Sacrifice(R-18)

スポンサーサイト 

スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-)  ▲PageTop

Sacrifice 1 

Sacrifice(R-18)

※R指定作品です。
狂気が交錯します。
不快に思われる方は、閲覧ご遠慮ください。


「やっと、手に入れた。」

 男の言葉に、少女は白い肌から更に血の気が引いた。
 この男を知っていた。

 登下校の途中、通学路上にある有名私立高校で、たまに見かける蛇のような目をしたイヤな男だと、彼女はいつも怯えていた。一人でいると、彼は必ず近寄ってきた。

 彼女は、いつでも、恐怖に駆られて必死に逃げる。男は、大抵、追っては来なかった。端正な顔をして、他の子より長い髪をして、学生服の前のボタンをいつも外して肩で風を切って歩いている。

 怖かった。
 なんだか分からないが、少女はその男が、ただ怖かった。

スポンサーサイト
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛:エロス:官能小説
Tag List  * |
*Edit TB(0) | CO(5) ▲PageTop

Sacrifice (Sound horizon) 

Sacrifice(R-18)



(Sacrifice, Sacrifice, ah...Sacrifice, Sacrifice, ah...)
無邪気な笑顔が 愛らしい妹は
神に愛されたから 生まれつき幸福(幸せ)だった
一人では何も 出来ない可愛い天使
誰からも愛される 彼女が妬ましかった
器量の悪い私を 憐れみないでよ…
「──惨めな思いにさせる、妹(あの子)なんて死んじゃえば良いのに…」

(Sacrifice, Sacrifice, ah...Sacrifice, Sacrifice, ah...)
あくる日妹は 高熱を出して寝込んだ
ごめんなさい神様 あの願いは嘘なんです
懺悔が届いたのか やがて熱は下がった
けれど今度は母が 病の淵に倒れた
母が今際の時に遺した言葉は…
「──妹(あの子)は他人とは違うから、お姉ちゃん(あなた)が助けてあげてね…」

(Sacrifice, Sacrifice, ah...Sacrifice, Sacrifice, ah...)
母が亡くなって 暮らしにも変化が訪れ
生きる為に私は 朝な夕な働いた
村の男達は 優しくしてくれたけど
村の女達は 次第に冷たくなっていった
貧しい暮らしだったけど 温もりがあった…
「──肩を寄せ合い生きてた、それなりに幸福(幸せ)だった…」
それなのにどうして…こんな残酷な仕打ちを…教えて神様!
妹(あの子)が授かった子は 主が遣わし給うた 神の御子ではないのでしょうか?

──妹が子供を身篭もっていることが発覚した夜
村の男達は互いに顔を見合わせ口を噤んだ
重い静寂を引き裂いたのは耳を疑うような派手な打音
仕立屋の若女将が妹の頬を張り飛ばした音…
泥棒猫…可哀想な子だと…世話を焼いて…恩知らず…
──断片的な記憶…断罪的な罵声…
嗚呼…この女(ひと)は何を喚いているんだろう? 気持ち悪い
ぐらりと世界が揺れ 私は弾け飛ぶように若女将に掴みかかっていた
緋く染まった視界 苦い土と錆びの味 頭上を飛び交う口論 神父様の怒声
純潔の…悪魔の契り…災いの種…マリア様の…誰もガブリエルを…火炙りだ
「嗚呼…悪魔とはお前達のことだ!」
──そして…妹は最後に「ありがとう」と言った…

心無い言葉 心無い仕打ちが どれ程あの娘を傷付けただろう
それでも全てを…優しい娘だから…全てを赦すのでしょうね…

「でも、私は絶対赦さないからね…」
「この世は所詮、楽園の代用品でしかないのなら、
罪深きモノは全て、等しく灰に帰るが良い!」
──裸足の娘 凍りつくような微笑を浮かべ
揺らめく焔 その闇の向こうに『仮面の男』を見ていた──




Sacrifice 2 

Sacrifice(R-18)

 高階家の、15歳になったばかりの末の妹を養女に欲しいと言われた。
 家の事業とそれに関連するいくつかの子会社がのきなみ傾きかけ、そして、姉の縁談が進行しているときだった。その子を差し出せば、資金援助及び技術協力の提供も考えても良いと。

 3人姉妹の長女が26歳で、幼なじみで取引先の息子との縁談がまとまり、挙式の準備を進めているところに、倒産の危機が迫り、家族は金策に苦慮していた。このままでは破談になりかねなかった。
 そして、次女もまだ大学生。せめて卒業させてやりたい。

 少し離れて出来た末娘は、白痴・・・とまではいかなかったが、知能が少し遅れ、全体的な色素の薄い子だ。薄茶の髪、赤に近い茶色の瞳。病的に白い肌。顔の彫りがもう少し深ければ外国人に見えるほど、家族とは印象が違う。一本一本が細い髪の毛はさらさらと風に揺れ、この世の苦悩を知らない表情はいつまでも幼く、儚く、そしてぞっとするほど美しい。姉たちもそこそこ綺麗な子たちだったが、末の子のある種、まるでフランス人形のような無機質な美しさは群を抜いている。

 申し出を受けるしか、なかった。
 相手は、裏で暴力団との関わりを噂されている建設会社の社長子息だったが、今、彼らを突っぱねる何も一家には残されていない。
   



 末の妹―羽那(はな)は、父親の、神妙で悲しい表情に頷いた。

「良いよ、お父さん、羽那は養女に行く。」

 訳も分からず、彼女は父の手を握った。家族が皆、泣いた。取り分け、妹を可愛がっていた長女、千鶴は妹を抱きしめて涙を流した。

「やめて、お父さん。私の結婚が壊れたって良い!羽那をそんなところにやらないでっ」
「そうだよ、お父さん。…みんなで一緒に頑張ればなんとかなるよ。」

 次女、崇子も声を震わせた。

「…もう、どうしようもないんだ。父さんたちの会社の問題だけじゃない。今、ここで不渡りを出してしまえば、もっと多くの会社とその従業員、そしてその家族が路頭に迷ってしまう。…もう、方法はないんだ。」

 うなだれる父親に、母も号泣した。
 まだ中学生の羽那は、温かい家族の涙に、決心する。自分が、家族を救えるのなら。たくさんの人々を救えるのなら…。


Sacrifice 3 

Sacrifice(R-18)

 清水建設の社長の一人息子、智紀(ともき)は、やはりまだ高校生の18歳。登校途中の羽那を何度か見かけて、その不思議な美しさに興味を抱いていた。英才教育を受け、海外留学もしていた彼は頭が良い。将来を期待もされていたが、彼はあまり会社経営には興味がなかった。それで、父親の会社を継ぐ条件として、女を一人囲わせて欲しいと言った。

 結婚は相手に相応の身分が必要だ。しかし、ただ愛玩用の娼婦なら問題はない。父親は、養女という名目で息子の願いを聞き入れ、相手先に交渉した。経営の危機を救うという条件をチラつかせて。

 夏休みに入るという7月半ばのことだった。

「あの子を屋敷に連れてきたら、後は俺の好きにして良いんだろ?」

 智紀はその朝、朝食の席で父親に聞いた。

「相手もまだ中学生だ。最低限、学校へは引き続き通わせてやれ。」

 ちらりと息子を一瞥して、父親は言った。

「あなたも、勉学の妨げにならないようにね。」

 母親もちょっと箸を留めて言う。

「…分かった。でも、どうせもう夏休みだよ。俺は夏期講習には参加しないしね。」

 両親はその後は無言で食事を進める。しょっちゅう海外出張が入る二人が、そろって家にいるのは実は珍しい。海外で何をしているのか、だいたいの見当はついても、智紀は知らぬ振りをしている。彼に関わって欲しいのが純粋に会社経営のみであることを彼自身も分かっている。違法取引に、彼は手を染めるつもりはなかった。

「昨日高階家から届いた荷物は、そのまま処分してもらいます。すべてこちらで準備します、と言っておいた筈でしたし。今夜、羽那・・・さん、でしたね。いらっしゃったら私たちは挨拶をしてそのまま出かけますから。」

 食事が終わり、席を立つとき、母親は言った。

「発つのは明日じゃなかったの?」
「空港のホテルに前泊します。後のことはいつものように篠田に頼んでおきましたから。今回は、2週間ほどで一旦戻りますね。」

 父親は無言でコーヒーカップを傾けている。

「了解。」

 智紀は席を立った。



Sacrifice 4 

Sacrifice(R-18)

 双方の親が型通りの挨拶を交わし、応接室のソファの上で連れられてきた少女は不安そうにその場に固まっている。書類の取り交わしはもう終わっていたし、相手方の両親は最後に娘をそれぞれ抱きしめて、後ろ髪を引かれるような辛そうな表情で、何度も彼女を振り返って帰って行く。そして、そのまま、そそくさと出かける両親を見送った後、智紀は、一人取り残されて不安そうな羽那に、背後から近づいて声を掛けた。

「これで、君はもう俺のものだよ、羽那。」

 ぎくり、と彼女は智紀を見上げた。そのときになって、初めて羽那は、その声を掛けてきた相手が誰なのかを認識した。ここが、誰の家であるのか。彼女を欲しがったのが誰であったのか。

「俺の名前は智紀。まぁ、戸籍上は兄になるのかな。」

 彼女の座るソファに背後からもたれて、智紀は冷たく微笑む。その瞳に、怪しく揺らめく光を認めて、羽那は背筋が凍る。肉食獣?…いや、爬虫類の目だ。ガラスのように澄んだ、狂気も熱も奥に秘めた。

 つい先ほど、彼女を置いて出て行ってしまった優しい家族がたまらなく恋しい。家へ帰りたかった。

「食事は済ませてきた?」

 羽那は、震えながら小さく頷いた。

「じゃ、おいで。家の中を案内するから。」

 差し出された手をじっと見つめ、羽那は、逃れる方法を必死に模索する。その様子に目を細めて、智紀はくすくす笑う。

「良いかい?羽那。今、ここには俺と君しかいないんだよ。意味、分かる?君は俺に逆らってここで暮らしてなんていけないってことさ。」
「…え?」
「分かったら、おいで。」

 茫然、と彼を見上げた少女の小さな手をぐい、と握り、その手を引いて立たせる。羽那の手は、冷たかった。年はそれほど変わらないが、男女の体格の差の他に、羽那は小柄で細く、小さかった。バスケットボールを部活動として続けてきた智紀は、背も高くそこそこ筋肉もある。彼の胸辺りまでの身長しかない羽那を、抱えあげようと思えば出来る程度の違いがあった。

 ずっと、この子が欲しかった。

 近づけば必ず逃げるこの子を、いつか捕えて腕の中で鳴かせたいと思っていた。小鳥のように軽やかに、仔猫のようにふわふわとした感触の色素の淡い妖精のような女の子。口数が少なく、他の女のようにうるさくない。

 この世の悪意を知らない子。
 この世界の仕組みを知らず、まだ何にも染まっていない。
 いつか手に入れて、独り占めして手元に置こうと、智紀は考えていた。
 どんな手段を使っても。

「学校はいつまで?」
「…授業は…今日で終わりです。」
「じゃ、明日は終業式?」

 羽那は小さく頷く。握られている手が、少し震えていた。恐怖ゆえなのか、嫌悪のためなのか、羽那にも分からない。傲慢で、何でも自分の思う通りに物事を進める自己中心的な人間。自信家で、支配者然としたその男の態度は、不快というより、ただ恐ろしかった。

「ふうん。じゃあ、別に明日は登校の必要はないね。」

 羽那は、はっと彼を見上げ、青ざめる。もう、学校へは行かせてもらえないのかと思う。

「ここが君の部屋。」

 二階に上がって、3番目の扉を開けて、智紀は言った。恐る恐る中を覗き込んで、羽那はその広さ、豪華さに息を呑む。部屋自体も今まで彼女が生活していたスペースより格段に広い。壁際に置かれた大きなベッド、窓際の机と書棚。建て付けの大きなクローゼット。桃色のジュータンに淡いオレンジ色の壁紙。明るい色彩が目に迫ってくる。

「手前隣が俺の部屋。」

 智紀は羽那の手を引いたまま、隣へ移る。そして、扉を開けるとそのまま彼女を引き入れる。彼の部屋は更に少し広い作りになっていて、正面中央にはベランダへ続く大きな窓が見える。そして、その両脇に更に大きな窓がついていて、その下にそれぞれベッドと机が置いてあった。不意に背後で扉の閉まる音が聞こえて、羽那ははっと振り返る。



Sacrifice 5 

Sacrifice(R-18)

「…あ、あの…っ」
「今夜は、君はこっち。」
「…え?」

 智紀はふっと微笑んで、くい、と羽那の顎を指で持ち上げる。

「躾けは最初が肝心。何を考える前に、身体に教えた方が早いし?」
「…っ?!」

 覗きこまれた瞳に、羽那は反射的に身体が強張った。背中に回された腕から逃れようと暴れた途端、そのまま抱き上げられて、悲鳴をあげる間もなく、羽那は彼のベッドの上にどさりと下ろされる。

「…あ、イヤ…っ」

 慌てて四つん這いになって逃げようとした羽那の両足首を掴み、智紀はそれを引いて彼女の身体をうつ伏せの状態にして上に乗りかかる。

 悲鳴をあげる彼女の喉を前から包むように掴み、智紀は暴れる細い腕を押さえ込んだ。首を掴まれて羽那は恐怖と息苦しさに固まる。

 白いサマーセーターの下は、薄手のコットンTシャツで、スカートは膝下までのふわりと柔らかいフレアだった。

「良い子だから、大人しくしな、羽那ちゃん?初めに言っておくよ、君の役割を。」

 耳元に熱い息を吹きかけながら、智紀は小さな耳たぶをぺろりと舐める。

「今日から、君は俺のペットだよ。まぁ、性欲処理の奴隷とでも言うのかな?お金で買われてきたんだ。それは仕方ないよね?」
「…や…っイヤ…」

 どれだけもがいても、まったく身体の自由は利かない。言いながら、智紀は首筋に舌を這わせていく。

「結婚はしてやれない。だけど、子どもが出来たら生んで良いよ?生まれたら認知して、俺の子どもとして育てて、それなりの教育を受けさせてあげる。だから、安心して?」

 男と女のことなど、ほとんど予備知識のない羽那には、言われている意味がよく分かっていなかった。彼女はそういう世界に触れたことがない。まだ生理もようやく始まったばかりだ。

 背中に感じる熱い舌と吐息が、ぞくぞくと背筋を駆け抜けていく。

 彼女の両親も、養女、という意味合いから、いずれはそういうことになるのでは?という予想はしていた。しかし、まだ中学生の少女相手に、無理矢理そんな関係を強いることはないだろうとまだ何も教えてはいなかった。智紀の両親が不在になるということも、知らなかったのだ。

 上に乗ったまま、智紀は、組み伏せた少女のTシャツの下に手を滑り込ませ、セーター毎一気に服を脱がせる。そして、スカートの後ろファスナーを下ろし、あまりに驚いて声も出ない彼女の下半身から、スカートを引き下ろした。

「いやあぁぁぁっ」

 暴れる少女の足を押さえ、ストッキングと下着を引き抜き、再度、うつ伏せのまま上にのしかかり、ブラを外した。

 あっという間に衣服を剥ぎ取られ、羽那は羞恥と恐怖で動けなくなった。うつ伏せのまま、シーツをぎゅうっと握り締めて震える。智紀が、自分の服を脱ぎ捨てている気配が背後に感じられ、すぐにふわりと熱い身体が覆いかぶさってきた。その大きな熱い身体を背中に感じて、羽那は一気に全身が硬直する。

「綺麗だね、羽那。肌が本当に真っ白で柔らかい。口に含んだら溶けてなくなってしまいそうだ。」

 智紀は感嘆の声をあげる。背骨のラインに丁寧にキスを落として、肌の質を味わう。吐息がかかるだけで、羽那の腰から下に、ざわざわとしたものが走る。肩甲骨の内側を、それから肩を、智紀はゆっくりと舌で愛撫していく。

「んっ…ん、ん、んんっ」

 びくびくと羽那の身体は震える。必死に声を押し殺しても、痙攣は止まらない。

 キスを落としながら、智紀はわき腹を撫でていた手を胸の下へ滑り込ませ、小さなふくらみをそれぞれ両手で包み込む。手の平にすっぽり収まる程度のふくらみをきゅうっと掴み、ゆっくりと揉んでいく。

「…う、あっ…あ、あ…」

 指の間に豆粒ほどの突起をつまみ、きゅっと締め上げると、羽那の身体は小さくはね、胸とシーツの間に隙間を生む。乳首を指先でくりくりと弄ぶと、その刺激に羽那の身体は更に反応した。

「とても敏感で良いね。反応の良い子は好きだよ。」

 執拗に背中を舐められ、胸を弄ばれて、羽那は切なく声をあげ続け、次第に訳が分からなくなっていく。

「じゃあ、今度は、こっちを向いてみようか。」

 くるりと仰向けにされ、羽那は間近に男の顔を見て、ぎょっとする。すでに涙が幾筋か伝い落ち、口の端からも喘ぎ続けたヨダレが流れ落ちていた。

「これからもっと気持ちよくしてあげるから、黙っていうことをお聞き?良いね?」

 そう言って半分虚ろな羽那の瞳を覗きこんだ智紀の顔が、不意に下へずれて消えた。羽那は、ほとんど何も考えられず、小刻みな浅い息を繰り返していた。両足を膝で折り曲げられ、ぐい、と足の間を開かれると、不意に何か生暖かいものが敏感な部分に触れた。排泄器と認識している部分をべろりと撫でられる感覚に、羽那は悲鳴をあげて足をバタつかせる。

 その途端、智紀がぐい、と太ももの内側に手の平を合わせ、彼女の足をベッドに押し付ける。これ以上ないくらい足を開かれ、股関節が悲鳴をあげた。

「いっ…痛い…いやぁっ」
「だから、言っただろ?大人しくしな。」

 声のトーンが今までとは違って、突然、すとんと低くなった。びくり、と羽那の身体は反応して固まる。
 羽那の足の間はまだうっすらとしか毛も生え揃っていない。何もかもがまだ少女のままだ。

 智紀は、指で花びらを押し開き、クリを露出させてそれに舌を這わせてゆっくりと吸い付く。舌裏で柔らかく弄び、膣の奥、未知なる世界へ指を押し入れていく。まだ何者をも受け入れたことのない粘膜が絡みつくように侵入者を迎える。

「ぁ、ぁぁ…、ぁ、ぁ、ぁ…」

 驚きと恐怖に目を見開いて、羽那は小さく喘ぎ続ける。電流のような刺激が、ずんずんと頭へ向かって突き抜ける。腰から下がざわざわと波立つ。

 これは・・・何?
 イヤだ、怖いよ…。

 勝手に身体が痙攣する。びくんびくんと背中がはねる。

「ぅ…ぁ、ああぁぁぁ…」

 何かがどんどん身体を駆け抜けていく。それが次第に大きく渦巻いていく。
 ふっとそのすべての感覚が一瞬、止んだ。
 ゆらりと智紀の顔が目の前に現れる。

「じゃ、これからが本番だ。最初はちょっと痛いと思うけど、我慢できるよね?」

 彼は目を細める。その瞳に炎が揺れる。羽那は、もう思考力はすでに奪われていた。これから一体どうなるのかなんて彼女には見当もつかない。

 両足を智紀の腕が抱えている感覚の後、足の間に何か熱くて硬いものが押し当てられた。それは、しばらく羽那の足の間で揺れ動いていた。膣から少しずつ染み出してきた蜜を先端に塗りつけて、中へ入る準備をしていたのだ。ゆっくりと揺れていたそれは、ぴたりと一点に押し当てられたと思った瞬間、ぬるりという感じで、中へと侵入を開始する。

 瞬間、鋭い痛みを感じて、羽那の身体は硬直し、背中がのけぞった。



Sacrifice 6 

Sacrifice(R-18)

「ぅ…っ、あっ…イヤ…いっ…痛いっ」

 中はきゅううっと締まり、侵入者を拒絶する。

「大分、きついな…。」

 入り口付近で、智紀は少しずつ腰を揺らす。腰をゆっくり前後して慣らしていく。

「いやぁぁ…、いや、いやぁぁぁっ」

 必死に腕を突っ張り、智紀の肩を押し戻そうと羽那は泣き叫ぶ。逃れようと渾身の力をこめてもがく。しかし、両足を抱えられて固定されている身体はほとんど身動きが取れず、暴れれば、その反動で侵入者は奥へ進む。

 声を限りに叫んで、泣きながら、羽那は許しを請う。

「痛い…痛い、怖いよぉ…いや…許して…」

 智紀はただ何度も小刻みに往復しながら、奥へ奥へと進んでいく。きつかった膣壁が次第にとろとろと溶けて、侵入者を受け入れ始めていた。

「ああ、…思ってた通りだ。気持ち良いよ、羽那。君の中はあったかくてすごい気持ち良い。」

 ため息ともつかない吐息を漏らし、智紀はゆっくりと前進していく。
 遂に、最奥へ到達し、智紀は抱えていた足を外した。そして、今度は腰を抱いて身体を密着させ、泣きながら喘いでいる羽那の半開きの口をふさぎ、舌を中へと差し入れた。

「んん…っ、ふぅ…う、んぅ…」

 身体の中に感じるひどい違和感と、他人の舌を口の中に感じて、羽那は再度目を見開く。隙間なく抱かれて密着した肌が熱く、しっとりと汗ばんでいる。

 他人の身体の一部が中に入り込んでいる。その事実を、朦朧とした意識は反応し切れていない。夢かと思う。そんなこと、有り得ないと。

 身体の中から侵食され、溶かされて、食べられてしまうのだろうか。
 いや、そんな思考すらもはや彼女の中には明確にはない。
 ただ、全身が感じ続ける想定外の出来事。理解の範疇にない現実。

 何か熱い甘い液が喉の奥に流れ込んでくる。舌先をくるくると舐められ、喉の奥まで犯され、そうかと思うと舌を痛いくらいに吸われる。絡み合う舌。流れ込んでくる液体が、唇の端から頬を伝い、顎へと流れ落ちていく。喉が苦しくなって、羽那は何度かそれを飲み込んだ。

 下半身が熱く、窮屈だ。何か大きなものを飲み込んで、飲み込みきれていないような不快感をおぼえる。小刻みに揺れて中で蠢くそれは、更に奥へ奥へと突いてくる。

 頭がかすんで何も考えられない。

 胸に置かれた手の動きが柔らかく、手の平が熱い。口は、もうずっとふさがれたままで口中の隅々まで這い回る舌が、ナメクジのようにすべてを舐めつくしている。飴玉をしゃぶるように舌を撫でられて、その刺激が背筋へ伝わっていく。

 やっと唇を解放され、口は半開きのまま、羽那ははぁはぁと喘ぐような呼吸をした。ふさがれていた口の中に冷たい空気を感じる。

 突然、身体の奥に焼けるような痛みを感じて、羽那ははっと意識を取り戻した。
 智紀が、ゆっくりと腰を動かし始めたのだ。

「う…ぅぅぅぅっ…いっ…痛い…っ、痛い、いやぁぁぁっ」

 暴れたところで、身体はしっかり固定されていて、僅かに腕を突っ張るくらいしか抵抗の手段はない。ゆっくりと動く智紀の腕にしがみつき、或いは、突っ張り、羽那は泣き叫ぶ。しかし声は大分かすれて、次第に意識も混濁してきた。

 少しずつ激しく大きくなる動きに、羽那はもう泣くことも諦め、微かな声を漏らしながら揺らされるだけだ。痛みの奥に疼くような感覚が混じりだし、腰が熱くなってくる。その熱いものが何度か痙攣と共に背筋を駆け抜け、何度か頭の中に白い閃光を走らせる。

 そして、一気に全身を痙攣が貫き、その甘い余韻に足先まで痺れが伝わった。
 それでも、刺激は止まない。
 続けざまに、痙攣が走る。

 一度目よりも深い絶頂が羽那の身体を貫き、きゅううっと膣が締まった。智紀も、その刺激に根元が熱くなり、射精の準備を始める。そして、羽那の奥を突き刺して止まり、恍惚感と共に熱の放出を始めた。脈打つように、どくんどくんと羽那の身体の奥で彼がはねる。

 放出を終えても、彼のイチモツはまだ固く膨張していた。そのまま羽那の中に留まって、智紀は彼女の腰を抱きしめながら息を整える。

 放心状態の羽那の虚ろな瞳を覗きこんで、彼はその両頬を両手の平で包み込む。

「羽那。俺が分かる?」

 羽那は、全身が虚脱状態で、半分失神し掛けていた。声を掛けられていることを分かっているだろうか?

「君の身体は、俺のものになったんだよ?ほら、つながっているのが分かるだろ?」

 ぐい、と自身を押し込むと、羽那は痛みを感じて微かに顔を歪めた。

「これから毎日抱いてあげる。良い子に躾けてあげるから、逆らうんじゃないよ?君の肌は柔らかくて甘くて実においしいよ。紅い花が綺麗に映える。全身に刻んであげよう。俺のモノだと分かるようにね。」

 再度、唇を合わせ、舌を押し込む。背中にまわした腕をきつく絡めて、小さな舌を存分に味わう。膣の中を小さく往復しながら、粘膜をこすり合わせる。動く度にくちゅくちゅと精液が押し出されてくる。その潤滑油のお陰で、中は滑らかだ。

 細い腰を抱いたまま、柔らかい身体を包み込むように抱きしめ、智紀は両手足で絡みつくように肌を密着させる。逃げられないように。他の誰にも触れさせないように。

 隅々まで、この身体を支配したい。
 隅々まで、その心を虜にしたい。彼のこと以外を考える暇を与えないように。

 その強烈な支配の炎を、絡みつくような執拗な愛撫を、白く霞んでいく意識の底で、羽那は茫然と感じ続けていた。



Sacrifice 7 

Sacrifice(R-18)

 いつ眠りに堕ちたのか覚えていない。

 ふうっと目を開けると、窓のカーテンが揺れるのが目の端に留まり、薄明るい部屋の中に時折柔らかい風の気配を感じた。

 羽那は、半ば放心状態で目に映るものをぼんやりと見つめていた。

 身体がだるくて動かない、と気づいたとき、同時に背後から誰かの腕に抱かれていることを知った。腰からまわされた腕が彼女の胸元にあり、羽那はその腕にすがりつくような体勢で眠っていたらしい。

 身動きした訳ではなかったのに、目覚めた気配に気付いたのだろうか。背後の人物が、「起きたの?」と声を掛ける。

 その声に、身体が勝手に反応した。ぎくりと固まった羽那の身体を更にぐいと抱き寄せて、声の主は首筋に唇を押し付ける。

「もう少しゆっくりしよう?」

 胸元にあった手が、すうっとふくらみを包んできゅっと握り締める。

「…あっ…」

 びくん、と背中がのけぞる。

「今日は、俺も午後から一旦登校するけど、部活動の指導だけだから夕方からはずっと一緒にいられるよ。君、終業式、出る必要ある?」

 その言葉に、羽那はようやく昨夜のことを思い出す。胸をゆっくり揉んでいる手を必死に押さえようとしながら、羽那はかすれた声をあけた。

「ぅっ…学校…行く…ぁ、あぁっ」
「行ける?」

 背後の男は執拗に胸を責めながら、背筋に舌を這わせてくる。身体の奥が痛みにきしむ。かああっと身体の奥が熱くなり、散々こすられた膣壁がちくちくと疼く。

「今日は動くの、けっこう辛いと思うよ?送り迎えしてやろうか?」

 不意にくるりと仰向けにされ、智紀の顔が目の前に現れる。まだどこぼうっとしたままの羽那とは違って、彼の目はきらりとケモノの光が宿っている。

「もう一回、して、良い?」

 羽那は怯えた瞳でただ彼を見上げた。

「本当は、学校で他の男に会うなんて許せないけどね。素直に抱かれたら、今日のところは行かせてやるよ。」

 羽那の返事など待たずに、智紀は羽那の両足をぐい、と抱えあげる。
 瞬間、昨夜の痛みを強烈に思い出し、羽那は悲鳴をあげて暴れた。声はかすれていて、大きな声は出なかったが、恐怖に引きつった表情に、智紀は僅かに心を動かす。

「…まだ、痛む?」
「ぅ…くぅぅっ…う、う、いや…あ、ぁぁ…っ」

 羽那は必死にシーツを掴んで震え、頬に涙が一粒伝い落ちる。抱えていた細い両足を離し、震える羽那の身体を抱いて、智紀は「じゃあ…」と呟くように言った。

「じゃ、一緒にお風呂に入ろうか。今日はそれで許してやる。」



Sacrifice 8 

Sacrifice(R-18)

 部屋に備え付けのバスルームで、バスタブにお湯を溜めて二人はお湯に浸かる。

 状況をよく把握できずに、逃げようともがく羽那の身体を智紀は背後から抱きすくめた。あぐらをかくように座った彼の膝の上に座らせて、彼女の全身に散らされた紅い花を満足そうに眺め、ボディシャンプーを使って、彼は羽那の身体をスポンジでくるくると撫でる。暴れようとする彼女の細い首を片手で押さえつけながら、胸を、腹を、脇を丁寧に泡立てる。

 必死に声を殺し、羞恥に震える羽那の身体を隅々まで丁寧に洗う。

 最後にシャワーで洗い流し、智紀は羽那の身体を大きなバスタオルですっぽりと包んだ。バスルームから出ると、時計は8時をまわっていた。

「あらら、急がないと。」

 羽那の制服も着替えも彼女の部屋にあった。

 バスタオルにくるんだまま、羽那を抱きかかえて部屋に送った智紀は、「着替えて出ておいで。」とクローゼットを示して彼女をその場に立たせる。羽那は、何も考えられずに言われた言葉に従った。そして、習慣でいつもの格好に着替えた羽那は、不意に開いた扉に、はっと扉の向こうに視線を向ける。

「おいで、羽那。朝食を取ったら送ってあげる。帰りは迎えをやるから、まっすぐここに帰ってくるんだよ?」




 その日は、休み前の皆がうきうきと高揚した授業もない日で、羽那の様子がおかしいことをそれほど気に留めるクラスメイトはいなかった。動くのが辛そうな彼女の様子に、具合が悪いの?と話し掛けてきた子はいたが、式終了後、タクシーが迎えに来ているのを見て、病院にでも行くのだろう、と普通に受け入れられていた。

 智紀の家から羽那の学校までは車で20分くらいだった。その途中に彼の高校があり、登校していく智紀の姿を、羽那はタクシーの窓からぼんやり見つめた。入れ違いで家を出たらしい。

 智紀の高校は私服登校が認められていたが、彼は大抵制服のブレザーを着ていた。洒落たデザインのその制服は彼によく似合っていた。スポーツマンの智紀は、勉強もトップクラスで、女生徒たちには人気があった。付き合う女性には事欠かなかったのだ。

 それでも、何故、こんなに羽那に執着するのか、彼自身にも分からない。



Sacrifice 9 

Sacrifice(R-18)

 智紀の家には使用人が一人いた。
 篠田という50代の男性だ。彼は執事として当主不在のこの家の管理を行っている。智紀の父親が若い頃からの仲だそうだ。

 彼は料理や家事全般もこなし、法的な手続きや来客への応対もしてくれるので、智紀は基本的に一人でも大丈夫だった。かなり幼い頃から両親はたまに揃って家を空けていたので、智紀も親の不在には慣れている。

「お帰りなさいませ。昼食の用意は出来ております。着替えましたら食堂の方へいらしてください。」

 タクシーで帰った羽那を出迎え、篠田は静かに言った。今朝、朝食のときに初めて顔を合わせた羽那だったが、どこか温かそうな印象の彼の様子に、彼女は心なしか父親を思い出し、安心する。

 二階の部屋へ戻り、羽那はのろのろと着替えをする。母が送ってくれたはずの普段着ていた服はまったく見当たらず、どこかふわふわした印象のワンピースのような服ばかりの中、仕方なく、彼女はそれの一つを身につける。

 精神的な疾患とまではいかずとも、羽那は普通の人より大分感情の起伏が薄い。勉強を覚えることはそれほど困難ではなかったが、周りのクラスメイトや姉たちのように、物事に対する執着のようなものがあまりなかった。

 家族からいきなり引き離されたことに対する悲しみや辛さはあっても、それを引きずってメソメソするようなことはなく、理不尽さに対する抵抗力のようなものは人より強いかも知れない。

 それでも、智紀から受けた陵辱と理不尽な支配に、羽那は傷つき、怯えていた。
 家族のためにここにいる。
 それだけは分かっていた。だから、逃げ出す訳にはいかないことも。

 食事を終えると、部屋に戻るように促され、羽那は自分の部屋だという空間へ戻った。昨夜は智紀の部屋にしかいなかったので、自分の部屋でゆっくりするのは初めてだった。

 机の上の棚に、教科書類が並べられているのをぼんやり見つめる。そして、辞書や参考書の類が、ずっと種類が豊富に脇の書棚に並んでいることに気付く。

 夏休みの宿題をしよう…と、羽那は机に向かった。

 身体の辛さは大分楽になってきた。少し開いた窓から入り込む夏の風が空調の冷気と交じり合う様を感じながら、羽那はとりあえず机に向かって教科書を広げる。彼女は目の前にあること以外の未来をいろいろ考えることが苦手だった。

 夕方になれば智紀が帰ってくることも、今度、いつ家族に会えるのかを考えて嘆くことも、羽那には意味のないことだった。

 ただ、昨夜のようなことが今後も延々と続くのかと思うと、少し涙がにじむ。身体の奥に固まっている恐怖が頭をもたげてくる。智紀の目は、何度見てもぞっとするものだ。彼を包む空気は狂気を帯びていて、冷気が漂っているとすら感じる。羽那には耐えられないものだった。

 触れられただけで総毛立つ。
 考えないようにしていても、あの目で見据えられ、身体の奥に彼の一部が押し入ってくる感覚はぞっとするものだ。あんなことに何の意味があって、何故、それを耐えなければいけないのか、分からない。

 3時を過ぎた辺りに、扉をノックされ、羽那は一瞬ぎくりと固まった。しかし、入って来たのは篠田だった。ティーポットとカップ、そしてホームメイドらしい小さなケーキがお洒落な皿に乗っている。

「お勉強されていたんですね。では、休憩されるときにでもどうぞ。」

 篠田は、ワゴンごとそれらを置いて出て行った。
 羽那は、ぼうっとそれらを眺める。紅茶の香りがふわりと漂ってくる。とても上品な良い香りだった。



Sacrifice 10 

Sacrifice(R-18)

 紅茶を飲んで、ケーキをおいしくいただいた後、羽那は昨日から続く緊張と、恐怖による疲労で無性に眠くなった。ちょっとベッドに横になった次の瞬間には、もうすとんと意識はなかった。いかにも転寝という格好でベッドの上に丸くなった彼女は、そのまますうすうと夕方まで眠り続けていた。

「ふうん…」

 と夕方帰宅した智紀は、ストッキングも穿かずに素足を投げ出したまま眠る羽那を見下ろして、制服のネクタイを緩める。おやつのワゴンを下げに行って、あまりによく眠っているのでお声を掛けませんでした、と言う篠田の言葉に、彼は着替えるよりも先に、羽那の部屋に顔を出してみたのだ。

「狼の屋敷でこんなに無防備に眠り込むなんて、君もなかなか度胸が良いじゃない?」

 ふっと笑って、智紀は羽那の足元に腰をおろして、その細い足のラインを指でなぞる。その刺激にぴくりと反応して、羽那はうっすらと目を開けた。

「おはよう、赤ズキンちゃん。良い夢見た?」

 ぼんやりしたまま身体を起こそうとした羽那の身体を再度ベッドへ押し付けて、智紀は彼女の両腕を左手で捕え、そして片方の手ですうっと太ももを上へ撫で上げる。

「…っ!」

 その手の平の熱さに驚いて、やっとはっきりと目を開けた羽那は、相手を確認して恐怖の色がその瞳に浮かんだ。彼の手は熱かったのに、やはりどこか冷たい光を感じる。

「…あ…」

 兄と呼べば良いのか、名を呼んで良いのかが咄嗟に分からず、羽那は口を開けかけたま固まる。

「冷房は大分弱くしてもらってたけど、足が少し冷えてるね。」

 するすると太ももを撫でながら、智紀の手は次第に上へ上り詰め、下着の上に到達する。そして、そのまま有無を言わせずにそれを引き下ろし始める。

「イヤっ…」

 驚いて暴れる羽那の足を体重で押さえ込むと、智紀はそのまま下着を足から外し、ワンピースを下からぐい、とまくりあげてブラのホックを外した。

「朝は見逃してあげたんだから、もう良いだろ?」

 ぺろりと智紀は唇を舐める。鋭い眼光、赤い舌が蛇のようだ。
 絡みつかれ、身動きが出来なくなる。一瞬、羽那は呼吸すら止めてその恐怖に耐えようとしてみた。

 ぎりぎり制服から見えるところには付けなかったキスマークが、まだ鮮やかに残っている白い肌を見下ろし、智紀は目を細める。

「時間はまだまだたっぷりあるし…これから、ゆっくり愛してあげるよ。俺のセックスが忘れられなくなるように、俺なしでは生きていけなくなるようにね。」

 ふふふ、と智紀は小さな胸に顔をうずめ、谷間に舌を這わせた。
 ねっとりと這い回る他人の舌の感触。背筋からざわざわと何かが立ち上ってくる。

「あ、あ、あ…っ、イヤ…イヤ、いやぁぁぁっ」

 乳首を舌先で転がされ、びくんと背中がはねる。その刺激に、同時に昨夜の痛みが蘇った。痛い・・・、と悲鳴をあげようとしたとき、ふっと彼は動きを止めた。

 不意に扉をノックする音に、智紀は顔をあげ、羽那は涙を浮かべたまま硬直して震えていた。

「お夕食はいかがいたしますか?」

 扉を薄く開けて、篠田が声を掛ける。

「…ああ、そうだね、時間通りお願いします。」
「畏まりました。では、ご用意いたしますのでどうぞ。」

 智紀の家の夕食はかなり早い。夕食の片付けを終える時間を早めにして篠田に自由時間を与えたいという夫妻の配慮からだった。それは幼い頃から徹底して言われていることだったので、智紀もそれに素直に従っている。

 怯えて震えている羽那をため息をついて見下ろし、智紀は掴んでいた両腕を離して、彼女の身体を抱き起こす。そして、その細い身体を支えるように背後に腕をまわし、外したホックを掛け直した。下着を穿かせながら、太ももを撫でると、肌がしっとりと汗ばんでいる。冷や汗なのか、感じているからなのか、羽那には分からないが、彼の手の感触が気持ちが悪かった。

「まぁ、良いや。夕食を食べたら、シャワーを浴びて俺の部屋においで。」

 耳元でそうささやくと、羽那はびくびくしながら唇を噛み締めた。返事をせずにいると、くい、と智紀の手が彼女の顎を持ち上げて上を向かせる。蛇の目と対峙してしまい、羽那は息を呑んだ。

「返事は?」
「…は、はい。」
「そうだよ。言っただろ?君は俺の所有物だ、逆らうことなんて許さないよ?君の家族がどうなっても良いの?」

 すうっと全身から血の気が引く音がした気がした。

 家族…。
 それは羽那の今生きている意味そのもの。存在する理由そのものだった。

 逆らってはいけない。
 それは、羽那がここで最初に教え込まれたことだ。どんなに意に反したことでも、従うしかないと。



Sacrifice 11 

Sacrifice(R-18)

 前戯にたっぷりと時間を掛け、智紀は羽那の性感帯を開発、刺激していく。もともと肌が敏感で、小さな刺激にも弱かった羽那はあっという間に陥落する。一度絶頂を知った身体は、一気にそこへ駆け上ろうとし、その寸前で刺激を止められて、羽那はじらされる苦痛におかしくなりそうだった。

 耳たぶを甘噛みされ、鎖骨を撫でられ、脇の下をしゃぶられ、至るところに花を散らされる。手の平も、足の指一歩一本も丁寧にしゃぶりつくされ、その度に、腰から背筋に向かって心地良い刺激が駆け抜ける。

「はっ…あ、あ、ぁぁぁっ…あ、ぅぅぅ、う、んぅ…っ」

 どこに触れられても変に敏感になり、太ももを撫で上げられるだけでも、乳首をそっと舌先で触れられるだけでも電流が駆け抜ける。足の間、昨夜彼とつながった部分が熱く疼いてひくひくと痙攣していることが分かる。

「すごいね、羽那、君の蜜、こんなに溢れるんだ。イヤらしいね、君の身体は。すっかりとろとろ溶けちゃってるよ。もう、脳みそも溶け出してるんじゃない?ほら…」

 智紀は羽那の唇の端から流れ落ちている唾液を指ですくう。

「ここにも、俺が欲しいだろ?」

 半開きの口は、もう意味を成さない喘ぎ声を漏らすだけだ。
 クリを執拗に責めていた智紀の唇は月明かりに照らされて濡れて光っている。ぺろりと唇についた羽那の愛液を舐めると、彼はゆっくり顔を近づけ、彼女の唇をすうっと舌でなぞる。

「あ…あ、あ…」

 嫌悪に震えるのに、羽那は口を開いて彼を受け入れる。するりと舌が入り込んできて、口中を舐めまわす。歯列を丁寧になぞり、舌の裏を刺激して唾液の分泌を促す。羽那の舌をゆっくり吸い上げて彼の口の中でしゃぶる。

「ん、んんんっ…んぅぅ…っ」

 喉の奥に流れ込むものが、二人の唾液なのだとそのとき初めて羽那は知る。吐き出したいほどおぞましいのに、苦しさに思わず喉を鳴らして飲み込んでしまう。

 身体の奥が熱くて溶けてしまいそうだ。違う。もっと違う刺激が欲しい・・・。
 すっかり溶けきった身体の奥に、智紀がずぶずぶと無遠慮に入ってきたとき、羽那はその鋭い快感に頭の中が真っ白になった。

「今日はこのまま入れてあげるよ。可愛い声をいっぱい聞かせてくれたしね。もう、夜中になっちゃうし。」

 時間の感覚など、もはや羽那にはなかった。もともと早寝だった彼女が、いつもならとっくに眠りに落ちている時間だったことも、彼女は気付いていなかった。早い夕食が終わって、部屋でのろのろと支度を整え、智紀の部屋を訪れたのが8時前頃だったとして。あれから、もう3時間以上は経過していた。

 ゆっくりと奥まで到達して、智紀は動きを止める。押し出されるように羽那の愛液がシーツを濡らし、水音が響いている。大きく広げられた羽那の両足首を掴んで、智紀はそれを股関節から半分に折り曲げるように彼女の顔の前に持っていく。そして、そのまま更に奥へ進むと、彼の先端が深い部分へ突き刺さる。

「あ…っ」

 その痛みに羽那は声をあげて、表情をゆがめる。

「奥まで入ったよ、羽那。ほら、すっかり根元まで君の中だ。」

 智紀の言葉が虚ろな頭にぼんやりと響く。智紀はそのまま羽那の両足を両肩に置いて、おもむろに腰を動かしだした。あっという間に羽那は絶頂に上り詰める。ずっと欲しくて狂いそうだった刺激に酔う。頭の芯がくらくらと痺れ、全身にその余韻が行き渡る。そこに漂っていたかったのに、更にそれは加速して襲ってくる。

「ぁ…ぁ、ぁぁ、ぁぁぁっ、あ、あ、あぁぁぁぁっ」

 イッてもイッても許されず、羽那の身体はどこが絶頂の合い間なのか分からなくなる。目を開けていても視界はただ真っ白で何も見えない。身体の奥は痙攣しっ放しで、別の意味で狂いそうになった。

 どのくらいそうやって突かれ続けたのか分からない。彼の肩の上にあった足は再び開いた状態で下ろされ、智紀が羽那の腰をしっかり抱いて何度目かの精液を身体の奥に放っていることをどこかでぼんやりと感じた。

 部屋全体がケモノの匂いで満たされ、独特の饐えたような匂いが充満していた。開け放された窓から心地良い風が入り込んではその匂いと羽那の喘ぎ声をさらっていく。

 空調は利いていたはずだったのに、二人とも汗びっしょりだった。

「…良かったよ、羽那ちゃん。」

 やっと彼女の身体を解放して、智紀は言った。

「今度は、君の口からちゃんと言わせてあげる。君の中に俺が欲しいってね。」

 目を細めて、智紀は彼女の傍らに横になり、ぐったりと動けない羽那の身体を抱き寄せた。両手両足で絡みつくように羽那の全身を包み込む。

「もう、逃がさないからね。」

 満足そうに智紀はささやく。羽那の意識はすでに闇に呑まれていて、彼の声は届いていない。しかし、そんなことは構いはしない。別々の肉体を持っていることをもどかしく感じるほど、智紀は羽那が欲しかった。抱いてつながった瞬間そのままに、ずっと身体をつなげていたかった。羽那に自分を感じ続けて欲しかった。

「俺の命令ならどんなイヤらしいことでも素直にする良い子に躾けてあげるからね、羽那。俺なしじゃ、一日だっていられない身体にしてあげる。君は俺のことだけ考えていれば良い。いつでも抱いてあげるから。」

 ふふふ、と智紀は狂気の光を宿した瞳で微笑む。激しく乱れて、彼を欲しがる羽那を想像して、彼のイチモツは再度疼きだす。

「ずっとつながったままいたいのに。」

 額にかかる髪をすうっとかき上げて、智紀は羽那の顔にキスの雨を降らす。涙と汗で、彼女は顔はべたべたに濡れていた。

「また、一緒にお風呂に入ろうね。」

 そこで、彼も眠りに誘われる。小さな欠伸をひとつして、羽那の身体に絡みついたまま、智紀は眠りに落ちていく。激しく交わり、疲れきった心地良い疲労感に抱かれながら。



Sacrifice 12 

Sacrifice(R-18)

 死んだように深い眠りが少しずつ浅くなる頃、羽那は不自然な体勢のために寝苦しさを感じ、無意識に寝返りを打ち、智紀の腕から逃れようとする。一旦、彼女の身体を離した智紀は、やはり無意識に羽那の身体を求めて絡みつくように引き寄せる。

 そんなことを繰り返しながら覚醒へと向かい、羽那はうっすらと目を開け、すでに辺りが明るくなっている気配を感じた。

 朝…だろうか。もう、日は大分高いような気がする。日差しもすでに照りつけるものに変わっている。
 身体を起こす気にはなれず、羽那は夏休みの初日をずっしりとした疲労感と共に迎える。

 目の前には智紀の胸があり、触れ合った肌がしっとりと汗ばんでいた。
 ゆっくりと寝返りをうち、羽那は窓の方へ顔を向けた。レースのカーテンが揺れ、細かな網戸の向こうに、青空が見える。南向きのこの窓に、すでに太陽が顔を出していた。

 強烈に喉が渇いていた。
 水が飲みたい…。

 羽那は引き剥がすようにベッドから身体を起こす。ふらつく頭を支え、なんとか身体を立たせなければ。
 窓側にいた彼女は、ベッドを下りるためには智紀を越えていかなければならない。彼はまだ眠っているように見える。すうすうと寝息が規則正しく聞こえている。

 あのぞっとするような光を宿す目が見えないと、智紀は取り立てて変わった容姿をしている訳ではない。普通の男の子だった。

「起きるのかい?」

 目を閉じたまま、智紀の唇が動いた。思わずぎょっとして羽那は彼の顔を凝視した。

「どうせ、今日は休みだろ?篠田にも、朝食は要らないと言ってあるんだ。」

 相変わらず目を閉じたまま、智紀は寝返りを打って、仰向けになる。

「…あの…」

 かすれた声で、羽那は言った。

「喉…渇いて…」

 泣きそうに心細い声だった。

「ああ、そうか。」

 やっと智紀は目を開けて、身体を起こした羽那を見上げる。

「そういえば、俺も喉渇いたかな。スポーツドリンクでも持ってきてあげるよ。」

 寝起きのせいか、彼の目はごく普通だった。見つめられてもそれほど強張らない程度には。智紀は、起き上がってガウンに袖を通し、そのまま部屋を出ていく。羽那はそろそろとベッドから下りて、そのまま部屋の中のトイレに向かった。喉の渇きと同時に生理現象も感じていたのだ。

 洗面所で顔を洗おうとしたとき、羽那は、目の前の鏡に映った自分の姿に唖然とする。そして、次の瞬間には身体が小刻みに震えてくるのを感じた。全身、まるで皮膚病のように刻み込まれた紅い花。首筋にも、喉元にも、手首の先までそれは広がっている。

 茫然としていると、不意に扉を開けて智紀が顔を出した。

「先にシャワーでも浴びる?バスタブにお湯を溜めようと思ってたんだけど。」

 微笑む彼の瞳の光に、ぞっとする。

「…シャワー…浴びます。」
「じゃ、一緒に浴びようか。」

 イヤだとは言えなかった。

 二人同時にシャワーのお湯に打たれながら、智紀の手が、羽那の身体を洗う。彼女の身体の敏感な部分を丁寧に責めながら、羽那が声を漏らすのを楽しんでいる。次第に、その甘い喘ぎ声に興奮したのか、彼の下半身は大きく膨張しそりかえってきた。

 ふと気付いたときには、片足を抱えられ、壁に身体を押し付けられて羽那は立ったままで身体を貫かれていた。

「あ、あ、あぁぁぁあっ」

 耳元に智紀の荒い息遣いが聞こえ、胸はめちゃくちゃに揉みしだかれている。シャワーの水音に掻き消されてはいるが、羽那の中もすでに水音がしている。腰を揺らし、小刻みに往復されるだけで、羽那の身体は立っていられないほど熱く痙攣してきた。

「や…ぁぁ、いやぁぁ…」

 がくがくと足が震え、もう立っていられない。ずるずると崩れ落ちそうな身体を智紀の腕が支え、彼はなんとか最後まで放出を終えた。

 智紀が出て行くと、一緒にどろりと熱い液が流れ出て来た。それほど息の乱れていない彼は、羽那の身体を抱きかかえるようにシャワーの下にさらし、その部分を綺麗に洗い流す。斜め上を向かされた羽那の顔にはシャワーの雫が容赦なく降り注ぎ、彼女は目を閉じた。

 不意に口の中に熱を感じ、羽那は智紀に口をふさがれたことを知る。シャワーのお湯なのか唾液なのか、彼女の口の端から雫が流れ落ち、舌を吸われながら羽那は彼の手が身体中を撫でるように愛撫していることをぼんやりと感じた。

 もう、羞恥心すら湧き起こらない。
 身体の中まで、隅々まで犯され、すべてをさらけ出して見られてしまっているのに、今さら何を恥ずかしがれば良いのだろう?

 太ももや胸を撫でていた手が、再度、足の間をまさぐり、膣の中に指を入れて、たった今注ぎ込んだ精液を掻き出している。そして、花びらの部分も綺麗に洗い流してクリを微妙に刺激する。

 ぴくん、と背中がはねた。
 再度、官能の熱が疼きだす。

「このまま一日つながっていたいけど、さすがに君の身体は限界でしょう。」

 やっと口を解放して、智紀は笑った。二人ともシャワーに打たれ続け、頭からすっかりずぶ濡れだった。



Sacrifice 13 

Sacrifice(R-18)

 それぞれ、バスタオルで身体を覆って、二人は何度もグラスに何度も注ぎ足しながらペットボトルのスポーツドリンクを飲み続けた。細胞の隅々まで水が行き渡り、やっと生き返ったような気がした。

 グラスの中身を飲み干して息をついた羽那は、腰掛けていたベッドに、そのままふらふらと倒れこんだ。
 身体の奥にずっしりと重い疲労が蓄積していた。

 智紀は一足先に飲み終わり、バスルームで髪を乾かしていた。ドライヤーの音が止んで彼が出て来た頃には、羽那はどこか虚ろな瞳をして、眠り込みそうになっている。

「羽那、髪を乾かさないと…」

 智紀は近寄って、バスタオルで彼女の髪をくるくるとふき取る。

「まぁ、良いか。出かける訳じゃないし。」

 呟いて、彼は諦め、バスタオルを外して衣服を身につけ始めた。彼は大学受験を控えている。ほぼ、問題なく合格ラインではあったが、勉強の手は緩めないつもりだった。

「羽那、君は今日は部屋で勉強しているかい?俺は、ちょっと図書館に行って参考資料を探してくるけど。」

 シャツに袖を通しながら智紀はベッドに横たわる彼女を振り返る。羽那は、ぼんやりしたまま小さく頷いた。

「昼食は、サンドイッチか何か軽いものを頼んでおくから、食べて待ってて。」

 智紀は最後にジャケットを羽織り、ベッドに歩み寄る。そして、羽那の唇に短いが濃厚なキスを落として、立ち上がった。

「行ってくる。」

 智紀の背中をぼうっと見送った後、扉の閉まる音と共に、羽那の意識も闇に落ちた。



Sacrifice 14 

Sacrifice(R-18)

「羽那。」

 智紀の声に、羽那はぼんやりと目を開けた。

「食事しなかったのかい?」

 たった今出て行ったはずの智紀がそこにいた。風がそよそよと頬を撫でてほんの少し涼しい空気を運んでいる。気のせいか、光の色が少し翳ったように見える。

「声を掛けたけど、起きなかったからそのまま置いてきたって篠田が言ってたけど…」

 智紀が振り返り、その視線の先にはワゴンの上に、ラップをしたサンドイッチの乗った大皿とオレンジジュースが置かれていた。

 ゆっくりと身体を起こしてみると、髪の毛は既に乾いている。羽那はそのときになって、ようやくあれから大分時間が経っていたんだと気付いた。

「お腹空かない?俺はこれからちょっと勉強するから、食事しときな。ジュースに氷をもらおうか?」

 智紀は、机の前の椅子に腰を下ろして羽那を振り返った。まだ、頭の中が靄がかかったみたいにぼうっとしている。羽那は、彼女をじっと見つめる智紀の視線に気付いて、何かを聞かれていたんだとやっと思い当たる。

「…ごめんなさい…あの…」
「シャツを貸すから、食事をしな。それとも、夕食まで我慢するかい?」

 髪の毛が頬に張り付いたまま、羽那は茫然と頷く。何に返事をしたのかさっぱり分からない。智紀は立ち上がってクローゼットから黒いTシャツを取り出し、ばさりと羽那の身体に着せかけ、身体に巻いたままだったタオルを取り外した。

「今、食べる?それとも、後で食べる?」

 智紀は、羽那の顔に張り付いていた髪の毛をかき上げて、かがみこんで彼女の顔を覗き込む。

「…食べます。」
「分かった。」

 ベッドに足を下ろして座らせ、智紀はワゴンを手の届くところまで運んでやる。

「時間が経ってるから、ちょっとパンが乾燥してるかも知れないよ。」

 羽那はこくりと頷く。
 そして、不思議そうにふうっと智紀を見上げた。彼はすでに机に向かい、勉強を始めている。

 あれ…?と思った。
 あれほど、そばにいるだけでぞっとしていたのに、今は、何も感じなかった…。そして、彼の肩越しにいつも見えていた冷気のようなもの。それが、そのとき、影をひそめているような気がした。



Sacrifice 15 

Sacrifice(R-18)

 食事を終えてワゴンを返しにいくとき、部屋に戻ることを許可されて、羽那は一旦廊下にワゴンを停めて、Tシャツからワンピースに着替え、そして、キッチンへワゴンを返しに向かう。もう大分夕刻近いことを西の空の赤さで知る。

 篠田はすでに夕食の支度に取り掛かっていた。

「…ごちそうさまでした。」

 戸口から中を覗き込むと、篠田は、声にというより気配に振り返って微笑んだ。

「ああ、わざわざありがとうございます。お声を掛けていただければ取りに伺いますから。」

 羽那はぺこりと頭を下げて、部屋へ引き返す。
 智紀の部屋の前を通り過ぎるときは、思わず足音を忍ばせてしまった。

 一緒にいるときは、とにかく相手の一挙手一投足に気を配っているので、あまり余計なことを考える暇がない。 むしろ、こうやって一人の時間を与えられると羽那は彼のことを思い出して身が竦んだ。
 女ばかりの3人姉妹に育っているので、羽那は基本的に同年代の男のことをよく知らない。

 二人の姉は彼女をとても可愛がって大事にしてくれたから、二人の姉同士がよくやるような姉妹喧嘩もしたこともなかった。羽那は人と深く関わる方法を学び損ねているかも知れない。加えて、初めから羽那は智紀が怖かった。彼女は、この家が、彼の家だったとはまったく知らずにやってきたのだ。もしも知っていたら、きっと羽那はイヤだと言っただろう。いや、それ以外に方法がないと知ったら、受け入れる覚悟を決めただろうか・・・。

 いずれにしても、今回決めたような気軽さでは決してここへは来られなかった。
 部屋に戻って机に向かっても、いつ呼び出されるかと思うと落ち着かなかった。声変わりをした筈なのに、智紀の声はよく通るテノールで、羽那を見据えて笑う彼の目は、大抵冷たく揺れて、背筋にぞわぞわと冷たいものが走る。

 また…今夜も、あんな目に遭うのだろうか。
 足の間が、身体の奥が、きしむように熱く疼く。家族のため、というより、智紀に捕らわれたら羽那は自分の身体がコントロール出来なくなってしまう。イヤだ、と心は叫ぶのに、言葉すら意識から消えうせてしまう。

 イヤだ…。
 どのくらいの時間が経過したのか。

 扉をノックされて、羽那はぎょっとして振り返る。部屋の中はすでに薄暗く、明かりをつけていなかったことに気付く。

「お夕食はいかがいたしますか?」

 扉の向こうから篠田の声が聞こえた。

「おや?明かりをお点けいたしましょうか?」

 部屋の中が暗いことに気付いて、篠田が明かりのスイッチを入れてくれた。ぱあっと世界に光が灯る。
 羽那はまだお腹は空いていない。さっき、遅い昼食を食べたばかりだったのだ。

「篠田、羽那も連れていくから、軽く用意してくれる?」
「はい、畏まりました。」

 羽那が返事をする前に、篠田の背後から不意に智紀の声がした。そして、篠田が去っていくのと同時に、智紀が扉を開けて入ってくる。椅子に座った状態のまま、茫然と羽那は彼を見上げた。感情が麻痺しているように、まだどこかぼんやりとしたままだ。

「聞こえただろ?とにかく、一旦食卓に就いてもらわないと彼が困るよ。」
「…はい。」

 慌てて羽那は返事をする。



Sacrifice 16 

Sacrifice(R-18)

 シャワーを浴びたら部屋に来るようにと智紀に言われ、羽那は篠田が軽く用意してくれたシチューだけを食べて部屋に下がった。

 考えると身体の芯が震えてくる。
 日ごと、時間ごと、その恐怖は大きくなってくるような気がする。

 シャワーを浴びながら、羽那はほんの少し泣いた。明日のこと、一年後のこと、そんな遠い未来を憂うことを羽那はしたことがない。しかし、ほんの少し祈ってしまった。いつか、ここから解放される日が来ることを。

「遅かったね。」

 なかなか決心がつかずにのろのろと作業したお陰で、1時間近く経ってしまっていたようだ。椅子に座ったままこちらを向き、どこか憮然とした智紀の声に、羽那はぎくりと彼の顔を見つめてしまう。その瞳に宿る怪しいまでの残忍な光。ぞうっと背筋が凍る。

「まぁ、良いや。まだちょっとまとめたい部分があるから、君はそこで待ってて。」

 恐怖に固まった羽那を見据えたまま、智紀はベッドを指さす。
 羽那は、小さく頷いて、そろそろと今日のほぼ一日を過ごしたベッドの上へと向かった。

 いつの間にか、ベッドはシーツも替えられ、カバーも綺麗に整えられている。羽那が部屋に戻っていたほんの短い間に篠田がすべてを整えてくれたのだろうか。羽那はコットン生地の薄いパジャマを着ていた。長めのTシャツと変わりない形で、膝まで隠れる。

 羽那は養女という名目で引き取られたので、篠田にとっては智紀と同じ扱いになっている。だが、彼女がここにいる本当の目的も彼は知ってはいるのだろう。それでも、下手に同情したり口を挟んだりはせず、篠田は彼が出来ることをしている。それだけだった。

 どうして良いのか分からずに、羽那はぼうっとしたままベッドの上で膝を抱え、身を竦めていた。勉強を始めると、それまで智紀に漂っていた冷気のようなものはすうっと消えてしまう。ケモノの気配、とでもいうのだろうか。

 羽那には男の生理は理解出来ない。いや、男女の生理も彼女には分からない。そもそも羽那には恋愛感情というものがないのだ。そして、羽那は‘欲’というものが極端に薄い。智紀の執拗なまでの独占欲や支配欲は、彼女の理解の範疇にはない。

 膝を抱えて壁に背を預けている内に、羽那は眠りそうになっていた。おかしい、と彼女は思う。今日は寝てばかりだ。
 智紀が本を閉じて立ち上がる気配がした。近づいてくる足音。顔をあげようとしたが、睡魔は彼女を捕えて離さない。

「かなりきつそうだね。」

 くすりと頭の上で智紀が笑う。
 智紀の手が頭を撫で、そして、一旦彼女の身体を抱き上げるようにして、するりとパジャマを脱がせるのを感じ、羽那ははっと目を開けた。気がつくと下着一枚の格好だ。それもまるで訳なく彼の手は羽那の身体から外してしまう。

「…っ」

 何かを言おうとした瞬間にはもう唇をふさがれ、身動き出来ないように彼の腕に抱きすくめられていた。
 熱い身体が絡みつくように羽那を抱く。

「んっ…ふ…うぅぅ…っ」

 智紀の口にはコーヒーの苦味が少し残っていた。もがいてみるが、両腕ごと抱かれているので、ほとんど動けない。そして、彼女の意思とはまったく無関係に、身体は勝手に反応を始めていた。
 


Sacrifice 17 

Sacrifice(R-18)

 意識が飛び、次に気がついたとき、羽那は身体の奥に注ぎ込まれる熱い液を感じていた。

 それが何を意味するのか、羽那には分からない。ただ、それが終わりの合図のように思われて、彼女はほっとする。これで眠れるとようやく戻った思考を言葉にして思う。

 頭の芯が甘く痺れていて、全身が脱力しているのが分かった。あの、不思議な恍惚感が身体に残っている。

 怖い、と羽那は思う。
 あの感覚をもう一度味わいたいと思ってしまう。麻薬のように、媚薬のように。狂ってしまいそうになる。溺れてしまいそうになる。

「羽那、良い表情だ。気持ち良かっただろ?このまま俺の中に溶けてしまいたくなるだろ?」

 くすくすと智紀の声が耳元でささやく。

「もっと良い声で鳴かせてやるよ。永遠に俺の腕の中で狂ってな。この身体を抱いて良いのは俺だけだ。他の男に触れさせたりしたら許さないよ。羽那、君はもう俺のものだ。分かってるね?」

 いつもの中低音のテノールではない、低く響く声色。朦朧とした意識の底に直接入ってくる。逆らってはいけないときの声だと、羽那はいつの間にか刷り込まれている。

「家族を救いたかったら、俺の言うことを聞くんだよ。君が俺の手の中に在ることが条件だ。もう、逃がさないよ。」

 まだ、彼は中にいた。ぎゅっと腰を抱かれると奥へ突き刺さる肉棒を感じる。闇に蠢くケモノはまだ暴れださずに力を蓄えているようだ。羽那は自分の身体がどうなっているのかよく分からなかった。腕が自由であるのか、足の位置がどこにあるのか、…そもそも本当に肉体は存在しているのだろうか?もう、半分以上、彼の中に溶けて消えていっているのではないだろうか…。

 そんな錯覚を得る。下半身がとろとろ溶け出してシーツを濡らし、声をあげているつもりがかすれた音しか出てこない。

 つながった部分は、中で溶け合って交じり合ってしまっているのではないか・・・?
 胸の先端を這う温かいものがくりくりとそこを弄ぶ。ぴくん、と背中がはねるので、まだ自分の肉体の存在を辛うじて信じられる。

「あ…はぁっ…」

 再度、智紀は腰を動かし始めた。揺れる視界。何もかもがふわふわと揺れ動く。

「はぁぁぁぁっ…」

 腰から電流が何度も駆け上がり、頭上を突き抜けていく。閃光が視界いっぱいに広がり、羽那はきゅううっと中のケモノを抱きしめる。するとそれに呼応するようにそのケモノは熱い炎を吐き出した。奥へ、奥へと。

 痙攣する膣に合わせるようにゆっくりと抜き差ししながら、智紀は羽那の身体から出て行った。熱い液が太ももの間を伝い、流れ落ちる。だらしなく足を開いたままだった羽那の足の間を、智紀はタオルで拭きとる。

 一旦、放心状態の彼女を見下ろし、そっと抱き寄せて、智紀は一緒に目を閉じた。
 どんなに熱く激しく身体を合わせても、深く交じり合っても、こうやって身体を離した瞬間がいつも寂しい気がする。

 その明確な理由を、彼はまだ知らない。



Sacrifice 18 

Sacrifice(R-18)

 羽那が智紀の家に来て10日が過ぎたとき、羽那の姉、千鶴が清水家を訪れた。

 玄関先で対応した篠田は、彼女を応接の間へ通し、智紀の部屋をノックする。週末の、もうすぐお昼になるという時間だった。

 昨夜遅くまで勉強に没頭して朝寝をした智紀は、つい先ほど目覚めて、羽那を呼び出したところだった。
 ベッドの上、智紀の腕の中で羽那はすでに朦朧とした状態、彼はすでに下半身をつないだまま、羽那の胸に花を散らそうとしているところだった。

「坊ちゃま、高階千鶴さまとおっしゃる方が、お嬢様を訪ねておいでですが・・・。」

 扉から中へは入らず、篠田はそう声を掛ける。

「…高階?…誰?」

 怪訝そうな智紀の声に、篠田はちょっと言いにくそうに答えた。

「羽那お嬢様の姉上です。」

 智紀は一瞬、腕の中の少女をはっと見下ろしたが、羽那にはすでに何も聞こえてはいなかった。

「…ちょっと待たせておいて。」

 不機嫌な声で、智紀は言った。
 羽那は、もう少しでイキそうだった。そして、彼もこのまま終えるつもりはなく、切なく喘ぐ羽那の身体に支配の熱を注ぐつもりだった。

 客を待たせていることにもお構いなく、智紀は丁寧に羽那の身体を愛撫し、同時に上り詰めた。




 客間に通されてすでに30分が経過している。
 千鶴は壁に掛けられた古い大きな時計を見つめて、出された紅茶のカップに手を伸ばす。

 いつの間にか羽那の荷物を片付け、先方に送ったと言われ、更に、二人の姉には事前の相談もなく、相手方に言われるままにほとんど猶予もなく妹を連れて行かれてしまった。千鶴は羽那がいなくなってしまってから、ずっとその理不尽さを引きずっていた。

 彼女の婚姻の話しは順調に進んで、会社も危機は脱した。両親はもう次の設備投資や事業計画でそれどころではなくなっている。確かに、もう、後戻りは出来ない。羽那が犠牲になって救ってくれた事業を、なんとしても軌道に乗せないと、何のために皆が苦しんだのか分からなくなる。

 そう。理屈では分かる。
 しかし、千鶴は主に自分のために羽那が犠牲になったように感じて、苦しかった。清水の家からはその後、一切連絡はないし、当の羽那からも電話の一本もない。様子を聞きたくても、取りついでもくれない。

 千鶴は我慢できなくなって、遂に、直接妹の無事を確かめに来たのだ。
 もし、羽那が不幸になっているなら、泣いているなら、何が何でも連れ帰ろうと思っていた。

「お待たせしました。」

 若い男の声に、はっと千鶴は顔をあげた。そこには、明かにまだ高校生くらいであろうと思われる少年が立っていた。この家の息子、智紀であろうことはすぐに分かった。しかし、ただの少年ではないその存在の威圧感のようなもの、敵意をむき出しにした彼の瞳は、ぞっとするほど深い色をしている。

「清水智紀です。」

 ワイシャツに黒いパンツ姿の彼は、向かいのソファの前でただそう名乗った。

「あの、高階千鶴です。羽那の姉です。」

 立ち上がって、千鶴は頭を下げる。

「羽那は…元気ですか?」

 言いたいことはいっぱいあったが、千鶴は言葉をすべて飲み込み、辛うじてそれだけを聞いた。妹に会いに来たと告げたのに、何故、羽那をすぐに連れてきてくれないのか、と千鶴は苛立っていた。

「元気ですよ?」

 智紀も千鶴をかなり警戒している様子が分かる。どうぞ、と席を勧めながら、智紀は紅茶を運んできた篠田に何かを小声で告げた。

「会わせていただきたいのですが。」
「…せっかく、こちらの家に馴染もうとしているところに、正直、迷惑です。」

 智紀はカップを傾けながら、相手の様子を窺う。思わずカッとし掛けた千鶴だったが、ぐっとこらえて、同じように紅茶を一口含んで、息を整える。

「一目、無事な姿を確認させていただければ結構です。まったく連絡が取れずに、家族は心配しておりますし。」

 その言葉に、智紀はくすりと微笑む。それでも、その刺すような瞳の光は変わらない。

「家族…。俺も、彼女の家族のつもりですけどね。」

 千鶴ははっとする。そうだ、養子縁組をした以上、羽那はこの家の養女、娘なのだ。相手を怒らせて追い返されてはここまで来た意味がなくなる。千鶴は必死に言葉を探す。

「あの…ちょっと顔を見て、話をさせてもらえるだけで良いんです。羽那に…会わせてください。」
「ええ。良いですよ。今、呼びに行かせてます。」

 カップをテーブルに置いて、智紀は言った。

「どうぞ、ご自身の目で存分に確かめてください。」



Sacrifice 19 

Sacrifice(R-18)

 ベッドで、ぼうっと目を開けた羽那は、智紀がすでに衣服を身につけ、少し余所行きの格好をしている姿をぼんやりと見つめる。

「羽那、君もちょっと支度をして。今、篠田を寄越すから。」

 意味も分からず、羽那は小さく頷く。

「君の姉さん…千鶴さん?今、君に会いに来てるそうだよ。」

 不意に近づいてきた智紀が、羽那の耳元にそう告げる。
 え…っ?と羽那は必死に身体を起こした。千鶴…お姉ちゃんが?どうして?

「羽那、…言わなくても分かってるよね?」

 彼女の脇に一旦腰を下ろし、その肩を抱き寄せて智紀は静かな声で言う。その声色にぴくり、と羽那の身体に緊張が走る。

「先に行ってる。」

 くい、と顎を持ち上げて唇にキスを落とし、智紀は扉を出て行った。
 千鶴が会いに来てくれた。それは、羽那にとって、絶望の中の一筋の光だった。姉のことを思うだけで全身が温まるような気がした。

 お姉ちゃんに会える…?
 ゆっくりベッドを下りて、羽那は今しがた智紀に脱がされた服を身にまとう。身体が少し重く、だるかったが、動けないほどではない。扉をそうっと開けたとき、篠田が現れた。

「お着替えをなさってください。」と一旦、羽那の部屋に連れて行かれ、服を着替えさせられた。出かけるときのような、きっちりした服に、ストッキングも穿かされる。

 着替えをしながら、羽那は、心が浮き立つのを抑えられない。
 ああ、お姉ちゃんに会える。会って、抱きしめて、あの甘い香りをいっぱいに吸い込んで、甘えられる。その幸福感にドキドキした。

 一階の客間の扉の前で、篠田は声を掛ける。

「お嬢様をお連れいたしました。」

 羽那は、興奮を抑えきれないまま扉をくぐり…そして、智紀の姿に一瞬、さあっと血の気が引いた。同時に、先ほど囁かれた言葉を思い出す。

‘言わなくても分かってるよね?’

 千鶴の、心配そうな温かい瞳を捉えて、羽那はすがりつきたい衝動を必死に抑える。

「お姉さんが、君を心配して訪ねていらしたそうだよ。」

 柔らかい口調だったが、羽那には分かった。智紀の心が抑え難い憤りに充ちていることを。すうっと冷えた瞳で見据えられ、羽那は知らずに身体の奥に震えが走るのを感じた。

「羽那?」

 どうしたの?と言いたげな瞳で、姉が待っている。

「じゃ、姉妹だけで話したいこともあるだろうから、俺は席を外すよ。」

 智紀はそう言って立ち上がる。ゆっくりと扉に向かって歩いてくる彼の瞳は、暗い光を帯びていて、羽那は恐怖で動けなくなった。すれ違う瞬間、智紀はちらりと彼女に視線を走らせた。びくり、と羽那は身体が強張る。

 警告の意味は分かっている。
‘余計なことは言わないように…’
 彼の目はそう言っていた。


Sacrifice 20 

Sacrifice(R-18)

 扉が閉まり、智紀は出て行った。千鶴はそれを確認してから、戸口に佇んだままの妹に抱きついてきた。

「羽那、羽那!心配してたのよ。どうしてたの?ちゃんと暮らしてる?何か不自由はないの?」

 小さな妹の身体をぎゅうっと抱きしめた後、千鶴はその顔を覗き込んで矢継ぎ早に質問する。

「大丈夫なの?」

 羽那は懐かしい姉にぎゅっと抱かれ、そのぬくもりを全身に感じて、ようやく息をつく。その懐かしい匂いに満たされ、久しぶりに姉の胸に安らいだ。

「ごめんね、羽那。本当にごめんね。もし、あなたがここはもうイヤだって言うなら、私は今日あなたを連れ帰るつもりで来たのよ。」

 千鶴は、泣きそうな表情で彼女を見つめる幼い妹に声をひそめて聞いた。

「良い?本当のことを言って?・・・帰りたいんでしょう?ひどいことをされてるの?」

 羽那は懐かしい姉の声の響きにうっとりと聞き入りながら、淡い笑顔を作る。
 会いに来てくれた。
 千鶴お姉ちゃんは、ここまで、来てくれた。

「…お姉ちゃん…。」
「うん?」
「ありがとう。」
「何言ってるの?みんな、心配してるのよ?帰りたいなら、そう言って良いのよ?」

 羽那は、きゅっと唇をかんで俯き、そして、しっかりと顔を上げた。

「大丈夫。…羽那は、大丈夫。会えて…嬉しかった。お姉ちゃん、会いたかった。」
「羽那?どうしたの?本当に大丈夫なの?」

 羽那は必死に涙を堪えて頷く。ここで泣いてはいけない。姉に心配を掛けてはいけない。

「…どうしてるの?毎日。食事は…どんなの?勉強は出来てる?ちゃんと眠れてる?」

 羽那は微笑んで頷く。千鶴はどこか歯がゆい思いで妹を見つめた。この子はこんな笑い方をする子ではなかった。もっと素直で、もっと明るくて、もっとのびのびとしていた。

「羽那?」
「…お姉ちゃん、今日はもう帰るの?」

 羽那はほんの少し甘えるような寂しい瞳をする。

「うん、…でも、羽那、あなたが一緒にあっちに帰ろう?今夜だけでも、帰してもらおう?今日はお母さんの作った夕食食べて、一緒に寝ましょう?」

 その言葉に、羽那は一瞬だけ夢見てしまった。優しい家族と共に過ごす幸せな団欒のことを。それまで普通にあった溢れるほどの幸せな光景を。
 しかし、羽那はすぐに首を振った。

「お姉ちゃん、もう一回、ぎゅっと抱いて。」

 羽那はそう言って千鶴の胸にすがりついた。温かい、優しい姉の胸。気が遠くなるほど焦がれた‘家族’の抱擁。絶望の闇に幾度突き落とされても、覚えていられるように。この優しいぬくもりが闇の中に一筋の光となって惑うことのないように、と。

 それ以上、もう、羽那は何を聞いても「大丈夫」としか答えなかった。もともと言葉の多い子ではなかった。しかし、違う。この子は何かにひどく怯えている。怯えているのに、帰りたいとは、イヤだとは決して言わなかった。

「家のことも、お金のことも、気にしなくて良いのよ?良い?これから皆で一生懸命働いて返していけば良いんだから。あなた一人が背負うことなんてない。大丈夫よ。皆で頑張るから。」

 千鶴がいくらそう言っても、羽那は頷かなかった。説得しようとすればするほど、彼女は泣きそうになった。
 千鶴は諦めて、妹を抱きしめた。

「分かった。羽那も頑張ってるのね。私たちも頑張るから。一日でも早く元通りに一緒に暮らせるように。」

 うん、と羽那は小さく頷いた。いつか、きっと…。



Sacrifice 21 

Sacrifice(R-18)

「昼食をご一緒に召し上がりますか?」

 篠田が紅茶のお代わりを持って訪れる。

「…いいえ。」

 千鶴は、羽那の身体をそっと離して妹を見つめながら言った。

「いいえ。今日はこのまま帰ります。」

 そして、扉の向こうに人の気配を感じて、一旦唇を噛み締める。

「羽那、何かあったらすぐに電話でも何でも、連絡をちょうだい?」

 羽那は姉の顔をまっすぐ見つめながら小さく頷いた。やがて、智紀が現れ、彼と千鶴は一瞬冷たい火花を散らすように視線を合わせた。

「羽那、君はもう部屋へ戻りなさい。」

 智紀の静かな声に、羽那はびくっと彼を見上げ、最後に姉を一生懸命、まるで最後にその姿を目に焼き付けようとでもするように見つめ、そのまま篠田に付き添われて扉を出て行った。

「羽那を・・・返してください。」

 聞く前から分かっていたかのように、智紀は、ふんと鼻を鳴らす。

「帰りたいと彼女が言いました?」
「言う筈ありません。」
「…へえ。」
「あの子は、感情表現は下手だし、僅かな自分の気持ちすらうまく言葉に出来ない子です。」
「だから?」

 千鶴はきっと智紀を睨みつける。

「それでも、あの子は家にいるときはもっと感情豊かで、素直で、卑屈になったりはしたことがありません!自分の面倒もうまく見られない子ですが、自分を縛ったりせずに自由に生きてました。羽那は…」

 千鶴は怒りに声を震わせた。

「今、あの子はあなたの顔色ばかり窺い、自分を必死に押し殺してます。自由を奪い、心を殺して、あの子をどうするつもりですか?」
「…帰ってもらえますか?」

 明らかに痛いところを突かれ、智紀は少なからず動揺した。これ以上この女を留めておくのは危険だ、と彼は思った。それから、二度と羽那に会わせてはいけない。

「もう、訪ねて来ることもご遠慮ください。」
「どうしてですか?…お願いです。あの子を返して!あの子を…羽那をいったいどうするつもりですかっ?」

 激しい勢いで彼に迫る千鶴に怖れをなし、智紀は踵を返した。

「待って!卑怯者っ!!!羽那を返してっ」

 階下の騒ぎに、慌てて篠田が戻ってくる。

「…どうなさったんですか?」

 すれ違うように智紀は階段を駆け上がる。

「待って!羽那を…羽那を返してっ」

 追いすがろうとする千鶴の前に立ち、篠田は必死に彼女を押し留める。

「高階さま、どうか、今日のところはもうお引き取りを…。」
「羽那っ…羽那を返してよ…!」
「高階さまっ」

 千鶴は激しい憎しみの炎を宿した瞳で智紀の背中を見つめる。絶対に許さない。絶対に、妹は奪い返す。こんなところにあの子を置いてはおけない。千鶴は怒りに唇を震わせて心に誓う。

「…すみません、帰ります。」

 声が微かに震えたままだった。篠田の腕から離れ、千鶴はくるりと後ろを向いた。玄関までを付き添い、篠田は複雑な思いで彼女の後ろ姿を見送った。
 


Sacrifice 22 

Sacrifice(R-18)

 去っていく姉の後ろ姿を窓辺で茫然と見送る羽那。背後から近づいた智紀は、苦々しい思いで窓の外を見下ろし、気配に気付いてはっと彼を見上げた羽那を乱暴に抱きしめた。

「帰りたいのか?」

 耳元で低い声が聞く。ぎくりとして羽那は首を振った。

「言えよ、羽那。帰りたいんだろ?」

 苛立つような激しい声だった。ぎゅっときつく抱かれた背中が痛くて、苦しくて、羽那は必死に首を振る。

「ぅ…ぁっ…い…痛い…」
「…帰さないよ。もう、どこにもやらない。誰にも会わせない。羽那、君は俺のものだ。ここからいなくなることなんて許さない。」

 羽那の細い身体は智紀の腕の中で悲鳴をあげる。苦しくて息が出来なかった。

 次第にぐったりと力が抜けていく羽那の身体をそのまま抱き上げて、智紀はベッドへ彼女を横たえる。虚ろに彼を見上げる羽那の唇を乱暴にふさぎ、激しく責め始めた。引き裂くように服を脱がせ、怯えて悲鳴をあげる羽那に苛立ち、智紀は何かに憑かれたようにめちゃくちゃに羽那の身体を求めた。

「坊ちゃま・・・」

 廊下にまで響く羽那の悲鳴に、篠田が神妙に扉を叩く。

「よろしいですか?」
「…もう、誰が来ても取り次ぐな。」

 智紀は羽那の身体を乱暴に組み伏せたまま呻くように言った。

「違います、坊ちゃま。…どうか、お話しを…」
「今は何も聞きたくない。」
「…。」
「行ってくれ。」
「…畏まりました。」

 篠田が去ると、智紀は怯えた羽那の目を見下ろして、どうしようもない苛立ちに襲われた。それまで気にも留めなかった羽那の‘恐怖’の光。今まで、その瞳を見るとむしろもっとどこまでも追いつめたくなったものだ。追いつめた先に先回りして、腕の中に絡め取ってやろうと。

 しかし、何故か今は無性に苛立ちがつのるだけだった。

 羽那は、智紀が何に苛立ち、何を怒っているのかまったく分からない。羽那は彼に言われたように千鶴には何も話さなかった。帰りたいと一言も口には出さなかった。その羽那の心の内を千鶴が察して智紀を責めたことなど、羽那には知る由もない。

 そして。
 智紀にも分かってはいないのだ。何故、自分がそれほど苛立つのか。何に、そんなにイラついているのか。そして、何を恐れているのか。


Sacrifice 23 

Sacrifice(R-18)

「ご…ごめん…なさい…」

 訳も分からず、羽那は謝り続ける。暴力的な智紀の扱いに、ただ、怯えて、震えている。泣きながら、許しを請いながら。

 それでも、逃げようとはしない。誰かに助けを求めようとはしない。
 羽那は、ただひたすら智紀に対して向き合おうとしているように感じられた。

 不意に、智紀は痛ましいようないじらしさを感じて愕然とする。何の打算も計算もなく、暴力に怯えて泣いている女の子。

 お金で手に入れたとはいえ、智紀は初めから、どうしてもこの子が欲しかったのだ。
 他の何と引き換えても惜しくないほどに。

 それまで大抵のものは買い与えられていて、彼はモノに執着を抱くこともなく今まで来た。女の子との付き合いも特に不自由したことはない。両親はいつも忙しく、彼が物心ついたとき傍にいたのは、篠田だけだった。
それらに不満を抱いていた訳ではない。何不自由なく育てられ、成績も優秀でスポーツも得意だ。友人もそこそこいるし、遊び仲間にも恵まれている。

 それでも、何か満たされない思いを抱き続けていたことも確かだった。
 それが意識されていたのか、無意識だったのかは別としても。

 ‘満たされない思い’

 それが、くすぶったまま抱えられ、意識されることなく巨大化して彼を内側から侵食するに至ったのかも知れない。
 羽那を見たとき、智紀は、何かを感じたのだ。一般的なことには関心を示さない少し知能が弱い女の子。人の心に敏感で、相手の傷を、傷と意識せずに接してくれる子だと。

 だから。
 彼は羽那に異様な執着を抱き、手に入れたかった。自らの闇を、傷を、癒すために。




 そして羽那もまた、何故、これほど恐れている相手のそばにいるのかよく分からなかった。脅されていたとはいえ、どうして姉に助けを求めなかったのか。

 彼女は、言葉でのコミュニケーションが得意ではないから、元々人付き合いがうまく出来ないから、言葉での情報よりもずっと深い部分で人を感じるのかも知れない。態度や言葉や、一般的な手段ではなく。‘魂’に触れる部分で。

 そこに何かを感じて留まっている。そうい状態なのかも知れない。
 現実的に逃れる方法がないこととは別の次元で。




 死んだようにぐったりと横たわる羽那を見て、智紀はやっと正気に返った。

「羽那…?」

 一瞬、その青白い顔色にぎくりとした。まるで息をしていないかのようだ。

「羽那?」

 背中にうでをまわしてそっと抱き起こしてみる。細い首に手の平を沿わせ、脈動を感じてほっとする。細く弱く静かな脈だったが、確かに動いている。

「羽那。」

 何度も名前を呼んでみる。だけど、それ以上をどうして良いのか分からない。手を離したら、ちょっとでも目を離したら、あの「姉」が来てこの子をさらって行ってしまいそうな気がした。いや、それよりも、この子は家族を恋しがってここを逃げ出すかも知れない。

 羽那が、いなくなってしまう。
 そう、明確に意識した瞬間、すとん、と辺りが闇に沈んだ気がした。気が遠くなるほどの‘絶望’と‘孤独’を感じた。

 ぞっとした。
 ‘ソウハサセナイ’
 心の奥底から冷たく声が響く。
 ‘決シテ逃ガシハシナイ’

 それが、『死』であっても、この子を渡しはしない。
 動かない羽那の身体をぎゅうっと抱きしめる。

 ‘誰ニモ、渡サナイ’
 


Sacrifice 24 

Sacrifice(R-18)

「坊ちゃま、お嬢様はかなりお疲れです。しばらくそっとしておいて差し上げてください。」

 その夜、結局目覚めずに、夕食の席に現れなかった羽那の分の食事をワゴンに用意しながら、篠田は努めて穏やかに諭す。

「…。」

 智紀は暗い瞳で彼を見上げ、何も言わなかった。お前まで邪魔をするな、そういう目だ。

「お嬢様にお食事を…」
「俺が行く。」
「…坊ちゃま。」
「良いから、俺が食べさせるよ。」

 篠田は一瞬、何かを言い掛けて言葉を飲み、分かりました、と答える。今は何を言っても無駄だ、と判断したのだろう。しかし、羽那の体力は恐らく限界だ。

「旦那様と奥様が週明けにお帰りになるとご連絡いただきました。」

 ふと思い出したように篠田は言う。そろそろ食事を終えようとしていた智紀にコーヒーの支度をしながら。

「ふうん。」

 興味なさそうに、彼は答える。そういえば、そろそろ2週間経つのか。

「奥様におうかがいいたしましたが、坊ちゃまにお見合いのお話が来ているそうですよ。」
「…見合い?」
「はい。お相手は瀬田グループの総帥の従妹にあたられる方だとか。」

 智紀は露骨に不快な表情を浮かべた。

「俺はまだそんな気はない。」

 篠田は何も言わずに、ただ微笑を浮かべた。

 智紀の結婚は彼自身の自由にはならない。父も母も同じように家同士の政略結婚で跡継ぎである彼を儲けた。二人はそれほど冷たい夫婦ではなく、愛情があるかどうかは不明だったが、とにかく仕事上のパートナーとしてはうまくいっているように見える。

 しかし、智紀は納得していた筈のものが不意に揺らいだ。

 他の女に興味がわかなかった。会社のためとはいえ、子どもを作る行為を、好きでもない相手と出来ないと思った。

 そして。篠田がくれたコーヒーを一口飲んだ瞬間、たった今の自分の考えに愕然、とする。

 好き…?
 俺が、誰を?

 智紀はカップをテーブルに投げ出すように置いて、そして、立ち上がった。

「ごちそうさま。」

 不意に浮かんだ羽那の無邪気な、無垢な表情の数々。感情を露わにしないおっとりとした笑顔。そして、怯えた表情。
 智紀は少なからず動揺し、そのままテーブルを離れる。

「坊ちゃま…お嬢様のお食事は。」

 篠田が慌てて声を掛け、智紀ははっと振り返る。

「…ああ、ごめん。俺が運ぶよ。」



 
 部屋に戻ると、羽那はさきほど彼が寝かせた状態のまま、薄いタオルをふわりとかぶせられただけの状態でこんこんと眠っている。顔の横に投げ出された小さな白い手。掴まれた跡が痛々しく残っている手首。軽く開いたままの足には、ふくらはぎにまでキスマークが紅く刻まれている。

 彼が戻って来た気配にもまったく気付かず、羽那は眠りの世界に逃げ込んでいるかのようだった。

「…俺は、君以外、要らない。」

 呟くように、呻くように、智紀は言って、その額に軽く口付ける。

「羽那…?」

 乱れた髪の毛をそっと指ですいて、彼は呼びかけてみる。

「羽那、食事だよ。」

 しかし、彼女は身動きひとつしない。静か過ぎる呼吸を淡々と繰り返すだけだ。あどけない表情。生まれたばかりの赤ん坊のようだ。

 無理矢理揺り起こす気にもなれず、智紀はそのまま羽那の寝顔を見つめる。
 何度抱いても、満足しない。

 どれだけ責めても羽那はどこか閉ざされているような印象を受ける。心まで陵辱は出来ないのだと、無言で訴えられている気がした。

 それならどうすれば良い?
 捕まえておくには?

 ここから一歩も出さずに、もう、誰にも会わせずに、他に何も考える隙を与えないくらい抱いていれば良いのか?鳴かせ続け、酔わせ続けていれば良いのか?

‘お嬢様はかなりお疲れです。しばらくそっとしておいて差し上げてください。’

 不意に、天からの声のように、篠田の穏やかな声が蘇る。

「…イヤだ。」

 羽那の身体にすがるように、智紀は彼女の胸元に顔を埋める。

「イヤだ、羽那。俺から離れるな。」



Sacrifice 25 

Sacrifice(R-18)

 妹の身を心配はしても、千鶴は、それを両親に訴えてどうにかしてもらおうとは考えなかった。彼らが、今、本当に仕事のことでいっぱいであることは分かっていたし、実際、それで多くの会社とその従業員を巻き添えにせずに済んでいた。

 新しい事業展開の提案も、約束通り行われ、なんとかそれを軌道に乗せようと、会社全体が一気に活気を取り戻していた。

 今、清水のグループに手を引かれたら、何もかもが終わってしまう。羽那を取り戻したところで、むしろ彼女は自分を救うために引き起こされた惨状に嘆くだけだろう。

 両親に頼るわけにはいかない。そして、どんな戦いになるか分からないのに、崇子を巻き込みたくなかった。更に、婚約者には関わりのないこと。

 千鶴は、とにかく、すべてはあの清水の息子にあると確信を得ていた。彼の弱みを握って、あの息子を説得するしかない。秋には、彼女自身の結婚式が控えていた。それまでには・・・。




 夏期講習の資料だけをもらいに、智紀が登校した朝、両親が帰国し、家に戻って来た。

「お帰りなさい、旦那様、奥様。」

 出迎えた篠田に、二人は息子と養女とした娘の様子を聞く。普段、智紀のことにそれほど関心を示さない二人だったが、やはり少しは気になっていたのだろう。

「はい…あの…」

 言いよどむ篠田に、夫人は怪訝そうな表情を浮かべる。

「また、気まぐれを起こして、もう要らないとか言ってるわけじゃないでしょうね?あの子ったら…」
「そんな我侭は言わんだろう。あいつが自分から何か欲しいなんて言うのは珍しいことだ。」

 夫婦から荷物を受け取りながら、篠田は神妙な表情で告げる。

「いいえ。大変、仲良く過ごされていらっしゃいます。ですが、あまりに仲睦まじ過ぎると申しますでしょうか。お嬢様は、少し体力的に負荷が掛かり過ぎていらっしゃいまして…」
「どういうことです?」

 荷物を運びながら、篠田は羽那の姉が訪ねてきたことなどを説明した。夫人は眉根に皺を寄せる。

「…後で、私が様子を見に行きます。智紀は今どこに?」
「先生にお会いになるということで、登校されました。」

 頷いて、夫人は夫と共に一旦部屋へ消える。そして、着替えを済ませて羽那の部屋を訪ねてきた。養女の女の子は、もう昼間だというのに、ベッドの上にいて、そして、ほとんど何も見につけない状態で虚ろに横たわっていた。白い顔がますます白く、2週間前に初めて会ったときより、幾分痩せたような印象を受けた。

「羽那さん?」

 声を掛けると、ほんの少し、瞳に光が戻った。

「大丈夫ですか?」

 手を差し出しても、彼女は反応がない。額にそっと触れると、ひやりと冷たい気がした。夫人はぎょっとする。医学的なことは何も分からない彼女だったが、様子がおかしいことだけは一目瞭然だ。

「篠田!」

 夫人は立ち上がった。

「安藤先生をお呼びして!大至急来るようにと。」



Sacrifice 26 

Sacrifice(R-18)

 清水の主治医である安藤医師は、診療を中断して屋敷にやってきた。そこに智紀もちょうど帰宅してきて「お待ちしておりました」と医師を出迎えた篠田を一瞥し、彼は、医者の背中に声を掛けた。

「あれ?先生…。今日はどうしたんですか?」

 安藤は50代半ばの少し白髪の混じり始めた個人病院の院長だ。数年前から彼の息子が一緒に診療をしているので、彼は呼ばれればすぐにやってくる。現在では、病院は息子に任せ、彼は主に昔なじみの患者を往診をして歩いているそうだ。

「君が元気だということは、僕にも分からないなぁ。君のお母さまでも具合が悪いのかな?」

 安藤は笑う。まだ、彼は何も聞かされてはいなかったのだ。

「…誰に呼ばれたの?」

 智紀はふと不安になって聞く。先生が診る相手。それは羽那に間違いないと彼には分かった。

「僕が直接受けた訳じゃないから分からないけど、篠田さんじゃないのかな?」

 智紀を幼い頃から知っている安藤は、微笑んで彼を見つめ、そのまま二階へとあがっていく。階段の上には母がいた。

「先生、こちらです。」

 息子の姿には気付かなかったようで、彼女は安藤を羽那の部屋へと招き入れた。
 智紀はそのままそっと彼らの後を追い、羽那のベッドの前で母親が何かを小声で説明し、安藤が診察を始める様子を扉の隙間から見守る。

 安藤の低い声はよく聞き取れない。母親も声をひそめているので、何を話しているのかさっぱり分からない。しかし、安藤の横顔がかなり厳しいのを見て、智紀は心臓がどくん、と音を立てた。

「入院させた方が良いかも知れません。」

 その言葉だけがはっきりと聞こえた。

「イヤだ。羽那はどこへもやらない!」

 思わず声をあげて、智紀は中へ飛び込んだ。

「智紀…、帰ってたのですか?何ですか、挨拶もせずに。」

 夫人が驚いて振り返る。安藤は、特に驚きもせずに羽那の胸に聴診器を当てていた。白い肌に無数の紅い花。ここ数日は暴れることももがくこともせず、羽那はただされるがまま、智紀の腕に素直に抱かれたままだった。

 ほんの時折、切ない声をあげ、何かを訴えるような眼差しを向けるが、言葉にはならなかった。
 羽那が正気でいる時間が怖かった。帰りたい、と言われることを恐れていた。智紀は食事と排泄以外、彼女をほとんど離さなかったのだ。

「智紀くん、君はもう大人だ。だから、率直に言うよ。」

 やがて、聴診器を耳から外して、安藤は振り返った。

「僕の率直な意見だ。このお嬢さんは入院させた方が良い。一つ目の理由。衰弱が激しい。しばらく僕が傍で様子を見た方が安心出来る。二つ目…」
「イヤだ。」

 医師の言葉を遮って、智紀は言った。

「俺は、羽那をどこにもやらない。」

 彼の瞳には狂気の光が宿っていた。まだ少年の面影を宿した瞳に、激しい炎が揺れている。その炎はこの子を焼き尽くそうとしている、と安藤は思う。

「二つ目の理由は、君のその激しすぎる想いのためだ。物理的に離さないと、彼女は休めない。しばらく君から隔離したい。」
「そんなこと、許さないっ」

 智紀の瞳の炎は青く揺らめき燃え上がる。

「そんな権利は先生にはない!」

 安藤は激しい口調で迫る智紀の目を冷静に見返して、きっぱりと言い放つ。

「僕は君のお母さまに往診を頼まれた医師だ。僕は、入院させた方が良いと判断した。このお嬢さんの保護者は君のご両親であり、僕の診断を受け入れるかどうかはお母さま次第だ。」

 はっと振り返った智紀に、夫人は静かな瞳で告げた。

「先生にお任せします。ともかく、この家から今、死人を出すようなことは避けていただきます。」



Sacrifice 27 

Sacrifice(R-18)

 千鶴は、ふとしたことで、羽那が入院したことを知った。姉妹を知る知人が、身内の見舞いに安藤医院を訪ねたとき、入院ベッドに羽那の姿を見かけたのだ。
 妹さん、どこが悪いの?と聞かれた千鶴は、一瞬、全身の血が引くような感覚を味わった。

 羽那が入院している?
 それは、一体どういうことなのか?

 千鶴は矢も立てもたまらず、安藤医院を訪ねる。そして、自分は彼女の姉であることを説明し、羽那の容態を聞きだした。そのとき、当の院長は往診中で不在、事情をよく知らない息子が応対し、経過を説明してしまったのだ。

「羽那…羽那、どうしてこんなになるまで…っ」

 点滴の管につながれたまま、うっすらと目を開けた羽那の手に取りすがるように、千鶴は涙を流した。

「もう、あの家に帰ることはないからね。もう羽那をこんな目に遭わせたりしない。ごめんね、本当にごめんね。」

 握られた手に姉の涙がぽたぽたと落ちる。それが温かく彼女の心をも潤してくれるようだった。

 清水の家に暮らした2週間。まるで現実ではないような、悪夢の中に過ごした時間だったが、そして、身体は辛くて死んでしまいそうだったが、羽那は思い返すとどこか心の奥がちくちくと痛んだ。ほとんど夢うつつで覚えてはいないが、智紀の心の叫びのようなものをいつも感じ続けていたように思う。

 言葉ではない。何か思いの塊のようなものを。抱かれた肌から、直接伝わってくる悲しく狂おしく切ない思い。ぎゅっと心臓をつかまれるように苦しいものだ。

 辛かった日々の中にそれは奇妙に織り込まれていて、今、離れて思い返すとその‘悲しみ’の余韻だけが心に残る。言葉に出来ない分、それは鮮明な色彩や切なさとなって羽那の心を支配していた。

「お…姉ちゃん…」
「うん、もう大丈夫よ。もう、羽那をどこにもやらないから。」

‘ドコニモヤラナイ’

 ふと、智紀の声が蘇る。暗示のように朦朧とした意識化で繰り返されたささやき。

 どこにも行かない。ここにいるから。もう許して。逃げたりしない。羽那は…智紀のものだから…。
 泣きながら、喘ぐように誓わせられた言葉。

 もう…許して。

 気を失うまで、彼は責めを緩めない。どこまでも追いつめ、どこまでも追い立てられる。いつ眠ったのか、今は一体朝なのか夜なのか…。最後にした食事がいつだったのか、今、喉が渇いているのか、お腹が空いているのか。まったく曖昧なまま過ごした。

 疲労のため、まったく動くことも出来ない羽那の身体を優しく抱いて、髪を撫でて智紀がささやく。
 どこにも行くな、と。君は俺のものだ、と。

「羽那は…、大丈夫。」

 羽那は智紀の狂気に抱かれたまま、すうっと眠りに落ちる。

「羽那…?」

 電池が切れるようにすとんと眠りに落ちた妹の様子に不安になり、千鶴はナースコールを鳴らす。

「あら?…どなたですか?」

 訪れた看護師は、千鶴の姿に驚く。智紀を近づけないために、羽那の病室は見舞いを断っている筈だったのだ。

「あの、なんだかいきなり眠ってしまったんですけど・・・」

 千鶴の不安そうな声に、看護師は羽那の脈を取って、熱を確かめる。

「大丈夫です。とにかく、今はそっとしておいてください。あの、どちら様ですか?」
「この子の姉です。」
「…お姉さん?」

 何かカルテにメモをしながら、看護師は千鶴を見つめた。院長から聞いていたのは、兄の存在だけだ。

「あの、失礼ですが…」
「私は、この子の実の姉です。今、羽那は養子先で虐待を受けているようなので、縁組は解消してもらうつもりです。この子は家に連れて帰ります。」

 千鶴は声を震わせる。彼女の剣幕に看護師は苦笑して言った。

「あの、今はこちらでお預かりしておりますので、ご心配なく。それに、この患者は現在、面会謝絶です。ご家族の方もお取り次ぎ出来ないことになっておりますので、しばらくお見舞いはご遠慮ください。」

 どこか釈然としないものを感じたたが、看護師の言葉に逆らっても仕方がない。千鶴は分かりました、と言って立ち上がった。

「あの、何かありましたら、私に連絡をください。」

 携帯電話の番号を残して、千鶴は家に帰った。やつれた羽那の様子に心を痛めながら。



Sacrifice 28 

Sacrifice(R-18)

「いつ、羽那を返してくれるの?」

 会いにも行けない智紀は、翌日往診の途中で清水の屋敷を訪れた安藤を睨みつけるように聞く。

「…それは、君たち次第だよ。」
「どういう意味?」

 応接間に通された安藤に、篠田がコーヒーを運んでくる。


 あの後、羽那を連れ出すのに一騒動があった。羽那を奪われまいと智紀は安藤に掴みかかり、篠田と更に父親までが出てきて智紀を取り押さえる羽目になった。

「離せっ、羽那は俺のものだ!!!羽那に触るなぁぁっ」

 そのとき、既に彼は正気ではなかった。彼自身の内側に封じ込められていた渇望、押し込められていた欲望、そういう‘闇’が彼を支配し、操っていた。智紀の目はもう現実を見ていなかったのだ。

 安藤は、羽那を抱き上げて運びながら、誰よりもまず智紀の内なる闇を解放しなければならないことを知った。専門ではない彼にそれをどこまで踏み込めるのか分からない。しかし、二人を救うにはそれしかないと感じていた。

「明日から僕は智紀くんに会いに毎日来ます。」

 安藤は、玄関先で振り返り、うろたえる夫人に言い残した。

「あの子は…、先生、智紀はいったいどうしてしまったんでしょう?この娘が、何か…」
「いいえ。このお嬢さんはきっかけに過ぎません。智紀くんがこのお嬢さんを選んだだけです。相手は誰でも同じです。ただ、このお嬢さんは立場的に彼に逆らえなかった。それで、ここまで衰弱してしまったんでしょう。発見が早かったので、大丈夫です。むしろ、この子を失うことになっていたら、智紀くんのことも救えないことになってしまっていたでしょうから。…確約はできませんが、僕に任せていただけますか?」

 医師の言葉に、夫人はすがるより他はなかった。二階ではまだ、智紀が叫んでいる声が聞こえる。二人掛かりで押さえ込まなければならないほど、まだ、息子は興奮しているのだろう。

「お願いします、先生…。」

 安藤は頷き、羽那を連れて病院へと帰っていったのだ。


 目の前、向かい側に座る智紀の、どこか死人のような顔色とまるで無表情のような生気のない顔に心を痛めながら、安藤は口を開く。

「君が、彼女を一人の人間として尊重して接することが出来るようになったらだね。」
「どういう意味?」

 智紀の表情は変わらない。その瞳には暗い狂気の色が光っている。

「言葉通りだよ。彼女は君の持ち物じゃない。一個の人格を持った一人の女性だ。それを認めるところから始めないとね。君は、彼女を愛しているんだろう?」
「愛?」

 智紀は鼻で笑う。

「まさか。」
「では、どうして傍に置きたいと、一緒にいたいと思うんだい?」
「羽那は俺のものだ。」
「違うよ。人は人を所有なんて出来ない。彼女は彼女自身のものだ。」
「違う!」

 安藤はため息をついた。‘君たち’次第と彼は言ったのだ。つまり、羽那の意思もあるのだ、と彼は言いたかったのだが、まったくそこまで話が進まない。

「今日は帰るよ。」

 出されたコーヒーを一口飲んで、彼は立ち上がる。

「いずれ、彼女はまだ起き上がることすら出来ない状態だ。もう少し時間がかかることだけは言っておく。」
「いつ、返してくれるの?」

 安藤は、それには答えずに扉へ向かう。

「じゃ、また明日も来るよ。」
「羽那を、返して!」

 背後で、立ち上がった智紀が叫んだ。安藤は振り返らずに扉を出て行った。



Sacrifice 29 

Sacrifice(R-18)

「お姉さんが来た?」

 病院に戻って、看護師から話しを聞いた安藤は眉をひそめた。

「…ややこしいことになりそうだな。」
「すみません、若先生が事情をよくご存じなくて通してしまったようで。」
「そうか。…いや、仕方がない。確かに僕が説明不足だった。まさか、身内が訪ねて来るとは思わなかったからね。…彼女は何か言ってた?」
「いえ。だた、何かあったら連絡をくれるように、と。」
「…分かった、ありがとう。」

 小さな医院なので、入院設備は個室が3室しかない。現在、入院しているのは、他に軽い食中毒のおばあちゃんだけだ。彼女も経過が順調なので、2~3日内には退院予定だ。

 羽那の病室を訪ねると、彼女は目を開けていた。
 扉を開けて、こんこんとノックをすると、羽那はこちらを向いて、怪訝そうな表情をした。自分がどこにいるのか分かっていないようだ。

「羽那さん?気分はどうですか?」
「…大丈夫です。」

 ぼんやりと彼女は答える。

「僕は、安藤というんだ。医者だよ。ここは僕の病院だ。君はちょっと栄養失調と過労みたいなもので、今、僕が治療している。」

 そばにあった丸椅子を引いて、安藤は彼女の傍らに座った。羽那はほとんど無表情で彼を見つめている。

「何か食べれそうかい?」
「…何か…」
「うん、そう。ご飯、パン、麺類。何か食べたいものある?」

 羽那はちょっと考えて首を振った。

「じゃあ、アイスクリームとかジュースとか?」
「…水。」
「水?…そうか、喉が乾いた?」

 羽那はこくりと頷いた。

「分かった。今、用意するよ。」

 安藤は言って、部屋の備え付けの小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。そして、冷蔵庫の上に置かれているグラスに注いで、羽那の身体を抱き起こして、少しずつそれを口に含ませた。

 羽那はふと智紀のことを思い出していた。
 後半の数日間、ほとんど彼女は自力で身体を起こせなくて、いつも、智紀が彼女の身体を支えていた。背後から抱きかかえるように。そして、食事の介助をしてくれたのだ。

 基本的に、智紀は本当にひどいことはしなかった。ただ、彼は彼自身の闇に怯えて、羽那を失う幻影に惑い、どうにかして彼女をつなぎとめようとしていたに過ぎない。だから、羽那が確実に手の内にいる間は、優しかったのだ。

「…智紀…は?」

 ぽつりと、羽那は聞いた。ほとんど無意識的に。

「…彼に会いたい?」

 少し意外に思いながら、安藤はそっと彼女の身体をベッドへ戻す。
 聞かれて、羽那は考え込んだ。

「分からない。」

 そうだろうな、と安藤は思う。

「まずは、ゆっくりして体力を取り戻さないとね。」



Index ~作品もくじ~

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。