた彼の言葉を「えええっ?」と聞いただけだった。

「失敗っていうのか…、今、どうもその目撃者と今仲良くシャワー浴びてるらしいんだけど」
「はああ? いったいどういうことだよ、それ! だいたい、どういう状況でそんなことになったんだ?」

 アカシアがイライラと口を開いたとき、バスルームの扉が開いて噂の本人が出て来た。

「あ、アカシア、おかえり~」

 バスタオルを腰に巻いたまま、ご機嫌に頭を拭きながら出てきたジャスミンと、彼にまとわりつくように一緒に出てきた女の子を見て、一同は唖然とする。ジャスミンがバスルームに消える瞬間を誰も見ていなかったのだ。まだ10代後半…程度の、若い女の子がやはり同じようにバスタオルを胸に巻いて、怯えているというより、むしろきょとんとあどけない表情でジャスミンの背後に隠れるように立っていた。

「ジャ…ジャスっ、なんだ、それ…」

 さすがにアカシアも一瞬言葉を失う。

「ええと、だから目撃者だよ」

 ごしごしと頭を拭きながら、彼の顔はタオルに覆われて見えなくなる。女の子はどこか興味深げに茫然と二人を見つめる3人を観察する。そして、不意ににこっと微笑み、ジャスミンの腕にしがみついた。

「何やってるんだ? お前。ど、…どうするんだよ」
「とりあえず、逃げられないように鎖でつないどこうか」
「アホか。トイレや食事はどうするんだ?」
「…じゃあ…」
「っていうか、どうして連れて来ちゃったの?」

 ようやく息をついて、呆れたように彼を見つめたアイリスの声色に、ジャスミンは屈託なく答える。

「この子は依頼に入ってなかった」
「それは…そうだろうけど、見られたら…」
「この子はさ、俺のターゲットにレイプされかけてたんだよ。やつは、この子の目の前で血まみれになって息絶えたんだ~」
「げっ! …何、それ? 最悪~!」

 ジャスミンは、にこりと彼女を見下ろし、どこかぼんやりしたままの彼女の顔をくい、と自分に向けさせる。小柄な彼女は、それでも18歳だという。肩までの髪の毛がさらりと揺れ、瞳には何の色も浮かばない。

「名前は李緒ちゃん。あの施設をようやく出て、これからってときに捕まったらしいよ。あの屑の施設長に」
「施設の子をレイプして売春させてたって、マジに本当だったわけね」

 アイリスが、軽蔑したような冷たい口調で言った。

「そう。ゴミ掃除してきたってことさ」
 

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『花籠』 2-3 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 慈善施設を名乗っている私設の孤児院。まったくの身寄りのない子ども達を入所させているそこは、子ども達を親や親戚に会わせる必要もなく、誰に内情を説明する義務もないため、裏ではかなり酷いことになっているらしかった。入所している子ども達を不法に働かせたり、売春をさせたり、ポルノ映画に売ったりと、やりたい放題だったと言われる。

 しかし、それを知るのは中の人間だけ。売っている側と被害者である子ども達だけだ。そして、そこは知的障害を持つ子や、日常的な虐待に寄る心に傷を持った子たちが多く、施設を逃げ出したら生きていけない子ども達ばかりで、なかなか被害が公にならなかった。

 今回、花篭に助けを求めたのが、そこの卒業生だった。
 性的虐待を受けながらもそこを卒業し、一生懸命働いて貯めたお金で、彼女は後輩たちを救って欲しいと組織の噂を人づてに聞いて依頼してきた。

 狙うのは施設長のみ。
 彼が殺されたら、他の職員もその意味は分かるだろうと。

 依頼料の相場には到底及ばない金額だったが、龍一は貧乏人からはあまり金額にこだわらずに引き受ける癖があった。彼が欲しいのはむしろ、仕事を請け負う明らかな理由だ。彼女がそれまで貯めたすべてのお金で依頼してきたとき、彼は仲介してきた‘竹’の店主に承諾する旨を伝えた。

 そして、出来るだけショッキングな殺しを、ということでジャスミンが選ばれた。

 その日、下調べもほとんどなしで、さっさと仕事に向かったジャスミンが施設長の私室を訪ねたとき、彼は施設の少女を一人部屋に連れ込んでいた。

 泣き叫ぶ少女をベッドに組み伏せていた中年のオヤジは、鍵のかかっていた筈の扉が音もなく開いた気配に、ぎくりと驚いて振り返った。そして、立ち上がって相手の顔を確認する間もなく、次の瞬間には喉元から血が噴出していたのだ。

 まるでストップモーションのように、声もなくゆっくりと倒れていく男を、少女は茫然と眺めていた。半分引き裂かれた服と、涙の浮かんだ瞳で。

 殺人者は、倒れた男には目もくれずに、すっと彼女に視線を移した。ほんの一瞬、ぴくりと彼女は反応を示し、その瞳に恐怖の色が宿った。近づく男の気配に、僅かに後ずさる。悲鳴を上げる気には何故かならなかった。

 見据えられたまま身動きすら取れなくなり、彼女はまるで感情のない冷たい男の目を吸い寄せられるように見つめ返した。

 殺人者は、ふと足元に散らばる個人カードを手にし、数枚を拾い上げてその中の一枚をじっと見つめる。それにはぼんやりとした白黒の写真が貼ってあった。ぼやけた写真ではあったが、個人の識別は可能だ。

「…土岐田李緒。18歳?」

 少女に視線を移し、彼は微かな笑みを浮かべる。ぞくりと彼女の背筋に冷たいものが走った。すうっと男の手が首筋に伸び、一瞬彼女は目の前がぼやけ、ある映像が重なった。

「…っ!」
「見たことは忘れて、って言っても無理だよねぇ」

 片手で李緒の首を捕え、男は目を細める。瞳の奥の光が暗く宿り、決して彼は笑っていないことだけが分かった。
 李緒は、見上げたその殺人者の瞳に、その空気に、強烈な郷愁のような、奇妙な感覚を得た。
 それはまるで‘憧れ’のような…‘恋’のような。

「…誰?」

 血しぶきを浴びた手で、頬を撫でられ、李緒は一瞬意識が飛びそうになった。嫌悪でも恐怖でもない。何か恍惚とした感覚が彼女を支配し、視界が真っ白に霞んだのだ。

「誰?」

 李緒は男に繰り返す。

「俺? 聞いてどうするの?」

 黒尽くめの男は笑う。不意に瞳に光が宿る。

「とりあえず、一緒に来てもらうかぁ」

 李緒はその甘いテノールの声にぴくりと反応する。そして、まるで何かに操られるようにゆっくりと頷いた。


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『花籠』 2-4 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「…で?」

 アカシアは、憮然と腕を組む。

「どうするんだ?」
「俺もよく分からないんだけどさぁ、なんか、懐かれちゃって」

 ジャスミンの胸までしか身長のない少女の頭をくしゃくしゃと撫でながら、彼は困ったように笑ってみせる。李緒は、どこかぼうっとした表情でジャスミンとアカシアを交互に見つめていた。

「この子…ちょっと記憶障害のようなものがあるらしいんだ。個人票に書いてあったけど」
「はあぁぁ?」
「…どうしようね?」

 にこにこアカシアを見つめるジャスミンに、アカシアの怒りが爆発しそうな気配を感じて、牡丹が慌ててフォローを入れようと試みる。

「あ、あのさ…ほら、今すぐ帰してくれば分からないんじゃ…」
「そうだよねぇ。…まぁ、施設は今大混乱だろうからね。それに乗じて…」

 ジャスミンの考えなしの台詞に遂にアカシアがキレる。

「誰がその子を殺人現場まで送り届けるってんだ! 行った途端、待ち構えている警察に捕まるのがオチだろうがっ! だいたい、コロシの現場を見られているんだろう? 目撃者なんかつくるやつがあるかぁっ! そんな初歩的なミスをなんで今さら犯したんだっ」
「う~ん、ほら、あんまり好きじゃないんだ、俺。変態オヤジって」
「言い訳にすらなっとらんわっ」
「だって、リーダー、どうする? 目の前で女の子が犯されかけてたら。気持ち悪くない?」
「バカタレっ、それとこれとは話が違う! 仕事は仕事できっちりやれ!」

 だから、仕事はしたんだけど…と、ジャスミンは肩をすくめつつ適当にその辺から服を引っ張り出して着替えを始め、李緒の肩にはガウンを着せ掛ける。

 この家は、よくこうやって集まる空間なので、ジャスミンに限ってではあるが、着替え程度は適度に置いてあったのだ。アイリスはもちろん、人前で肌をさらしたりは決してしないし、牡丹は実家がそれほど離れていない。

「仕事ってのは、後始末も兼ねているだろうがっ、一体、なんだ、今日のそのお粗末さは!」

 おろおろする牡丹と額に青筋を立てて怒鳴り散らしているアカシア、そして、相変わらずのんびりとしたジャスミンの声に呆れながら、アイリスが大仰にため息をついた。

「どうでも良いから、怒鳴るのやめてくれる? 後始末は本人に任せて、もう一個の仕事の話に取りかからないとマズイでしょう?」
「え? 任せられたら困るよぉ、俺」
「連れてきちゃったのはあんたなんだから、なんとかしてよ」

 目撃者の存在に興味を失ったらしいアイリスは、ソファで一人、マニキュアを塗り始めていた。牡丹もそろそろと二人の間から抜け出して壁際に寄る。

 アカシアはまだ頭から湯気を出しそうな険しい表情のままだったが、最後にぎろりとジャスミンを睨んで、腕を組みなおしてソファにどっかりと腰を下ろした。

「始末はつけろ。早々に!」
「ええ~…?」

 かなり残念そうに、ジャスミンは李緒の頭を抱き寄せて耳を塞ぐ。どこか虚ろな瞳の少女に、だけどそんな会話を聞かせたくはなかったのだろう。

「殺せってことかい? せっかく苦労して連れてきたのにな。…そうだ、牡丹、君の彼女にしないかい?」
「僕は、年下はあんまり」

 牡丹はにこりとジャスミンを見つめる。

「アカシア…」
「断る」
「あなたが、面倒見てあげればぁ?」

 話しにすっかり飽きたらしいアイリスは爪のマニキュアをふうふう乾かしながら適当に言う。

「確かに、ほら、ここにいるとき、食事の支度なんかしてもらえれば私たち、助かるじゃない?」
「なるほど。お前が楽になるからな」

 ふん、とアカシアはアイリスを睨む。

「良いじゃない? それでなくても、年間、何人殺してると思ってんの? 無意味で無粋な殺戮は控えるべきよ。特に、まだ女の子よ? 結局、まだ男を知らないままでしょ? それは気の毒よ」

 アイリスは不意に艶っぽい目でジャスミンを見つめてにっこりする。

「お前のものさしで何でも物事を計るなよ」

 アカシアは同意しそうなジャスミンをぎろりと睨み、さっさと始末しろ、と目で促す。

 李緒は、男たちの会話を大筋では聞こえていたし、理解していた。そして、人が殺される現場を見てしまったことも、それがどういうことなのかも。しかし、あのとき、ジャスミンに見据えられその声を聞いた途端、何故かすべてが曖昧になってしまったのだ。

 彼女は、もともと極度の記憶障害を持っていた。施設に引き取られるまでの一切を覚えていない。親の顔はおろか、自分の名前すらも分からなかった。普段はごく普通の少女なのに、ふとした瞬間、不意に意識を失ったり、記憶が飛んだりする。

 事件の被害者遺族として施設保護となった子だったことが影響しているのだろうが、詳しいことは専門医にも分からなかった。
 妙に人懐こかったり、逆に狂ったように何かに怯えたりと情緒が安定せず、ずっと精神科と縁が切れずに今まできた。

 学業は最低限こなし、不安定ながらも社会に出ることが決まった矢先のことだった。

 恐らく、ジャスミンの何気ない一言‘一緒に…’というフレーズに李緒は奇妙に反応し、自らジャスミンについて来たのだ。記憶障害はあっても知能に問題はない。それなのに、何故そんなことになったのか。

 ジャスミンは、実際、本当に連れ帰るつもりはなかったのだろう。途中で彼女を解放し、口裏を合わせる手はずを整えて逃がしてやるつもりだった。

 襲われそうになっていたところを助けてくれた相手を、殺人者として訴えたりしないだろうと彼は分かっていた。そして、彼女の瞳に浮かんだ奇妙な信頼の色を。彼女は、現場ですら叫びもしなかったし、彼に恐怖と侮蔑の視線を向けることはしなかった。

「逃げな。俺は追わないから」

 李緒を連れて現場を立ち去ったジャスミンは、駐車場に停めてあったごく普通の乗用車で少し遠回りをしてこの隠れ家に向かった。途中の静かな路上でジャスミンは車を停めて、李緒に言う。しかし、彼女は迷うことなく小さく首を振った。

「殺されたいの?」

 ジャスミンの声は冷たくもなく、からかっている風でもなく、ただ淡々として、彼はハンドルを握ったままその手に顎を乗せて助手席の彼女を不思議そうに見つめた。

「貴方は誰?」

 李緒は同じ質問を繰り返す。

「俺はジャスミン」
「ジャスミン…? 花?」
「そうだよ」

 ジャスミンは目を細める。それでも、その奥の光は鋭い。

「…私、何も覚えてない」
「何のこと?」
「何も」

 心細げにジャスミンを見つめる少女。むしろ、それはすがるような視線に感じる。ちょっと困って、ジャスミンは彼女の頭を撫でてみた。仔猫のようなふわりと柔らかい髪。顔立ちが幼く華奢なので、中学生くらいにも見える。もともと‘家族’も‘保護者’もいない彼女は、人間関係の基礎がぐちゃぐちゃだ。そこに記憶の障害が更に追い討ちをかけ、他人との距離の測り方が分からない。彼女にとって、ヒトは、信頼出来るか出来ないかの二種類しかいなくて、それは、凡そ、彼女の直感のみに寄る。信頼して良いのか分からない男なのに、しかも、犯罪者なのに、彼女はジャスミンと名乗ったその男との繋がりをどこかに感じていた。それに混乱して、李緒は俯いて唇を結んだ。

「何も見なかったことにしてくれるってこと?」

 李緒は頷いた。ジャスミンはくすくす笑い、その声に、彼女は顔をあげて横にいる男に視線を向けた。そして、初めて本当に彼が笑っていることを知った。

「私を…迎えに来たんでしょ?」
「…そうなのかなぁ? 俺は白馬の王子さまじゃないんだけどなぁ」
「連れて行ってくれるんでしょ?」
「天国へ?」

 うん、と李緒は頷く。
 言葉を何も受け取ろうとしていない、とジャスミンは感じた。なんだろう? この子のこのちぐはぐな空気は?
 誰に対してもこんなに無防備なんだろうか。

「あのねぇ、李緒ちゃん、俺の言ってる意味分かってんの?」

 ジャスミンは目を細める。赤ん坊をあやしているように、幼い子を見つめる「困ったなぁ」という表情で。
 李緒にも、実はさっぱり分からない。自分が何を言ってるのか。彼に何を求めているのか。

「まぁ、良いや。判断するのは俺じゃないし、君、その格好じゃね。服も着替えないとボロボロだし、血もついているしね。確かにこんなどころで下ろされたって困るよなぁ」

 ジャスミンは、生まれながらの‘殺し屋’だ。

 つまり、彼の父親が同じ家業で、その頃立ち上がったばかりの『花籠』の最初の登録者だった。花篭龍一は当時彼の父親より大分年下だったらしい。それでも龍一には生まれ持った‘裏’の人間たる貫禄と実力があったようだ。龍一も生粋の‘裏’の人間で、その血筋は遙か古の闇の組織に繋がるという噂だ。恐らく歴史の影で暗躍した忍者や鬼の一族などのような。

 義務教育からはみ出して中学校をリタイヤしたジャスミンは、その頃からすでに父の跡を継いで『花籠』に名を連ねて仕事をこなしていた。

 ひとつ問題があるのは。
 彼は自分が世間から大きくズレていることを自覚していないことだ。いや、仕事の内容ではない。彼は、夫と息子が属する世界なんて何も知らないごく普通の母親に育てられているのに、父親の血が色濃く出たせいなのか、既に世の中に対する感覚も、人間関係の基礎もおかしかった。

 愛されて育っているので、人間的に情緒的な欠陥は大きくはない筈なのに、どこかおっとりした空気の中に妙な狂気が混じっている、とでも言うのだろうか。いや、マトモな感覚を殺さないと「命を奪う」仕事を続けられないのかも知れない。それをあまりに早く学んでしまったのだろう。

 彼は、何事にも執着の薄い人間に育っていた。
 それは、しかしこの世界に生きる限り、必要なことであろう。大事なモノが増えることは、それを失うことを恐れることだ。そこに欲が生まれ、隙が生まれ、ギリギリの過酷な仕事に支障を来たす。

 少なくともアカシアにはそういう自覚があり、彼は仲間を守る責任もあった。

 ただ、…ジャスミンは、むしろ守られて慈しまれて育ってきたせいで、そういう緊張感やギリギリに研ぎ澄まされた感覚が薄い。仕事をしている瞬間以外、彼は警察が目をつけそうにないちょっと頭の弱そうなお坊ちゃんにしか見えないのだ。それが今までは幸いしているのだが。
 

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『花籠』 2-5 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「とりあえず、その子は隣の部屋にでも監禁しておけ」

 アカシアに言われて、ジャスミンは隣の仮眠室へ李緒を連れて行った。アイリスが適当な服を貸してくれたので、彼は李緒をそれに着替えさせる。サイズは合っていなかったが我慢してもらうしかない。

 部屋の大きさはさほど変わらない。ただ、そこは寝具があり、休憩設備が整っている。閉じたままのカーテンの向こうには窓があり、平屋のそこは窓から逃げ出すことも可能だ。

 逃がすなよ、と念を押されてきたものの、ジャスミンはその部屋の中で、う~ん、と考え込む。

「李緒ちゃん、君、このままここにいたら殺されちゃうかも知れないから、良かったら俺らが知らない間にこっそり逃げてくれる?」

 にこりと見下ろされて、言葉と裏腹な柔らかい彼の表情に李緒はぽかんとする。

「でも、…ジャスミンは、私を迎えに来たんでしょ? 私は待ってたの」

 そう言葉にして、李緒は何かを思い出しそうになった。それまで封をして閉じ込めていた記憶。忘れたはずの遠い闇。受け留めるには大きすぎる、残酷すぎる一連の悪夢の幻想。

「あのとき、…約束したよね?」

 ジャスミンは眉を寄せて彼女を見下ろした。

「何を言ってるの?」
「ずっとずっと小さい頃に…会ったよね? あのとき…私を助けてくれたんだよね…?」

 不意に李緒の瞳は虚ろになり、あのときの衝撃的な映像が真っ赤に浮かんだ。あのとき殺されたのが実の両親だったとは、彼女には分かっていない。恐怖と痛みと、狂おしいほどの飢え。愛されたかった幼い子どもの悲鳴。それだけがこだまする。

 そこに黒い人影が囁いた言葉が不意に蘇った。時間軸を巻き戻したように、まるでその場でそう囁かれたように。

‘大人になったら迎えに来るよ…’
 李緒は不意にジャスミンの胸にすがりついた。

「迎えに来て…くれたんだよね?」

 ジャスミンは一瞬躊躇った後、その小さな頭を抱き寄せた。

「違うよ、李緒ちゃん。俺は君に会ったことはない」
「…嘘。」
「…じゃあ、嘘。」

 正しいことを貫いて誰かを傷つけることをジャスミンはしない。優しさでは、ない。そうやって自己を主張したり、争ったりすることが苦手でむしろクールなだけだった。
 李緒は顔を伏せたまま彼の服を握っていた手にぎゅっと力を込めた。

「…そ…だね。おかしいよね。だって、あのとき、…ジャスミンはもう今と同じくらいに見えたもん。…そうだよね」
「俺が…そのとき、君に何をしたの?」

 李緒は首を振った。

「分からない」

 あのときの記憶は曖昧だ。それまで受けていた暴力も、怯えて暮らした日々も、出来るだけ息を潜めて生きていた時間も。何も感じないように、泣かないように、彼女は心を殺して生きていた。その氷の時間は、実は凍ったまま彼女の中に閉じ込められている。

 そして、そこから不意に解き放たれたことを、彼らがいなくなってしまったことを、李緒は長い間実感として感じることが出来ずにいた。

 施設に引き取られてからも大分長い間、李緒の心は外へ向かわなかった。
 たった一つ。まるで暗示のように彼女を支配していたのが、恐らく、‘迎えに来る’と言った男の言葉。
 今まで、誰も彼女をそこから救い出してはくれなかった。

 あの日、いつものように、何か気に入らないことがあってヒステリーを起こした母親に殴られていたとき、不意にそれが止んで、鬼のようだった両親は動かなくなった。
 男が去ってしばらくしても、李緒は今にもまたこの二人が起き出してきて、彼女を殴りつけるのではないかと、ずっと怯えて固まっていた。

 愛されることなどとっくに諦めて、彼女はただ耐えることで毎日を生きていた。
 本当は凍える心を、冷え切った手足を温めてくれる優しい手を死にそうなほど求めていたのだ。
 優しく抱いてくれる腕を。

「何を約束したの?」
「…迎えに来るって」
「そうか。じゃ、約束は守らないとね」

 李緒は驚いて顔をあげた。そして、ジャスミンの何も考えていないような、むしろ冷たいとも取れる瞳に出会って言葉をなくす。

「でも、これからちょっと忙しいんだ。家はどこ? もう少ししたら送っていくよ」

 ジャスミンは柔らかい笑みを見上げて、李緒の目から涙が零れ落ちた。

 約束。
 その言葉に李緒はすがった。その先に何が待っているのかなんて分からないのに。そして、明かに彼はあの男じゃない。どうしたって年齢的に無理がある。別人に違いないのに、同じ声をして、同じ目をして、窮地から救ってくれた。

 このまま甘えてすがりたい、とどこかで祈った。
 誰にも打ち明けたことのない‘闇’を、共有してくれそうに感じたのだろうか。

「…家なんて…ないよ。まだ、住む場所なんて決まってないもの」
「じゃ、俺が探してあげる」
「どうして?」
「だって、約束したんでしょう?」

 ジャスミンはそのとき、薄々気付いていた。彼女の言う‘約束の相手’が、恐らく父であろうと。彼らはよく似ていた。その背格好も声も。そして、彼の手技は父親からの直伝だ。同じように黒尽くめで仕事をこなす二人は、恐らく同じ人間に見えただろう。

 するとこの子は、二度目の目撃者であり、二度目の被害者の関係者ということになる。

 ジャスミンは記憶を辿る。かつて父が関わったであろう仕事の記録を。彼は冷徹な殺人者であった。ターゲットがどれだけ命乞いをしようと、相手が女性であろうと、心を動かされることはなかった。仕事中の彼は‘ヒト’の心を凍らせている。

 だけど、それ以外の関係者、父はターゲット以外の人間に決して手を出さなかった。それは徹底していた。その後、どれだけ不利な事態に陥ることになっても、居合わせてしまった他の人間を巻き込むことを嫌った。

 お陰で彼は今、警察内に似顔絵が出回り、隠れたり逃げたりという事態が面倒になって海外に身を潜めている。
 籍を『花籠』に置いたまま、他組織で働いているのだ。

「約束は守らないとね」

 それが、父が交わした約束でも。
 正直、面倒だなぁ、と感じながらも、そういうことには妙に純粋なジャスミンは、いつも如く、後先をあまり考えずに請け負ってしまった。



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『花籠』 2-6 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

 3日後の比較的大きな仕事に、4人は計画を練った。

 ある会社の一家を3人まとめて一気に片付ける依頼だ。表向きは健康食品の製造販売。裏では詐欺や合成麻薬の元締めのような悪徳会社だ。彼らのために自殺、一家心中などに追い込まれた人間の数は五十をくだらない。未遂や夜逃げ、入院、闇から闇へ葬られた人々の数は、もう数え切れない。

 花篭へ、どこから依頼が舞い込んだのかは定かではない。しかし、頼まれなくても始末したいような一家だ。

「やつらは、命を狙われる危険性を充分に把握している。こっちも相当、周到にいかないと難しい。一朝一夕では無理だな」

 アカシアの言葉に、牡丹は神妙に頷く。彼にとってはほぼ初めての大きな仕事だ。

「花籠の情報もやつらは仕入れているだろうと思う。俺たちの正確な人数や構成はどうか分からないが、殺し要因の中にリストアップはされていると思う」
「ぞくぞくするね」

 アイリスがにっこりと妖艶な光を瞳に宿す。

「そんなに有名になったのかしら?」
「喜ぶところじゃないぞ、アイ」
「僕のことも知ってるのかな?」

 期待と不安が半々で牡丹は首を傾げる。

「4人組、というメンバーは俺らだけだ。お前の情報も掴んでいるよ。だから、くれぐれも目立つな。普段は大人しく学生していろよ。それから、ジャス!」

 聞いているのかいないのか、窓際の壁に背を預けてカーテン越しに外を見ていたジャスミンに、アカシアは鋭い一瞥をくれる。

「今度の仕事に支障をきたす。あの子はさっさと始末しろ」
「…それなんだけどさ」

 ジャスミンは、外を見つめたまま考え込む。

「あの子って、どの事件の関係者なのかな~、と思ってさぁ」
「…何の話だ?」
「俺らのこと、知ってるんじゃないかと思ってさ。…いや、俺のこと、かな」
「分かるように言え」

 ジャスミンはゆっくりとアカシアに視線を移し、言った。

「正確には、俺の師匠を知っている…んじゃないかと思ったんだ。俺らって姿形も声色もけっこう似ているし…手技も同じだからね」
「お前の師匠って…親父さんか?」
「えっ? 異母兄弟とか生き別れの妹とか?」

 アイリスが、どこかわくわくした表情を二人に向ける。
 ふっと表情を緩めてジャスミンは笑う。

「そうだったら、おもしろいけどね。そういうことじゃないよ。‘目撃者’ってことさ」
「…それこそ、まさか…だ」

 アカシアは、呻った。

「師匠が殺さなかった‘目撃者’を、俺が殺るわけにはいかないなぁ。しかも師匠はなんかあの子と約束したらしいんだよねぇ。…今度の仕事には支障出ない程度にするから、ちょっと李緒ちゃんのこと、調べてみて良いかな」
「だったら、僕が調べてあげますよ」

 かつてのハッカー少年が、微笑んだ。
 彼は、一度、自分の能力に怖れを抱き、内にこもった時期があった。そのとき、プログラミングを少し学んでいたこともあって、パソコンを操り、ネットの世界を放浪して、あちこちの裏サイトに入り込む術を見につけてしまっていた。

 しかし、そこにのめり込む程彼は絶望していた訳ではなく、いつの間にか元気を取り戻して現実に戻って来た。ただ、頭の良い彼は、その後もいろいろ情報を引き出す面白さだけは忘れられず、幾度となくハッキングをお遊び程度に楽しんでいた。

 そして、それを使えばどんなことが出来るかも理解していた。ただ、当時の彼は、他に興味のあることが沢山あったのでやらなかっただけだ。

「新聞記事とか調べればけっこうすぐにヒットするとは思いますけど、警察の裏情報とかも含めて」
「頼むよ」

 ジャスミンは牡丹に頷いてみせる。
 アカシアは渋い表情のままだったが、Noとは言わなかった。
 

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『花籠』 2-7 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「ビンゴ~」

 と、牡丹が図書館のパソコンにてあっという間に李緒の過去を調べ上げて戻ってきたとき、ジャスミンは眠り続ける少女を見下ろして隣の部屋に佇んでいた。

「あれ? ジャスさんは?」
「隣よ」

 気だるそうにソファに沈み込んでいるアイリスに指さされ、牡丹は、ちょっと躊躇いがちに彼女を見返す。アイリスは、目を閉じて、恐らく薬の調合をイメージしているようだった。

 彼女は実際に毒物を合わせる前に、ある程度の毒性や副作用を脳内に取りこんで試してみる。そのイメージ力はかなりの割合で現実にフィットする。実際にその薬には一切触れていないのに、彼女の脳内には取りこんだ毒がどのように神経に、そして筋肉に作用し、その場合の身体に表われる症状から‘死’に至る過程が綺麗に再現されるのだ。

「今、入って行っても大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、万が一、お楽しみの最中でもジャスは気にしないから」
「いや、僕が気にするんですけど」
「良いから、行ってらっしゃい。早くしないとアカシアが帰ってくるわよ~」

 はあ…と、牡丹は渋々隣の部屋に向かう。アカシアは今、竹の店に必要物資を調達しに出かけていた。

「ジャスミンって、しかしよく分かんない人だよなぁ」

 ジャスミンは単独の任務が多いため、牡丹は直接彼と関わる機会はそう多くはない。リーダー格のアカシアのことは彼も少なからず尊敬していたし、アイリスは牡丹にとって姉のようなものだ。しかし、ジャスミンは筋肉質でがっしり目の体つきの割りにどこか神経質そうな繊細な部分があるような気がして、そして、時々宿る奇妙に冷えた瞳に、牡丹は彼の扱う蛇たちと同じ無機質さを感じることがある。

 それ自体に嫌悪を抱いたりはしないのだが、彼のそういうときの目の奥には誰かがいる気がして、牡丹は不思議に思うのだ。

 牡丹は、蛇の意識に自らを沿わせることが出来る稀有な能力の持ち主だ。だけど、本人は普段、ただただ底抜けに明るい普通の大学生なのだ。そんな特技があることを、家族も友人も、誰一人知らない。それを見つけたのがアカシアだった。

「あの~」

 とんとんと扉をノックすると間髪入れずにスッとドアが開き、ジャスミンが顔を出す。

「わっ…、すみません。あ、これ…」

 驚いて牡丹は声をあげ、慌ててプリントアウトしてきた資料を彼に見せる。

「入って~」

 ジャスミンはにこりと彼を招き入れる。そして少女が眠るベッドにちらりと視線を投げてから、反対側にあるもうひとつのベッドに腰掛ける。牡丹は恐る恐る部屋に足を踏み入れ、やはりちらりと彼女の顔を見つめた。

 まるで息をしていないかのように、静かに眠り続ける少女。顔の半分が毛布に隠れて、目元しか見えない。

 一人この部屋に置かれた李緒は、遭遇した現実の出来事よりも、今まで覆い隠されていた記憶の波に翻弄された疲れで睡魔に襲われ、ふらふらとベッドに倒れこんだ途端、すとん、と電池が切れるように眠ってしまっていた。

 その眠りはまるで‘死’のように深い。
 意識は、彷徨っているのだ、‘闇’の中に救いを求めて…。

「…眠って…るんですよね?」
「ああ、うん。殺しちゃいないよ」

 牡丹から手渡された資料に目を通しながらジャスミンは言った。

 牡丹は、一見、穏やかそうで温厚そうで、だけど変に澄んだ空気を抱くジャスミンに視線を移してじっと彼を見つめる。普段の彼に‘殺人者’の印象はない。アカシアは、それほど顕著ではないが、見る人が見れば、どことなく研ぎ澄まされたオーラがあり、その立ち居振る舞いに堅気の人間ではない色を感じるのに、ジャスミンにはそういう雰囲気がまったくない。ちょっと身体を鍛えている会社員、或いはまだ大学生でも通る。そして、語尾を延ばす甘ったるい話し方に、お坊ちゃん育ちであろう要素が加わる。

 実際の仕事の現場はまだ見たことがないが、彼が人を殺す瞬間も、実はその空気は変わらない。その口元には笑みさえ浮かべ、瞳に狂気さえなく、致命傷となる肌をすっぱりと切り裂く。らしい。

「これ、…間違いなく師匠の仕事だな~…、ああ!」

 ジャスミンは顔をあげて目の前につっ立っている牡丹を見上げてにっこり微笑んだ。

「思い出した。この子は…そうだ。師匠が請け負ったあの仕事だ」
「あの仕事…って言いますと?」
「うん」

 ジャスミンはうっとりしたような表情を浮かべた。いや、そういう話題じゃないでしょう? と牡丹は突っ込みたくなる。

「この子の親はさ、ヤクの売人で、本当にろくでもない人間だったんだよね。しかも自分の子どもを虐待して一人目は殺してる。そして、この子は二度目に出来た子ども。確か、親はこの子の目の前で殺されてるよ。師匠にね」
「うわ、何ですか、それ。アイリスさんじゃないですけど…最悪じゃないですか」
「そのとき、師匠が妙な暗示を入れたんだろうなぁ。恐らく、いつか迎えにくるからって感じのことを…。つまりはだからそれまで今見たことは忘れなさいってね。それが…もしかして、記憶障害の一因かなぁ。まぁ、確かに覚えていたくない出来事だっただろうから、すんなり暗示が入ってしまったんだろうね。可哀相に」

 言いながら、ジャスミンはふい、と牡丹から視線をそらして窓の外の空を見つめた。まるで、そこに当時の映像が映写されているかのように、ガラス窓を凝視する。

「殺さなかった女の子のハナシ、一度だけ聞いたことがあったんだぁ…。なんでかな、妙に印象に残ってた。あんまり自分の仕事のことを話す人じゃなかったから…」

 そんな家業(?)の家に生まれたジャスミンの心がうまく掴めず、はあ、と間抜けな相槌を打って、牡丹は曖昧に微笑んだ。

「でも、じゃあ…どうします? この子は…」
「そうだね~。…とりあえず…」

 ジャスミンのとんでもない言葉に、牡丹は素っ頓狂な声を上げる。

「住むところを探してやって、そこに帰してくるよ」
「えええ~っ? 良いんですか? 帰しちゃったりして!」


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『花籠』 2-8 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「じゃ、俺、送ってくるわ」

 目覚めたまままだぼんやりしている李緒の手を引いて、ジャスミンはアカシアに声を掛ける。彼の視線は厳しい。腕を組んだまま未だ賛成しかねている、という空気を醸し出して窓際につっ立っていた。

「あら、なんとかなっているわね。でも、もう少しこの辺が成長しないと着こなせないかしら?」

 アイリスは、貸した服の胸の辺りを少し整えてあげながらにっこりと微笑み、李緒は、はっと慌てて小さく「ありがとう」と唇が動いた。

「責任は取れよ」

 アカシアが大きなため息をついて背を向ける。
 は~い、と機嫌よく答えてジャスミンは李緒を連れて出て行った。

「…良いんですか?」

 牡丹はちょっときまり悪そうに上目遣いでアカシアを見つめた。自分の調べた結果がジャスミンをそういう行動に駆り立ててしまったのでは? と彼は多少の責任を感じていたらしい。

「良くはないが、…ジャスには何か考えでもあるんだろう。しかも、…師匠の‘仕事’の関係者だったら、仕方がないだろう」
「考えなんて、ないと思うけどぉ?」

 アイリスはテーブルに小さな部品を並べて、道具の整理をしながら笑う。

「アイ、俺がせっかく心を落ち着けようとしてるのに、そこで茶々を入れるんじゃない!」
「だぁって、何にも考えてませんっていう無邪気な顔で、まるで‘彼女’を家に送ってくる~、みたいにいそいそと出て行ったじゃない」
「それを言うなっ」
「師匠は確かにすごい男だったけど、ジャスはお坊ちゃんだからねぇ、まぁ、いざとなれば師匠が何とかしてくれるんでしょ」

 くすくす笑いながらアイリスはさっさと並べた道具をどこかに仕舞い込んだ。あっという間の出来事で、牡丹は思わず「あれ?」と目を見張る。

「そういう訳にはいかんだろう。だいたい、今、連絡取れるのか?」
「さあ。花篭なら取れるでしょう? 籍は置いているらしいし」
「あの…」

 二人の会話に思わず口を挟む牡丹。

「なんで、ジャスミンさんのお師匠? さんですか? お身内の方のことを、皆、知ってるんですか?」

 年若い牡丹の素朴な疑問に、二人は顔を見合わせた。

「あれ? 言ってなかったの?」
「何をですか?」

 アイリスは、少し遠い目になって二人から視線をそらしたアカシアをちらりと見つめて淡い笑顔を作った。

「ジャスの師匠って、『花籠』屈指の殺し屋さんで、人材集めのようなことをやってたのよね、当初は。だから、私たちにとってもある程度は師匠なのよ。…というより、恩人に近いかしらね」

 恩人?
 その言葉にふと引っ掛かりはしたが、牡丹は、それを受け流してきょとんとアイリスを見つめた。

「え? …つまり…」
「そう、つまり、私たちは、ジャスのお父さまの推薦で今ここに在籍しているのよ。彼に見つけてもらわなかったら、アカシアはともかく、私は狂っていたかもね。彼は、花籠のごく初期からのメンバーで、恐らく一番くらいの古株かな。仕事の基礎は、彼から教わったわ」

 微笑むアイリスの目には嫌悪も思慕も憧れも、何も読み取れなかった。
 恩人、かぁ…、と牡丹は改めてその言葉を反芻する。
 それは、僕にとってのアカシアのようなものだろうか…と。

 牡丹は、幼少期の頃からそれ(能力)に、気付いていた。しかし、大抵の能力者がそうであるように、彼もそれは誰もが持っている普通の力だと信じていた。

 そこそこ郊外の自宅の、庭先で時折見かける小さな蛇。
 心の中で呼び止めるとそれは長い首をくい、と彼の方に向けてその無機質な丸い瞳で彼をじっと見つめ返す。
 直接触れたりはしなかったが、彼は一人で退屈なときにはそれらを呼び出して、ただその行動を眺めて遊んだ。

 そして、成長するに従って、それは自分だけに出来ることだと気付く。蛇の姿を見て大仰に悲鳴をあげる家族や友人たちの姿に。それで、彼は蛇と心を通わせることが出来ることを、家族であっても他の人間に知られてはいけないのだと知る。

 そこから、彼の孤独と疑問の日々が始まる。

 人々に忌み嫌われる存在である蛇という生き物。その特異な生態と肢体。牡丹にとって愛しい友人である彼らへ対する他の人間の態度。自分が普通ではないと思い知らされる日々。

 それでも、彼は時々蛇と言葉のない会話を楽しむ程度で、相手を支配しようという意識はなかった。その異常性に疑問と嫌悪を抱いてはいても、彼は相応に友人も多く、能力者が孤独であるという一般的な条件を満たしていなかったのだ。

 たった一度。中学生の頃、彼はそれで友人を一人殺してしまうところだった。

 下校途中の些細なケンカ。そのとき通りかかった草原で取っ組み合った二人。殴られて口の中を切り、カッとした牡丹は思わず、そこに顔を出した小さな蛇に「噛みつけ!」と命じてしまった。それまで、そんな風に蛇を操ったことはなかった。お陰で、加減が利かなかったのだろう。

 小さかったが、その蛇の牙は鋭かった。ひゅっと飛び掛った勢いで小さな蛇は、尻餅をついた状態の相手の少年の首筋に牙を立て、それが運悪く頚動脈に突き刺さった。

 相手の少年は、悲鳴をあげてその場でのた打ち回り、倒れた勢いでその小さな蛇は地面に叩きつけられ、しかも、倒れた少年の下敷きになって潰れてしまった。その、無残な、可哀相な死体。そして、友人の首から勢い良く血が吹き出し、牡丹はそれらのあまりの光景に驚愕と恐怖と吐き気とで、全身から血の気が引き、凍りついたようにその場で固まってしまった。

 その現場にたまたま居合わせたアカシアが、蛇に噛まれた友人の応急手当てを施し、蒼白な表情で茫然とする牡丹を見て、それに気付いた。目の前の少年が特殊能力者であることを。

 そのとき、牡丹の瞳は真っ黒だったのだ。
 つまり、瞳孔が開ききった状態だったのだ。それは、生きた人間には通常あり得ない状態だ。そして、それは宇宙の深遠を覗き込んだようなぞっとする真っ暗闇だった。

 そのとき、アカシアがいてくれたお陰で、牡丹はその‘闇’に食われてしまわずに済んだ。彼が、それは特殊な能力であって、使い方さえ誤らなければ大丈夫だと、異常者などではないこと、これは事故だったのだと、静かに言い聞かせてくれたのだ。

 牡丹はある意味、二重人格的な要素を抱いているかも知れない。

 普段はごく普通の少年だ。いくら能力があったとして、殺人に関わるような、関わらなければならないような事情は持ち合わせていない。およそ、普通の状態で‘殺人’など考える筈もない。

 今、牡丹はメンバーとして名を連ねてはいるが、今まで彼はアカシアの補助的な作業しか請け負ったことはない。直接、殺すことはしていなかった。

 ただ、今後、猛毒を持つ蛇を扱うことになったときは分からない。そして、蛇に命令をくだすとき、牡丹は普段の彼ではない。その瞳が真っ暗であるということではなくて、もっと根本的な理由で。

 普通、人は人を殺そうなんて考えない。特に、憎んでいない相手を、仕事としてなど。
 それをこなすこと自体、すでに常人ではないのだろう。その暗黒面は単にアカシアへの恩義や憧れでは説明出来ない。

 或いは、…仕事として蛇と関わることに、牡丹はどこかで喜びを感じているのかも知れない。それまで友人であった彼らへの敬意として。


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『花籠』 2-9 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「さっきさぁ、牡丹に頼んで良い物件を見繕ってもらったんだぁ」

 車を運転しながら、ジャスミンは言う。

「…はい」
「本契約は本人が立ち会わないとね。アカシアの偽名を勝手に借りて保証人はO.K.だし、合鍵は俺にも渡しておいてね?」

 にこりと見つめられ、李緒ははっと彼を見上げて微かに頬を染めて頷いた。その様子を特に意に介さずにジャスミンは続ける。

「君さぁ、家族、いないでしょ? 俺のこと聞かれたら、彼氏だって言っといて。その方が変に突っ込まれなくて良いと思うし」

 全然そんな色っぽさを感じさせない淡々とした調子で、ビジネスとして彼は話していたのだが、李緒はその空気を感じてはいても、なんだか、ドキドキする心を抑えられなった。そんな訳ないと何度も打ち消しながら、幼い彼女に‘救い’を見せてくれた相手と、今回の事件とを結びつけて、彼が二度も自分を救ってくれたのだと思ってしまいたくなる。

 そこに意味を見出したくなる。

 牡丹が、ネット上である程度の偽の情報を入れ、書類もさっさと偽装してくれていたので、契約は特に疑われることもなくスムーズに行われた。

 管理人から二つ渡された鍵を一つポケットに入れて、もう一つを「はい」と李緒に渡し、「じゃ、今度は最低限の家具を選んであげよう」と、どこか楽しそうにジャスミンは彼女を再度車に誘う。

「え…っ? あのっ…でも、私、そんなお金は…」

 会社の寮とか、家具付きのアパートを想定していた彼女は、慌てて彼を見上げる。この部屋自体、彼女の予想を遙かに上回る上質の部屋で、扉の鍵の他に、このアパートに入るためにセキュリティが一個ある。

「うん、大丈夫。それくらいは俺持ってるから。それより、施設の方には連絡、必要なの?」

 李緒は少し考えて首を傾げた。

「要らないと思います」
「そこにあった私物は処分してもらっても良い物?」

 その質問には、李緒は躊躇うことなく頷いた。まぁ、あんな事件が起こった後じゃ、施設がマトモに機能している訳ないしな、とジャスミンは言葉にせずに思う。

「要りません。何も」
「じゃ、下着から何まで全部俺が買ってあげるよ」
「…え、えっ?」

 かああっと頬を染めた李緒をふと見下ろして、やっとジャスミンも気付く。

「ああ、ごめんね、下品で。でも、大丈夫、俺は女の子をいきなり襲ったりはしないから~」

 つい今朝ほど、襲われかけた女性に言う言葉じゃないのに、ジャスミンにはそういう配慮はない。ただ、あまりにジャスミンがにこにこ微笑むので、李緒もつられて笑ってしまった。

「とりあえず、ベッドと…何があれば良いの?」
「あ、ええと…はい、…何でしょう?」

 生活感のない二人はしばし悩む。

「まぁ、良いや、店に行って聞こうか」
「はい」

 まるで初々しい新婚さんのように二人はどこかウキウキとホームセンターに向かった。


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『花籠』 2-10 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「ジャスミンのお父さん…師匠って、今、どうしているんですか?」

 牡丹はイライラしているアカシアの様子をちょっと不安そうに眺めながら、アイリスの向かいのソファに座り、彼女の白い指先をじっと見つめる。アイリスは、何か小さな紙切れを器用に丸めては瓶に詰め込んでいる。仕事の準備だということは分かっているので、牡丹は特にそれについて質問はしない。それぞれ、手技が違うこともあり、お互いにあまり詮索をしないようにしているのだろう。

 知らなければ、敵に捕まってもお互いを不利にするような情報を相手に与える危険は減る。

「アジアのどこかにいる…という噂よ。タイだったか、マレーシアだったか…」
「噂?」
「所在を知っているのは花篭だけよ。日本で有名になり過ぎて、ちょっとヤバくなっちゃったみたい。警察にも目を付けられているらしいしね」
「…有名人なんですね」

 牡丹は目を見開いてため息をつく。

「まぁ、この業界では、ってことね。彼は花籠のメンバーではあるけど、他からも仕事を請け負っているから、日本じゃ舞台が狭すぎるんでしょ」
「他って、…まだあるんですか? こういう組織」
「そうねぇ。あたしが知っているのはあと二つ。けっこうろくでもない、本気で何でも屋のヤクザ絡みの組織と、海外に拠点を持っている人材育成を主に行っているかなり大規模な‘スムリティ’ってやつ。他にもまだまだ裏業界には名を連ねているしょーもない集まりは沢山あるけど、ジャスの師匠が請け負うのは花籠以外ではその二つくらいね」
「すごいですね」

 にこりと牡丹は微笑む。

「牡丹ちゃん? 貴方は『花籠』だけにしておきなさい。そして、出来ればいずれ除籍してもらった方が良いわよ。」

 アカシアがぴくりと反応を示した気配を感じて、アイリスは、ふふ、と笑う。

「アカシアは、後悔しているのよ、貴方をこの世界に引き込んでしまったこと」
「それは、…僕が決めることでしょ?」

牡丹は無邪気に微笑む。しかし、その瞳が彼の奥底に潜む暗い闇を呼び起こす様をアイリスは知っている。牡丹が、仕事をこなすことで、もしかして精神の均衡を保っているかも知れないことも。

「貴方の中に潜む蛇を操れるようにしておきなさいね。不要なときに表に出さないように」
「はい、心掛けてます」

 姉に諭されているような気分になって、牡丹はにこにこと嬉しそうな顔をした。それは、話の内容を聞かなければ、無邪気な姉弟の会話にも見えるような、懐こい笑顔だった。



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『花籠』 2-11 

『花籠』シリーズ・総まとめ編

「どこまで可能?」

 アイリスの囁きに、牡丹は低く答える。

「距離は関係ありません」
「分かったわ。…つまり、君の集中力の問題ね?」

 牡丹はもはや答えない。その真っ黒な目を見開いて、ひたすら相棒の意識を追う。

 その会社は、警備も警護も半端ではなくて、なかなか近づく隙がない。客を装って入り込むにしてもナイフの類は感知されてしまう。空港並みの感知システムを会社ビルの出入り口に配備していることが分かり、ジャスミンは中へ入れない。彼は外で待機だ。

 今回、白昼堂々の犯行ということで、4人は変装を施していた。牡丹は直接手をくだす訳ではないので、伊達眼鏡を掛けて、髪の色を染め、帽子をかぶった程度だが、他の3人は一見して彼らとは分からない程度にしっかりと顔を変えていた。

 ジャスミンに限っては、変装というより仮装じゃないのか? とアカシアが眉を潜める事態に陥っていたのだが。それでも、ただ人待ち顔で佇んでいる分にはそれほど違和感はない。動き出したときに蝶のような様相になるだけだ。

 それでも、体格は変えようがないアカシアは、ある程度顔を知られている可能性があり、チェックに引っ掛かる危険がある。

 そこで、今回はアイリスと牡丹が顧客になりすまして建物に侵入した。二人の武器は金属探知には引っ掛からないが、至るところに設置されている監視カメラの網をかいくぐってコトを成すのはなかなか至難の業であろう。

 この建物の夜間の警備はそれこそネズミ一匹入り込めないような厳重なものになる。それを解除する方法を考えるより、日中の人の出入りのある時間の方が可能性が高いとのアカシアの判断だった。そして、この日、ターゲットの三人は揃ってそのビルにいることが確認されていた。

 裏口の社員の出入りする扉。その外側に数匹の蛇が待機している。猛毒を持った‘ヤマカガシ’というオレンジ色の鮮やかなやつだ。毒蛇は、他の蛇よりも気難しい。気位が高く臆病で、なかなか他の生き物を信頼しない。牡丹もあまり普段扱う種類ではないので、難しそうだった。

 引っ切り無しに裏口からヒトの出入りはあるのに、蛇たちはなかなかその隙を掴んで中へ入ってきてくれない。
 牡丹は他の客に混じって会議室のような場所から、根気良く呼びかけ続けている。

 アイリスは、トイレを借りる振りをして、‘くすり’の販売会場を抜け出した。彼女は一見どこぞのお嬢様のようなひらひらとしたレース調の裾の長いワインレッドのワンピースを着て、世間知らずの深層のご令嬢という空気をかもし出している。

「お客さま、どちらへ?」

 早速、社員の一人がアイリスを見つけて近寄ってくる。愛想笑いを浮かべてはいるが、その目は鋭く警戒していることが分かる。

「あの…お手洗いは…」

 少し恥ずかしそうに俯き加減で彼女は頬を染める。アカシアや牡丹がその現場を見たらあんぐりと口を開けそうな演技力だ。

「こちらになります」

 社員は思わず彼女の演技に引き込まれてチラチラと彼女を見つめながら案内する。男について半歩後ろを歩きながら、アイリスは全身で周囲の気配を探る。何度か角を曲がり、次第に照明が減っていく。

「大きなビルですね。私、方向音痴なので迷いそうです」
 その言葉に、男は僅かに反応する。
「では、終わるまでお待ちいたしましょうか?」
「そうしてくださいますか?」

 嬉しそうにアイリスは彼を真っ直ぐに見つめ、男は慌てて視線をそらす。

「この奥になります」

 指された十字路の先を見て、他の2方向の廊下の先に急いで視線を走らせると、奥にエレベーターが見える。アイリスは、あら、と声をあげる。

「私たち、先ほど、ここを通ってきましたっけ? やだわ、本当に方向音痴で」
「いえ、皆様がお使いになったエレベーターは表側、あちらです。この上は会社の事務所があるだけで、社内の人間しか使わないんですよ」
「あら、そうなんですね」
「この6階はたまたま会議室しかないので、トイレもこの奥にしかなくて」

 幾分、警戒を解いたらしい男はアイリスに間近で見つめられて、少しどぎまぎしていた。彼女は自らの武器の使い方をよく分かっている。

「ありがとう」

 にっこりとアイリスは男に近づき、更に慌てて視線をそらそうとした彼の首筋にふっと手を触れた。瞬間、彼ははっとした表情を浮かべたまま、その場にズルズルと崩れ落ちる。

「やぁねぇ。場所を考えなかったわ。どこに隠しておこうかしら、この男」

 アイリスはちょっとため息をついた。



 販売会場となっている会議室には、そこそこの人数の客と、サクラの社員がいた。

 そのほぼ後方中央部に座って説明を聞いていた牡丹は、裏口の蛇が一匹、ようやく建物に侵入した気配を察知した。微かな返事が返ってきたのだ。言葉のような明瞭なモノではないそれは、イメージのみが伝わってくる。周囲の様子と、それ自身の怯えのようなものを感じて、牡丹はほんの少し心が痛んだ。もともと蛇は臆病な生き物である。他の生物に対する攻撃も、むしろ防御の意味合いが強い。決して殺戮を是としている訳ではないのだ。

 牡丹は暗がりに紛れて中へ進むことを指示する。決してヒトに見つからないように祈りながら。

 数匹の蛇くらい、カバンか何かに入れて連れ込めば良いようなものだが、建物に入るときに荷物を預けなければならないことを入り口で知り、慌てて牡丹は外へ出た。そして、抱えていたバッグから蛇を裏口へ逃がし、ここで待つようにと指示をして戻ってきた。

 カメラや録音機など、もちろん持ち込み禁止で、財布などの貴重品以外を会場へは持っていけない状況だった。会社側はそれについていろいろ言い訳をしていたが、要は警察の潜入捜査などが怖いのだろう。

 説明が終わったらしく、会場内はざわつき、牡丹ははっとする。雑談が始まり、意識が集中出来なくなる。サクラの社員はこぞって説明された健康食品を注文し始める。すると、それにつられるように大勢の空気が動いた。

 注文書のようなモノが回ってきて、牡丹は無言でそれを手に取り、無意識にペンを走らせながら蛇の思念派を追う。予め用意していた偽名と偽の口座番号などを書き込みながら、初回のみは現金で、という情報のまま財布の中から数千円を取り出す。

 商品を受け取って客がぞろぞろと会議室を出ていく。

「あの…」

 牡丹はお金を払って商品を受け取るときに、言ってみた。

「ここの社長さんとか、人事担当の方にお会いすることって出来ますか?」
「…どうしてですか?」
「はい、僕、大学生なんですけど、今、就活中なんです。今回、こちらの会社にすごく興味を抱きまして、出来れば…」
「君、3年生なの?」
「ええ」
「残念ながら、今は社員は募集してないんだよ」
「では、そのお話だけでも…」

 商品を受け渡ししている男は、少し疑いの目で牡丹を見つめる。

「君、今回初めて?」
「はい」
「誰の紹介でここを?」
「駅前でティッシュを配ってたじゃないですか」
「あれで、興味を抱いてくれたの?」
「はい」

 花籠の情報は細部までしっかりしている。もともと頭の良い牡丹は、与えられた情報をすべて頭に入れてある。
 ふうん、と男は少し嬉しそうな表情をした。その駅前でティッシュを配っていたのがこの男だったのかも知れない。

「今度、履歴書、持ってきて」
「今書いた顧客情報じゃダメですか?」
「学校名とか家族構成とか必要だからね」
「今すぐ書けますけど!」
「ダメだね、まだ人事担当にも話を通してないし」

 気がつくとそこに残っているのは牡丹とその男だけになっていた。

「分かりました。じゃあ、面接の日程だけでも…」

 不意に廊下に人の気配がした。若いが、やたらと目つきが怪しい男がどこか固い表情でやってきて、牡丹と話していた男に目で合図する。牡丹はそれに気付かない振りで、男が彼から目をそらした瞬間、急いで蛇を呼び寄せる。

「ああ、君、今日はちょっと取り込んでいるから、後日改めて連絡するよ」

 廊下に現れた男はもういなかった。今まで牡丹と話していた彼もそう言い残してどこか慌てて先ほどの男の後を追っていく。牡丹は彼の背中を見送って、まだ階段を上っているらしい蛇に指示を送り続け、励ました。

「良いのかなぁ、僕をここに残して」

 小さく呟きながら、牡丹はエレベーターのある表側ではなく、反対側へ向かって廊下の端で足を止める。そして、彼は非常口の扉を見つめ近づこうとしたとき、廊下の隅にカメラの気配を感じた。
あらら、マズイな。

 ここから残りの蛇を引き入れようと思ったのに…。
 それで、彼はいかにも道に迷った風にきょろきょろと辺りを見回してみる。そして、初めて扉の存在を知ったように近づき、扉の内側のロックを外した。

 更に、ああ、間違っちゃったと叫んで、慌てて戻る素振りをして、扉に小さな釘を挟んで隙間を開けたまま引き返した。

「さて、後はアイリスさんの補助を…」

 そのとき、警報ベルがけたたましく鳴り出した。


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