光と闇の巣窟(R-18)

スポンサーサイト 

スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-)  ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 1 

光と闇の巣窟(R-18)

<※:R-18>

 その屋敷で家庭教師を探しているという噂は聞いていた。
 お世辞にも人格者だったとは言えない屑が数年前に死に、その病弱な一人娘の専属の家庭教師だそうだ。

 俺は、その男を殺してやりたいくらい憎んでいたし、それは周知の事実でもある。また、その男に好意を持っている人間なんておそらく皆無だろうと思われる中、俺を憐れみこそすれ、その憎しみを理不尽だと罵る人間もいなかった。

 そんな中、その、当の高篠家から俺に家庭教師の依頼が舞い込んできた。
 初めは間違いだと思った。
 何故、殺してもあきたらない男の娘の教育など俺が出来ると思うのか?

 確かに俺は教員免許を持っていて、塾の講師もしている。頼まれれば週に一度くらいの頻度で家庭教師の仕事も受けてはいる。

 しかし、その家に悪感情を抱いている俺に娘を任せたりしたらどんなことになるのか、誰が考えたって分かりそうなものだ。

 あまりのバカバカしさに一旦は断った。
 しかし、今度は、死んだ男の後妻、つまり次期当主である娘の、後見人たる継母、高篠夫人から正式な依頼が来たのだ。

 冬に入ったばかりの、雪のちらつく頃だった。

「いったい、何を考えてらっしゃるのですか?」

 呼ばれて屋敷を訪れた俺は、ため息混じりに彼女に言った。あまりに正式な書状を受け取り、しかも、返答は書状ではなく直に、と念を押されていたので、仕方なく足を運んだのだ。

「俺が誰か、あなたはご存知では?」
「ええ。よく存じております。」

 まだ若い彼女は、冷笑を浮かべたまま答えた。彼女は綺麗に整った顔立ちの美しい女性だ。しかし、顔のつくりではなく、その瞳の奥に宿るものに、俺は不快感をおぼえる。

 その日、通されたその部屋は、一階の書斎のような造りで、今は管理の一切を引き受けることになったのであろう未亡人が、屋敷の細かなことや会社経営に関する報告を受けたりだとか、そういう事務的なことに使用する空間らしかった。

 正面に大きな木製の机があり、周囲は書棚。机の背後に収納の扉が見え、金庫でもあるのだろうか?と思われる。

「亡き夫が一家心中に追い込んだ如月夫妻のたった一人生き残った息子さん、ですね。」
「そうですよ。」
「私も同じです。」
「・・・は?」

 だったら、あなたは何を考えて・・・、と言おうと息を吸い込んだ途端、俺は思わずぽかんと彼女の顔を見つめてしまった。

「私は、この家に嫁ぐ前に、心から愛した人がおりました。しかし、私を欲しがった夫が、二人の仲を裂こうと、私の愛する人の職場を潰し、彼を雇ったら同じように潰してやる、と町の企業を脅し、どこも雇ってくれないことを知った彼は、絶望して自ら命を絶ちました。私がこの家に嫁いだときにはすでにその人の子を、息子を身ごもっておりました。」

 彼女は淡々と話す。

「夫の子どもを産んだ、私の前の奥様も似たような境遇だったようです。その方は、娘を一人産んだあと、身体を壊し、寝たきりになり、娘が1歳の誕生日を迎えたあと、数ヶ月で亡くなったそうです。私が息子を身ごもったままこの家に来たときは、その子はまだ3歳でした。」
「・・・それと、俺を雇うことと何の関係が?」
「あの男の血を受け継いだ子どもを、あなたも、私も、そして誰もが許せないでしょう。」
「・・・俺に、その子を殺せ、と?」
「いいえ。」

 まったく表情を変えずに、彼女は言った。

「生かしておいてください。それだけです。この屋敷から生涯一歩も出さずに。生きてされいれば、あなたの好きにしていただいて構いません。報酬はお望みのままにお支払いいたします。」
「何故、俺ですか?」
「あなたが、不幸になりたがっているからです。」

 初めて彼女は表情を緩めた。

「幸せを求めて生きていらっしゃる方にお願いすることではありませんので。」

 俺は、大きく息をついた。

「お嬢さんは今、おいくつなんですか?」
「15歳です。」
「・・・考えさせていただけますか。」

 ‘不幸になりたがっている’

 彼女のその言葉は、妙に的を得ていて、俺は不愉快だった。

 俺は、・・・確かに死にたがっているのかも知れない。いや、毎日、毎秒、常に‘死’への誘惑を振り切りながら辛うじて生きているのだ。生きたくても生き続けられなかった家族の命を背負ったまま。

 それは、ジワジワと真綿で首を絞められるような思い苦しみだ。いっそ、一思いに殺して欲しいと願ってしまいそうになる、切ない時間だ。

 後を追わなかったのは、復讐という目的があったからだ。
 しかし・・・、やつは死んだ。病に倒れて。

 誰も手をくだせなかった、というより、沢山の呪いと恨みに寄って‘死’への制裁がくだされたのだ、と思うことにした。そうでもしなければ壊れてしまいそうだったのだ。

 死に物狂いで‘生’を選んだ俺に、「生かしておいてくれれば好きにして構わない。」その言い草が気に入らなかった。




スポンサーサイト
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
Tag List  * |
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 2 

光と闇の巣窟(R-18)

 が、結局、俺は引き受けざるを得なくなる。

 その噂はあっと言う間にこの小さな町には広がっていて、すでに俺はその屋敷に雇い入れられてことになっていて、塾の講師の仕事はなくなっていたのだ。

「まだ、引き受けちゃいませんよ!」

 と言ってはみたものの、せっかく俺の代わりに仕事にありつけた若い青年のがっかりした顔を見たら、仕事を取り返す気も失せてしまった。

 俺は、もう今年で30になる。しかし、その若者はまだまだこれからなのだ。可愛い彼女と就職祝いをしていた、という話に、もう何も言えなかった。

 生活に関わるものは全て用意してあるので、と言われ、俺はアパートの家財道具すら彼らに譲って、身一つでその屋敷へ向かった。

 確かに憎い男の娘ではある。
 しかし、彼女自身に俺は恨みはない。

 それでも、その子の中にあの男の面影を見て、俺は憎むだろうか。・・・分からなかった。それでも、引き受けただけのことはしよう、そう、決めた。

「俺の前は誰が彼女に・・・?」

 その日、継娘の部屋を自ら案内する夫人に聞くと、彼女は言った。

「夫が生きている間は、僅か数年でしたが相応の家庭教師をつけておりました。夫の死後、彼女には辞めてもらい、その後はまったく何も。先日、やっと夫の幼い頃からの使用人だった男が亡くなりました。その男は、やはり夫の子どもが主人となりますから、いろいろ手を尽くして教育を受けさせようとしておりましたが、私がすべて断っておりました。ですから、あの子は小学生程度の知識しかないと思います。本は少しは読みますが、何しろ、生まれてから一度もこの屋敷から出ておりませんから。」
「・・・どこが、どう身体が悪いのですか?」
「どこも。」
「・・・は?」
「いたって健康です。」
「では、何故、病弱などと・・・」
「あの子が外へ出て無事に生きていけると思いますか?父親が、財力にものを言わせて悪徳三昧をしているのに、その子が攻撃を受けないとでも?誘拐や強姦、そういう事件に巻き込まれることを夫は心配したようです。」

 聞けば聞くほど反吐が出そうだった。

「俺に、何をしろと?」
「ですから、それはまったくお任せいたします。ただ、生かしておいてください。一応、あの子は、この家の当主ですから。」
「あなたの傀儡の?」
「ええ。」

 悪びれる様子は一切なく、彼女は頷いた。

「夫の残した家も会社も、私の息子が綺麗に引き継いで、この町に貢献していきます。この町はあの子の本当の父親が生まれ育った町。この町を恨んではおりませんから。」
「なるほど。お姫様のお守りを任せてくださる訳か。」
「姫なのか、奴隷なのか、それはあなた次第です。」

 にこりともせずに彼女はそう言って、継娘の部屋の扉の前に立つとノックもせずにドアを開ける。

「茉莉さん、今日からあなたに勉強を教えてくださる京介先生です。」

 ベッドに腰かけていたその少女は、突然部屋に現れた継母の言葉に、そして、見知らぬ男の姿にぎょっとしたようにこちらを凝視する。

 その部屋は、10畳ほどの広さだろうか。窓際に書斎机があり、数冊の本が乱雑に置かれている。そして、ベッドと反対側の壁際に飾り棚のようなものがあり、そこにぬいぐるみだとか人形だとかが並べて置かれてある。テレビやオーディオのようなものはなく、床に散らかっているのはいくつかの書き殴ったような絵とも呼べない代物が描かれた画用紙と色鉛筆だった。

 15歳?これで?

 見かけは、まったく、まだ幼い少女のようだった。飾りのほとんどないすとんとした桃色のワンピースを着せられ、この寒いのに素足のままだ。

 そして、あれほど憎んだあの男の面影はほとんどない。恐らく、母親の血が濃いのだろう。肖像画(今どき、写真ではなく肖像画を描かせているのだ!)を見た限り、この子の母親は儚げな美人だった。

 透き通るほどの白い肌に、くっきりとした黒い目。小さく整った目鼻。肖像画の母親にそっくりだった。

「茉莉さん、こちらに来てご挨拶なさって。」

 言葉は丁寧だが、その口調は冷たく威圧的だ。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 3 

光と闇の巣窟(R-18)

 少女はおどおどと立ち上がり、継母の方へ歩み寄り、隣に立つ俺を怯えた視線で見上げる。

「先生、これが茉莉です。どうぞ、厳しく躾けてやってください。作法も何も知りませんから。」
「・・・分かりました。」
「先生のお部屋は隣ですので、・・・ご案内はよろしいですね?」
「ええ。けっこうです。」
「では、わたくしはこれで。」

 彼女はもう継子の顔を見ようともせずに、部屋を出て行く。

 ばたん、と扉の閉った音に、茉莉は心細そうに扉を見つめる。見知らぬ男と二人きりにされて、どうして良いのか分からないのだろう。

「茉莉ちゃん?」

 俺が屈みこんで声を掛けると、彼女ははっと怯えた視線を俺に向ける。

「はじめまして。俺は今日から君の家庭教師だ。名前は如月京介。」

 茉莉は何も言わない。
 右手を差し出すと、彼女はびくりと一歩後ずさった。

「よろしく、茉莉ちゃん。」
「・・・あ、・・・あの・・・」

 どうも、彼女は家庭教師を雇うという話をまったく聞いていなかったのではないかと思った。

「俺は、君に勉強を教えるために雇われたんだ。分からないことがあれば何でも聞いてくれて良い。どういう方法で勉強を進めるか、これから一緒に話し合いたいんだけど、どうかな?」
「・・・べ・・・んきょう・・・」
「そうだよ。教科書のようなものはあるの?」

 茉莉は怪訝そうな表情を浮かべる。

「じゃ、普段読んでいる本を持ってきて。」

 しばらく俺を見上げてびくびくしていた彼女は、やがて、ゆっくりと机の上から一冊の本を持ってきた。それは植物の図鑑だった。

「これで、勉強しているの?」

 俺は首をひねる。
 茉莉は、聞かれている意味をよく分かっていないようだった。

「分かった。教材は俺が準備する。今日は・・・じゃあ、どうしようかな。」

 塾から何か教材を持ってくるべきだった。まったく勉強道具がない状態とは、正直予想していなかった。

 文字通り、この子は、ただ生かされてきたに過ぎないらしい。最低限の作法と躾のみで、それ以上の教育をほとんど施された様子がない。言葉の読み書きも出来るのだろうか?俺は途端に不安になる。

 それを、俺にわざわざ預けるというのは、どういう趣向なのだ。
 一瞬だけ、俺はその子に同情した。まるで人間の扱いではないその仕打ちに。

 しかし、次の瞬間、俺は感情を排除する。俺の仕事はこの子に勉強を教える。それだけだ。
 それ以上のことに関わりたくなかった。

 彼女はとにかく怯えていてほとんどマトモな話も出来ないので、俺は一旦、その部屋を出た。隣が俺の部屋だといわれていたので、隣の扉を開けてみる。中の造りは彼女の部屋とそれほど変わらなかった。

 ベッドと書棚と、机、そしてパソコンが置いてある。インターネット接続は有線で、電話機もあった。
 そして、ベッドと反対側のスペースにはソファとテーブルが置かれてあった。
 この家の当主の部屋より家具が多くて良いのか?
 俺は、苦笑と共に違和感をおぼえる。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 4 

光と闇の巣窟(R-18)

 クローゼットを開けてみると、ワイシャツや背広が数着と、あとは普段着用といったカジュアルな洋服が並んでいる。下の引き出しには下着類や靴下などが綺麗に揃っていた。

 不意にノックの音が聞こえ、返事をすると、使用人らしき若い女性が立っている。

「夕食のお時間のご希望はございますか?」
「俺?」
「はい。」
「・・・皆さんに合わせます。」
「では、7時でよろしいですか?」
「ええ、どこに行けば?」
「一階の玄関から右へまっすぐの突き当たりになります。」

 彼女は一礼して去っていく。

 廊下へ出てみると、茉莉の部屋の反対側はほどなく突き当たるようだ。何があるのかと思って進んでみると、そこは洗面所及び浴室だった。3階建てのこの建物の、2階は茉莉と俺しかいないらしい。未亡人とその息子は3階で暮らし、1階は食堂と応接スペース。風呂、トイレは各階にあるらしい。

「あら、先生・・・。」

 声がして振り返ると、高篠夫人が立っていた。

「茉莉さんと一緒では?」
「ええ。教材も何もないので、これからちょっと出かけて何か調達してきます。勉強は明日からで良いかと思いまして。」

 彼女は、無言で探るように俺を見つめた。

「何もないとは聞いてなかったもので・・・。」

 言い訳だろうか、と思いつつ、仕方がないので俺は開き直る。

「それは構いません。・・・先生、わたくしが申し上げた意味をどう捉えてらっしゃるんでしょうか。」
「茉莉・・・お嬢さんの学力についてですか?」
「違います。私が‘生かして’おいていただければ、あとは構わないと申したことです。」
「・・・まぁ、いろいろ考えられなくもないですが、とりあえず、俺は教師として雇われましたので、少なくともご期待には応えたいと思いますが。」
「先生は、ご家族を奪った男に復讐を考えませんでしたの?」
「考えない訳はありません。」

 俺は、言った。たった一人、生き残ってしまったあの日。父も母も、妹も、俺は愛しい家族を全て失った。車で海に落ちた俺たちは、しかし、たまたま俺だけが割れた窓から放り出されて、海面に浮かんだのだ。

 そこまで追いつめられていた両親。生意気で可愛かった妹。
 二人が死を免れないほど追いつめられた理由を知って、絶対に許せないと俺はあの男を呪った。

 だけど、そいつはあっけなく5年前に逝ったのだ。

「俺が手をくだす前に病気に殺されるとは思いませんでしたけどね。」
「同じ血が、あの娘の中に流れているとしたら?」

 この女の謂わんとしていることは、なんとなく分かっていた。

 憎いのだだろう、ただひたすら。恋人を殺した男を。そして、あの子に恨みを転嫁し、苦しめることで彼女なりの復讐を果たしたいと考えているのだろうか。

「そうですね。憎しみはくすぶり続けるでしょう。」
「・・・では、お分かりいただけますわね?」
「ええ。」

 俺は素っ気なく頷いた。

「俺も、正常な男ですし。そこまでお膳立てされればいずれはご期待に副うことになるかとは思われますが・・・、今はまだ、彼女は、あまりに幼すぎます。」

 夫人は少し表情を動かしたが、何も言わなかった。
 ただ、彼女の背後に、どす黒いものが蠢く影を見た気がした。
 この家は一体なんだ?と思う。
 歪んだ欲望と恨みの巣窟か。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 5 

光と闇の巣窟(R-18)

 その夜、町で調達してきた教科書や問題集などを抱えて俺は屋敷に戻って来た。
 夕食は、食欲を失うほど静かだった。

 最低限、食事のマナーだけは躾けられているようで、茉莉も静かに食事を進行させていたが、それでも絶えずおどおどと継母の顔色を窺っていた。

 彼女の息子は、利発そうで、凛とした綺麗な瞳をした男の子だった。茉莉より4歳下ということは、今年、小学校5年生くらいだろうか。母親に何か言われているのか、姉に対して、何の関心も払わない。まるでそこには誰もいないように振舞う。母親から恨みつらみを聞かされて育ってきたのだろう。

 それはそれで、気の毒な気がした。

 恨みや憎しみからは、‘何も’生まれないのだ。しかし、そう思えたのは俺もごく最近のことだ。5年前にあの男が死んで茫然とし、たっぷり数年間、俺は生きなければならない理由を見失ったままだったのだから。

 食事を終えて、それぞれが席を立ったとき、夫人は茉莉を呼び止めた。

 俺は、先に失礼させてもらって、さっさと浴室でシャワーを浴びて、部屋に戻った。インターネットで、何かもっと良い教材を探してみようと思ったのだ。言葉すらろくに教えてもらっていないのでは?という状態の子に、どの程度までレベルを落として進めて良いやら・・・。

 教材の検索に飽きて、ニュースなどを動画で観ているとき、ふと、ドアをノックする音が聞こえたような気がして振り返る。ドアを凝視したが、その後、何の音もしない。

 気のせいか・・・?
 また画面に視線を戻すと、やはり微かにドアを叩く音が聞こえる。

「どうぞ?」

 振り返って答えてもドアは開く気配はない。
 俺は立ち上がってドアまで行き、扉を開けた。そこには茉莉がパジャマ姿で所在無く立っている。

「・・・茉莉ちゃん?」

 俺が声を掛けると、彼女はびくりと震える。

「どうしたの?何か用?」

 茉莉は両手を握り締めて震えている。

「怖い夢でもみた?」

 まだ寝る時間でもないのに俺は他に思いつかずにそんなことを聞いてみる。しかし、彼女は小さく首を振った。

「・・・部屋へ戻って休みなさい。話なら、明日聞いてあげるし、明日から勉強を始めるから、今日は休んでおいた方が良いよ。」

 しかし、茉莉は目に涙をいっぱいためて首を振り続けた。

「・・・もしかして、誰かに何か言われてきた?」

 茉莉は、小さく頷く。
 誰に何を言われたかは聞かなくても分かった。
 俺はため息をつく。

「君、夜中にそんな格好で男の寝室を訪ねる意味、分かってるの?」

 茉莉は、怯えきった目で俺をそっと見上げる。ある程度の知識を与えられてきたか、或いはまったく何も知らされずに送り込まれたか、どっちかだろう。

「分かった、まず、入りなさい。」

 俺は、茉莉を部屋の中に引き入れた。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 6 

光と闇の巣窟(R-18)

「いつもは何時くらいに眠ってるの?」

 彼女をベッドに座らせて、俺は聞いてみた。

「9時・・・。」
「早いね。」

 俺は呆れる。そうすると、もうそろそろこの子は眠る時間だ。

「じゃ、先に休みな。俺のベッドで良いから。」

 さすがに、俺はまだ眠れない。今日買ってきた教材に一通り目を通して、内容を把握しておこうと思っていたのだ。それに、階下の応接間にテレビがあることを知っていたので、後で、ちょっと観に行こうと考えていた。

 茉莉は、しばらくどこか落ち着かない様子だったが、やがて、ベッドにもぐり込んで丸くなると、そっと目を閉じた。

 俺が立ち上がって本を開いたりパソコンに戻ったりする度に、茉莉ははっと目を開けていたが、その内、俺がまったく彼女に対して関心を示さずにいると、やがてすうすうと寝息が聞こえ出した。

 その無邪気な寝顔を見ていると、とても15歳とは思えない。そして、あの男の血が流れているということも何かの間違いではないかという気すらしてくる。あの夫人と同じく、先妻も、元の恋人(いたのかどうかは知らないが)の子どもを身ごもったまま嫁いできたんじゃないか?などと思いたくなった。

 教科書に目を通すだけのつもりが、教え方をいろいろ考えている内に、思ったより時間を喰ってしまった。
 もう11時を回り、俺も眠くなってきた。

「教えながら遣り方を検討していくか。」

 寝ようと思ってベッドを振り返り、ああ、この子がいたんだ、と思い出す。

「いくら継子でも、あんまりじゃないか?」

 しかし、彼女の気持ちも分からなくもなかった。

 俺も思い出していた。彼女の悲恋物語を。夫人の恋人だった男は、最後には、自分のせいで会社に迷惑が及ぶのを恐れて、知り合いや友人がどんなにこっそり雇ってくれようとしても、自分から断って、自分と関わりを持ったばかりに潰された会社に保険金が下りるように契約書を書き換えて、自ら命を絶ったのだ。

 遺書は、なかったそうだ。
 そのとき、あの夫人は復讐を誓ったのだろう。彼女は、初めから復讐のためにこの家にやってきたのだ。

 そして、あの男の血が流れている。それだけで、もうこの子は許し難い存在なのだ。
 殺された方がマシだと思わせながら、生きたまま心を殺していくつもりなのだろう。
 その同志として、同じように家族を殺された俺が選ばれたのだろうか。

 すうすうと寝息を立てる少女を見下ろし、無防備なその白い肌に紅い花を散らす瞬間の欲望を考える。ただ、怯えて毎日を暮らす憐れな生贄。飢えた狼に与えられた子ウサギの運命など知れている。

 しかし、その夜は、何故か俺はその気にならなかった。あまりに陳腐な筋書きに、バカみたいに乗りたくなかったというのだろうか。

 いや。それでも、この子には人を狂わせる魅力が確かにあると思う。儚げに美しい、ガラス細工のように完璧な人形を、この手で壊してみたくなる。この腕に鳴かせ、狂わせてみたい。そんな欲望が首をもたげる。

 別に急ぐ必要はない。この子はもう俺に与えられた獲物だ。
 茉莉の隣にそっと横になると、彼女は軽く身動ぎした。

 幼い顔。やせた白い手足。まだ充分ではない胸のふくらみ。細い足首。・・・少女だ、と思った。清らかで、まだ男を知らない、この世に男女がいることの意味すら知らない娘。

 おやすみ、と額に口付けて、俺も眠りに落ちた。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 7 

光と闇の巣窟(R-18)

 翌朝、目覚めた茉莉は、しばらくぼうっとして辺りを見回し、そして、俺の姿を見つけてぎくりと強張った。

「おはよう、茉莉ちゃん。部屋に戻って着替えな。」

 俺もまだ起きたばかりで、寝巻きのままソファで新聞を読んでいた。朝早く誰かがドアの前に置いていってくれたものだ。

「・・・おはようございます。」

 茉莉は、小さな声で俺をこわごわ見つめ、そうっとベッドを抜け出す。そして、そろそろと足音を忍ばせて俺の様子を気にしながら、扉を出て行った。その姿が完全に消えてから、何故か俺はおかしくなってくすくすと笑い出した。

「あの子は、いったい何のためにここに来たのか、分かってるのか?」

 朝食も7時と言われていた。もう6時過ぎだった。俺はシャワーを浴びるため、浴室へ向かう。
 厳粛な朝食を済ませて、俺は茉莉に本格的に勉強を教え始めた。

 そして、分かったのは、ほんの触りだったが確かに彼女は以前勉強した跡がある、ということだ。基本的な字は書けるし、読解力もまったく育っていない訳ではないということ。

 少し安心して、俺は小学生レベルの勉強から始めることにした。

 休憩を何度も挟みながら、国語と算数を中心に進めていく。そして、俺がよく使うのは‘音楽’や‘美術’といった芸術鑑賞と、ちょっとした演奏、ちょっとしたdrawingだ。昨日、茉莉は床一面に画用紙を広げていた。この子は絵を描きたいのかも知れない、と俺は思った。

「じゃあ、今度は何かを描いてみようか。」

 茉莉が、机の片隅にまとめて置いてある画用紙を指さすと、彼女はびくりと強張った。

「どうしたの?」

 俺が何か言う度に、初めは怯えてばかりだった茉莉も、時間が経つにつれ、俺の話をとりあえず怯えずに聞けるまでは進展していた。だから、今、そんな風に怯えるのは、俺の言い方が原因とかではなく、絵を描くということに起因していることと思われた。

「・・・それを描くと怒られる?」

 茉莉は俺をひどく悲しそうな目で見上げ、小さく首を振る。
「じゃあ、描いてみて。何でも好きなものを。」

「・・・好き・・・な、もの。」
「そうだよ。花でも、食べ物でも、そこに並んでいるヌイグルミでも良い。」

 茉莉は、恐る恐る俺を見上げて、そっと画用紙に手を伸ばす。白い紙を一枚、目の前に広げ、じっと何かを考えていた。それでも、散らばったままの色鉛筆には手を出さない。俺はしばらく放っておいてみた。

 すると、おもむろに彼女は鉛筆を取って、さらさらと線を描き始める。見ているとそれは人の顔のようだった。
 そして、彼女の画力に、俺は驚いた。

 それは、肖像画の母親の顔だった。俺は、はっと胸を突かれた。無意識に彼女が求めるもの。唯一彼女を愛し、守ってくれた本当の母親。僅かな時間でも、この子にとって、最高に幸福で、そして二度とは得られない時間だったのだろう。

 そして、母親の絵を描き続ける継子を、当然継母が快く思う訳もなく、この絵を描こうとするときっと苛められるのだろうと予想には難くなかった。だから、この子は、絵を描くことすら怯えるのだ。

「素晴らしい。とっても上手いよ、茉莉ちゃん。」

 俺が背後でそう感嘆の声をあげると、彼女は驚いて振り返った。ここに、俺がいることを忘れていたような驚愕の表情だった。そして、慌ててその絵に覆いかぶさるように母の絵を隠す。

「俺は怒ったりしないから、大丈夫。」

 俺は笑った。

「良いよ、好きなだけ描いて。」

 そう言って、俺は彼女の背後に椅子を引いて座った。
 茉莉は、しばらく固まったままだったが、やがてそっと顔をあげて、ゆっくりと振り返った。

「気が済むまで描きな。今日は勉強はここまでで良いよ。」

 午前中いっぱい机に向かわせたので、午後は庭を散歩でもさせようかと思う。

 屋敷から一歩も出すな、との夫人の言葉が過ぎったが、俺の好きにして良いとも言った。いずれ、俺にくれた生贄だ。俺がどう扱おうと文句はないだろう。

 茉莉は、しばらく茫然と俺を見つめていた。そして、静かに机に向き直ると、丁寧にその絵を仕上げ始めた。
 そばにいたいのだろう。ほんの一瞬でも良いから、優しかった母親の面影を感じたいのだろう。
 それに没頭していられる時間だけが、彼女が母親と対話できる唯一の慰めなのだ。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 8 

光と闇の巣窟(R-18)

 昼食は部屋に運ぶようにと言われているらしい。

「先生の分もこちらにご一緒にお持ちしてよろしいでしょうか?」

 と、言われて、俺は頷いた。

「お願いします。」

 よく見ると、部屋の隅にテーブルが片付けられてあった。ホテルの部屋にあるテーブル並みに小さかったが、なんとか二人分の食事を乗せられるスペースはありそうだ。

 俺は、それを出して食卓の用意を手伝う。

「先生、けっこうですよ。お勉強を続けてくださって・・・。」
「いや、もう終わりましたから。」

 茉莉はぼんやりと、動き回る俺の様子を眺めている。そして、使用人が食卓を整えて出て行くと、いつものことなのだろう、すうっと寄ってきて椅子に腰かけた。

 サンドイッチとスープ、という食事だった。

「俺もここで一緒に食べても良い?」

 きょとん、と俺を見上げたまま動かない彼女に、俺は聞いてみた。
 初め、何の反応もなかった茉莉は、やがてこっくりと頷いた。

「ありがとう。じゃ、一緒に食べようか。」

 心なしか、茉莉は少しほっとしたように見えた。




 午後、外へ連れ出そうとしていたら、茉莉は久しぶりに勉強をして疲れたのか、昼食を取って少し休憩している間に眠ってしまった。

 起こしてまで散歩させる意味もなかったし、何より外は寒かったので、俺はしばらく放っておいた。
 彼女の部屋で自分の本を読みながら、その午後は俺はただダラダラ過ごしてしまった。




 その夜は、さすがに彼女はやってこなかった。俺は、教材を検索するついでに、ふと思い立って絵の具や画用紙などをネットで注文してみる。それから、人物画の画集なども。

 何故、そんな気になったのかよく分からなかったが、俺は、やはり多少彼女に同情していたのだろう。

 茉莉が使っていた色鉛筆は、長さが既にバラバラで、もう使えそうにないくらい短くなった色もあったし、画用紙に至っては、絵を描くためのもの、というよりは、その辺にあったものを利用している・・・という感じの質も悪いものだったのが、気になっていた。

 あの男の子どもに生まれてしまったのが罪だというのなら、あの子は、もう充分にその罪を償っているのではないだろうか・・・。

 そんな気がしたのだ。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 9 

光と闇の巣窟(R-18)

 それから毎日、俺は真面目に仕事をこなしている。

 茉莉は言われたことは必死にやろうとするので、基礎がまったくない分野についても、少しずつ理解できるようになってきた。

 子どもは本来、学びたい生き物で、学習欲というものがある。そして、少しずつでも理解できてくると、学ぶことがどんどんおもしろくなってくるのだ。

 高篠夫人は、茉莉が次第に勉強に対して意欲を見せ始めたことを当然の如く快く思わなかったようだ。
 数日後、再度、夜中になって俺の部屋の扉がノックされる。

「・・・良いよ、入りな。寒いだろ。」

 茉莉がやはりパジャマ姿で立っていたのだ。
 寒さに赤くなっている足を見て、俺は呆れる。

「どうして、君、いつも素足なの?何か履きなさいよ。」

 足があまりに冷たそうで、俺はその小さな身体を思わず抱き上げた。茉莉は小さく悲鳴をあげ、そして、次の瞬間には、はっと青ざめて両手で口をふさいでいる。

「どうしたの?」

 そのままベッドに運び、毛布を掛けてやりながら俺は彼女の顔を覗き込む。
 茉莉は、両手で口を押さえたまま、小さく首を振る。

「・・・お継母様に何か言われてるのかい?」

 ぴくり、と彼女の身体は震えた。

 大人しく相手の言うことを聞きなさい、といった類のことを言い含められて来ているんだろう、と俺はため息をつく。ここまで綺麗にお膳立てされると、さすがに興醒めする。この子は、男と女のことなんて何の予備知識もないのだ。

 俺は、茉莉を胸に抱いて傍らに横になる。
 そして、震える背中を包み込むように抱いて、長い髪をそっと撫でた。

「君には、まず、こっちだね。親の抱擁が必要だろう。」

 母親が亡くなり、父親が病に倒れてから、この子は、継母に憎まれ、蔑まれて、一かけらの愛情を与えられることもなくここまできたのだろう。彼女を気に掛けてくれていた唯一の使用人が亡くなり、もはやこの子を守る者は誰一人いない。継母の復讐の対象として、更に過酷な生活を強いられていくだけだ。

 俺も、婦人の駒の一つに過ぎない。

 人と関わる方法も知らず、外の世界も知らず、そして、男という生き物の性に対する欲望も知らない。
 これだけ虐げられ、精神的苦痛を与えられて閉じ込められていたら、一見して分かるほど発育が悪くて、もしかして月のものも始まっていないのかも知れない。

 そんな謂わば奴隷並みの扱いで生かしておいた挙句、父親を恨んでいる男の餌に与えようというのだ。
 さすがに、もしかして我が子といってもおかしくない程度に幼い少女を抱く趣味はなかった。

 同性愛者でもなければ、不能者でもないが、俺は、そういう意味でも正常の部類だと思う。この子はあまりに幼すぎるのだ。

 しばらく俺の腕の中に固まったままだった茉莉は、次第に睡魔には抗えずに眠りに落ちていった。
 冷えていた細い身体が温まり、気持ちよくなったのだろう。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 10 

光と闇の巣窟(R-18)

 がしかし、あまりにも夫人の意に沿わないことばかり続けていると、彼女が怒って家庭教師をあっさり解雇されかねないので、俺もちょっとは考えようとは思う。小さなこの町では、仕事を探すのも容易ではないのだ。

 それでも、高篠夫人も、茉莉にもともとそれほど関心を抱いている訳ではなく、息子の世話や教育に忙しいため、しばらくは様子を見てくれているような気配があった。

 あれから、茉莉は寝る時間になると普通に俺の部屋を訪ねて来るようになった。そして、扉を開けて迎え入れ、眠りに落ちるまで胸に抱いてやると安心したようにすうすう寝息を立てるようになっていた。高篠夫人は、まさかただ添い寝しているだけとは思っていないらしく、それでとりあえず満足してくれているらしい。

 やがて、冬の気配は色濃くなり、積雪が始まった。
 茉莉に勉強を教え始めて一月と半分が過ぎた。

 継母と一緒の食事だと、彼女は怯えて満足に食べられないということを発見したので、俺は、食事は二人で部屋で取りたいと申し出た。

 一瞬、俺を見つめた夫人は、何かを勝手に納得したらしく、良いでしょう、とあっさり許可してくれた。以来、使用人には迷惑を掛けているが、食事は茉莉の部屋に二人分運び込んでもらって、そこで食べている。

 俺に大分慣れて、くつろぐことを覚えてきた茉莉は、継母と一緒に食卓に就かなくて済むようになった途端、ほんの少しずつだったが食事の量が増えていった。

 それまで、どれだけこの子はすべてに遠慮し、何もかもを奪われてきたのか。



 
 俺も、家族を失った悲しみや、意に沿わないことをしたからと、銀行の融資を凍結され、仕事の邪魔をされ、生きていけなくなった両親の恨みは忘れられはしない。道連れにされた妹の悲しさも。

 だけど、本気で‘復讐’を考えたのは、あの男がまだ元気で相も変わらず、この町の名士として君臨していた時期だけだった。

 病に倒れた噂を聞き、誰一人見舞う人間もなく、惨めな最後を聞いたときには、何もかもが虚しくなっていた。
 そんな男を糾弾したところで、自分が弱いものイジメをしている気分に陥るだけだったのだ。

 復讐は確かに果たせずに、恨みも憎しみもくすぶったままだ。

 しかし、それを、同じ血を引いているからという理由だけで茉莉に転嫁させる気にはならなかった。もし、まだあの男が生きているなら別だ。あの男の前でこの子を辱めることが出来たら、これ以上の復讐はなかったかも知れない。

 しかし、苦しめるべき男はもういない。

 そして。
 必死に俺の教えることを吸収しようとする茉莉が、可愛いと思えるようになっていた。それは、純粋に教師と生徒の関係でしかない。

 まだ、その程度なのだ。




(※最初から読む:光と闇の巣窟 1


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(4) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生贄) 11 

光と闇の巣窟(R-18)

 大分時間が経ってから、注文した画材や画集が届いた。

 包みを開けて、確認する。絵に関しては俺は素人でよく分からないが、届いた色鉛筆はそこそこの値段でまあまあ色が揃っているし、画用紙も彼女が使っていたものよりは質が良い気がした。

 まぁ、こんなものだろう。

 翌日、それを彼女に見せると、茉莉は一瞬ぽかんとした後、遠くの景色を眺めてでもいるような奇妙な表情をした。つまり、独り者が、いちゃつくカップルを遠くで羨ましそうに眺めているような、そんな目だ。

「茉莉ちゃん、これは君にプレゼントだよ。」

 差し出しても受け取ろうとしないので、俺は言った。
 すると、茉莉は呆けたように俺を見上げた。

「今日からこれを使って好きなだけ描くと良いよ。」

 言われたことをまったく信じていない顔だった。ほら、と彼女の小さな手に、大きなセットを渡してやると、彼女は手の中の真新しい色鉛筆のケースを、綺麗な画用紙の束をじっと見つめて、しばらく動かなかった。

「どうしたの?」

 さすがに俺は不思議に思って彼女の顔を覗きこんだ。
 絵を描く子というのは、画材にそれなりにこだわりがあるんだろうか?気に入らなかったかな?とふと心配になっていた。

 茉莉は、不意にぽろぽろと涙を零した。

 それまで、俺は彼女が泣く姿を見たことがなかった。どんな扱いをされても、冷たい言葉を浴びせられても、彼女は俯いて怯えるだけで、涙を流したりはしなかった。

 俺は、正直、ものすごく驚いた。

「・・・ど、どうしたのさ?」

 慌てて彼女の涙をハンカチで拭き取りながら、俺は彼女の肩を抱く。

 そんなつもりはなかったのに、ちょっと声を荒げたら、女生徒に泣かれてしまって焦った遠い日のことが鮮明に浮かんだ。

 あのときは、本当に困った。そんな甘い気持ちじゃ、君の志望の大学へなんか行けないぞ、と思わず怒鳴ってしまったのだ。もう追い込みが掛かっている時期に、宿題を出さないと家で勉強してこない状態の子で、成績はそれほど悪くないが、どうも考え方が片寄った子だったのだ。

 以来、彼女は真面目に勉強するようになったが、泣き出されたときには周囲から一斉に注目を浴びて、本当に焦った。

 しゃくりあげながら、茉莉は小さな声で何か言った。よく聞き取れなかったが、ありがとう、と聞こえた気がする。

 物心ついてから、茉莉は誰かにプレゼントを貰ったことなんてなかったのだろう。
 俺は、思った。
 そういえば、この子は誕生日なんて祝ってもらったこともないんじゃないか?と。

 その後、茉莉は、俺が贈った画材を丁寧に本当に大事そうに使っている。そして、時折、画集をじっと見つめている。それは、初恋の相手をうっとりと眺めているとでもいうような甘く厳しく切ない目だった。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 12 

光と闇の巣窟(R-18)

 一般常識を、茉莉があまりに知らないので、俺は保健体育の教科書を手に入れて、女の子の月のもの、つまり月経に関する知識とか、雌雄の成り立ち、生殖の仕組みなどの講義を試みてみようと考えた。

 いずれ、どうしたって知ることになるものだし、理科学の基礎でもある。
 まぁ・・・スケベ心がまったくないといったらそれは嘘になるが。
 もう、冬も明ける頃だった。

 その頃になると、茉莉の体重はぐんと増えたのではないだろうか。見た目の身体つきも少し丸みを帯びてきたように思う。もっとも、俺は毎日見ているのであまり変化は分からない。

 しかし、何かの拍子に抱き上げたとき、今まで本当に人間か?仔猫じゃないのか?という軽さだったのに対し、少し出応えを感じた。つまり、胸や尻の辺りにだ。

 ふうん、と俺はしばしその手に受けた感触に感慨を抱く。
 少しは‘成長’したらしい。

 その日の午後、生物の進化とか発生の仕組みと共に、植物から始まり、動物の生殖を講義する。卵生生物から胎生生物に至る進化など。

 生命の始まりが、雌雄の交わりから発生すること。

「人間も同じなんだよ?」

 と、最後に言うと、茉莉はきょとん、と俺を見上げ、不思議そうに呟く。

「にんげん・・・」

 彼女の口から発声されたそれは、何か別の生物のように感じられるくらい、茉莉は、自分もその一員であるとは信じていないことが明らかだった。

「君も、そうやって、お父さんとお母さんの遺伝子を半分もらって生まれてきた。分かる?」
「遺伝子?」
「そう。雄の精子と雌の卵子が融合して、一個の人間が出来上がる。」

 茉莉はぼうっと俺を見上げたままだ。

「魚は、雌が卵を産んだ瞬間に精子を撒いて受精させる。鳥や牛・馬なんかになれば、雄が直接自分の精子を雌の胎内に送り込む。高等動物になればなるほど、自分の子孫を確実に残せる確率があがるのさ。」
「直接・・・?」
「そうだよ。鳥だって動物だって、交尾をするだろ?」

 言ってから、そうか、この子はそういう光景を一切見たことがないんだと思い出す。テレビすら、見せてもらったことがあるのだろか?この高度に経済の発展した日本国内で、文明の恩恵を受けていないのはむしろこの子だけではないか、と思う。

「今度、写真でも見つけて見せてあげる。」

 茉莉は、いつまでも不思議そうに俺を見上げていた。その純粋な興味の光が、どこか恍惚とした色を帯びたように見えて、俺は初めて彼女を異性なんだと認識する。

「・・・試してみるかい?」

 思わず俺は、からかい半分でそう口にする。

「え?」

 茉莉は、当然、その意味など分からない。俺は、こちらを見つめている茉莉の頬にそっと触れて、ちょっと意地悪く微笑む。

「生殖の仕組みを、教えてあげようか?君のその・・・」

 すうっと、首に手を滑らせて俺はもう片方の手で彼女の背中を抱き寄せる。

「そう、この身体に。」

 茉莉の顔にさあっと恐怖ともとれる色が浮かんだ。そういうことは本能的に何かを感じるらしい。

 一瞬、身を固くした茉莉は、しかし逃げようとはしなかった。継母の言葉が、彼女の身体の奥深くまで支配しているのだろう。生きていくためには、彼女の言葉に従わざるを得なかったから。

「写真なんかで見るより、よく分かるよ?」

 尚も追いつめてみると、泣き出すかと思いきや、茉莉の瞳は不意に揺れた。
 あれ?と思った。
 微かに震えてはいたが、拒絶の空気はなかった。

「茉莉ちゃん?・・・君、言われてる意味分かってる?」

 俺は、表情を緩めて彼女の顔を覗き込んだ。
 潤んだ瞳のまま、彼女はちょっと首を傾げ、小さく首を振った。
 まあ、それはそうだろう。

 もうすぐ、夕食だし、と俺は彼女の身体を抱いたまま考えた。ふざけるのもいい加減にしておくか。
 俯き加減の茉莉の顎をくい、と持ち上げてその唇に軽くキスを落とし、俺は彼女の身体を解放した。

「さて、じゃあ、今日はここまでにしておくか。もうすぐ、夕食の時間だし、片付けてね。」



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 13 

光と闇の巣窟(R-18)

 その夜、茉莉は俺の部屋に来なかった。
 う~ん、さすがに身の危険を感じたか。

 自分の仕事を終え、さて、俺も寝るか・・・と思った頃、不意に扉の外に人の気配がした。
 そんなこと分かるもんか!と俺も思うのだが、なんだか、そんな気がしたのだ。

 気になって扉を開けて見ると、そこには茉莉がいた。相変わらず裸足でまったくの寝巻きのままで。身体を丸めてドアの前にうずくまっていた。

「何してるの?茉莉ちゃん、いったいいつからここにいたの?」

 俺は呆れて彼女の身体を抱き上げる。すっかり冷え切って、彼女は震えていた。

「バカだね、入ってくれば良かったのに。俺が気付かなかったら、このまま朝までいるつもりだったのかい?」

 いつもならもうとっくに眠っている時間なのに、茉莉はしっかりと目を見開いていた。

 小さな身体をすっぽりと包むように胸に抱いて、俺は一緒にベッドにもぐりこむ。茉莉は何も言わなかった。もともと口数は少ないし、感情表現すらほとんど出来ない子だが、その夜は、なんだかいつもと様子が違っていた。

「先生・・・」

 細い声が聞こえた。

「どうした?」

 きゅっと小さな手が俺の胸元にすがりつく。
 その震える背中を抱いてやると、茉莉は安心したようにすうすうと眠りに落ちていった。
 自分でも、よく分からなくて、分からないことに混乱していたのだろう。
 茉莉は、それまで、‘恐怖’以外の感情を抱く機会すら与えられてこなかったのだから。




 ‘血’とは、なんだろう?

 その身体に流れる赤い液体。それが巡って生命が始動する。生物の発生学的には、心臓よりもまず始めに血管が出来て、血液成分がすでにその中を満たしているという。次第に血管の一部が膨れて筋肉が発達し、心臓が形成される。

 だけど、それは親から与えられるものではなく、作り出すのは新たなそれぞれの命独自のものだ。遺伝情報、設計図だけが親から子へと伝わる。交じり合うことはないのに、同じものを作り出すようになっている。

 同じ過程で出来たものは、同じ道を辿ることが多い。それだけのことだろうか。それとも、呪いのような、病んだ形質はそのまま受け継がれるのだろうか。

 この小さな身体の中に、あの男に通じる‘絆’が潜んでいるのだろうか?
 腕の中の少女を抱いたまま俺はそんなことを思う。

 いつか、この子を憎み、呪い、めちゃくちゃにしてやりたいと思うのだろうか?
 この屋敷全体を覆う黒い歪みのようなもの。
 それが、悲しみから派生していることが辛い。

 誰も彼もが悲しみ、苦しんだ結果が恨みとなり、呪いとなってじわじわとこの空間を侵食している。いつか、俺もその闇に呑みこまれ、この子は、最後の救いを失うのだろうか。
 


(※最初から読む:光と闇の巣窟 1


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 14 

光と闇の巣窟(R-18)

「ちょっと外出して来たいのですが。」

 さすがに、毎日屋敷に閉じこもっていると俺もおかしくなりそうで、翌日、俺は高篠夫人にそう申し出る。

「・・・お一人でですか?」
「え?・・・ああ、そうです。俺が、です。」
「どうぞ。」

 夫人は、あっさりと許可をくれた。休日のない状態はさすがに疲れた。勉強を休みにしてしまうと、むしろ、俺が暇を持て余してしまうので、午前中だけでも、茉莉の部屋を必ず訪ねていたのだ。

「茉莉ちゃん、今日、先生は外出してくるから、君も勉強は休みにして、好きなことをしてて良いから。」

 出かける前、茉莉の部屋に寄って、俺はそう告げる。
 茉莉は少し表情を動かしたが、特に何も言わず、頷いた。そして、そのまま机に向かって絵を描き始めたので、俺も安心して出かけた。

 ここにいると生活に関わる経費がかからないので、給与は正直貯まる一方だった。

 家族の墓参りや、思い立って美術館へ足を運んでみたりした。絵葉書などを買い求め、茉莉のお土産にしようと思う。

 芸術に関してうとい俺は、彼女の絵には何のアドバイスも出来ない。せめて、そういう資料を提供してやれば、彼女の感性で何かを得るだろう。

 一日町をぶらついて、夕方、屋敷に戻った。
 もう雪も溶け始め、春の気配が少しずつ漂い始めていた。

 夕食に間に合ったので、自分の分も茉莉の部屋に運んでもらうように手配して、俺は、茉莉の部屋を訪ねた。ノックをしても返事がないので、おや?と思って、そのまま扉を開けた。

「茉莉ちゃん?」

 部屋の様子がおかしかった。床一面に画用紙が引き裂かれて散らばり、俺の買ってあげた色鉛筆が散乱している。そして、茉莉の姿がなかった。

 名前を呼びながら部屋をぐるりと探してみると、茉莉は、ベッドの脇の暗がりに膝を抱えてうずくまっていた。

「・・・どうしたんだい?」

 茉莉は、顔を上げて俺を見た。その目がまるで死んだように虚ろに曇っている。手を伸ばすと、彼女はすっと身を引いた。口を固く結んで、瞳に感情は見られなかった。

 一瞬、俺は彼女が泣いていたのかと思った。感情のない瞳には涙の跡はなかったが、部屋の空気に何か叫びのこだまのようなものが濃厚に残っていた。

 どうして良いのか分からなくて、俺はとりあえず、逃げようとする茉莉の身体を捕えて抱き寄せた。

「いやぁぁぁぁ・・・っ」

 初めて、茉莉は俺の腕から逃れようともがく。

 何故か分からない。そのとき、俺は今このままこの子を離してはダメだと感じた。俺は渾身の力を込めて、暴れる茉莉の身体を押さえ込み、抱きすくめた。

 それでも、茉莉はしばらく泣き叫んでもがいていた。その抵抗は意外に激しく、俺も本気になって必死で押さえ込む。何かに突き動かされでもするように、狂気の光を宿したまま、茉莉は叫んで暴れ続け、仕舞いには泣き始めた。痙攣するように嗚咽をし、それでも時々俺の腕の中でもがく。やがて疲れたのだろう、泣き声が小さくなり、抵抗が弱まってきた。

 そのとき、夕食の準備に訪れた使用人がドアをノックする。

「あ・・・」

 断ろうと口を開きかけたときには、すでに扉が開いていて、この光景を見た使用人は入り口に茫然と立ちすくむ。

 雑然と散らかった床と、泣き叫ぶ茉莉を押さえつけている家庭教師。
 ・・・通常なら通報されかねない状況だ。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 15 

光と闇の巣窟(R-18)

「すみません、今日は、夕食はけっこうです。」

 俺が振り返ってそう言うと、一瞬、息を呑んで彼女は、分かりました、とそのまま出て行った。

 俺は、何も言わずに、ただ、茉莉の身体を抱きしめて、彼女が諦めて身体を預けるのを待っていた。使用人の登場にも一切関心を示さず、泣き続けていた茉莉は、ようやく疲れてとろとろと眠りに落ちた。

 ぐったりと俺に身体を預けて、すうすうと寝息を立ててている茉莉を腕に抱いたまま、俺はゆっくりと立ち上がり、ベッドへ腰を下ろす。

 改めて部屋の中を見回すと、今まで描いたらしい人物画がバラバラに引き裂かれて散乱していて、そして、それを見るともなしに見てみると、俺は何やら違和感を覚えた。

 茉莉はひたすら母親の肖像を描いていたので、人物画はすべて母親の顔だと思っていた。しかし、今、床に散らばっていたのは男の顔だった。

「・・・俺?」

 思わず呟いた声に、俺も驚いた。
 そうだ、この絵は俺の顔だ・・・。
 どういうことだろう?
 俺は、腕の中の少女の顔を見下ろし、まさか?と思う。

 今まで、一日たりとも休まなかった勉強を今日はしないと言われ、俺は彼女の手の届かない‘外’の世界に出かけてしまった。それが、俺に見捨てられたという風に感じさせてしまったのだろうか。

 この屋敷の中で、唯一、茉莉に関心を持ち、彼女のために心を砕いていたのがここ数ヶ月、恐らく俺だけで、・・・いや、父親が死に、彼女を気に掛けてくれていた使用人が死に、その後は誰も彼女を人として扱ってはくれなかったのだろう。

 そんな孤独の中、家庭教師としての役目でしかなったが、それでも彼女に寄り添っていたのは俺だけだった。

 それを失うかもしれないというのは、茉莉にとって、・・・狭いこの部屋が彼女の世界のすべてであるこの子にとって、そこから俺がいなくなるかも知れない、というのは気が狂うほどの恐怖と孤独だったのかも知れない。

 感情表現もうまく出来ない、思いを伝える術も持たない茉莉は、「行かないで」と言えない。
 恐らく、一日、泣くことすら出来ずに、自らの闇と対峙してきたのだろう。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 16 

光と闇の巣窟(R-18)

 やがて、ぱっちりと茉莉は目を開けて、俺を見上げ、そして、その細い両腕を伸ばして俺にすがりついてきた。

「先生・・・、先生・・・」

 茉莉は、震える声で必死に俺の胸に顔をうずめる。

「ごめん、茉莉ちゃん。もう勝手に出かけたりしないから。」

 震える背中を抱きしめて、肌に触れるほど強く髪を撫でる。少し落ち着いて、やっと身体を離して俺を見つめた茉莉の目は熱く潤んで、・・・彼女は‘女’の顔をしていた。

 俺の心も揺れた。同情より、愛情より、欲望が首をもたげた。
 様々な思惑の渦巻くこの空間。

 俺が、今そうしなければ、高篠夫人は別の誰かを見つけて、どうしたってこの子を追いつめようとするだろう。それを思った瞬間、俺は、言いようのないどす黒い感情が湧き起こってきた。

 おもむろに、彼女の身体を抱き寄せて唇を合わせると、茉莉は微かに震えたが、もう逃げようとはしなかった。

 口をふさいだまま、そうっと茉莉の身体をベッドへ下ろし、俺は更に深いキスをする。熱く溶け合うように舌を吸い、微かに漏れる小さな声に支配欲がむくむくと身体の奥から湧き起こるのを感じた。

 もう、止まらなかった。

 一旦、唇を離して茉莉の着ていた服のボタンを外す。前開きのワンピースをするすると下ろし、下着も一緒に外していく。途中で怯えてイヤがるかと思っていたが、彼女は終始無表情で無抵抗だった。

 茉莉をすっかり裸にしてしまうと、俺もすぐに服を脱ぎ捨て、一瞬、未知なることへの恐怖に、怯えた目で俺を見上げた彼女の細い身体をぎゅっと腕の中に抱きしめる。ほっそりとしてはいたが、茉莉の身体は柔らかく、そして、胸も当初よりは少し育っているように感じられた。俺の肌に当たる柔らかい肌の感触が温かかった。

「保健体育の実践授業しようか。」

 俺は、茉莉の目を見下ろして微笑んでみせる。

「・・・どうして・・・」
「何?」
「どうして、生き物は、子どもを作るの?」

 肌を合わせたまま、茉莉は小さな声で聞く。そこに、恐怖や嫌悪の色はなかった。ただ、そうすれば大丈夫というように、俺の胸にすがりついて小さく震えている。

「それは・・・生命の本能だからね。」

 俺は、努めて穏やかに答える。明らかに俺の目には‘欲望’の色が浮かんでいるであろう。それに茉莉が怯えているのは明白だ。

 茉莉は、どこか放心したような表情を浮かべてはいたが、その奥にどこか好奇の光が見える。

「・・・そんなこと、ずっと考えていたの?」

 茉莉は小さく頷く。
 生命の不思議。生まれてきたことの不思議。生きていくことの不思議。
 そうか、この子は、それを卵を抱くように抱えて生きていたんだろう、ふとそんな気になる。
 何故、生まれてきたのか?それを一番問いたいのは、確かにこの子だろう。

 再度、唇を合わせ、腰の下に手をまわし、ぎゅっと身体を密着させる。茉莉の柔らかい肌に触れて、俺の肉棒が成長するのが分かった。

 茉莉はどこか切なそうな色を浮かべた瞳で、空(くう)を見つめ、喉の奥に流し込まれる熱い液を飲み込んだ。

 彼女の唇を解放し、俺は、その小さな柔らかい胸をそっと両手でそれぞれ包み込み、先端部分を口に含んだ。吸い上げて舌先で弄ぶと、茉莉は小さく身体を震わせ、声をあげた。

「下等生物は、本能のままに子孫を作るけど、高等動物になればなるほど、生命は本来の活動から外れていくんだ。他に楽しいことや快楽を知ってしまって、誰も生殖を行わなくなってしまったら、種が滅んでしまう。だから、神様は人間に性の悦びを授けた。」
「・・・性・・・の悦び?」
「そう、生殖行為に、快楽と至福の瞬間を与えて、脳が興奮するようにしたのさ。」



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 17 

光と闇の巣窟(R-18)

 説明しながら、それでも責めの手を緩めずに、俺は指先で乳首をくりくりと転がした。

「あ・・・っ・・・」

 ぴくん、と背中がはね、茉莉は声を漏らす。

「つまり、気持ち良いって感じるように脳内の伝達物質を配置して、その瞬間、それが大量に放出されるようにした。」

 胸に加えられる刺激で、茉莉はいっぱいいっぱいになっていたようだ。

「男の場合は射精の瞬間、女の場合は・・・そうだね、これから教えてあげるよ。」

 俺は、更に執拗に胸を責めたあと、両足を開かせて花びらを探る。

「・・・イヤっ・・・」

 そこに至って、初めて、茉莉は頬を染めた。逃れようともがく腰をしっかりと抱いて固定し、俺はクリトリスを探り当てて、そこをゆるゆると指の腹で撫でる。
 茉莉は目を見開き、背中がびくん、と痙攣する。

「あっ?・・・あ、あ・・・っ」

 刺激する度に、細い声が鳴く。やがて、膣口から蜜が浸みだしてくる。それをそうっと指先ですくいとって指の腹に塗りつけ、俺は更にクリを責めた。

「ぅっ・・・、ぁぁっ・・・あ・・・っ」

 もがく茉莉の身体を抱きしめる。

「茉莉ちゃん、良い子だから黙って。これは、授業だよ。」

 小刻みに震える茉莉の白い柔らかい肌。クリを刺激しながら、俺は次第に熱くなる彼女の身体に丁寧にキスを落としていく。

 とろとろと蜜の量は増していく。

 俺は蜜の流れ出す入り口から中にそうっと指を入れた。熱い粘膜が絡みついてくる。きゅうっと締まった壁が吸い付くように指を締め付ける。くりくりとかき回すと、その締め付けは一層強まる。

 茉莉の身体はぴくぴくと痙攣し出した。
 親指でクリを撫でながら、俺は膣の中をゆっくりと深くかき回していく。

「あ・・・あっ・・・あぁっ」

 何かがおかしい、と感じるのだろう。身体が勝手に反応を始める感覚に怯えて、茉莉の手は空(くう)をかく。
 そして、次の瞬間、茉莉の背筋を貫いて、絶頂が駆け抜けた。一瞬、身体が硬直し、足先が小刻みに震えて・・・脱力した。

 はぁはぁと目を見開いて、茉莉は、覗き込んだ俺の顔を怯えた瞳で見上げた。

「気持ち良かった?」

 何が起こったのか分からない、という表情だった。
 怯える茉莉をぎゅうっと胸に抱き、恐る恐る俺の背にしがみついた細い腕を感じながら、俺は彼女の耳元にささやく。

「今度は、俺が気持ち良くなって良い?」

 茉莉は、よく分からないなりに、こくりと頷く。

 しばらく彼女の熱い身体と吐息を感じながら、俺はぐったりと絶頂の余韻に浸る茉莉の身体を抱きしめていた。
 やがて、身体を離して、俺は言う。

「男が、同じ状態を味わうのは、射精の瞬間だけ。射精って分かる?」

 茉莉はちょっと首を傾げて頷く。

「人間は、相手の身体の中に直接精子を送り込む。・・・分かる?」

 どうやって?と言いたげに、茉莉は俺をじっと見つめた。

「ここに・・・」 

 と俺は、茉莉の膣をすうっと撫でる。

「ひゃっ・・・」

 びくん、と、茉莉の背中がはねた。


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (生命) 18 

光と闇の巣窟(R-18)

 俺は、かああっと頬を染める彼女を微笑んで見つめ、不意に湧き起こる征服欲のようなものに身体の奥が熱くなる。

 すでに膨張して反り返っている俺のイチモツを、軽く開かせた茉莉の足の間に当てる。膣から流れ落ちていた蜜を先端にこすりつける。それだけで、茉莉は小さく声を漏らしている。

 しかし、彼女はまだ知らない。これから何をされるのかを。

 俺は、茉莉の片足を持ち上げて、まだきゅっと締まったままの蕾の入り口に自身を押し当て、ゆっくりと入り口を押し広げる。

「あっ・・・」

 微かな痛みを感じて、茉莉は身体を硬直させる。更に入り口はきつく締まった。

「茉莉ちゃん、身体の力を抜いて。」

 俺は、そうっと身体を屈めて彼女の唇に優しくキスを落とす。

「楽にしてないと、痛みが強くなる。」

 茉莉は、不安そうに俺を見上げて、なんとか身体から力を抜こうとする。ふうっと、持ち上げていた足が脱力したのを確かめて、俺は再度、中へと探りを入れる。

「・・・っ!」

 茉莉は顔を歪める。まだ幼い少女の身体。俺のモノはかなり大きすぎるだろう。それでも、入り口付近を何度か往復していると、一番きつかったところをずるっと抜けて、中へ滑り込んだ。

 茉莉は、苦痛に表情を歪めて、それでも必死に耐えている。
 熱い壁が絡みついて、締め付けてくる。かなりきつい。

 ゆっくりと、奥へと押し広げるように進んでいく。やがて、最終目的地に到着し俺は奥の壁を感じて止まった。

「ぅ・・・ぅ、ぅ、・・・」
「痛いのは、この最初だけだから。・・・大丈夫?耐えられる?」

 俺は、奥にとどまったまま、まだ動かずに茉莉を見下ろす。

 茉莉は俺の顔を見るどころではないようだ。顔を背け、ただ、必死にシーツを掴み、胎内に感じる違和感に身体を震わせていた。

「茉莉ちゃん?こっちを向いて。」

 声を殺して必死に耐えている茉莉の両頬をてのひらで包み込んで、俺は半開きの茉莉の唇の間から舌を滑り込ませる。

「・・・ん・・・ぅ、ぅ、うぅ・・・っ」

 柔らかい小さな舌を味わう。
 上も下も同時に犯されながら、茉莉はしかしもう抵抗しようとはしなかった。

 俺は、唇を離して、ゆっくりと腰を動かし始める。茉莉は痛みに小さく悲鳴をあげた。必死に俺の腕にしがみつき、或いは、その腕を突っ張って逃れようという仕草を見せたりする。

 ゆっくり中を往復しながら、きつかった彼女の中が次第に潤滑油が浸み出し、少し滑らかになってくるの感じる。

 それに伴って、茉莉の苦痛にあげていた悲鳴が、次第に切ない喘ぎに変わっていくのを見つめる。

 痛みに歪んでいた表情が、少しずつ柔らかく崩れていく。そして、締め付けるだけだった膣壁が絡みつくように柔らかくなってきた。

 俺の興奮も次第に高まってきた。腰の動きを大きく早くしていくと、茉莉は再度悲鳴をあげたが、その声は甘く尾を引いて、時々俺を見上げる瞳は恍惚とした光を帯びてきた。

 茉莉の身体が小さく痙攣し出したことを感じ、俺は、一気に加速する。すると、茉莉は一瞬目を見開き、俺の腕にぎゅっとしがみついたかと思うと、中がきゅうっと締まり、痙攣した。その刺激に俺も上り詰め、抜き出す間もなく、そのまま中で放出してしまった。

 ぐい、と茉莉の腰を引いて身体を密着させ、彼女の身体の奥へ、欲望の熱を注ぎ込む。

 どくんどくんと脈打つように送り込まれる精液の勢いに、茉莉の身体は揺れ、絶頂の余韻で虚ろに空(くう)を見上げている。

 頭の奥が痺れたようになり、一瞬、意識が飛んだような状況なのだろう。
 ゆっくりと茉莉の身体から抜け出すと、一緒にどろりと鮮血の混じった白濁液が彼女の太ももの内側を汚した。

 俺は、ぐったりと横たわる茉莉の身体をそうっと胸に抱いて、傍らに転がった。
 息を整えながら、小さな頭を抱き寄せて額に口付ける。

 茉莉はゆっくりと俺の方に顔を向け、一瞬、瞳の焦点が合って俺を見たと思った途端、涙を一粒零した。そして、だるそうに腕を持ち上げて、俺の胸にすがりつく。

 ぎゅっと心臓を掴まれたような気がした。
 初めて、茉莉を心の底から愛しいと感じた。
 


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (希望) 19 

光と闇の巣窟(R-18)

 その後の数ヶ月、茉莉にとっては生まれて初めて幸せだった時間ではないかと、俺は思う。

 彼女付きの使用人が、あるとき、俺を呼びとめて言った。

「先生、この家には亡くなった旦那様を少なからず恨んでいる者が多いんです。私もそうです。・・・詳しいことは今さらお話したくありませんので申し上げられませんが・・・」

 毎日、食事の支度に来てくれる女性だったので、その頃には俺も大分彼女とは打ち解けるようになっていた。

「初めの頃は、私もお嬢様に対してどうしても素っ気ない態度になったり、多少冷たい口調になったりしておりました。ですけど、先生が被った仕打ちには私達家族は到底及ばないのに、・・・先生はお嬢様に対して、まったく他の生徒さんとお変わりない態度で接してらっしゃる姿を拝見して、私は自分が恥ずかしくなりました。」
「いや、それは違うよ。」

 俺は、結局、男の欲望に負けて茉莉を抱いてしまった。まだ年端もいかない幼いままの彼女を。

「私も・・・お嬢様に対しては、何の恨みもないんです。それを、思い出しました。」

 苦笑する俺に、彼女は、ちょっと唇を噛んだ。君のせいじゃない、と俺はその辛そうな瞳を見て、思った。それは仕組まれたことだ。なぜ、わざわざこの家を恨んでいる人間だけを集めたのか。

 それこそが、夫人の復讐だからだ。誰もが、それに利用されただけなのだ。
 そのとき初めて俺は彼女に名前を聞いた。

「三島です。」

 三島物産。すぐにその名前が浮かぶくらい、有名な事件だ。

「・・・君は、そこの?」
「娘です。」

 事業は潰されたが、彼らは生き延びてようやく今新たな仕事を始めたところだった。そういう過程もあり、彼女は今、茉莉に対する意識を変えられたのかも知れない。

「先生、お嬢様をお願いします。」
「・・・正直、いつまで、ここにいられるかは分からないけどね。」
「お嬢様が、笑っていらっしゃる顔なんて私は初めて見ました。以前なら憎らしいと感じたかも知れません。だけど、お嬢様は、・・・本当に今まで一度もあんな風に笑顔を見せたことはありません。先生がご一緒のときだけ、お嬢様は穏やかな表情をなさいます。それを、守ってあげたいと今は思うんです。」

 そのとき、誰かが近づいてくる足音が聞こえて、俺たちははっとして言葉を切り、彼女はそのまま仕事に戻っていった。




 彼女の言う通りだった。

 茉莉はその頃、俺の前でくつろいだ表情を見せるようになり、甘えるような視線を感じることもあった。あれ以来、茉莉はほんの時々しか俺の部屋に訪ねてこないので、俺も敢えては誘わない。そして、さすがにマトモな状態では彼女を抱くことはない。

 それでも、茉莉は極度に人を恐れなくなり、ほんの少しだが表情が大人に近づいてきた。
 止まっていた時間が動き出したような感じだった。

「先生。外は・・・どんなところですか?」

 屋敷の外へ出たことのない茉莉は、たまにそうやって俺の話を聞きたがった。

「そうだね、店があったり、人が大勢いたり。楽しいことも腹の立つこともあるけど、賑やかで明るいよ。」

 そして、俺はつい、言ってしまう。

「いつか、連れて行ってあげるよ。綺麗な景色もたくさんあるし、美味しいものもある。そこでしか味わえない空気を君に見せてあげる。」

 そういうとき、茉莉は本当にうっとりとした表情をする。その光景を俺を通して見つめているように。

 4月生まれだという茉莉の誕生日を聞きだし、三島さんと二人で彼女のBirthday パーティを開いてあげた。小さなケーキを買ってきて、ローソクを16本立てて、願い事を思いながら一気にそれを吹き消す、ということを初めて実践させてみた。

 そのときの茉莉の子どもらしい嬉しそうな顔を、俺は生涯忘れることはないだろう。
 ほんの少し得意そうな、興奮した少女の笑顔を。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (希望) 20 

光と闇の巣窟(R-18)

 いつしか、俺は、夢見るようになった。
 茉莉と、茉莉の子と、どこか静かな場所で暮らすことを。

 そして、その夢は茉莉のたった一つの‘希望’となった。

 俺は、そのとき、まだそんなに危機感を抱いていなかった。茉莉がまだ幼くて、外に出たことのないこの子を連れ出すことにためらいがあったのだ。

 そして、後にそれを狂いそうなほど後悔する。
 この屋敷に巣食う闇の深さを、甘くみていたことを。




 母親の面影ばかり追っていた茉莉は、俺の絵を描き始め、次第にそれは周りの人間、そしてモノへと移っていった。彼女の世話に訪れてくれる使用人の若い女性、それから往診に来てくれる医者、料理長、そんな風に茉莉の心の世界は広がっていった。

 おどおどと落ち着きのなかった瞳に正常な光が穏やかに宿るようになり、周りの風景が見えるようになってきた。

 それでも、茉莉の俺に対する執着のようなもの、不安定になったときに逃げ込む先としての俺の役割は変わらなかった。いや、益々その重みを増していたかも知れない。

 最近では、滅多に会うこともなくなった継母と弟。二人の姿を見かけたりすると、未だ彼女は無意識的な恐怖に不安定になる。そういう夜は、俺の腕の中で小さくなって震えている。身体が強張って、ともすると呼吸すら止めてしまいそうになっている。

 それまで、世界がきっぱり閉じていた茉莉は、明確な憎しみや蔑みをむしろダイレクトに受け取ることなく、ぼんやりとしたまま過ごしていたのだろう。それが、誰かを必要とすること、誰かに愛されたいと思うこと、そういう心の扉を開いた途端、悪意までも直接的に彼女の中に流れ込むようになったのだ。

 まだ、この子に、世界は強烈過ぎる。

「いつか、どこかで一緒に暮らそうか。」

 そんな夜は、茉莉を胸に抱いたまま、俺はそうささやく。
 儚い希望でも、叶えられる可能性が万に一つでもあるのなら。

 茉莉は、濡れた瞳で俺を見上げる。その瞳には、熱い恋の炎が揺れる。初めて知った、『希望』。ぎゅっと俺の胸にすがりついて、茉莉はその光景を夢見る。必死に、何度も、繰り返し。

 そうやって、いつか、本当にこの子に‘夢’が叶う瞬間を教えてあげたい。
 そして、それは俺自身の悔恨を昇華する方法でもあった。
 憎しみに費やした年月の虚しさを。

 時々、思うのだ。両親も妹も、きっと‘復讐’など望んではいないと。優しすぎた彼らは、ただ、生きていけなくなったのだ。




(※最初から読む:光と闇の巣窟 1
(※10に戻る:光と闇の巣窟 10


ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(1) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (暗転) 21 

光と闇の巣窟(R-18)

 夏を前に、俺は突然解雇を言い渡される。

 茉莉が、俺を慕い、俺の存在を拠り所とし始めたことを高篠夫人に気付かれてしまったのだ。いや、茉莉の様子を見ていればいずれ分かることだ。

 初めて生きることへの希望を見出し、心から幸せそうな表情を浮かべるようになった彼女の、ほんのささやかな‘幸福’の時間。それを教えてから奪うのは、彼女にとっては致命的ともいえる傷になり得ることを、夫人は知っていたのだろう。

「待ってください。俺は、依頼されたことは行ってきたつもりです。」
「いいえ、先生。私がお願いしたこととは結果がまったく伴っておりません。もう、けっこうです。新しい家庭教師はすでに手配済みです。如月先生、あなたは本日を以て解雇です。どうか2~3日中にはここから出て行ってください。」

 高篠夫人は、もう俺の方は見ずに淡々と書類に判を押し、もう話しは終わったとばかりに扉を開けさせた。

 いつかは、と危ぶんではいた。しかし、こんなに突然とは考えてはいなかった。このまま茉莉の手を離してしまったら、あの子はどうなってしまうのか。

 そして、追い出されるように廊下へ出た俺を更に愕然とさせたのは、恐らく次の家庭教師として夫人が手配したらしい男の姿を見たからだ。

 この町で見かけたことはない、見知らぬ若い男だった。全身から冷気が漂うような、残忍な光を宿した瞳に薄ら笑いを浮かべて俺をちらりと一瞥し、その男は夫人と契約を交わすためにその部屋へ消えて行った。

 ぞっとした。
 あんな男に、茉莉を・・・?

 茉莉を、本気で殺してしまうつもりなのだ、と俺ははっきりと感じた。背筋が凍りついた。
 茉莉を、ここから連れ出さなければ!と俺は思った。あんな男に任せたら、あの子は壊れてしまう。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (暗転) 22 

光と闇の巣窟(R-18)

「茉莉ちゃん、支度して!」

 蒼白な顔で彼女の部屋に飛び込んだ俺を、茉莉はきょとん、と見上げる。

「早く!・・・ここを出るんだ。今すぐ!」
「・・・ここを?」
「そうだよ、一緒に行こう。」

 あたふたと彼女の服や荷物をまとめようとしている俺の様子に、茉莉は、一瞬動きを止め、そして言った。

「一緒に?」
「そうだよ。」

 すると、茉莉は無言で画集と色鉛筆とを袋に詰め込んで、あとは首を振った。

「他には何も要らない。」

 茉莉は、一瞬たりとも俺を疑わず、迷わず、惑うことなく俺を選んだのだ。その静かな決意の浮かんだ彼女の綺麗な瞳。それを見つめて、俺はたまらなくなって小さな茉莉の身体を抱きしめた。

 細い、温かい茉莉の身体。離したくないと、幸せにしたいと、その生きている証を抱いて俺は強く心に思った。こんなに、この子を愛していたのだと。

 茉莉は必死に、すがりつくように俺の胸に抱きつき、よく分からないが、何か微かな恐ろしい予感に怯えていた。俺の様子に何かを察したのだろう。

「行こう、茉莉ちゃん。」

 彼女の手を引いてその部屋を出ようとしたとき、夫人とさきほどの男が連れ立ってやってくるのが廊下の端に見えた。

 走り出した俺を、夫人が何か大声で叫んで指さす。すかさず隣にいたあの男が俺たちに向かって走ってきた。茉莉を連れているので、どうしてもそんなに早くは走れない。階段へ続く廊下の端で、遂に追いつめられ、男は茉莉の腕に手を掛けた。

「いやあああああああっ」

 悲鳴をあげて泣き叫ぶ茉莉を、俺はなんとか奪い返そうと男の腕にかじりつく。俺に向かって手を伸ばそうとする茉莉のみぞおちを殴りつけ、男はまるで荷物のように彼女の身体を彼の背後に放り投げた。茉莉は気を失ってそのまま倒れてしまい、俺が彼女の名を叫んで駆け寄ろうとしたところを、男は前に立ちふさがる。

「あんたの役目は終わった。後は俺が引き継いでやるから安心しな。二度とあんたのことを思い出せないように、身体の隅々まで俺が可愛がってやるよ。」

 血が逆流するかという勢いでかあっと頭に血が上った。つかみかかった俺を、男はあっさりと殴り倒す。急所をよく知っている。大分ケンカ慣れしているらしい。相手が女性でも、こいつはきっと容赦などしない。

 呻き声をあげるだけで、動けなくなった俺の目の前から、男は笑いながら茉莉を抱き上げて連れ去ってしまった。

「・・・茉・・・莉・・・っ」

 そのまま、俺は屋敷から引きずり出され、門の外に放り投げられた。
 どこをどう殴られたのかよく分からない。ただ、ほとんど動けなかった。

 通りかかった人に助けられ、俺は病院に運ばれたが、俺は茉莉の身が心配でいてもたってもいられなかった。何度も起き上がって外へ出ようとして、医者に止められた。

「京介くん、無理じゃな。もうあの屋敷に関わっちゃいけません。」

 聞き覚えのある声に正気に返って顔をあげると、そこにはあの屋敷に呼ばれてたまに診察に訪れていた医者が俺を心配そうに見下ろしていた。

「ここは・・・先生の病院だったんですか。」
「儂のじゃない。ここは町立の市民病院じゃ。儂は勤務医にすぎんよ。」
「先生、・・・先生、茉莉を助けてください。」
「・・・事情はよく分からんが、儂は呼ばれん限りあそこへ行くことはないからの。まぁ、儂が呼ばれない限りは中の住人は無事でいるってことじゃよ。」
「呼ばれてからでは遅いんです!」

 叫ぶ俺を、彼は穏やかに見下ろす。70を過ぎた老医師は、皺の寄った白衣に身を包んで、俺のベッドの傍らに静に腰を下ろしていた。

「何があったのか儂には分からんし、今すぐ殺人事件が起こる訳ではないじゃろ。京介くんがお嬢さんを守りたいのなら、・・・いずれ、方法は見つかるじゃろ。」
「・・・先生も、高篠家を・・・恨んでいるんですか?」
「儂に個人的な恨みはない。そして、お嬢さんにも儂は何の恨みもない。だから、往診に応じてあの屋敷へは赴く。しかし、それだけさな。」

 冬の最中、何度か茉莉が体調を崩して彼が診療に訪れていた。

 それで、俺も少しずつ彼と個人的な話しをするようになっていた。ほとんど病院に掛かったことのない俺は、医者と面識などなく、茉莉に付き添っていたお陰で、年に一度の健康診断が義務付けられているから、とついでに血液検査なども一緒にやってもらったようなものだ。

 そのとき、彼は複雑な表情で俺たちを見つめていた。
 あのとき既に、彼には見えていたのだろうか。やってくる結末が。

「先生・・・お願いがあります。」

 俺は言った。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(6) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光を失った日) 23 

光と闇の巣窟(R-18)

 何も出来ないまま、屋敷の中の様子も皆目分からないまま、時間だけが流れる。彼の家に居候させてもらいながら、ただじりじりと過ごす俺とは対照的に、医師は連日のようにあちこちに往診に呼ばれ、遅くまで帰らない。何か話したくても、なかなかゆっくりと会える時間すら取れない状況だ。

 疲れて帰ってくる彼に、俺も自分のことばかりで時間を割いてもらう訳にはいかない。一人暮らしの医師の家のことを手伝いながら、俺は俺でなんとか高篠の屋敷の情報を得ようと画策していた。

 しかし、人の出入りもほとんどない屋敷の様子は皆目分からず、茉莉のことを考えると気が狂いそうだった。

 そして。
 一月経たない間に、医者は屋敷に呼ばれた。

 俺は、手はずどおり彼の助手として白衣に身を包み、マスクをして、眼鏡を掛けて一緒にその屋敷に入った。三島さんだけが俺に気付き、何か言いたげな表情をした。

 あの家庭教師の男の姿は見えず、俺はただ拳を握り締めた。

 茉莉の部屋に通され、その濃密な‘死’の気配に俺は心底ぞっとした。夫人が、いつもの表情のない顔で茉莉の部屋に立っていた。

 やせおとろえた茉莉の青白い生気のない顔。別れたときの面影はもはやなかった。素人目にも、彼女はもう助からないだろうと感じた。

 一通りの診察をして、医者は言った。

「今晩辺りが峠でしょう。」
「・・・そうですか。」

 夫人の声に感情は伴っていなかった。もう少し生かしておくつもりだったのに、というため息ともつかない忌々しそうな視線で茉莉を一瞥し、あとはよろしくお願いします、と出て行く。

「先生、茉莉は・・・」

 医者は、厳しい表情をしたまま、茉莉の脈を取っている。

「京介くん、覚悟は・・・あるかね?」

 その静かな言葉に、俺は全身の血の気が引いた。
 後悔が怒涛のように押し寄せた。

「茉莉・・・!茉莉ちゃん・・・?」

 俺は、茉莉が横たわるベッドの脇に跪いて彼女の細い手にそっと触れた。
 冷たい手。もはや、血の気の通った人間のものではない温度だ。

「茉莉ちゃんっ?」

 手を握っても、もう、何の反応も示さなかった。

 ああ、何故もっと早く、この子をここから連れ出さなかったのか!機会はいくらでもあったのに。解雇を言い渡されるよりも早く、俺がこの子をさらって逃げるべきだったのだ。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光を失った日) 24 

光と闇の巣窟(R-18)

 後に、三島さんに聞いた。

 あのあと、茉莉は、意識を取り戻してからずっと俺の名を呼び続け、泣き続けた。次第に食事も取らなくなり、呼びかけにも反応を示さなくなった。そして、あの男が・・・!

 ある朝、三島さんが茉莉の部屋を訪れたとき、茉莉は死んだようにベッドに横たわったまま、放心状態だったという。身体には殴られた跡があり、明かに陵辱の痕跡があった。

 その後、眠りに落ちた茉莉は、二度と目覚めなかった。

 何度か目を開け、その都度、無理に食事を取らせたりもしたが、茉莉の意識が覚醒することはなかった。ずたずたに引き裂かれた心は、もう元に戻ることはなく、眠る時間がどんどん増えて、遂に二日ほど前から、もう一切の反応をしなくなってしまった。

 息子が成人して、正式に高篠の家を相続する手続きを取れるようになるまで、夫人は茉莉を生かしておく必要があった。相続放棄をしてもらい、後継者に息子を指名してもらうために。

 それが叶わなくなり、高篠夫人は、男の所業に怒り、屋敷を追い出したらしい。

 マトモに栄養を取っていないことに加え、茉莉は、生きることを拒絶しているのだろう。
 眠りの中に、安らぎを求めたのだろうか。
 輪廻の果てに俺と再び巡り会えることを祈ったのだろうか。

「ごめんなさい、何も出来なくて・・・。」

 三島さんが涙を零した。

「いや・・・君のせいじゃない・・・」

 悪いのは、俺だ。
 俺は、泣くことすら出来なかった。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光を失った日) 25 

光と闇の巣窟(R-18)

 真夜中過ぎ。
 午前2時33分。・・・ご臨終です、という医者の声を遠くで聞いた。立会人は俺と三島さん、それと高篠家の弁護士だけ。夫人には事後報告だけで、彼女は姿すら見せなかった。

 手続きも何もかも三島さんが任されているらしく、医者が長いこと彼女と何かを話し、葬儀社と連絡を取っていた。夫人にとって、茉莉は家族ですら、ないのだ。

 白い棺に納められた茉莉の眠るような死に顔。
 俺は、立っているだけで精一杯で、ほとんど何も覚えてはいない。

 白衣を脱いだ俺を見て、屋敷の使用人たちは俺がかつての家庭教師だと気付いたようだったが、誰も何も言わなかった。

 夜が明け、祭壇が飾られ、医者が帰っても、俺はそのまま茉莉のそばにいた。ますます小さくなってしまった茉莉の身体を、冷たい身体を、ただ見つめていた。

 永遠のように、長い時間だった。
 夢を見ているような気がしていた。

 誰も訪れない寂しい葬儀。葬儀社の人間だけが屋敷内で静かに作業を行い、いっとき、夫人が顔を出した気配がしたが、俺に声を掛けることもなく、継子の死に顔を確かめるでもなく、何かを指示して去って行った。

 頭の中は痺れたように真っ白で、俺は、何も考えられなかった。
 もう、二度とはこの手に抱けない愛しい少女を、茫然と見つめるだけだ。

「茉莉ちゃん・・・、ごめん。俺は、・・・俺は、ただ君を殺してしまっただけだったね。」

 俺に出会わなければ、茉莉は死ぬことはなかった。俺が‘幸せ’の幻想を見せてしまった。決して手に入ることのない夢を、いっときだけの幻を見せてしまった。

 それを奪われた君が、たった一つの生きる希望を奪われた君が、一人で戦って生きていけるはずなどないと分かっていたのに。

 悲しさも感じない。
 ただ、苦しくて、・・・苦しくて、重い石を飲み込んだように身体中が重くて、立っていられなかった。



 
「先生・・・」

 ふと、背後で三島さんの声が聞こえた。
 虚ろに振り返ると、彼女は大きな花束を両腕に抱えていた。

「・・・それを、茉莉に・・・?」
「ええ。お嬢さんの身代わりです。」

 そして、帰ったはずの医者が、すでに着替えて黒い喪服を身につけてそこに立っていた。彼は、今までに見せた事のない厳しい表情をしていた。

 俺はそれを奇妙に感じる余裕もなく、彼を虚ろに見上げた。

「京介くん。君はもう出かける支度をしなさい。」

 茉莉は、もう死んだ。
 君がここにいる意味はない。
 そう言われているのだと思った。

「・・・待ってください。もう少し、もう少し、茉莉と・・・」
「京介くん、茉莉ちゃんを連れて、早く行きなさい。」
「・・・え?」
「先生、早く。お嬢さんを連れて行ってあげてください。棺の中は、この花で埋めます。」

 医者が抱えていた薄い毛布を広げる。

「これに包んでやれば、見つからないし、寒くないじゃろ・・・。まぁ、今はまだ暖かい。しかし、京介くん、君たちが向かうのは山の中だ。あっちはかなり涼しいからな。」

 俺は、何を言われているのか分からずに茫然とする。
 茉莉をさらって逃げろ、とまるでそんな風に聞こえた。
 茉莉の遺体を俺に預けてくれるということなのか?

 そして、はっとする。
 ああ、そうだ。茉莉が眠れるのはきっと俺の腕の中だけであろう。闇の魔物の蠢くこの巣窟から、早く連れ出してやろう。その魂までが闇に食われてしまう前に。

「早く!」

 二人に促されて、俺は茉莉の身体を棺の中からそっと抱き上げる。そして、丁寧に毛布に包んで抱きしめた。茉莉が安らかに眠れるのなら、俺はどこへでも一緒に行こうと思った。彼女の魂が求める場所へ。救えなかった懺悔と共に。

「茉莉・・・っ」

 声を出そうとすると嗚咽になってしまう。息が苦しくて、このまま俺も一緒に逝きたいと思う。

 三島さんが花を詰める。棺の中の小さな窪みへ。少女の眠るはずの場所へ、花をどんどん敷き詰め、何もかもを覆い隠してしまうかのように。

 葬儀社の人間に混じって、俺は何か荷物を運び出すかのように医者の後に続く。そして、待たせていたタクシーに茉莉を抱えたまま乗り込み、医者が、数万円を運転手に渡して行き先を告げる声を聞いた。

 茉莉、茉莉、茉莉・・・
 やっと、一緒に行けるね。
 どこまでも行ける。
 もう、二度と引き離されることはない。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(2) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光を失った日) 26 

光と闇の巣窟(R-18)

 何故、俺は、もっと早くこうしなかったんだろう?
 家族の敵の娘だから?
 まだ、君が幼かったから?
 ああ・・・でも、もう良いのだ。
 君は、ようやく俺の腕の中だ。永遠に。




 この子の人生を考えると、それに比べたら俺は幸せだったと思える。両親と妹、温かい家族に囲まれ、愛情に包まれ、悲惨な最期を遂げた家族だったが、思い出はいつも優しい。

 一人だけ生き残ってしまった俺を心配はしても、決して復讐の炎に焼かれることは望まなかっただろう家族。

 それは、もし、生き残ったのが俺以外の誰であっても、俺がそう思ったからだ。生きられなかった俺たちの分まで、必ず幸せになってくれ、と。

 闇に捕らわれたあの屋敷の中に、血を求める獣と共に暮らす彼らはむしろ不幸だ。
 闇の巣窟に捕らわれ、たった一つの光だった茉莉を、闇の餌食に差し出したのだ。

 この子は、父の犯した罪を一身に背負い、必死に浄化しながら、ただ清らかに美しく生き抜いた。この子の人生は、自らの罪ではない恨みと呪いの的となり、償いだけに生かされた生贄のようなものだったのだ。

 そして、ようやく、そこから解放された。
 生きて、そこから逃れることなど、もともと出来なかったのかも知れない。
 幸せになる夢など、未来に抱く希望など、もともと存在していない幻だったのかも知れない。




 毛布の隙間から微かに見える茉莉の白い顔。

 そっと、その頬を撫でる。そして、その顔を見つめたまま、俺は彼女の唇に口付けた。柔らかく、温かく、まだ生きているようなぬくもりが残っていた。

 毛布に包まれた君は、俺の腕に抱かれ、心なしか顔色も少し赤みがさしてきたようにすら感じられた。

「茉莉ちゃん・・・ごめん、遅くなったね。一緒に行こう。」

 そう呟いて、初めて熱いものがこみ上げてきた。

 遠くへ、遠くへ。
 闇が俺たちを追ってこられないところまで。

 次第に、周りの景色は緑が多くなる。道が悪くなったようで、タクシーが揺れた。少しずれた茉莉の身体を抱きなおし、彼女の足が見えそうになって俺は毛布の裾を直した。そして、再度腕の中の茉莉に視線を落としたとき・・・。

 茉莉は、うっすらと目を開けた。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光の高原) 27 

光と闇の巣窟(R-18)

 茉莉は、やはり死んだのだ。
 目覚めた彼女は、もう、茉莉ではなかった。

 目を開けても、彼女の瞳にはしばらく何も映ってはいないようだった。瞳には感情がなく、綺麗なガラス玉のようにただ澄んだ光を宿していた。

「茉莉ちゃん?」

 俺が声を掛けても、俺の方を見ようとはしない。視線はどこか空(くう)を彷徨ったままだった。

 目当ての家に到着し、俺は彼女を抱いて降り立ち、運転手が鍵を開けてトランクから荷物を運び出してくれた。荷物は当然俺が積み込んだものではないから、三島さんが準備してくれていたのかも知れない。そして、運転手は俺に鍵を渡して帰っていった。彼も何も言わなかった。ただ、最後に帽子を取って一礼したその瞳がどこか温かかった。彼はもしかして医師の知り合いだったのかも知れない。

 可愛い造りの小さな別荘。

 玄関を入ってすぐに吹き抜けのリビングがあり、東側の奥に扉が二つほど見えた。北西方向に比較的広いキッチンがあって、玄関からまっすぐの奥にバスルームらしき扉が見えた。

 階段をのぼると上はホールのようなひとつの大きな部屋。

 茉莉を抱えたまま歩き回り、俺はかなり疲れてリビングに戻った。ソファに彼女を下ろして、俺は電気や空調を確かめ、とにかくお湯を沸かす。そして、奥の扉が寝室だと分かり、そこへ彼女を運んだ。

 ぼうっとしたままだった茉莉は、抱き上げた俺を見上げて、ほんの少し表情を動かした。

「俺が分かる?」

 茉莉は、しばらく俺をじっと見つめていたが、ふうっと表情を緩めて口を開いた。

「・・・きょうすけ・・・」

 それまで、先生、としか俺を呼ばなかったので、俺は正直少し驚いた。俺が去ったあと、茉莉は俺をそう呼んでいたのだろうか。

「そうだよ。」

 俺は、熱いものが一気にこみ上げてきて、彼女の細い身体を思い切り抱きしめた。

「そうだよ、茉莉ちゃん・・・っ」

 彼女の頬に、涙が零れ落ち、俺は慌ててそれを指でぬぐった。茉莉は、何も言わずに俺を見つめている。そこに感情はほとんど読み取れなかった。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光の高原) 28 

光と闇の巣窟(R-18)

 茉莉は、しばらくの間、ほとんど口も開かなかったし、感情を表に出すこともなかった。食事を作れば素直に食べたし、着替えさせるときもイヤがる素振りはなく、俺がすることには何もかも素直に従っていた。それはまったく赤ん坊に戻ってしまったかのようだった。

 やがて日が経つにつれ、俺は否応なしに知ることになる。彼女はそれまでの一切を忘れ、自分が誰であるのかも分からず、僅かに残った‘京介先生’の記憶のみに動かされている事に。

 単なる家庭教師だった俺が、当時、彼女のすべてだったのだろうか。
 あの男に捕まって、心が引き裂かれる刹那、最後に救いを求めたのが、俺だったのかも知れない。

 ただ、子どもに戻って無邪気に微笑む茉莉。
 だけど、生きていてくれた。
 もう、それだけで良いのだ。

「京介・・・」

 茉莉は朝目覚めると俺の名をうっとりと幸せそうに呼び、抱きしめてやると儚くも美しい瞳で微笑む。そして、ただ花のようにひっそりと生きる。

「今日のご気分は?お姫さま?」

 俺も、もう彼女の名を呼ぶことはやめた。しばらく死んだように生きていた彼女は、すっかり身体が弱り、一日の大半をベッドの上で過ごす。多少気分が良いと軽い散歩に出かけ、ベッドの上で絵を描き、時々家事も少しこなす。

 何より、茉莉は幸せそうだった。

 彼女が口にするのは俺の名前だけで、教えた筈の何ももう覚えてはいないようだ。それでも、時々一点を見つめて静止する彼女の瞳に、高貴な、そして凛とした光が宿ることがある。

 この子は、いつか、何もかもを受け入れ、越えていけるだろうと思える、そんな希望を宿した光を。

 この子の主治医だったあの医者が用意してくれた山の中の別荘。そこで、俺たちは静かに暮らす。ここが彼の持ち物だったのかは分からない。或いは、誰かの別荘を借りてくれたのかも知れない。そう、今思えば、彼は往診だと言ってあちこち出掛けていたとき既に、すべてを予測し、これらすべてのことを準備していたのではないかと思う。

 彼もまた、茉莉を患者の一人として、愛してくれていたのだろう。
 運命に翻弄される愛しい悲しい魂の行く末を。

 彼女が描く絵は、ある時、気まぐれで俺がネット販売を試みたら、思いの他反響があった。素人目にも、茉莉の作品は光っているように見える。描かれる人物は命を吹き込まれ、今にも何かを語りだしそうなのだ。そして、彼女が決して人生を恨んでいないことが感じられる。茉莉は、すべてを許し、憎しみを昇華し、ただその絵筆に命を注ぎ込んでいる。

 いや。許したのだというよりも。
 茉莉は初めから何も望まず、何も恨まず、与えられた人生を受け入れ、世界を愛してきたのだろう。

 茉莉の絵は、いつの間にかネット上で高値で取り引きされるようになり、それだけで暮らしていくには充分になった。それに、俺があの屋敷でもらった給与はまだ手付かずで残っている。

 庭にある小さな畑で野菜を作り、たまに町に下りて肉や魚を買ってくる。鶏も飼ってみる。そうやって自然に触れ、生き物に触れている内に、茉莉の目には生き生きとした生の光が蘇ってきた。

 もう二度と、人里に下りる気はなかった。人に会って、今の生活をかき乱されたくはなかった。
 



 何故なら、俺はもう‘光’を手に入れたのだから。



ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(0) ▲PageTop

光と闇の巣窟 (光の高原) 29 

光と闇の巣窟(R-18)

 ジュリエットが飲んだ‘死’と‘再生’の薬ではないが、あのとき、医者は何かの薬を茉莉の身体に投与したようだ。それでなくとも衰弱していた茉莉に対して、それは賭けだっただろう。だから、彼らは俺に何も告げなかった。ただ、茉莉を連れて早くここを立ち去れ、とそれしか言えなかったのだ。

 三島さんと医師が、あの八方塞がりの状況で、思索を廻らし、犯罪ギリギリのラインで必死に俺たちを逃がしてくれた。その恩に報いるためにも、俺は茉莉を幸せに、そして、俺自身も一緒に穏やかに生きていきたかった。

 沢山の‘死’を背負いすぎて、俺はもう疲れ切っていた。これ以上の刺激も何ももう求めなかった。ただ、あの二人が訪ねて来ることがあったら、喜んで迎えよう。それだけだ。

 高篠家が、今どうなっているのか、もはや俺は興味はない。
 彼女はしたたかにうまくやっているだろう。それで、良い、と思う。

 俺は、支えてくれた、応援してくれた人たちの想いに応え、ここで生きていく。
 光を湛えたこの高原で。
 




(※最初から読む:光と闇の巣窟 1
(※10に戻る:光と闇の巣窟 10






ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ
*Edit TB(0) | CO(12) ▲PageTop

あとがきに代えて 1 

光と闇の巣窟(R-18)

光と闇の巣窟(◆Secret Of My Life ~輪廻転性~◆fc2小説:『雨美しずく』さん作品への投稿より)

(雨美さん、勝手に載せてしまいました。不都合がございましたらご連絡ください。)


• 投稿者:fate
• 投稿日時:2011-08-19 08:19:54

こんにちは。お邪魔させていただきました。
数日かけて読破いたしました。

いろいろfateと共通項(?)があり、ドキリとしております。
尾崎が好きだったり。
悲しい展開(死)を描くことへの苦痛と苦悩があったり。

やっぱり可哀相だから、やめようかな・・・と、殺せなくなるので、引き返せないシナリオを自分で用意する、というのがものすごくよく分かります。

『光と闇の巣窟』は、結局、茉莉を殺せませんでしたので・・・。
本当は、殺すつもりもあったのに、書いている途中で何度もくじけそうになり、結局くじけて、生きていることを匂わせる展開にしつつ、ジュリエット的なことで収めてしまいました。

お陰で、中途半端な作品に仕上がってしまっております。

物語に下ろすと、自分で「ええ~っ???」こんな一面、自分にあったんだ・・・と茫然とすることがありますよね。
だけど、たぶん輪廻転生や占い的なものと同じで、fateはむしろ、fateの手を借りて別の魂、別の次元の誰かが文章として‘どこかの世界’を表現しているのではないか?という気がします。
描いている世界はfateが事前に考えているものとは違った方向に流れ、最終的に何故か辻褄が合っている・・・(多少は辻褄合わせに翻弄されますが)ということが多いので。

これだけの壮大なstoryを描くのは、大きなエネルギーと情熱が必要と思われます。
今後のご活躍にご期待申し上げると共に、くれぐれもご自愛されますよう、お祈り申し上げます。

• 投稿者:しずく
• 投稿日時:2011-08-19 16:44:18

★fateさん★

こんにちは^^
お忙しい中、貴重なお時間を使っていただいて
このように長いお話を読んでくださった上、たくさんの感想までいただき、
本当にうれしく、大変感謝しております!
ありがとうございます! (*- -)(*_ _)ペコリ


>尾崎が好きだったり。
悲しい展開(死)を描くことへの苦痛と苦悩があったり。

おおっ! fateさんも尾崎が好きだったのですか!!
主人公の美津子の置かれているこの物語の時代背景と、
尾崎の「I LOVE YOU」の物悲しく切ない雰囲気が、
死ということで離れ離れになってしまう美津子と拓己の姿に
なんだか重なるような気がしたので、
恐れ多くも使わせていただいたのです。(〃▽〃)

死を描くことへの苦悩に関しては、
『光と闇の巣窟』。こちらを先ほど拝読させていただき、
fateさんの感想欄での記述を拝見し、fateさん自身も
このお話を描く時にとても苦悩されたんだなと、
なんだかしみじみとした気持ちになりました。

「輪廻転性」でもちょこっとは描かれているかと思うのですが、
私は『光と闇の巣窟』の茉莉ちゃんと、美津子の娘の雛子。
二人の姿が物凄く重なりました。

最初「高校生<好拘性」を書いた時。美津子は高篠夫人のように、
ただただ冷酷な女性という設定だったんですよね。
腹を痛めて生んだ娘である雛子を平然と陵辱する。
そして娘として、人としてさえもきちんと扱ってあげず、
それが故に雛子は遥斗と出会うまで、心を閉ざし、
人前で余り笑顔を見せることがなかった。
そのあたりが茉莉ちゃんと重なった為、
『光と闇の巣窟』を読みながら、私は茉莉ちゃんの行く末に
ハラハラドキドキ。そして時折胸を痛めながら
最後まで読破させていただきました。

ぬるい作者は結局、そんな悪役であった美津子ですら憎みきることが出来ず、
このような形で「高校生<好拘性」のスピンアウトものとして後付で、
「ほんとはこんなツラいことがあったから、美津子は
あんな悪いことを平然とする人になっちゃったんだよ」
とでも言わんばかりにしてしまったんですけどね^^;

• 投稿者:しずく
• 投稿日時:2011-08-19 17:39:28

続きです。


>お陰で、中途半端な作品に仕上がってしまっております。

いえいえ!『光と闇の巣窟』はあれでよかったんだと思いますよ、私は!
(*゚∀゚)*。_。)*゚∀゚)*。_。)ウンウン
fateさんから、「茉莉を殺せませんでしたので・・・。」
このお話を伺ってなかったら私は、読んでいる途中で
悲しくて絶対に泣いていたと思いますしね。
fateさんからこうしてお話を伺っていてさえも、
「ほんとに大丈夫なの?! 茉莉ちゃんは生き返るの?!!」などと
最後までハラハラしていたくらいですし♪ ( ̄∇ ̄*)ゞ

私が「輪廻転性」で、泣く泣く拓己のことを殺すことができたのは、
後で彼が「遥斗の中に生き返る」と設定していたからなんですよね^^
そうじゃなかったら、私もfateさんと同じく、拓己を生き返らせる術を模索し、
その為に必死になって頭をフル回転させていたかもしれませんw ( ´艸`)ムププ
fateさんは茉莉ちゃんを生き返らせる術を、
とても上手に描けているな~と、思い切り感心しておりました^^


>fateの手を借りて別の魂、別の次元の誰かが文章として‘どこかの世界’を表現しているのではないか?という気がします。

そうそう、これ!! 私もこれはいつもそう思ってました!!
「なんでこんなことが思いつくん? 自分・・・ (@・д・@)??」
物語を書いていると時々。自分の意図しない所で
ふと何かが「降りて」くることがあるんですよね。それも自然と!w


>最終的に何故か辻褄が合っている・・・(多少は辻褄合わせに翻弄されますが)ということが多いので。

これもよくわかります! 不思議ですよね~。
自分の意図したものと違うものが出来上がってしまうことが多々ある、
そんな摩訶不思議な世界-。
(それでも、懸命に辻褄会わせをしている時は、
ちょっと泣きたくなりますけどねw ( ̄∇ ̄*)ゞ)

時々は「う~・・・ ネタが思い浮かばない・・・」とか
「も~、書くのめんどいっ!!><」と思ってしまったりもするのですが、
それでもそんな摩訶不思議な出来事が多々あり、
自分の願望を好きなように表現し形にできる世界-。
「お話を書くこと」は、私にとっては楽しすぎてやめられないです♪w ( ̄∇ ̄*)ゞ

• 投稿者:しずく
• 投稿日時:2011-08-19 17:42:07

また長くなっちゃいました>< 私の悪いクセです^^;
これで最後ですので・・・。


私の書くお話は「チャットの延長」上のような感じで
かなり気楽な雰囲気で書かせていただいているので、
「小説」と呼ぶのもおこがましい!とさえ自分では思っているのですが、
『光と闇の巣窟』を拝読させていただいて、
>大きなエネルギーと情熱が必要と思われます。
私はfateさんの小説こそ、そのようなエネルギーと情熱がないと
書けないものだと心からそう思いました。

今回のFC2の突然の改定で、本当にとても残念なことになってしまいましたが、
今後も私たちのハートをとろかすような
(fateさんの官能シーン。淡々とした感じの文学的な綺麗な表現なのに
すっごくHに感じてとてもドキドキしました!w (/∀\*))キャハ♪")
ステキな作品を書き続けてくださることを切にお祈りしております^^

この度は本当にありがとうございました!(*- -)(*_ _)ペコリ

ジャンル:[小説・文学] テーマ:[読書感想
*Edit TB(0) | CO(3) ▲PageTop

Index ~作品もくじ~



 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。